影10
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窓からうろこ雲の流れを見ていると、一瞬一瞬その形が変わっていく。
最初は、山のような形の雲が、次の瞬間は海のような形に変わっていた。
この家には、大小合わせて部屋数が6室ある。幻一郎が今いる部屋を除けば、その部屋のすべてが物置になっていた。そして、その中の一つが、『あかずの間』だった。「そこだけは開けるな」と、幻一郎が忠告した。理由は言わなかった。律子もあえて聞かなかった。
「ねえ、あれなに?」
律子が、本棚の奥に仕舞い込んであった、古びたアルバムのようなものを指差した。
「昔の写真だよ」
「見せて」
幻一郎が、新聞紙で足の踏み場のない床を掻き分け、アルバムを本棚から取り出すと、律子に手渡した。
それは、どれもモノクロームの写真で、盛岡の風景も今とは多少違って見えた。律子が、アルバムをゆっくりとめくっていくと、一枚の写真が目に止まった。学校の正門で撮影したであろう、学帽をかぶり学生服を着た5人の姿だった。
「これは?」
「中学生時代の写真だよ」
「へぇ、じっちゃんはどの子?」
「どこだと思う」
「わかんない。これかな?」
「違うよ」
「それじゃあ、これ?」
「違う、この頃は眼鏡かけてないよ。これだよ」
幻一郎が指差したその少年は、端整な顔だちの美しい瞳を宿していた。
「嘘だ。」
「嘘じゃないって、これだよ」
幻一郎が、写真を見ながら目頭を熱くして、「この頃が一番良かったな…」と、声を震わせた。