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フアナのお仕事(前編)

「おい、小僧」

「かーっ」

「おい」

「ぐーっ」

「………」

「うべっ!?」 

 幸せそうに緩みきったウィリアムの頬に何かが容赦なく振り下ろされ、ばちん! という派手な打音と、ぐき! というよろしくない音が、朝のさわやかな町に響いた。

 痛む頬を押さえながら起き上がり、いったい何事かと辺りを見渡す。しかしベッドの上からはいつもどおりの自分の部屋しか見えない。

「下じゃ」

「下?」

 首を傾げていると下を見ろと声がした。男の声だ。重みと深みの有る、若さを無くした男の声だ。

 自分以外には誰もいないはずの部屋でなぜ声が? 下とは何だ、ベッドの下か? いったい何が? 不審に思いながらも顔を覗かせるとそこには、

「は、え……は?」

真っ黒な毛並みと、きらめく琥珀色の瞳を持つ、黒猫が居た。

「お前…、昨日の?」

それは昨夜フアナの店で見た、あの黒猫だった。その猫が、

「まったく…、手間を掛けさせおって」

「………え?」

しゃべった。昨日の女の声ではない。たった今、自分に下を見ろと言った、男の声だ。

「早くせんか」

「は?」

「行くぞ」

 それだけ言うと猫はくるりと背を向け窓のほうへ。今の今まで気がつかなかったが、両開きの窓が僅かに開いている。猫はそこから入ったのだろうと納得しかけて、はたと止まる。

「おいちょっ…、ここ2階っ!?」

窓枠に飛び乗った猫を引き止めようとするも一足遅く、その体はひらりと窓の向こうへ。慌てて窓の下を見ると、しかしそこには予想に反してしれっと立って、不機嫌そうに見上げてくる。早くしろ、ということか。

「………………」

 いつまでも呆けていると猫の眼光が鋭くなった、気がした。背筋に凍えた何かを感じて部屋を飛び出した。1階で朝食の準備をしていたメリルがどたばたと降りてくるウィリアムに驚いた。

「ちょ、どうしたのお兄ちゃんっ?」

「ちょっと出てくる!」

「え、ご飯は!?」

「悪い!」

「あちょっ…!」

ばたん!!

「…なんなのよ」



 猫はご丁寧にドアの前で不機嫌を絵に描いていた。

「遅い。行くぞ」

「えっと…、どこに?」

「ついて来い」

質問に答えず歩き出す猫にむっとするが、それでもウィリアムもついて行く。

 数分ほど歩き続けるうちにウィリアムは耐え切れなくなり、大股で猫との距離を一気につめてその体をひょいと抱き上げた。

「なっ、何をする!?」

「遅い」

「…何じゃと?」

「歩くの、遅い。行きたいとこ言えよ、連れてってやるから」

「…ふん、まあ良いわ。ほれ、さっさと歩かんか」

猫は不承不承と言い、それでもちゃっかりウィリアムの頭の上に陣取った。如何に猫と言えど首だけで支えるにはその体は重すぎる、筈なのだがどういうことか首にも肩にも重みを感じない。ただ猫が触れている感触だけが頭にある。さっき抱き上げたときはちゃんと猫の重さだったのに、今は羽でも乗せているようだった。

 しかしそれを問うことはしなかった。きっと答えてはくれないだろうという予想も有ったが、それ以上にどうでも良かった。ウィリアムのやることに変わりはないのだから。猫はその姿をただじっと見つめていた。

「で、どこ行きゃいいんだ?」

 曲がり角に差し掛かり足を止めて目線だけで猫を見上げるが、見えなかった。代わりに顔の横に垂れる尻尾を見るとゆらゆら揺れている。

 掴みたい。

「ふむ…、そこか。小僧、右ジャあ゛っ!?」

「うおっ!?」

 欲望に忠実にそれを掴むと猫は悲鳴を上げ、ウィリアムの首も悲鳴を上げた。尻尾が自由になった猫は頭から飛び降りて威嚇する。

「なんの真似じゃ!?」

「いや掴んでくれとばかりに揺れてるもんだからつい…。つかお前、今急に重くなったの何?」

「ついとは何じゃ、ついとは! 最近の小僧は労わるということをしらんのか、まったく!」

「悪かったって…。で、さっきのは何なんだよ?」

 ウィリアムはおざなりに謝ると話題を変えた。

 ぷんすか怒ってる猫の声がおっさんって…。

「なんじゃ小僧、よもやわしをただの猫とでも思っとるのか」

「違うことは充分わかったよ。で?」

「ふん、礼儀のなっとらんわっぱじゃ。まあヒトのわっぱならば仕方の無いことなのやものう」

「んだとクソ猫」

 心底小ばかにする猫の声に簡単に怒るウィリアムを、猫はまたじっと見つめる。その視線に気づいて首を傾げた。

「…何だよ?」

猫はその問に答えない。代わりに違う問に答えた。

「わしは猫ではない。かと言ってヒトでも他の動物でもない。わしには本来、形が無い。故に重さなどと言う概念には囚われん」

「…ん?それってつまり、」

「さあ行くぞ、きびきび歩け」

「うぉっと…、ったく」

直接言葉にすることなく、それでもほとんど答えを言っているような答えを返すと、猫は再びウィリアムの頭へよじ登った。ほれほれと急かす猫の声にやれやれと従いつつ考える。

 なぜ、精霊族だと一言で言ってしまわないのか、と。



「うむ、居ったの」

「どれ?」

 猫の視線の先には、今まさに家から出てきたらしい男と、家人らしき女性とその子供だろう娘が立っていた。彼らは軒先で2、3言話していたが、距離があるため聞き取れない。やがて男が立ち去ると娘が女の腰に抱きついた。女はその頭を撫でてやると、娘の背を押して家の中に入っていった。

「今のは?」

「今回の客じゃ、昨日見つけた」

「…は? どゆこと?」

「なんじゃ、お主昨日のフアナの話を聞いとらんかったのか」

「………?」

「鈍いわっぱじゃのう。フアナの客はわしが見定めておるということじゃ」

「でも、フアナはミトが連れてくるって、」

「じゃから鈍いと言うておるのじゃ。わしがそのミトじゃとなぜ発想せん」

「………は?」

「ええい、まどろっこい」

 猫は高く飛ぶと、空中で発光しだした。そして着地するころには光は納まり、その姿は昨夜の少年へ。愕然とするウィリアムに一言。

「の」

「の、じゃねえ!」

わかったろう、と同意を促す声はあの猫と同じもの。こちらもやはり見た目と声とがまったくそぐわない。いや、そんなことよりも、だ。

「何で、姿が…」

「言うたじゃろう、わしには本来、形が無いと。それはつまり、何にでもなれるということじゃ」

「…そういう、もんなの…か?」

「…ふん、わしとヒトとではそもそもの存在が違いすぎる。理解できずとも無理はないのやもな。ともあれ、これでわしがミトであるとはわかったじゃろう?」

 そういうと少年の体が光り、その光りが納まると今度は白い小鳥の姿になっていた。

「ミト…なんだよな?」

「うむ」

短い肯定の声はやはりそれで。

「どうして、そんなことすんだ?」

「何、簡単な話よ。その方が連れて行くのに楽というだけのことじゃ」

「楽?」

「つまりお主に見せた少年の姿も、この鳥の姿も、一番気を引きやすいということじゃ」

「あ、そう…」

何やら微妙な気持ちになったが、それは心の奥にそっとしまいこむ。

 そういえば。

「なあ、どうしてオレを連れてきたんだ? 今もだけど、昨日も」

「…お主に、フアナの仕事を見せてやる」

「フアナの仕事?」

「わしは今からあの家の子供をフアナの許へ連れていく。気取られぬようについて来い」

「あ、おい!?」

質問に答えているようでその実、自分の言いたいことだけを言って飛んでいってしまったミトの姿に、昨夜のフアナの言葉を思い出す。

  ミトは、とても自分勝手。

 ああ、そう思うよ、フアナ。



 そしてミトは宣言どおり子供を家の外へと誘い出し、そのままフアナの店まで誘導した。ウィリアムもきちんと子供の背を追って迷うことなくたどり着いた。うっかり自分を変質者に思ったような気がするが、大丈夫、悪いのはミトだ、オレじゃない。とどぎまぎする心を宥めながら、子供が入ったドアに近寄る。

 改めてみると、噂どおりのドアだ。飴色のドアに掲げられているのは煤けた金色のネームプレート、そこに刻まれる名前は無い。

 何か意味があるのだろうか。ウィリアムが首を傾げると同時にドアが開いた。開けたのはミトを肩に乗せたフアナだった。今日もきっちりフードを被っている。

「あ、よ…よう、フアナ」

「うん」

 あまり良い経緯で来たわけではない後ろめたさにどもるウィリアムを気にする風でもなく、フアナは小さく頷いた。その声は、やはりミトの口から聞こえる。この声はフアナのものなのだろう。

「ウィリアムも入って」

「え、良いのか? 今、客…居るんだよな?」

「うん。ミトがあなたを連れてきたことには、きっと意味が有るから」

 さあ、とドアを大きく開くフアナに従って中に入る。今回の客だという子供は既に椅子に座っていた。無邪気な顔でこちらの様子を伺ってくる子供に気まずくなってごまかすようによう、と軽く挨拶するとこんにちは、と返してきた。少しの安堵を覚えると、未だにドアを開いたまま立ち尽くしているフアナに気づいた。

「フアナ? …どうした?」

「…ううん、ウィリアムはそこに座って」

「あ、ああ、…?」

フードに隠れていたせいで定かではないが、何やらしげしげと見られていた、ような気がした。何か気にかかることがあるのだろうか。ウィリアムは示された椅子に腰掛けて思うが、それは後で聞くことにした。

 今からフアナの仕事が始まるのだ。何かの意図が有ってここに連れて来られたのなら、しっかりと見なくてはいけないし、そうでなくともフアナの仕事というものが気になる。

 フアナは静かに腰掛けるとそっと語りだした。

「じゃあ、始めようか」

2017年2月6日、誤字修正

2017年2月28日、誤字修正

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