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虚言男子は女神を求む  作者: 氷雨 ユータ
ハバカリさん
3/13

狐と踊る

「何だ、知り合いだったのか」

「え、ええ。まあ……」

 彼との関係を一言で言い表すならば、親友だった、が一番的確だろう。喧嘩などをした訳じゃない。単純に小学校で関係を構築したっきり、離れ離れになってしまったというだけだ。そこにもやはり重大な理由はなく、僕と彼とでは行く学校が違っただけの事。友達と一緒だからという理由だけで学校を選ぶ程僕も馬鹿ではない。

 そうして関係が切れてからは、もう二度と会う事は無いのだろうと思っていたのだが……何の因果か、高校で。しかも同じ部活動の部員として再会するなんて。

「内裏。何でお前……ここに?」

「言いたい事は分かるが、今は言わないでくれ。部長、藤浪を歓迎する為だけに召集をかけた訳じゃないんでしょう?」



「ああ、勿論だ。藤浪君、早速だが君はハバカリさんをご存知かな?」



「…………いや、知らないです」

「まあ知らないだろうな。ここの七不思議じゃないし」

 じゃあ何で聞いたんだ。

「他校の話になるがな。近頃奇妙な事件が起きているらしい。何でも遅くまで校舎に残っている生徒が、度々トイレで倒れているみたいなんだ。それだけなら俺達の介入する余地は無いが、原因がおかしいみたいでな」

「はあ……」

「いいや。急に体中が熱くなって倒れるか、急に身体が冷たくなって動けなくなるか、どちらかみたいなんだ。ハバカリさんというのは冬の夜にトイレに現れる怪異の事で、これと一番近いから便宜上俺はそう呼んでいる」

「便宜上って事は……違うんですか?」

「今は冬じゃないからな。それに本来のハバカリさんは貧血にするか血圧を上げるかくらいで―――まあ死ぬ時もあるようだが、直感的に俺はこの事件はハバカリさんとは違うだろうと考えている。因みにこの怪異は九蘭高校では『シュウキ』と呼ばれている。今回集めたのは他でもない。俺達でこの怪異を調査しようという話をしたかった。無許可だが、度重なる問題につき、生徒は遅くまで校舎に残さない様にしているらしい。ま、バレる心配は無いだろう」

 『シュウキ』。漢字でどう書くのかは分からないが、トイレに出る様な奴なら、きっと碌な当て字はされていないだろう。そもそも居るのかどうかすら怪しいが。

「…………警備員とか、居るんじゃないんですか?」 

「いいや。今日は大丈夫だ。監視カメラもないしな。本当に都合が良いタイミングだ。という訳でこれ以上何か質問などが無いのなら、今日の六時までに九蘭高校前に集合とだけ伝えて俺はさっさと退散したいが、問題ないか?」

 ここで質問しておけば、僕の印象は強くなる。次期部長を決める際に有力になる筈だ。怪異なんてばかばかしい存在が居るとはとても思えないけど。誰かが質問してくれればその間は好きに考えられるのに、恐ろしい事に誰も質問しない。

 何か、何かよく分からないけど。一つくらい質問したい事あるだろう。何か―――


「あ、あの! 調査って具体的には何をするんですか?」


「特に難しい事はしない。現場に足を運ぶだけだ。それで歩き回ってみて、遭遇出来たら万々歳。遭遇出来なかったら…………またいつかって所だな」

「またいつかって……ガセだったりしたら、それこそ骨折り損なんじゃ……」

「怪異と出会う為の条件が揃っていても、必ず出会えるとは限らない。たまたまその日出会えなかっただけかもしれない。勿論インターバルの間も色々な方法で調査はするさ。勿論その過程でガセと分かれば、報告書にまとめて終わりだ。簡単だろ? 専門的な知識は何も必要ない。お前達は集合するだけで良い」

 そこで回答は終わりだと思ったが、クオン部長は「だが」と言葉を続けた。

「一つ教えておこう。火のない所に煙は立たない。同様に、縁のない場所に怪異は生まれない。もし遭遇したなら……九蘭高校の中に対処法や弱点がある筈だ。それを探すといい」

 何を付け足すかと思えば、馬鹿馬鹿しい。怪異が居るにしても居ないにしても、不審な存在を見かけたなら警察に連絡。これが一番の対処法なのだと昔から相場は決まっている。僕はいつでも携帯を取れる様に準備しておけばいい。


 こんな胡散臭い先輩よりも、公的機関の方が信用出来るのは自明の理だ。


 アドバイスなんて聞く意味はない。聞く価値はない。居もしないものを居ると思い込んでる馬鹿な意見を取り入れても、僕の脳が腐るだけだ。

「…………もう質問はないらしいな。それでは失礼する」

 クオン部長が徐に席を立った。それを追う様に、御影先輩も立ち上がる。

「部長……話が、ある」

「ん? どうかしたか」

「頼まれてた『首狩り族』の件、報告したい」

「―――そうか。じゃあついでに、お前にも同行してもらうとしよう。萌!」

「あ、はいッ!」

「行くぞ!」


 え?


 僕の困惑をよそに、萌は勢いよく立ち、尻尾を振って近づく子犬みたいにクオン部長と御影先輩の間へ。引き留めようと手を伸ばした時には、三人の姿は廊下の方へ出てしまった。さっさと切り上げて萌と一緒に帰るつもりだったのに、まだ用事があるのか!

「ま、待って―――僕も一緒に行かせてください!」

 ならば予定変更。余計な人が二人もいるのが気に食わないが、こうなれば僕も付いていく。部室の扉に手を掛けた時、もう片方の手を誰かに掴まれた。

「行かない方が良いよ。藤浪」

 それは内裏だった。

「離せよ内裏! 僕は行かないといけないんだ!」

「いや、だから行かない方が良いって。そうですよねッ、我妻先輩」

「おう、その通りだ! 以前俺も付いていこうとしたが、御影に『付いてこないで』と言われちまった! まあ往々にしてある事だ! 不平等を感じる必要は無いぞ!」

「何でッ?」

「そりゃあそうだろうなあ。俺や陽太に比べたら、あの二人は怪異調査に成果を出せている。有能な奴を優遇するのは当然ってもんだろ!」

「じゃ、じゃあ我妻先輩は何のためにオカルト部に入ったんですか?」

「いやあ由利をしつこくデートに誘ってたんだが、ある時『デートするから条件を吞んで』と言われてな。それがここへの入部だったんだよ! まあデートは大失敗だったんだが……気にするな。失敗こそ成功を引き寄せる秘訣だ」

 やはり僕の勘に間違いは無かった。我妻先輩からはとても強い親近感を覚える。好きな女性のタイプは合わない様だが、そんなのは人それぞれだ。共に恋に生きているという時点で、僕達は同志と言っても差し支えない。

 一先ず落ち着いて、僕は再び席に着いた。

「所で内裏、お前はどうしてこんな部活に?」

 『こんな』と言っている時点で僕の心の声が漏れている様なものだが、彼はまがりなりにも僕と友達だった男だ。馬鹿らしい阿呆らしい部活に所属しようなどとは到底思わない筈である。ただし前提として、僕と友達だった頃の彼と何も変わっていないなら、であるが。

「お前の為だよ、藤浪」

「ぼ、僕の為?」

「入学式の時にお前の姿が見えてさ。声を掛けようと思ったんだけど、というか一回声を掛けたんだけど。お前に無視されたじゃん?」

 

 …………記憶にない。


 特にここ一週間は萌の事で頭が一杯だった。

「悪かったよ」

「いや、無視されたのはいいんだ。でもお前を観察してる内に気付いた。お前、萌ちゃんの事が好きなんだろ?」

 まるで僕の心を見透かしたみたいに、内裏は告げてみせた。超能力など無いとは思っているが、ここまで完璧に見透かされると、もしかして不思議な力があるのか……なんて思えてならない。

「なんだ、お前萌の事が好きなのか! ま、可愛い後輩だよ! 俺もそう思う」

 そして事故的に我妻先輩にも知られた。

「あ、あ……まあ、ああ」

「だろ。でも俺は分かってた。お前みたいな奴は行動起こすよりも先に頭で色々考えて実行出来ないんじゃないかってな。萌ちゃんへの執着ぶりは結構なものだったから、お前なら何処かで入部すると思ってた。だからその前に入ってやって、俺が内側から応援してやろうって思ったんだよ」

 結果は御覧の通り、何の役にも立てずオカルト部の一員として活動しているけどね、と内裏。しかし僕には、その行動の意味が分からなかった。


 何でそこまで?


 親友だった。とはいえ、過去の話に違いはない。彼にそこまでする義理があるかと言われると、無い。命を救ったとか、人生を変えたとかなら話は分かる。しかし六年間つるんだだけだ。そこに感謝こそあれ、恩義は無いだろう。

「……何だその顔! 単に世話焼きたかったってだけだから! お前が積極的になれるならそれでいいんだ。ともかく、小学校以来だけれど……三年間、宜しく頼むよ、藤浪」

 内裏がそこまで非合理的な人物だとは思わなかったが、それでも僕は歓迎した。十数年の短い人生とはいえ、数少ない友人ともう一度会えたのだ。喜んで然るべきである。

「あ、ああ……えーと。よろしく」

 果たして気のせいかもしれないが。勉強一筋の生き方をやめてから、次々と幸運が舞い込んできている様な気がする。彼とここで出会えるなんて考えても無かったし、運命の出会いなんて御伽噺だと思っていた。

 運の風向きは今、僕の背中に吹き付けている。



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― 新着の感想 ―
[一言] 運の風向きではなく、ただの片道切符ですよ。藤浪くんは早く特急に乗ってください。我妻先輩もそんなノリで入部してたんですね。だから助からなかったのかな。なんて思います。
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