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虚言男子は女神を求む  作者: 氷雨 ユータ
ハバカリさん
10/13

冒涜に罰を

 今作では怪異の恐ろしさについて描写に注力しています。

 …………智里さんがトイレに入って、三十分か。

 どんなに調査に時間をかけたってたかだか学校のトイレに三十分も時間を掛けられるものか。突発的に排泄したくなった、ならば仕方ないが、どうもそんな感じはしない。

「済みません! もしトイレを利用しているのであれば、一言頂きたいんですけども!」

 返事がない。気配もない。間違いなく怪異からの襲撃を受けたと思っていいだろう。彼女がトイレに入る前からそんな気は薄々していた。怪異を相手に幾ら何でも態度が悪すぎる。崇拝しろとまでは言わないが、昔から死者を冒涜したものには罰が下るというだろう。噂から生まれたものであれ、魂から生まれたものであれ、はたまた想念から生まれたものであれ、超常不可視の存在にはそれなりの敬意を払わなければならない。

 勿論それだけで被害を免れる程、怪異は善良ではないが。心構えとして敬意を払うくらい慎重な方が、生き残る事は出来る。智里さんにはそれが無かった。オカルト部でもない人間に怪異について敬意を払え、知れとは無理難題だが、それでも『訳の分からない存在を探してるんだから慎重に行こう』くらいの心構えはして欲しかった。

 部員達の返信を確認するが、由利達以外からは返信が来ず、既読だけが返ってくる状況だ。こういう状況は以前にもあった。追加でメッセージを送ればまた既読が返ってくるだろう。それだけだが。


 ―――来たか。


 俺以外、少なくとも萌は遭遇したと見ていいだろう。御影達とはまだ連絡が取れそうだが、彼女ならばそれなりに生き延びる事は出来るから、一先ずは智里さんをどうするか。

「入りますよー? 変態扱いなんてしないでくださいね」

 シュウキに襲われたなら気配が無いのはおかしい。重い足取りで女子トイレに入ると、案の定、智里さんの姿は無かった。というより、最初から誰も入っていなかったみたいに綺麗なトイレだ。鏡は磨き抜かれており、便器の何処にも汚れが見当たらない。恐ろしく手入れが行き届いている。学生の多くはトイレ掃除を面倒くさがると思っていたが、ここの学生はトイレ掃除が好きらしい。


 ―――怪奇現象に人が連れ去られた時、探す個所は主に三つ。


 一つは個室の中だ。上が空いていようがいまいが、扉で仕切られている個室は怪異にとっては絶好の襲撃場所になる。この世界全部を呑み込める怪異など流石に存在しないが(万国共通で全く同じ特徴を持った怪異が居るのなら話は別だが)、トイレの個室程度ならば実に容易い。しかも、排泄中は多くの人間が心理的に警戒を緩めている時だ。人の感情が形無きものに力を与えるとするなら、やはりこれ以上ない襲撃場所だ。

「………いない」

 二つ目は窓だ。外でも中でもない。飽くまで『窓』から見た景色を気にすれば良い。硝子を通して見える世界は実際に見える世界とは違う。いや、普段はそうかもしれないが、今は間違いなく怪異が活動している時間帯だ。ならば硝子越しに見える世界は、『現実と全く変わりない偽物の世界』に変容する。

 ホラー映画でありがちな演出として、窓を開ける前は見えていたが、窓を開けた途端に姿が消える、何て演出があるが、由来はここから来ている。因みに、別世界だからと言って開けたら碌な事にならないので、もし何かが見えてしまっても決して開けない様に。それは合わせ鏡を作る事に次いで、とても危険な行為だ。

「………………見えないか」

 最後はオカルトに詳しくなくとも分かるだろう。鏡だ。合わせ鏡は霊道になるとかならないとか、少しでも興味があるのなら聞いた事があるだろう。窓とほぼ同じ理屈で、鏡から見える世界は異世界と言っても差し支えない。窓との決定的な違いは、鏡の反射の性質のせいで、見える世界に変化が生じていても、気づきにくいという事だ。

 分かりやすく言うと、鏡から見えている世界は反転しているので元々おかしい。元々おかしい世界に何か少しおかしいものがあっても、人は気付く事が出来ない。木を隠すなら森の中、という訳だ。

 俺はあらゆる角度から鏡を見渡して、注意深く異変を観察する。狐面は左右対称だから楽で良い。一々顔を確認しなくても、異変があればすぐに気がつく。

 それなりに観察を続けたが、特に変化はなく、普通の鏡みたいだ。俺は自分の手を鏡に晒し、そっと近づける―――




 直後。




「んぐ―――!?」

 不意に鏡の中から伸びてきた手に首を掴まれた。咄嗟に鏡のすぐ下にある手洗い場を掴み、引きずり込まれる事だけは回避したが、正体不明の手の力は凄まじい。俺如きの膂力では後一分も持たないだろう。

「ぐ…………ギギ……! ギギギ…………ガァ…!」

 まずい。首を持っていかれそうだ。このまま捥がれて死ぬかもしれない。洗い場を掴んで持ち堪えているだけでは―――やはり諦めてくれないか!

「ギイ………………ギギギギギギ…………!」

 意識が薄れていく。喉を締められているせいで酸素が脳に行かない。指先の感覚などとっくの昔に無くなっている。こういう時の為の対策アイテムを持ち込んでいない訳ではないが、触覚無しにそれを探り当てるのは至難の技。今、この瞬間を生き延びる為には、もうこれしかない。

 少しずつ首を持っていかれそうになりながらも、俺はゆっくり肩を引き、拳を持ち上げる。力が入らない。まともに拳の形も作れないが、死ぬかもしれないという時に手段の是非は選んでられない。「グぅ――――――ギゥッ!」

 俺は最後の力を振り絞って、鏡と壁の境目―――鏡の端めがけて拳を突き出した。

 


 ガシャンッ!



 鏡が割れたと同時に、俺の首を掴んでいた手が跡形もなく消えた。当面の危機は去った。俺は背後の壁に凭れるまでよろめいて、深呼吸を始める。呼吸が整わない時はこれが一番だ。

「…………ああ…………いてえ…………くそ」

 歯噛みのせいで歯が痛い。鏡を無理に破ったせいで手には破片が突き刺さり、現在進行形で流血を引き起こしている。こんな事になるのならグローブを嵌めてくるべきだった。一度校舎の外に出て体勢を立て直したい所だが、部員達を置いていくわけには……それに、智里さんの事もある。やはり怪我程度では引くに引けない。

 こんな所に居たらまたいつ襲撃されるか分かったものではないので、一先ずはトイレから退散。応急手当の為にも、保健室を目指す事にした。

 先程の手は何だったのかはまだ分からないが、一つ言える事は、『シュウキ』とは全くの無関係だという事くらいか。『シュウキ』とは恐らく『臭鬼』。穢れの中にこそ現れども、ハバカリさんと同じ類の怪異だ。となるとあれは―――

「…………また今回も、イレギュラーか」

 こうして現地調査に赴いていると、何だかイレギュラーが無い時の方が少ない気がしてならない。運が良いのやら悪いのやら。案外『首狩り族』も、こういう事なのかもしれない。


 

 作者も一度だけ窓を割った事ありますが、あの痛みは言葉に出来ません。皆さんはしないようにしましょう。

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