女神との遭遇
学生時代に書いていた作品です。
書き直しつつ、投稿します。
誤字脱字などあるかもしれません。
教えてくださると幸いです。
まだ、完結してないので終わりまでは「なろう」オリジナルで書いていきます。
雲一つない青のグラデーションを綺麗に載せる空より熱線を降り注ぐ。太陽は知ってか知らずか三十度を越える気温でも容赦なく熱線を放つ。
そんな中、炎雲は熱線を避けも隠れもせずに買い物をするためという理由のみで歩いていた。
公園にある葉桜を横目に見ながら目的地へと、いつもの歩調より早い足取りで一歩また一歩と、確実に足を進めていく。
それは、そんな時だった。
どことなく違和感は感じていた。背後から冷たいような、そんな曖昧な感覚。
第六感が持つ能力のようなものなのだろうか?
気配や雰囲気のような生物が放つ威嚇するときのような鋭い視線に似た何かを感じていた。
最初は勘違い、ということで納得していたのだが、その禍々しい負の霊的雰囲気は次第に心を不安と恐怖が支配する。
「――あの、すみません」
「ん?」
突然、背後から女性の声がした。
突然だったので、驚いた、というのもあるかもしれないが理由はまた別にある。
今まで鋭い視線を向けていたと思われる声の主が、か細く可愛らしい声で、しかも声を震わせながら発してきたのだ。
背後にいた人物に訝しい思いをしていた自分がなんだか情けなくなってきてしまった。それでも、油断してはいけないと心を持ち直そうとするのだが、先ほどの声に対して疑惑を持ち出すことはできなかった。別の人物が立っている可能性だってあるのだ、もしくは炎雲の思い違いという可能性だってある。そうした小さな葛藤をしながら振り返ると、そこには背を掻くくらいの長い髪を二つに結んだ少女が立っていた。
「――ッ!!」
その姿は天女が降臨したかと疑ってしまうくらいに美人であった。否、美人という枠すらも余裕に超えるほどの「美」という名の光を放っている。
思はず目を手で覆いそうになるほどの圧倒的な神々しさである。その辺のアイドルと比べると天と地ほどの差があるのではないだろうか。決して、テレビに出ているような女優にも劣らない、否、それ以上の輝きを放っているその少女は見た目は大人のようではあるが、しきりにあたりをキョロキョロしている様子が幼さを感じさせる。
歳は炎雲と同じくらいだろうか。
「どう、したんですか?」
「あ、あのー。道をお聞きしたいのですが」
少女は、眉をハの字にして問うてくる。
その顔はもう泣きそうで、このまま黙っていると本当に泣き出しそうで罪悪感が胸の内から這い上がってくるのを感じた。そのため、それを制するという意味を含めて、声を発する。
「俺でよければ、大丈夫ですよ」
少女は顔を明るくした、と思ったが直ぐに曇ってしまう。それは太陽に雲が重なるようにわかりやすい変化だった。しかし、わかりやすい反応だったからこそ、それが本当に少女がつくる表情なのか? 疑問に思ってしまった。無論、その疑問を口に出すことはないが口に出ずとも表情に出る可能性がある。
炎雲自身どんな表情をしていたのかは分からないが、少女が小首を傾げて炎雲の表情を見ている。暗い顔をしているのだろう。友人にも疑問に思っているとき、考え事をしている時の表情が暗い、怖いと言われたことがある。小さい頃に一度だけされた話しをしても今更なような気もするのだが、もし暗い顔になっているのであれば微笑むことでごまかせないかと考えたが考えただけで実行する気持ち的な強さを持っていないことは気づいている。なので、炎雲は少女の次の言葉を待つあいだに心の準備をすることにした。
次の言葉への返答は微笑みで返す、と内心で呪文を唱えるように何回も呟く。
「何か用事があったんじゃないですか?」
「まあ、あることにはあるんだが……、急ぐ用事でもないし大丈夫ですよ」
再び顔を明るくする少女。その表情の移り変わりがわかりやすくて苦笑しそうになるのをこらえた。この少女は表情が表に出やすい方なのだろうか?しかし、現に先程まであんなに暗い顔をしていたのにも関わらず、今は眩しすぎるほどの微笑みをしている。こんなにわかりやすくてこの先大丈夫なのだろうか? と出会ったばかりの少女に思ってしまう。こんなことを思うのは厳禁だとはわかっている。それでも一度、疑問として頭の中に浮かび上がれば次から次へと疑問が浮かび上がってくる。そんな自分に苦笑を禁じ得なくなってしまう。
それを見ていた少女は、疑いと疑問の眼差しを向けてくるのを感じてハッと我に戻る。
先程、あんなにも繰り返し心の中で呟いた言葉は実現することなく終わった。正確には、実現したのではあるが、炎雲が思っていた少女の暗い顔を明るい顔にする、というのが本来の目的であったはずなのだが、少女は、言葉だけを聞いて明るい顔になったので、実現しなかった、とはっきり言えないぼやけた感じになってしまった。内心では、ホッと胸をなでおろしたい気分だった。笑うことは、無意識にもできるのではあるが、微笑むという行為は、無意識はできない。ましてや意図的になど不可能に近かったりする。特に笑う、や微笑むを含む愛想笑いは、苦手だ。というよりはできない、に等しい。
案内はしたことがない。したことがあったとしても口頭でそこを右、とか少し進んで左、とかよくありがちな、わかるようで全くわからない説明をして、案内をお願いした相手も愛想笑いを浮かべてどこかえ去っていく、というのが常だった。個人的にはうまく口頭で案内できた、と嬉しく思っている時でさえ案内を頼んできた方といえば愛想笑いをしていたり、炎雲としては、わからないなら教えて欲しい、と思っている。しかし、そういう発言は自分の身勝手な思い込みだということは重々承知しているので、これまで言ったことはない。
――道を案内し始める。
歩き始めて、この子の名前聞いていたほうがいいのかな。と思い立つ。思ったときには既に遅く、考える暇もなく声を発していた。
「そういえば、君、名前は?」
瞬間、少女は目を細くし数歩後ろに下がると、その華奢な体を手や脚を使って隠している。
そして、怪訝そうな眼差しをこちらに向けてくるのだった。
どこか睨みつけるに近い鋭い眼差しを、そしてあの時の禍々しいオーラを感じた。
な、なんだ?と内心で驚く。相手を刺激しないために最低限度で行動、発言せよ、と心の声がする。
炎雲は冷気を感じるとともに、鳥肌が立っていた。
場が凍えるようなとても冷たい空気につつまれる。炎雲は思わず身震いを起こしていた。
そして確信した。この子があの時、後方に感じたオーラを放っていた正体だと。一度は否定した可能性を、もう一度肯定することはそう簡単なことではないが、それでも今感じている霊的雰囲気はあのときのもので間違いはない。証拠や根拠はないが、炎雲の感覚器官が同じだと証明している。だが、証明しているだけに疑問が残る。なぜ少女はすぐに声をかけずに様子を見ていたのだろうか?キチンと答えてくれる人かどうかを見極めていたのだろうか。それとも目的地を知っているかどうか悩んでいたからなのか。ひとつの疑問からその疑問に対する推測が矢継ぎ早に出てくる。
頭を振ることで雑念を振り払う。が、その行為が余計に疑いを濃くすることになったようだ。否、この場合はなってしまった、が適当であろうか。
「ち、違う!!何を勘違いしているのかは知らないが、君の思っているようなことは考えていない。俺はただ、名前を知っていたほうが話しやすいなって思っただけだ。それに案内にも役に立つ。」
「…………」
少女は沈黙を寄せるだけだった。
炎雲にはその沈黙が怖かった、何と批判されるわけでもなく黙ったまま、というのは心に苦しさと虚しさだけを残す。
少女の放つ沈黙時のオーラは鋭く、トゲがあるような感覚があり、身体がチクチクと痛い。その痛みは、無感動的で、とても可愛らしい少女が出しているオーラとは思えない壮絶なる感情が秘められているように思える。その感情は、浴びる人間を精神的に追い詰め心に傷害を与える効果があるようだ。だが、炎雲は無傷とはいかなかったが、家ではいつも一人で過ごしている炎雲にしてみれば、悲しみや寂しさ、それら似た悲哀や哀愁はいつものように感じているために、それほどダメージはなかったようだ。その沈黙はいつまで続くのだろうか――
と思った矢先に、突然。
「何が、違う、なのでしょうか。詳しく教えていただけませんこと?」
「へっ、あ、ああ、そうだな。ごめん。」
素っ頓狂な声と共にそれを隠そうと情けない声が続く。
突然の変わりように驚きしか出ない。特に声質が変わっていた。声の高さや声の張り、語尾までしっかり聞き取れるようになったみたいだ。みたいだ、というのは実際には感じられるほどの違いではないということだ。
無意識に口にした謝罪の言葉は、少女の求めていた言葉ではなかったようで、目尻が上がっている。しかし、客観的に考えてみれば、問われていることに答えていないのだから、怒るのも無理なからぬことではある。それでも、ここまでのピリピリとする怒りようは少し違う気もしていた。
「わたくしは、謝って欲しいなどと、一言も言っておりませんよ。わたくしは、教えて欲しいと、そう、申したではありませんか」
雰囲気ではなく、性格が変わっているようだった。
最初の温厚なお嬢さん、のイメージはもう無く、傲慢なお嬢様、というイメージにすり替わっていた。
そういうことから察するに、態度が大きく感じるのは気のせいではないだろう。だが、態度や雰囲気が変わることはあるとして、言葉使いが変わることはないはずだ。と、勝手に思い込んでいた、しかし、何らかの拍子に変わった、というのは事実であり、それをありえない、の一言で切り捨てるつもりなどなかった。だがこの場合、ありえない、以外の言葉を見つけることは難しかった。その結果として出た無意識の言葉。この言葉によって少女を怒らせることになってしまったことに炎雲は静かに傷ついていた。
「そう、だな。先程も言ったと思うが、俺は君が思っているようなことは何も、思ってなどはいない!!」
「わたくしがどのようなことを思っている、というのですか?」
「――……、その、破廉恥というか、あのだな。……」
「…………」
炎雲が言うに連れて声が小さくなるのを何も言わず、ただじっとその様子を見ていた、その少女は、自然と体を隠していたその細い腕をおろした。
そして、目線も射抜くように鋭く、憎きものを見るような目ではなく、穏やかな温かみを感じるような、そんな目に戻っていた。例えるなら、真冬が春になった。というイメージに近いが、この場合は真冬の葉がない桜が、春になり寒さで縮こまっていた蕾を、心地よく枝いっぱいに咲き誇らせている。という表現が合っている。
「わたくしの勘違いということにしておきますわ。今回だけです」
「ああ、分かってくれたのならそれでいい」
本当に、分かってくれたのだろうか?言葉はまだ出会ったばかりに発していた時の口調とは程遠いように感じる。
誤解が解けてくれたのならば、ほかに言うことはないのだが、気になること、といえばいいのだろうか。それは、増す一方である。
態度の急変は、小さい頃に本で読んだことがあった。
いわゆる、多重人格というもので、そうなる原因は諸説あるが、最も真実味のあるものの一つに、孤独のあまりにもう一人の自分を創り出した。というものだった、他の説で興味を引いたものが、魂の分裂又は、外部から別の魂が身体に入ってくる、というものだ。
この説については、オカルトチックな部分が大多数を占めてしまうので、真実味よりも、面白半分といったほうが、いいかもしれない。
しかし、この説も皆無というわけではないから、冗談にできないのだ。
科学では、証明できない例の一つには、必ずと言っていいほど入ってくる説なので、科学者の人たち――主に、心理学を専攻する人間――は熱心になってその原因の究明を図っているという話だ。
話は逸れたが、この少女はその、多重人格でどんなときに『もう一人の自分』を出すのかはわからないが、短い期間だろうと、あまり刺激しないほうがいい。
さもないと、『もう一人の自分』を出されても困りものである。
「私の名前、でしたよね」
胸が高鳴る。声が急に優しい声音になり、先程まで鋭い張りのある声音との差がさらにその声を引き立たせる。いわゆるギャップというものだろう。
世の一般男性ならば、直ぐに落とされていてもおかしくはないが、炎雲には、そのギャップへの耐性があるようで、落とされる、ということはないだろう。
「ああ、教えてくれ」
「もう一度聞きますが、本当に変なこと考えていませんよね」
まただ。優しい声で怒るように囁くようなその声に、不覚にもドっきとしてしまった。
前言を撤回しよう。やはり、耐性などというものは、元々持ち合わせていなかったようだ。
そもそも、ギャップに対する耐性というものは存在するのだろうか。ギャップとは、思っている場合と違うときに起こる好きという感情に似通った別の感情なのだと炎雲は思っている、だとすれば、ギャップとは、男子についているオプションのようなものなのではないだろうか。
そういう考え方をすれば、耐性、という言葉がギャップに対して不適当な言葉になるはずだ。
要するに、ギャップに対しての耐性があるのではなくて、ギャップを感じることのできるオプションがついていない、と考えるべきではないだろうか。
そう考えたとき、炎雲は世の一般男性と同じようにギャップを感じるオプションがついている、といことになる。なので――
「考えていない。といえば、嘘になるかもしれないが」
という答えになるのは、必然的ではある。逆に言えば、このような答えをする、ということはギャップというオプションがついている証明になるのではないだろうか。
しかし、この答えではギャップなのか、下心のことを言っているのかの判断を迷うことになる。
女性がいうのであれば、ギャップだとわかるのだが、炎雲のような男性が言うとなれば選択肢が増えてしまうのは避けられないものだ。なによりも、相手が女性ということが炎雲を苦しめる要因にもなるわけであるのだが、そのことに問いをおいてしまえば永遠と語ることになってしまいそうになるので、この辺でやめておこう。と、疲れと呆れが混ざるため息を吐きそうになるが、慌ててこらえた。少女に再び『もうひとりの自分』を出されても困ると思った矢先にため息を吐いてしまえば、困ると思っていたこと自体がなかったことになる。
真実を言わなければ、咎められたときに反論できない。という後づけを心の中で行い、その後付けに、緊張しないように、という後付けをする。そして、もし真実を言ったとしても苦情の一つや二つは来るだろうと、続けて心の中で呟いた。
「はい、私は泉雲、泉雲、水恋です。字は、えーと。泉に雲と書いて泉雲です。」
泉雲と名乗るその少女は顔を赤く染めながら、震える白く小さな手を差し出した。
驚いて、時間が止まったような感覚に見舞われる。驚くというよりは、困惑に近い驚嘆だった。
不機嫌になったり苦情を言ったりするようなことはなかった。あると思ったのだが、なかった。
なかったことに残念だとか、悔やんでいるということはないのだが、先程までの会話を振り返れば、一撃来るかと思って当然だろう。
しかし、来なかった。一撃来ないほうが良いといえば、そうなのかもしれないが、今までの流れから推測して、来ると身構えていたために調子が狂う。
それでも、誰からの紹介もされず、同じ集団の中で出会ったわけでなく、偶然、一対一で初めて会う人と、こんなにも長く話すことが今までになかったので、何とも言葉では表しがたい充実感が心を満たしていた。
どうでしたでしょうか?
次回は、学園案内が主になります。
感想などよろしくお願いします。