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影25
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深夜0時、仕事に起きた律子は、体中にホッカイロを貼り、ピンク色の毛糸の帽子に、セーフティ・ベストをして、自転車で職場へ出掛けた。
律子が起きる前には、すでに幻一郎の部屋に明かりは点いていて、何かしらの本を読んでいた。出発前の残った数十分だけが、2人の余暇だった。それでも、律子は幸せだった。
いつしか幻一郎は、自ら掃除機を手に持つようになっていた。
積極的にご飯も食べるようになり、以前よりも表情が明るくなっていた。
「なに書いてるの?」
「論文だよ。村上昭夫の『五億年』という詩について、自分なりに解明しているんだ。人間の知性と時間のバトンを受け取っているんだよ」
幻一郎は、郷土の詩人村上昭夫の研究者である。
しかし律子は、村上昭夫のことを知らなかった。故人であることすら知らなかった。
体操着姿で胡座をかきながら、幻一郎がインク壺に白い羽根ペンをつけると、原稿用紙に慣れた手つきでスラスラと書き進めていった。
「万年筆ってのは、いいんだよ。特に、赤と青の鉱石インクを混ぜ合わせるとね、反応を起こして、書くと原稿に宝石みたいにキラキラとした字が浮かびあがるんだよ」
幻一郎のその瞳には、若き日に持ち合わせていたであろう好奇心が甦っていた。




