1話 働きたくないです
その武具は、誰かを守る為にあるんだ、と。
学生時代、そんな事を誰かが言っていたのを覚えている。先生だったか、同級生だったかはとっくに忘れてしまっているが、何故かこの言葉だけが今でも心の奥に残っていたりする。
学園最強の劣等生という不名誉なあだ名を残し、学園を卒業してから護衛人という仕事に着いて早一年。一年もすればさすがに仕事慣れはしているが、それでも気疲れからなのか、仕事休みには体がどっぷり疲れてしまう。
そんな時癒しになるものはやはり自然だったりする。自然はいい。この果てしなく広がる草原が、孤独の身である俺を包んでくれるような気がして、実に心地良い。
この瞬間だけ、現実とも仕事とも向き合わず、いわゆるプライベートな時間というものが満喫できるのだ。いやもうホント、現実と向き合いたくない。
それでも、仕事をする身という立場からなのか、幻想的な世界から現実に連れ戻されることなんて多々ある。今もそうだ。せっかく一人で心地よい風を浴びようと思っているのに、俺の後ろに立っている女のせいで、心地よさも半減だ。
「早く、任務に戻るわよ」
ああ、ハイハイわかっていますよと、返事をする気さえも起きなかった。
いや、確かに俺が悪いんだよ?見張りをする順番がとっくに回ってきてるのに、職務怠慢している俺が悪いんだよ?でもほら、もう少し位休んでもいいのではないかと思う。
「なあ、レミ」
俺は、遠い眼をしながら、俺の後ろに立つ女、レミに話しかける。
「何よ……」
そして、レミの方を振り向き、クールな微笑みと、そして渋い声で一言。
「お前も一緒にこの景色を楽しんでいがはっ」
殴りやがった。渾身の一撃を俺の頭頂部にお見舞いしやがったぞこの女。おかげで俺の究極のキメ台詞が台無しではないか。てか、ここは普通俺の誘いに乗って、俺の横に座って一緒に景色を楽しむような雰囲気だろうに。
「ほら、早く行くわよ」
レミが俺の首根っこを掴み、俺の体をズルズルと引きずっていく。地面の窪みによって、俺の体はがたがたと揺れながらも、一応の所無事にベースキャンプまで運ばれた。
「おいユージン、遅いぞ」
「わーってるよ」
俺は適当に返事をしながら、俺の眼の前に座る全身に甲冑を纏った男を、腐った魚のような眼で一瞥する。
ああ、仕事するの面倒くさい。
が、面倒くさいとはいっても一応の所、前払いで報酬を貰ってしまっている立場として今更「やーめた」などと言い出してしまったら、さすがに社会的にも人道的にも規則違反だろう。
俺は、怠慢はするが規則は破らない男だ。
ともあれ、俺は今こうして横にいる女と、さっきまで俺の首根っこを掴んでいたこの女と、こうして二人仲良く無く仕事をしている訳だ。
仕事の内容はいたって簡単。近づいてくる敵を倒す、これだけだ。敵はいつ来るか、どこから来るか、誰が来るか全くわからない。
案の定、こうやって俺がヌボーっとしている所にも、早速敵が来やがった。男の小兵が四人程度。実に、本日十五人目である。
「レミ、殺れ」
俺は、頬杖をつき、その場を一ミリたりとも動こうとせず、気だるい声で全てをレミに任せようとする。が、よもやそんな事をこの女が許すはずが無い。
「あなたも戦うのよ?」
ニコリとした顔でレミは応じるが、その声は笑っていない。どうやら、半ば強制的な命令らしい。俺はやれやれと思いながら重たい腰を上げ、相も変わらず腐った眼で敵を見据える。
「いや、これお前一人で事済ませるだろ」
うんマジで、俺の出る幕とか多分無いから。ここは是非華麗なる女剣士様に全てを一任し、華麗に小兵共をなぎ払ってもらい、その間、俺はのどかで優雅なティータイムを過ごしたいまでもある。
「あなた一人が休んでるのが癪に障るのよ」
「そうかよ」
非常に我儘な奴である。
てかおい、こんな不毛な会話してる間に敵兵共は俺らを襲う事が出来ただろ。何?最近の悪党共って心優しいの?待ってくれるの?
が、どうやらそうでは無いらしい。どうやら、向こうは俺らの出方を伺ってたようだ。
「ハッ、随分と余裕そうじゃねえか」
中心にいる、敵一味のリーダーらしき男が鼻で笑いながら言った。どうやら、自身満々のようである。
だが、俺は知っている。こうやって余裕をかまして勝負を挑んでくる敵は、大体雑魚だ。取るに足らない奴だ。百戦錬磨の俺が言うのだから間違いない。
「行くぜ!」
わざわざ、今から攻撃しますよと、これまたご丁寧に宣言してくれてから、四人は一斉に動き出した。
「武具召還」
敵兵四人同時にそう叫ぶ。
「武具召還」
一方レミは冷静に、落ち着いた声で武具を召還した。
さあ、勝負の始まりだ。