お帰りなさい
ウメコの言った意味がわかってくると、ポーラーは心臓がドキドキ鳴り始めました。
「お父さん、お母さん?」
ポーラーが聞くと、ヒロさんとゲルダさんは、笑顔で一緒に頷きました。でも、ポーラーは、どうすればいいのか、さっぱりわかりません。困っていると、ヒロさんとゲルダさんは、二人でポーラーをぎゅっと抱きしめました。それでポーラーは、ようやく自分が、もう独りぼっちではないことがわかって、わっと泣き始めたのでした。
しばらくして、ポーラーが落ち着くと、パリー博士が言いました。
「そろそろ、ここを出よう。メンゼル博士は、エリア51で騒ぎが起きても誰かに知られないよう、この基地の兵隊たちを、別の場所へ移動させたのだ。彼らが戻って来ると、面倒なことになる」
「そんなことが出来るんですか?」
アロンソがぎょっとして聞くと、パリー博士は厳しい顔で頷きました。
「『十三人委員会』なら、それくらい簡単なことだ。彼らは、宇宙人が地球に来ていることを、世の中に知られたくないと思っている。そのためなら、どんなことでもやるだろう」
「入口で、アロンソがやっつけた兵隊たちが目を覚ましたら、きっとすぐにそうなるわよ」
ウメコが、みんなに思い出させました。
「では、私たちの船で移動しましょう」
ゲルダさんが言いました。
「船?」
ポーラーが首を傾げて言うと、ウメコは円盤を指さしました。
「あれよ。私たちがUFOだとか、空飛ぶ円盤って呼んでるものは、実は宇宙船なの」
円盤から出てきた人たちのうちから、男の子が一人、前に出てきました。彼はアロンソより、いくつか年上に見えます。
「君たちの車も、一緒に積んでしまおう」
男の子が言いました。
「私の飛行機も頼むよ、ユッカ」
ヒロさんが言いました。
ユッカは頷き、両手を飛行機に向けました。すると、誰も乗っていないのに、飛行機が勝手にふわりと浮き上がり、円盤の上の方に開いた穴へ入っていきます。
「私と同じ特技ね」
アビーが言うと、ユッカはにこりと笑ってから、今度はウメコの車を浮かばせました。
「さあ、みなさん。ついてきてください」
ゲルダさんの案内で、ポーラーたちは円盤の中へ入りました。
そこはトンネルのような丸い通路で、窓も何もなく、ツルツルした壁や天井は銀色で、少しまぶしいくらいに光っていました。
しばらく行くと、ゲルダさんは足を止めて、近くの壁を触りました。壁に扉がぽかりと開き、ポーラーたちが中へ入ると、円盤の中だと言うのに、辺りは草原の風景が広がっています。空は真っ青で、ぷかぷか流れる白い雲まで見えました。そして、すぐ近くにはテーブルとベンチがあります。
「広い宇宙を旅するのは、とても長い時間が掛かります。でも、ここに来れば、自分たちがせまい船の中に閉じ込められていることを、少しだけ忘れられるんです」
そしてゲルダさんは、みんなにベンチへ座るように言います。
「まずは、私から話した方がようさそうだな」
パリー博士が言いました。みんなが頷くと、博士は話し始めました。
「実を言えば、私も昔は『十三人委員会』のメンバーだったのだ」
ポーラーとアビーとアロンソは、声をそろえて「ええっ?」と叫びました。でも、やっぱりウメコは平気な顔をしています。
「もともと『十三人委員会』は、地球へやって来た宇宙人の目的を調べ、彼らが悪いことを企んでいるようなら、それを止めるために作られたものなのだ。ヒロは私の助手で、私の調査活動を手伝ってくれていた。なんと言っても、彼は腕のいいパイロットで、世界中のどんなところへでも飛んでくれたからな」
ポーラーが見ると、ヒロさんは、にこりと笑って見せました。
「そして、宇宙人が北極の近くに、町を作って住んでいることを突き止めた私は、ヒロと一緒にそこを訪れた。ゲルダと出会ったのは、その時だ。ヒロとゲルダは、たちまちお互いを好きになり、結婚することになった。私は、ゲルダたちが悪い宇宙人ではないことと、二人が結婚したことを『十三人委員会』に報告し、『十三人委員会』はゲルダたちが地球で静かに暮らせるよう、彼らに手を貸すと約束した」
「でも、それは嘘だったのよね?」
ウメコは言って、ふんと鼻を鳴らしました。パリー博士はしかめっ面で頷きました。
「その時、『十三人委員会』は、ゲルダたちにも一つ、約束を守るように言ったのだ。それは、宇宙人であることを隠し、特技を使わないようにすることだった。もし宇宙人であることが世の中にばれれば、彼らを意味もなく怖がったり、その超能力や科学力を、お金儲けや悪いことに使おうと考える者が現れて、大騒ぎになるかも知れないと言うのが、その理由だ」
「実際に、テレビで手品のようなことをして見せて、お金を稼ごうとした仲間がいたんです。大騒ぎになって、しまいにはインチキ呼ばわりされてしまいましたから、私たちは『十三人委員会』が言うことも、もっともだと考えていました」
ゲルダさんが言いました。
すると、パリー博士は小さくため息をつきました。
「だが、それは『十三人委員会』の罠だったのだ。私は、ゲルダたちのように、隠れて暮らす宇宙人をさがして世界中を飛び回っていたから、ヒロやゲルダと連絡が出来ない日が、長らく続いていた。ゲルダはアロンソ君のように、心の声で話すことができるから、『十三人委員会』との約束がなければ、もっとこまめに連絡できていたはずだし、そうすれば、メンゼル博士が何か企んでいることも、教えられたのだ」
博士は言って、ヒロさんに目を向けました。ヒロさんは頷き、博士の代わりに話し始めます。
「私たちの町は、メンゼル博士が率いる、『十三人委員会』の軍隊に取り囲まれた。もちろん、ゲルダたちの特技を使えば戦うこともできたが、そんなことをしても人が死んだり怪我をしたりするだけだから、私たちは、この宇宙船に乗って逃げようとしたんだ。ところが、ちょっと浮かび上がったところで、宇宙船は湖に墜落してしまった。そのせいで起きた津波に町は飲み込まれ、私たちは宇宙船ごとメンゼル博士に捕まり、エリア51に連れてこられたというわけだ」
「どうして、宇宙船は急に動かなくなったりしたの?」
ポーラーが聞きます。
「君がロケット砲で壊してくれた、超能力妨害装置のせいだ。宇宙船は、宇宙人の超能力をエネルギーにして飛んでいたから、それを妨害されては、もう飛ぶことができないからね」
ヒロさんの答えを聞いて、ポーラーや「おや?」と首を傾げます。
「でも、僕がメンゼル博士に撃たれたとき、どうしてお父さんの声が聞こえたんだろう。あの時はまだ、装置は壊してなかったのに」
それに答えたのは、ゲルダさんでした。
「昨日から、妨害電波が急に弱くなったんです。それで、近くまで来たあなたに、なんとかヒロの声を届けることができました」
「他の人の声を送ることなんてできるの?」
ポーラーはびっくりして言ってから、アロンソを見ます。でも、アロンソは首を振りました。
「僕には無理だよ。ゲルダさんは、僕よりずっと力が強いからできるんだと思う」
すると、パリー博士が急に、「なるほど」とつぶやきました。
「超能力妨害装置は、ぜんぶで七つあるのだ。おそらくメンゼル博士は、私を助けに来た君たちと対決するために、そのうちの一つを外してロボットに載せたのだろう。装置は、とても貴重な材料を使うから、新しく作ることなど、簡単にはできないからな」
それは、ぎょっとするような話でした。もし、ガートルードさんの言うことを聞いて、博士を見捨てて新しい『学校』へ逃げたりしていたら、ポーラーはお父さんとお母さんに、会うことが出来なかったのかも知れないのです。
「サク。いや、今はポーラーだったな」
ヒロさんが言いました。ポーラーが見ると、ヒロさんは、少しだけ悲しい顔をしていました。
「どんな理由があったにせよ、私たちは君を独りぼっちで放り出すなど、ひどいことをしてしまった。寂しい思いをさせて、本当にすまなかった」
「僕は大丈夫。だって、パリー博士やみんながいたんだもの」
ポーラーは胸を張って言いました。
「あら。さっきまで、大泣きしてたのは誰かしら?」
ウメコがニヤニヤ笑って言います。
「あれは、お父さんやお母さんがいるとわかって、ちょっとびっくりしただけだよ」
ポーラーがもぐもぐ言い訳すると、みんなは大笑いしました。ポーラーは、「そんなに笑わなくてもいいのに」と、ちょっとだけ腹を立てて、ふくれっ面をします。
「でも、どうしてポーラーだけ、置き去りにしなければならなかったの?」
ウメコが聞きました。それには、ゲルダさんが答えました。
「墜落してすぐに、私たちはこの宇宙船に閉じこもってしまおうと決めました。飛ぶことができないのなら、そうする以外に、メンゼル博士から逃れることはできないからです。でも、それだって、いつまでもつかもわかりません。もしメンゼル博士が、宇宙船の入口を破ることに成功して、私たちを本当に捕まえてしまったら、きっと彼は、私たちを実験動物にしてしまったでしょう」
ゲルダさんが言い終えると、ヒロさんが続けました。
「私たちは、自分の子供を、そんな目にあわせたくはなかった。だから私たちは、私のジャンパーと一緒に、二歳になったばかりのポーラーを脱出カプセルに入れて、こっそり湖の中へ逃がしたんだ。パリー博士なら、きっと助けに来てくれると信じていたし、その時になってポーラーが、私たちの子供だと、わかるようにしておきたかったからね」
「私には、見慣れたジャンパーだったからな。しかし、ポーラーはゲルダにそっくりだったから、それがなくても、すぐに彼が君たちの子供だとわかっただろう」
パリー博士が笑いながら言いました。
つまり、ポーラーは、もうどこにもいないと思っていた、お父さんやお母さんと、いつも一緒だったのです。そして、ポーラーは気付きました。
「ひょっとして、ウメコや、アビーや、アロンソのお父さんとお母さんも、どこかにいるの?」
博士は頷きました。
「彼らは『十三人委員会』との戦いに、子供たちを巻き込みたくないと考え、私にみんなを預けたのだ。地球人と宇宙人の、両方の血を引く君たちが、たとえそれが『十三人委員会』だとしても、地球人の敵になって戦うことになるのは、とても悲しいことだと言ってな。そして、それは私も同じ気持ちなのだ」
確かに、パリー博士の言うこともわかります。でも、ポーラーは、それが間違っているように思えました。
「博士。僕は、誰かの敵になりたいんじゃありません。お父さんや、お母さんの味方になりたいんです。きっと、それはみんなも同じだと思います」
ポーラーはそう言って、仲間たちを見ました。ウメコも、アビーも、アロンソも、みんな「その通りだ」と言うように頷きます。
でも、博士は「うーん」とうなって黙ってしまいました。ヒロさんも、ゲルダさんも、少し困ったような顔をしています。
「ねえ。そもそも、みんなが宇宙人って呼んでる人たちだって、もとをたどれば地球人なのよ。だから、私たちの敵は『十三人委員会』で、地球人じゃないの。みんな、そんなこともわからないの?」
ウメコは言って、ふんと鼻を鳴らします。
すると、ガートルードさんがくすりと笑って言いました。
「私は、パリー博士を見捨ててでも、子供たちを逃がそうとしました。でも、もしそうしていたら、きっとポーラーさんは、お父さんとお母さんに会えなかったでしょう。だから、間違っていたのは、きっと私の方だったんです。みなさんも、なにが本当に正しいか、ちゃんと考えてみませんか?」
パリー博士は苦笑いを浮かべて、頷きました。
「わかっているとも、ガートルードさん。だが、大人と言うものは、なかなか自分の間違いを認めたがらないものなのだ」
ヒロさんとゲルダさんは、お互いに顔を見合わせ、それからこくりと頷き、ベンチから立ち上がりました。そうして、ゲルダさんが手を振ると、草原の風景はぱっと消えて、真っ暗な宇宙の景色に変わりました。足元には真っ青な地球も見えます。
みんなは驚いて立ち上がり、何事かとあたりをきょろきょろ見回します。その時、アビーが足元を指さして叫びました。
「見て!」
アビーが指さす先には、いくつもの銀色の円盤が、のぼってくるのが見えました。
「仲間たちに、今の話を伝えました。みんな、なにが正しくて、なにが大切か、本当はちゃんとわかっていたんです」
ゲルダさんは言って、にこりと笑います。
「あの円盤のどれかに、お父さんとお母さんがいるのね」
アビーは、円盤をじっと見つめながら言いました。
アロンソも、こちらへどんどん近づいてくる円盤を見つめ、ウメコは何度も眼鏡をはずし、白衣の袖で目をごしごしこすっています。ポーラーのことを笑ったくせに、自分も泣いているようです。
そして、ポーラーは、ふいに大切なことを思い出しました。ポーラーは、お父さんとお母さんを見て、言いました。
「お帰りなさい」
ヒロさんとゲルダさんは、ちょっとだけ驚いた顔を見せてから、笑顔になって、ふたりで声をそろえて言いました。
「ただいま、ポーラー」