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空の飛び方

 ポーラーは、北極にとても近い街で拾われた男の子です。お父さんも、お母さんもおらず、名前もわからなかった彼は、拾われた場所からとって、さいはて――遠い、遠い、そこから先のない場所――と言う意味の、ポーラーと名付けられました。

 彼を見つけたのは、パリー博士です。とてもえらい学者で、その時にはもうおじいさんと言う歳でしたが、有名な冒険家でもありました。

 実は、ポーラーがいた街は、そのすぐそばの湖で起きた津波に飲み込まれ、たくさんの家や人が、みんな流されてしまっていたのです。パリー博士は、どうしてそんなことが起きたのかを、遠くの街から調べに来て、そこでたった一人生き残っていた、小さな男の子を見つけたのでした。

 もちろん、その時のポーラーの歳を、教えてくれる人はいませんでしたから、博士は「だいたい二歳くらいだろう」と考えました。そんなわけで、今のポーラーはだいたい十歳くらいと言うことになります。

 さて、その十歳くらいのポーラーには、不思議な特技がありました。

 なんと、自由に空を飛べるのです。

 まあ、「自由に」と言っても、ぷかぷか浮かぶくらいはそうなのですが、あっちからこっちへと移ろうとすれば、とてもぶきっちょなことになってしまいます。

 右にふらふら、左にふらふら。昇ったかと思えば、落っこちそうになって、本当に危なっかしくて、見ている方がハラハラするほどです。

 それでもポーラーは、いつか上手に飛べるようになれると信じていました。それと言うのも、ポーラーが博士に拾われたとき、彼はパイロットが着るような、立派な革のジャンパーを着ていたからです。博士はそれを、ポーラーのお父さんかお母さんが着せてくれたものだろうと考え、ポーラーも自分がパイロットの子供なのだと信じるようになりました。


 パイロットの子供なら、空くらい上手に飛べなきゃ!


 そんなわけで、ポーラーは今日も飛ぶ練習を頑張るのです。お父さんかお母さんがくれた、ぶかぶかの革のジャンパーと、十歳の誕生日に――本当の誕生日はわからないので、北極の町で博士に拾われた日ですが――博士から贈られたゴーグルを着け、小さな白い花が咲く草原の端っこから、真っ青な空に向かって飛び立ちます。と言っても、風船のようにぷかぷか昇っていくだけなので、それほどカッコイイものではありません。本当は、テレビやマンガのヒーローのように、ぎゅんと飛び上がりたいところですが、前にそれをやって、危うく頭から地面に突っ込みそうになったので、もうこりごりです。

 地面からじゅうぶん離れると、いよいよ練習開始です。とにかく、まずは真っ直ぐ飛べるようにならなくてはいけません。

 飛ぶときに一番難しいのは、体が傾かないようにすることです。鳥や飛行機は、ちゃんとおなかを地面に向けて飛びますし、そうするが当たり前のことなのです。でも、ポーラーはどうしても、その当たり前ができません。しばらく飛んでいると、必ず右か左に傾いでしまうのです。それを戻そうと頑張れば、今度は反対側に傾いて、ついには勢いあまってくるくる回転する始末。そうすると目が回って、右も左も上も下もわからなくなってしまうのです。これでは、真っ直ぐ飛ぶことなどできやしません。

 そうして、何度か失敗したところで、ポーラーはひとまずじっくり考えることにしました。このままやみくもに飛び回っていては、いずれ墜落してひどい目にあうでしょう。

 ポーラーが、ぷかぷか浮かびながら、腕を組んであれこれ考えていると、一羽のツバメが目の前をすいっと飛んでいきました。

 ポーラーは、思わず「あっ」と声をあげました。鳥は飛ぶことにかけて、大先輩です。上手に飛びたいと思うのなら、その真似をしない手はありません。

 ポーラーは翼の代わりに大きく両手を広げ、草原の真ん中に一本だけ生える、大きな樫の木を目指して飛びました。

 どうやら、この作戦はうまくいったようです。ポーラーは右にも左にも傾かず、きちんとおなかを下にして、真っ直ぐ前に進むことが出来ました。

 嬉しくなって、ポーラーはぐんぐんスピードを上げました。地面はどんどん後ろに流れ、耳元ではびゅうびゅうと風の切れる音がします。そうして、あっと思った時にはもう、目の前に樫の木がありました。慌てて止まろうとしますが、間に合いません。


 ぶつかる!


 そう思って目をぎゅっと閉じると、ポーラーは体がぐいと後ろへ引っ張られるように感じました。恐る恐る目を開けると、鼻のすぐ先に樫の枝の先っぽがあります。本当に、危機一髪でした。

「ポーラー、大丈夫?」

 女の子の声がします。見ると樫の木の下に、大きな赤いリボンを着けた女の子が、両手を上げてポーラーを見上げていました。

「やあ、アビー」

 ポーラーは手を振ってから、ゆっくりと女の子の前に着陸します。

「ありがとう、君が止めてくれたんだね」

 ポーラーがお礼を言うと、女の子はにっこり笑って頷きました。

 この子はアビーと言って、ポーラーと同じ十歳の女の子です。彼女も不思議な特技を持っていて、遠くにあるものを、触らずに動かすことが出来るのです。ポーラーが樫の木にぶつからずにすんだのも、アビーが特技を使って、彼を引き留めてくれたからでしょう。

「ねえ、ポーラー。どうして木に体当たりをしようだなんて考えたの?」

 アビーは不思議そうに聞いてきました。ポーラーがわけを説明すると、アビーはくすくす笑いました。

「それなら仕方がないわね。うまく行っていたのなら、途中で()めるのはもったいないもの」

 まったくその通りだとポーラーは頷き、それから気になって聞いてみました。

「アビーは、こんなところで何をしていたの?」

「私は本を読みに来たの」

 アビーが指を振ると、樫の木の根元に置いてあった本が、目の前まで飛んできて、ポーラーの手の中に落っこちました。それは、ずいぶん前に、ポーラーも読んだことのある本で、確か魔女見習いの女の子のお話です。

「読み終わって、なんとなく空を見たら、あなたがものすごいスピードで飛んでくるんだもの。本当にびっくりしたわ」

「ごめん」

「いいの。でも、ずいぶん飛ぶのが上手になったのね」

「うん、それがね――」

 褒められて嬉しくなったポーラーは、自分が発見した飛び方について、一所懸命に説明しました。でも、ずいぶんしゃべったところで、自慢話ばかりじゃアビーも退屈なんじゃないかと心配になってきます。そうして彼は、名案を思い付きました。

「そうだ。アビーも一緒に飛んでみない?」

 アビーは目をぱちくりさせました。

「どうやって?」

「僕の背中に乗るのさ」

 アビーはちょっとだけ尻込みしてから、それでもしまいには頷きました。

「木に体当たりしないならいいわ」

「ちょっと浮かぶだけだから、大丈夫だよ」

 ポーラーは笑いながら言うと、アビーの本をジャンパーの胸ポケットに押し込んで、くるりと背中を向けました。そうして、アビーが首にしがみつくのを待ってから、ゆっくり浮かび上がります。樫の木のてっぺん辺りで両手を広げ、おなかを地面に向けると、アビーは体を起こし、ポーラーにしっかりまたがってから、「わあ」と声を上げました。

「素敵。魔法のほうきみたい!」

 アビーが喜んでくれたのはよかったのですが、ほうきあつかいされたポーラーは、ちょっとがっかりです。

 その時、ふと頭の中に声が聞こえてきました。

(ポーラー、アビー。どこにいるんだい?)

「アロンソ?」

 ポーラーとアビーは声をそろえて言いました。

 頭の中に聞こえてきた声は、アロンソと言う男の子のものです。アロンソはポーラーたちよりも年上の十二歳で、声を使わず心で話ができる特技を持っていました。そんなわけで、彼とはどんなに遠く離れていても、こうやっておしゃべりができるのです。

(博士から、何か大事なお話があるらしい。急いで『学校』まで戻っておいで)

「わかったわ、アロンソ」

 アビーは答えてから、すぐに言いました。

「このまま飛んでいきましょう」

「だめだよ、アビー。僕はまだ、真っ直ぐにしか飛べないんだ」

 ポーラーはあわてて言いました。それこそ、木に体当たりでもしたら、自分だけでなくアビーにまで怪我をさせてしまいます。でも、ポーラーの心配をよそに、アビーはくすくす笑いました。

「木よりも高いところを飛べばいいじゃない。そうすれば真っ直ぐしか飛べなくっても平気よ。だって、右や左に避けなくってもいいんだもの」

 まったく、アビーの言う通りです。ポーラーはぐるりと見渡して、丘の上にある白い壁の四角い建物を見つけると、アビーを乗せて真っ直ぐそちらへ飛んでいきました。

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