恥ずかしい序章をお送りいたします。
誤字脱字や訳の分からぬ描写については、みなさまの生暖かいコメントをお待ちしております。お願い致します。
青に赤と青と黒が混ざったような奇妙な空の下、一台のバギーが走っていた。
ところどころ錆の浮いたエメラルドグリーンの小さなバギーは、ぱふぱふとラッパのような間の抜けた音を響かせていた。赤茶けた砂煙を巻き上げ、転がってくる回転草を押しのけ力なく進んでいく。
「世界とはそんなものだ____という世界的に有名な言葉がある」
運転席に座った男が片手でハンドルを操作しながら言った。
年は十代後半。目は半開きで『俺は眠い』という事を主張しているようだった。
黒いジャケットを羽織り、黒いサスペンサーを着込んでいた。右腕につけた歯車の組み合わさったデザインの腕時計も黒。更にはズボンも黒で靴も黒かった。白いのはサスペンサーの下の白いシャツくらいだ。
と、まあ全身ほとんど真っ黒なその青年は、そのまあまあ整った顔に何の表情も出さずしゃべり続ける。
「世界は人間を中心にして回っている」
周囲には動く物は回転草以外なく、バギーほどの大きさのごつごつとした岩が転がっているだけ。
時折遙か上空を『キヘェェェェエエェエン』という鳴き声とともにドラゴンと鯨を足してかけたような動物が飛んでいく。
「人間の考え方一つで世界は変わる。道徳を無視した世界にだって簡単に変わってしまうんだ。変わる。そのためには異世界からの侵略者も隕石も宇宙人も必要ない」
そこで少年は言葉を切った。ちら、と助手席においてある『ナーサリーライムと罪の歌』と表紙にかかれた文庫本に目をやった後、話を再開する。
「もちろん______神もな」
「自称神が良く言うよ。つーかなんだその滅茶苦茶でワケワカラン話は」
後部座席に足を大胆に開いて座った女性が、腕を組みながら言った。声はとてもハスキーで、声だけ聞けば第三者は男性だと判断してしまうかも知れない。
年は二十代前半。先の所だけが赤く染まった黒髪に、派手な赤のサングラスをかけて瞳を隠している。
すっと通った鼻筋に、血のように赤い唇から覗く鮫のように尖った歯。東西南北右左、どこからどう見ても文句のつけようのない美人だった。
女性は迷彩柄のジャケットに機能性の良さそうなSFチックのパンツを着込んでいる。左腿にはホルスターに入った銃があった。
「櫺司『世界とはそんなものだ』何て言葉そんなに有名か? おれは知らねぇ」
むすっとした調子で言う女性に、櫺司と呼ばれた運転手の男が『心底呆れた』と言うように肩をすくめる。
「おいおいシュヴァリエ、お前そんな事も知らないのか? 一般常識だぞ? 食事の席で父さんが語ってくれただろ? 母さんが寝る前聞かせてくれただろ? 『世界とはそんなものだから、夢も希望も持っちゃいけませんよ』って」
シュヴァリエ、と呼ばれた女性が形の整った眉をひそめる。
「どんな親だよ。とにかく、おれはその言葉を知らねぇっての」
『ボクも知らなーい』
バギーから声がした。詳しく言うと助手席と運転席の間についた送風口の中から。男も女ともつかない中性的な声だった。
櫺司がハンドルから両手を放し、肩のところで大きく広げた。
「トーマも知らないのか? あの『一日が二百時間とはみなさんご存じの通りだ』って言葉で有名な話だぞ? 『目には目を。歯には歯を。』を丁寧に実践したお父さんを書いた著者で有名なあの話だぞ?」
『うん知らなーい。ていうかそれ、本の中の言葉なんだ。本なんてすっごい昔に数冊呼んだくらいだよ』
トーマと呼ばれるバギーの言葉にシュヴァリエが後部座席から運転席の背もたれをむんずとつかみ、身を乗り出した。
「だよなぁ!? おれも知らねぇよ? 『世界とはそんなものだから、夢も希望も持っちゃいけませんよ』なんて子供の夢を奪うっていうかもぎ取ってるだろそれ!」
シュヴァリエがサングラスの奥の瞳をこれでもかと見開きしゃべった後に、しみじみとトーマが言葉を送風口から吐き出す。
『シュバリエってさ、なんていうの? ・・・『元勇者』なだけあってお人好しっていうか常識人って言うか、なんていうか・・・・・・つまらないよね。話してて』
「まあ、この『ナーサリーライムと罪の歌』には変人しか出てこない予定だから、冗談を素直に受け取る常識人や真面目ちゃんは逆に引き立つというか突っ込みはいつの時代も必要というか。だからといって別にお前いなくてもいいんだけどな」
トーマに続き、容赦ない言葉を繰り出す櫺司。シュヴァリエはそっと運転席の背もたれを掴んだ手をはずし、サングラスの下から手を差し込んで顔を覆う。
トーマがため息をつく。
『ね? 分かるでしょ? 櫺司の今の発言からでもさ。『世界とはそんなものだ』とそれに準ずる物全て冗談に決まってるじゃん。いつものことだよね? 櫺司のアーッでイタタタタな言動ー』
「・・・、・・・・・・、・・・・・・。・・・・・・おう」
若干の間があって、シュヴァリエが返事をした、次の瞬間。
どがどこん。
地面が揺れ、亀裂が走った。その中でもっとも大きな亀裂の中から太陽を背にして、一つの巨大な物体が地中から飛び出してくる。土煙が舞い、あたりは一時的に視界が悪くなる。
「おわっと」
進行方向に現れたその巨大な物体を櫺司はぎりぎりのところでよけた。
バギーは大きく傾き、シートベルトをしていなかったシュヴァリエが世の中の法則に従い右へ転がる。
「おわわわわわわ」
『シートベルトをした方が良いって、よーくわかったでしょー? わかったシュヴァリエー?』
コロコロと楽しそうな声が送風口から漏れる。バギーは少し進んだところで止まった。櫺司は運転席の扉についた窓を開け、音の発生源を見やる。
「でかいな。ミミズの親戚か? それにしても檸檬のやつ、大胆にやったな・・・。いくらはじめのシーンでいろいろとインパクトが必要でも『動く物は回転草以外無し』みたいな描写しといてこれはまずいだろ・・・」
櫺司の言うとおり、巨大な物体はミミズを千倍したくらいの大きさがあった。
色は灰色。長さは五十メートルほど。横はばは十メートルはあるだろう。外に出てきても特にすることがないのか、うねうねと地面をのたうち回っている。
櫺司は先程の衝撃で反対側の扉の方へと転がってしまった『ナーサリーライムと罪の歌』を取り、パラパラとめくりながら扉を開けた。そしてそこから上半身だけを出して手元の『ナーサリーライムと以下略』のあるページを見下ろす。
「・・・・・・名前は『ビガーワーム』恐ろしく気まぐれな性格。雑食で何でも食べる・・・らしい。地味な攻撃しかしないらしいが、死体からとれる油は結構高値で売れるそうだ」
「なら、サクッと脳天ぶち抜いちまうか?」
座席の足下に手を伸ばしながら、あっさりと立ち直ったシュヴァリエが口元に不適な笑みを浮かべた。
『それが一番だねー。あいつ進行方向を華麗に邪魔してるから。んで、誰がやるのー?』
「おれがやるか?」
シュヴァリエが座席の下から取り出したのはレイピア。シュヴァリエがスラリと鞘から引き抜くと、異様なまでに赤い刀身が露わになる。
シュヴァリエはすでに右手に右腿に装着していた銃を持っており、おそらく彼女はレイピアと銃で戦うつもりなのだろう。
戦闘準備ばっちりで闘志をみなぎらせるシュヴァリエを、櫺司はそっと右手で押しとどめた。
「いや。これは話の冒頭の大事なシーンだ。主人公が強いところを見せつけないと読み手が飽きる」
『まーただね! 櫺司の戯れ言!』
何故かうれしそうにトーマが言った。
戦う気まんまんだったシュヴァリエはプゥと頬を膨らませ、レイピアと銃をしまう。
頬を膨らませたシュヴァリエを見て、櫺司が淡々と言う。
「その顔、他の男から見たらかわいいんだろうけど、あいにく俺はそういうのむしろ嫌いだから。余所でやってこい」
「ケッ」
『あ、なんかそのビックワーマー? かなんかがこっち向いたー! ていうか目が無いけどなんかこっち見たっぽい!』
トーマが焦燥、というよりは歓喜に似たものを言葉に滲ませながら叫んだ。
どがん、どがん、どがん、と音がして、バギーの左に、後ろに、前にクレーターが生まれる。ビガーワームが先端を地面に打ち付けているのだ。
目が悪いのかそれともなにか意図があるのか、バギーには当たらない。
「微妙に名前間違えてるぜ、トーマ」
『ご愛敬だよ? ご・あ・い・きょ・う』
「あ、櫺司がやるな」
シュヴァリエが後部座席の窓を開け、外へ顔を出した。
外ではいつのまにかバギー外へと出た櫺司が、紙一重のところでビガーワームの攻撃をよけていた。
その傍ら、本の文字をなぞるように指を動かしている。口も動いていた。
その声は、対して大きくなかった。シュヴァリエたちのところにぎりぎり聞こえるくらいだ。
「ちっちゃなボー・ピープ ひつじたちがいない どこへいったか けんとうもつかぬ ほうっておおきよ かえってくるさ ちゃんとしっぽをくっつけて_____」
そこまで言った櫺司はパタンと本を閉じた。そして、バギーに向かって歩いてくる。
本を閉じたのが合図だったように、無差別にクレーターを生み出していたビガーワームの動きが止まった。
同時にビガーワームの下の地面が白く輝き出す。奇妙な空の色にも、赤茶けた地面にも負けないくらいに。
「さあ、出発しよう。次の街は・・・・・・中世ヨーロッパを舞台にした石畳の街『ベリングステイン』だ」
ガクン、とビガーワームが短くなった。胴体全て同じ色なので分からなかったが、ビガーワームの胴体の真ん中の部分がなくなっていた。
ガクン、ガクン、ガクン、ガクン、ガクン、
断続的な動きをしながら、ビガーワームの胴体が消え、短くなっていく。
「そこで俺たちは甲冑を着た騎士たちと戦うことになる・・・っとその前に回想か。何故俺たちがここにいるのか、とかその他諸々の事についてだな」
痛いのか、それとも本能的な動きか、ビガーワームはくねくねとのたうちまわる。だが、その行為もむなしくビガーワームの胴体は短くなっていく。
「それにしても、この『ちっちゃなビー・ポープ』が消失タイプの魔法だったとは・・・残念だな。油はゲットしておきたかったが・・・」
ガクン、
「まあいい。このまま城から盗んできた金がなくなっても大丈夫だろ。俺は_____」
ビガーワームの胴体が完全になくなったとき_______
エメラルドグリーンのバギーは、もう地平線の彼方へと消えようとしていた。
「神だからな」
読んでくださりありがとうございました。
『ちっちゃなボー・ピープ』を『よりぬきマザーグース』から一部引用しました。