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虚言男子は女神を求む  作者: 氷雨 ユータ
ハバカリさん
2/13

オカルト部

 この主人公大丈夫か?

「…………ああ。萌…………」

 この溜息は何度目か分からない。授業中だろうと、運動中だろうと、或は睡眠中だろうと、僕の頭の中は彼女の事でいっぱいだった。勉強付けだった頭が塗りつぶされていく。恋という名の色に毒されていく。

 授業なんてどうでもいい。分かる奴が受ける必要は無い。そんな覚悟で臨んだ六時限。全く以て退屈であった。しかし授業を面白いと感じる感情は随分前に枯れてしまったので、退屈な授業というのは、僕にとって平常運転だった。退屈な授業を受けての放課後という一連の流れは正に日常的で、運命の出会いさえなければ、虚無一色の三年間となっていた事は間違いない。

 

 ―――緊張するなあ。


 オカルト部に入部したは良いが、ここ一週間はさりとて特別な活動をしてこなかった。特別処か、活動そのものをしていなかった。だから萌と僕の距離が縮まる事は無いし、プライベートで距離を縮めようにも、萌は放課後になると決まって何処かに姿を消す。

 

 だが今日は違う。今日は部長からの召集があったのだ。


 同じオカルト部に所属する以上、萌もその集会には参加するだろう。遂に距離を縮める時が来た。放課後になるや否や、僕は慣れた手つきで教科書をバッグにしまい、一直線に部室へと走り出す。元々勉学一筋で生きてきた僕に友達は居なかった。だからこんな風に……一般的な高校生ならばノリの悪い奴と思われても仕方ない行動を取っても、何も言われない。

 僕は空気だ。別にそれでも構わない。

 恋に生きると決めてからは覚悟していた事だ。オカルト部に入った奴なんか、普通は相手にしない。あの可愛い萌でさえ積極的に絡もうとする人が居ない(本人は陽気で活発だから話しかけられない訳じゃない)のだから部活によるイメージ効果は絶大だ。

 元々話しかけられなかった僕が、更に話しかけづらい部活に入れば、そりゃあ誰も話しかけない。物事の道理だ。

 道中、萌の居るクラスを覗いてみたが、既に彼女は出発していた。流石に早い。僕は更に足を速めて、オカルト部の部室までノンストップで走り出した。

「お、遅れましたッ!」

 余談だが召集に時間の指定はされていないので、実は遅れたも糞もない。だが部活を乗っ取る為には部長への好感度が必要不可欠。後輩面して露骨に媚を売る洗濯は間違っていない。



「藤浪君ッ! こっちに座って!」



 部室の中は真っ暗闇で、一瞬電気を点けるべきか悩んだが、中から萌の声がした。オカルト部は電気を点けない主義なのだろうか。ますます胡散臭いし、陰気臭い。でも萌が居るので僕は気にしない。声に促され、僕は真っ暗な部屋の中へ。彼女の声を頼りにパイプ椅子に座ると、同時に何者かが扉を閉めて、一切の光が遮断される。

 それにしても窓はきっちり締まり、カーテンは二重に張ってあるなんて、どれだけ光を入れたくないのだろうか。オカルト部員は全員吸血鬼なのか。

「えっと……萌。今から何するの?」

 これだけ静かだと幾ら小声と言ってもなかなか響く。僕の声は萌に限らず、部屋全体に丸聞こえに違いない。

「藤浪君、今日が初めての活動でしょ? だから歓迎会というか……部活紹介みたいな」


 ―――部活紹介?


 ああ、そういえば受けていなかった。僕がここに入った動機は萌が全てだ。仮にあったとしても、恐らく無視して帰っていたのだろう。偏見になるが、オカルト部の活動と言うと胡散臭い本なんかを読んだり集めたりして、儀式をしたりしなかったり……黒魔術的なイメージがある。もしかしなくてもそれを説明されるのだろうか。


「…………全員、揃った様だな」


 低く鋭い男の声と共に、部室内の空気が一瞬で張り詰める。緊張から唾をのんだのは僕だけだった。

「まずお前達を労いたい。御影、萌。我妻。陽太。『ばばやん』の調査ご苦労だった。御影、傷の方は大丈夫か?」

「…………大丈夫。部長の方は」

「俺は大丈夫だ。でなければ死んでいただろうな」

「はっはっは! 部長は頼もしいからな! しかし気のせいか、いつも一番被害に遭ってるのは部長な気が…………」

「それ、分かります! 部長ったら、いつも追い回されてますよね!」


 …………早速蚊帳の外に置いてかれた気分だった。

 

 『ばばやん』って何? 都市伝説か何かか? それの調査って……もしかして、ここ一週間萌が姿を消してたのって、調査の為ッ?

 つまり僕は…………ハブられていたのか?

「思い出話はそこまでだ。俺はお前達が本当に危険な目に遭わない様に配慮してるまで。それよりも、今は―――藤浪君」

 声と共に、部長が懐中電灯を自分に向ける。お祭りの屋台で買ったような狐面は、光に照らされた事でより無機質さを醸し出し、見ている者に漠然とした恐怖感を与える。

 

 クオン部長。


 オカルト部内ではそう呼ばれており、萌もまたそう呼んでいる。以前三年生の教室に行った事もあるが、どのクラスにも狐面を着けてる奴は居なかったので、授業中は素顔なのだろう。しかし部長と会える時は決まって狐面を被っているので、本当の素顔は誰も知らない。見ていたとしても覚えていないだろう。

 狐面と生身の顔とでは、幾ら何でも違い過ぎる。

 他に何か特徴があれば絞りやすいが、髪は染めていないしピアスもしていない。僕には特定出来そうも無かった。

「は、はいッ」

 声が上擦る。この流れで呼ばれるなんて考えてもいなかった。

「ようこそオカルト部へ。歓迎するよと言いたい所だが、理由に因るな。どうしてこの部活に入ったんだ?」

「そ、それはオカルトが大好きだからです!」

「オカルト部には強い偏見がある。そういう意味ではここに入部した時点で友達はできないと思った方が良いだろう。それに―――時には命の危険もあるぞ」

「い、命の危険……ですか?」

「都市伝説の殆どはガセだ。それだけなら苦労しただけで済む。だがもしそれがガセではなく、本物が……怪異が出て来てしまった時、俺達はそれに対処しなきゃいけない。慈善でも人助けでもなく、それは俺達の身を護る為に必要な事だ。例えば……そうだな。先程『ばばやん』の話をしたな。知っているか?」

「い、いえ」

「ばばやんは『ババヤンババヤンアキスセサシノン』という呪文の事だ。この呪文を聞いたものには体の何処かに傷が出来る。この傷を三日以内に見つけないと、そいつは全身が傷だらけになって死ぬって噂だ。都市伝説として流布されている時点で既に信憑性としては怪しいが、これ自体は『居た』。もう消滅したがな』

 厨二病、とはまた違うだろう。厨二病はとにかく格好良い事を言いたがるが、今の話の何処に格好良さがあるというのか。どちらかと言えば単純にイタい先輩というのが、僕の素直な感想だった。

 本当にもう、居もしないものを居ると断言する人間ほど、残念な頭の奴は居ない。

 萌は例外だけども。

「生者に出会って何もしない怪異なんて滅多に居ない。多くは憑りついてくるか、時限付きの呪いでも渡してくるかのどちらかだ。だから対処する。怪異の弱点を探し、利用し、消滅させる。君にその覚悟があるか? 命を懸ける覚悟が……無いなら、止めはしない。今すぐ退部した方が良い。君の為だ」


 覚悟ならとうに決まっている。頭のおかしい部活の中でも愛を貫くという覚悟が。


「大丈夫です!」

 部長は暫く黙っていたが、やがて調子よく声を上げた。

「よし。ならば歓迎しよう、藤浪君。入部した時は俺しか居なかったよな。という訳で改めて自己紹介をしよう。御影」

 間もなく照明のスイッチが押され、暗室と化していた部活に一点の曇りなき光が及ぶ。反射的に僕は目を瞑った。唐突に切り替えられたから、目が対応出来ていない。五分ほどして少しだけ慣れてきた頃、部長はパイプ椅子から腰を上げて、僕の方を向いた。


「俺の名前はクオンだ。クオン部長と呼んでくれ。狐面を被っているが、これは趣味みたいなものだから気にするな」


 本当に簡潔な自己紹介を済ませた部長は、続いて萌の方を指さした。どうやらこの順番は急遽決まったらしく、彼女は少々慌てた様子で立ち上がって、僕の方を向いた。


「知ってると思うけど、私の名前は西辺萌にしべもえ! 部長とは数年前から付き合いがあるの!」


「え……付き合ってたのッ?」

「え……あ、交際してる訳じゃないよッ? 部長は頼りになるけど、それとこれとは話が別だから!」

「じゃあ好きなタイプはッ?」

「え、ええ……好きなタイプ…………とっても優しくて、頼りになる人、かなあ」

「俺じゃないか」

「部長は怖いので駄目です!」

 とっても優しくて頼りになる………………か。成程。つまりは僕の事だ。僕は好きになった人にはとても優しいし、頭も良いから頼りになる。間違いない。萌は無意識に僕の事を好いている。これは大いに脈ありだ。

 このままグイグイ質問攻めにしようと思ったが、ふと萌が困った表情を浮かべてるのが見えて、一気にそんな気は無くなった。今まで勉強一筋に生きてきた弊害だ。改めて考えると、どうやって距離を詰めたら良いか分からない。無駄に優秀な頭が、あれこれと気にもならない筈の事を考えてしまう。

 落ち着く為にも、一先ず座る。続いて立ち上がったのは、非常に落ち着いた雰囲気を持った女性だった。


御影由利みかげゆり。…………宜しく」


 特に言う事が見つからなかった様で、直ぐに座った。全体的にスレンダーで、御影先輩はかなりスタイルが良い。ただそのプラスをマイナスに落とすくらいオカルト部所属という肩書は不味いので、恐らくきっと彼女に彼氏は居ないだろう。視線も何処か刺々しい。相手を足蹴にしたり、軽蔑の表情が良く似合いそうな目だ。

 美人ではあるけども、僕は萌みたいにちんちくりんな方が好きだ。それに御影先輩には可愛らしさが無かった。

「次は俺だな!」

 続いて立ち上がったのは、この陰気臭い部活には似合わぬ明るさの男性。


「俺の名前は我妻宗伯あがつまむねのりだ! まあこの部活の中では部長の次に頼れると言ってもいいだろう! 遠慮なく頼れ! はっはっはっはっは!」


 ノリが暑苦しい。あまり頼りたいとは思えないが、クオン部長に比べれば何百倍も頼れそうだ。体つきも屈強だし、強さには説得力がある。頼る時はこういう人を頼るのが定石だ。

「我妻先輩は彼女とか居るんですか?」

「んーいないぞ。まあ候補は…………居るんだけどな!」

 我妻先輩が御影先輩の方を見遣る。彼女は眉一つ動かさず、ぼそっと呟いた。

「……タイプじゃないから」

「たった今いなくなっちまったみたいだ……ま、絶賛彼女募集中って事に変わりはないわな」

 名案を思い付いた。我妻先輩の恋路を応援してやれば、僕の恋路も応援してくれるのではないだろうか。別に誰かが損をする訳でもなし、本当に名案ではないか。

 後でID交換をしておこう。

 最後に椅子から立ち上がった男性の方を見た時、僕は思わず固まってしまった。 


「う、内裏!」


 陽太という名前が聞こえた時に、気づくべきだった。しかし陽太という名前はありふれているから、確率から考えても別人だろうと思っていた。それなのに…………

「よう。久しぶりだな。藤浪」

 かつての親友、内裏陽太の姿がそこにあった。  

    

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