みんなの秘密
ポーラーが練習場にしている草原から『学校』まで、歩いて行こうとすれば、森の中を抜けるくねくねした道や、きつい坂道を通らなければならないので、ずいぶん時間が掛かります。でも、空を飛ぶとあっと言う間でした。
ポーラーとアビーは、『学校』の前へ着陸しました。と言っても、ここは普通の学校ではありません。生徒は全部で四人しかいないし、それはポーラーのように、パリー博士が世界のあちこちで見つけた、お父さんもお母さんがいない子供たちなのです。ポーラーたちは、『学校』で寝て起きて、ごはんを食べて勉強をします。だから、ここは学校であり、ポーラーたちの家でもありました。
学校の前には、パリー博士の車が停まっていました。博士は忙しい人で、いつもどこかに出掛けているのですが、たまにこうやってポーラーたちの様子を見にやって来るのです。
玄関から入って教室へ行くと、アロンソと眼鏡を掛けた女の子が待っていました。女の子はウメコと言って、としは八歳です。お医者さんが着るような白衣を着ていますが、それは大人用なので袖はまくってありますし、裾は床にひきずっています。
「お帰り。ずいぶん早かったね」
アロンソは、にっこり優しい笑顔で言いました。
「ポーラーに乗せてもらって、草原から真っ直ぐ飛んで来たの」
アビーが説明すると、アロンソとウメコはぎょっとしました。
「あなた、飛ぶのが下手くそなのに、そんなことしたら危ないじゃない。アビーを怪我させるつもりなの?」
ウメコは、ポーラーをじろりと睨んで言いました。小さいのに、彼女はとても生意気な女の子です。でも、それは仕方のないことでした。なぜなら、ウメコも他の仲間と同じように、不思議な特技の持ち主だったからです。
ただ、それは空を飛んだり、手を使わずに物を動かしたり、心で話したりすることではありません。そのかわり、大人もかなわないほど賢いのです。難しい計算をすらすら解いたり、聞いたこともない難しい言葉をぺらぺらしゃべったり、なんだかよく分からない不思議な機械を発明することもあります。そして、パリー博士のお手伝いをしたり、ポーラーたちに勉強を教える先生の役もするのです。
そんなわけで、みんなはウメコが生意気なこと言っても、年下だからと言って怒ったりはしません。なんと言っても、彼女はみんなの先生なのですから。
「あのね、ウメコ。ポーラーは、前よりずっと上手に飛べるようになったの。だから、そんな心配をすることなんて、ぜんぜんなかったわ」
アビーは、ポーラーが見つけた新しい飛び方について説明しました。それを聞いたウメコは、腕を組んで何やら考えます。しばらくして彼女は言いました。
「なるほど、そう言うことね!」
ウメコは、どうしてポーラーが上手に飛べるようになったのかをみんなに説明しました。でも、クウリキトクセイだのハンジュウリョクだのモーメントだのと、聞きなれない言葉がどんどん出て来るので、ポーラーにはちんぷんかんぷんです。たぶん、それは他のみんなも同じに違いありません。
「落っこちる心配がないのなら、僕も乗ってみたいな」
アロンソが、にこにこ笑顔で言いました。
「僕より大きいのに?」
ポーラーはぎょっとしました。一番年上のアロンソは、もう大人とそれほど変わりないほど背が高いのです。
「だったら私はオーケーってことね」
ウメコは言って、なんだか楽しげに笑います。
みんなから取り合いになって、ポーラーも悪い気はしませんでしたが、自転車のような乗り物あつかいにされるのは、あまり嬉しくありません。
そうして、みんなでおしゃべりをしていると、外からばたばたと足音が聞こえて来ました。教室の扉が開いて、パリー博士と、大きなバッグを持ったメイド服姿の女の人が飛び込んで来ます。女の人はガートルードさん。若くて美人で、『学校』ではポーラーたちの世話をしたり、ウメコと一緒に先生になって、勉強を教えてくれている人です。
「みんな、揃っているな」
パリー博士は、子供たちをぐるりと見回して言いました。真っ白な髪に真っ白なヒゲをふさふさに生やした博士は、まるでサンタクロースのようです。でも、今はサンタクロースとは違って、笑顔ではありません。
「もうすぐ、ここに悪い大人たちがやって来る。彼らは、君たちを捕まえるつもりでいるんだ」
子供たちはびっくりして、みんなで顔を見合わせました。
「どうして、そんな人たちに、僕たちが狙われているんですか?」
アロンソが聞きました。
「すまないが、アロンソ君。今は、ゆっくり説明している時間はないんだ。詳しいことは、あとでガートルードさんに聞くといいだろう」
博士は早口で言って、ウメコを見ました。
「ウメコ君、例のものは完成しているかね?」
「もちろん」
ウメコは胸を叩いて言ってから、黒板の前まで行って、そこの床をドシンと踏みました。すると、その床がぱかりと開き、四角い穴があらわれます。ポーラーが覗き込むと、降りの急な階段が見えました。もう、何年もこの教室で勉強してきたのに、今までこんなものがあるとは、まったく知りませんでした。
「私に付いてきて」
ウメコは言って、さっさと階段を降りて行きます。アビーとアロンソも穴に入り、ポーラーも後を追い掛けようとすると、パリー博士が言いました。
「では、ガートルードさん。子供たちをお願いします」
「はい、任せてください」
ガートルードさんは、真剣な顔で頷きました。
「博士は一緒に来ないんですか?」
ポーラーはぎょっとして聞きました。
「私はまだ、やらなければならないことがあるんだ。それが終わったら、すぐにみんなを追い掛ける」
ポーラーは心配になりましたが、頷いてから階段を降りました。ガートルードさんも穴に入ると、博士は上から入口を閉じてしまいました。
穴の中をどんどん降りていくと、真っ暗な場所にたどり着きました。ウメコが「ちょっと待って」とみんなを止めてから、近くにあった電気のスイッチをガチャンと入れます。途端にぱっと明かりがついて、体育館のように広い場所の真ん中に、ぴかぴかで真っ黒なワゴン車が止まっているのが見えました。
「すごいでしょ。博士に言われて、私が作ったの。さあ、みんな乗って」
ウメコが言って、助手席に飛び乗りました。ガートルードさんは、持ってきた大きなバッグを後ろの荷物置き場に放り込んでから、運転席に座ってエンジンを掛けます。ポーラーとアビーとアロンソは、その後ろの席です。
「みなさん、ちゃんとシートベルトを締めてくださいね」
ガートルードさんが言うので、ポーラーはお尻のあたりを探してから、ベルトをしっかり締めました。それがはまって、カチリと音を立てると、ワゴン車は勢いよく発進しました。行き先をふさいでいた大きな鉄の扉が勝手に開いて、みんなを乗せた車は、猛スピードでそこを通り抜けます。
長いトンネルを走り、外へ出ると『学校』はずいぶん後ろに見えました。その上には、たくさんの黒いヘリコプターが飛んでいます。それが、博士の言う悪い大人たちなのでしょうか。
「ウメコさん、そろそろお願いします」
ガートルードさんが言いました。
「オーケー」
ウメコが白衣のポケットからリモコンのようなものを取り出し、そのボタンを押すと、途端に窓の外の景色が虹色に光り始めました。
「これ、なんなの?」
ポーラーは不思議に思って聞きました。
「ウメコさんの発明で、簡単に言うと透明マントです。今、私たちの車の姿は、外からまったく見えなくなっています」
ガートルードさんが説明していると、『学校』のほうで大爆発が起こりました。ポーラーたちは、驚いて振り返ります。
「博士は大丈夫なの?」
ポーラーが心配になって聞くと、ガートルードさんがすぐに答えました。
「あの爆発は、パリー博士が仕掛けたものなんです。もちろん、博士はとっくに脱出しているでしょう」
パリー博士が言っていた、「やらなければならないこと」とは、きっとこの爆発に違いありません。それでポーラーは、ほっとして胸をなでおろしました。
「ガートルードさん。そろそろ何が起こっているのか、教えてもらえますか?」
アロンソが聞きました。
「そうですね」
ガートルードさんは、ハンドルを握って真っ直ぐ前を見ながら、こくりと頷きます。それから彼女は、とんでもないことを言い出しました。
「実を言うと、みなさんは宇宙人の子供なんです」