影9
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…人よりおいしいものを食べたからって、それがなんだって言うんだ。人より1、2年長生きしたからってそれがなんだって言うんだ。…ワタシは極貧生活に憧れるのだ。…人から惜しまれて死ねば、それだけ人を苦しめてしまうのだ。だから、ワタシは人から憎まれて死にたいのだ…
これが、瞳に力を失った幻一郎の口癖だった。見るからに幻一郎は、生きる気力を無くしていた。
幻一郎の祖先は、平家の落人だった。
幻一郎はその因縁を引き摺っていた。律子が持ってきた携帯電話のワンセグで、大河ドラマを見ながら、源氏一族を怨む言葉も度々口にした。
律子の祖先は、あの鬼退治をした渡辺綱だ、と生前祖母から聞かされていた。なぜその祖先が、北の『みちのく』の地に住んでいるのかは分からない。
渡辺綱とは、平安時代中期の武将であり、源頼光に仕え、四天王の筆頭として活躍した。大江山での酒呑童子退治や、京都の一条戻り橋での鬼退治は有名で、それはそれは屈強で剛勇だったという。祖母の本家は安庭にあり、200年近く経った屋敷に住んでいた。6本の立派な太い柱には、菊の御紋が付いていたのだという。屋敷のいたる所は、劣化や損傷が激しく、雨漏りもひどかったと聞く。今はその家も取り壊され、残されていた刀や掛け軸は、戊辰戦争の際に、南部潘に没収されてしまった。だからそのことを、律子は祖母の話でしか知らない。屋号があり、「ちょころど」と呼ばれていたという。ちょころどの「ど」とは、殿様の「殿」という意味であるらしい。当時、そういった呼び名は、その地域でも4、5件くらいしかなかったという。律子はこの話を、幻一郎に話す勇気がなかった。




