怪異探検隊
「それで、『首狩り族』について何か分かったのか?」
「何も分からない事が、分かりました」
「ほう」
部室を後にした俺達は、九蘭高校から一番近いレストランに移動していた。どれくらい近いかと言われると外を出て直ぐある坂を上ったら九蘭高校だ。放課後という時間帯のせいでレストランには既に下校直後の学生たちが固まっているが、問題ない。そのために俺はここを選んだ。
ハバカリさんの情報収集だ。調査は何も現場調査だけではない。怪異を相手にするのなら、力の源となっている思念……或いは噂を知る事はとても大切な事だ。というかそういう目的でもない限り俺はレストランなんかに来ない。居心地が悪すぎて今にも吐きそうだ。
「わー色々ありますねー! 部長は何頼みますか?」
「お前から先に決めて良いぞ」
「え、本当ですかッ! えへへ、なら遠慮なく~」
萌だけ普通に食事しに来たみたいだが、これはいつもの事なので気にしない。御影が付いてこなかったなら、俺も同じ様にしていただろう。
「彼の通り名、『首狩り族』。関わった人は例外なく酷い目に遭う事から、本人の名前と組み合わせて、そう命名された。それが……由来です」
「何だ。ちゃんと分かってるじゃないか」
「でも……分からなかったんです。最初、私は彼本人が殺人鬼であると考えて絞ったけど……彼はそこまで頭が良くないから、あり得なかった」
「どうしてそう言い切れる」
「過去の……テストの点数から」
「成程な。だが知恵と知識は違うぞ。もしかしたら頭の回転が早いのかもしれない」
物事は覚えればいいというものではない。それを活かしてこそ本当の知恵だ。どんな強い剣でも銃でも、使い方を知らなければそれはその辺の棒と変わりないように、覚えるだけで偉い、とかそういう事はあり得ないのである。
御影がその辺りを大きく履き違えているとは思えなかったが、予想通りだった。
「―――私の持論ですけど。学校の勉強も満足に覚えられない人は、社会に出た時にも碌に仕事を覚えられないと思ってます」
「……突然何の話だ?」
「…………彼本人が警察も欺けるくらいの完璧な証拠隠滅……出来る訳がありません」
要は『決められた範囲内も覚えられない様な奴が警察を欺く際に最低限必要な知識も、それを使う知恵もあるとは思えない』と言いたいのだろう。一理ある。警察を完璧に欺くなんて俺でも無理……いや、余程運が良ければ可能かもしれないが、そんなのは俺でなくてもあり得る話だ。
『首狩り族』本人が殺人をしている線は誰でも思いつくが、御影の発言、事実から総合すると、どうやらそれは間違っている。ならばやはり『首狩り族』が呪いだという噂こそが……真実なのだろうか。
「……何も分からない事が分かったとはそういう事か。となると報告は以上か?」
「はい。でも……一つ気になる事が、あります」
「気になる事?」
「『首狩り族』の傍に居て……何の被害にも遭わない女性が、一人居るんです」
「ほう……」
「報告は、以上になります」
酷く長ったらしい報告にも思えたが、それは由利の話すテンポが遅いからだ。報告をまとめると、やはり最初の『何も分からない事が分かった』に尽きる。『首狩り族』本人が殺人鬼という考え方が前提からして間違っていたのだから、当然だが。
「あーこれにしようかなあ……でもこれもいいかも……」
俺達のやり取りをよそに、萌はまだメニューと睨めっこしていた。
「お前……とっくに決めてるモノだと思ってたぞ」
「あ、済みません。部長が奢ってくれる、というかこういう所に連れてってくれるなんて滅多にないので……その、えへへ。高いものとか、頼んじゃおうかな~って。いけませんでしたか?」
「いいや、財布事情に問題はないが、お前は自分の許容量を知らないからな。食べきれる範囲で注文しろよ? いつも割を食ってるのは俺だからな」
「あはは……申し訳ないです。美味しそうでつい……でも割を食ってるならフィールドワークについていけない体に真っ先になりそうなのって部長ですよねへえええええ!」
萌にしてはレベルの高い煽りに俺は無言で彼女の頬を抓って反撃。もちもちとした頬がぐにゅりと形を変えて、餅みたいに引き延ばされる。
「ひゃ、ひゃめてくださひ! あやまりゅますかりゃ!」
離してやると、萌は俺から少し距離を取った。
「酷いです部長!」
「視線が気になるのもそうだが、お前に対して掛かる値段が馬鹿にならないのもあるからこういう所には行きたくないんだ」
「…………部長。仮面を取れば良いんじゃ」
「そうですよ! 狐のお面被ってレストランに入ったら目立つし、見ちゃうに決まっちゃうじゃないですか!」
「一理あるが、断じて取るつもりはない。お前らが居ないなら話は別だがな。飽くまでこの仮面までワンセットで俺だ。いい加減素顔を見ようとするのは諦めろ」
俺の素顔なんて見ても誰も得なんてしない。仮面とは素顔を隠す為にあるが、萌や部員達と付き合ってきた数年間はこの狐面が俺の顔だった。ならば、これこそが俺の素顔だ。クオン部長という存在は、この仮面なしには成立しない。
「萌。決まったか?」
「あ―――はい! 決まりましたので、どうぞ!」
「そうか。じゃあ御影」
「……決まりました」
「早いな。もう少し悩んでくれても良いんだが―――次は俺か」
「え、もっと悩んでいいんですかッ? じゃあ私もう少し―――」
「お前は駄目。今決めた奴から変更するな。えーと……」
メニューを選びつつ、俺は聴覚に神経を集中。九蘭高校の学生の話に聞き耳を立てていた。
『山本さお前さ、知ってるかよ。また倒れた奴いたらしいぜ? しかも今度は女子だってよ』
『マジか。今まで男子しか被害無かったよな』
『あのトイレ、近いうちに閉鎖されるらしいぜ? つまり俺ら、ションベンする時階段降りなきゃいけなくなるって訳よ』
『うわだりいー! シュウキって別にあのトイレに居る訳じゃ無いだろ。他のトイレでも被害って出てたよな』
『何であのトイレだけ……』
真後ろの席の方で、丁度『シュウキ』の話題を出している様だ。盗聴には随分と都合が良い。このまま話を聞かせてもらおう。
「ああ決めた。一応聞くが、全員頼む物は決まってるな?」
「はい!」
「…………一応」
「ならここにメモを置いておくから、後は頼んでおいてくれ。俺はトイレに行く」
「えー! 注文の手間を私達に押し付ける気ですかッ?」
「全部奢ってやってるんだから文句言うな。実はさっきから我慢しててな。ここで漏らしても良いなら―――まあお前たちの許可が万が一降りても、俺は許せない。直ぐにでも行かせてもらうぞ」
俺達の席はトイレから一番遠い位置にあり、トイレに向かう為には十席以上もの席を横切らなければならない。その間に情報収集だ。行きと帰りの二回、不自然に思われない程度に早く、そして遅く。
恐ろしい手間がかかっているが、これも部員を守る為には致し方ない事。オカルト部部長は部員の何倍も情報を持っていて初めて部長たり得る。今回の調査に命の危険が伴わない可能性が皆無である以上、苦労は幾らでもするつもりだ。
―――せめてお前だけはな。
お前だけは、守らなくちゃいけない。お前だけは…………それが約束だから。