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迷宮のナダ  作者: 乙黒
第三章 古石
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第二十一話 インペラドルⅤ

 ナダは真っ二つになった青い騎士から転がるように落ちるカルヴァオンが転がるのをじっと見ていた。

 それは深い藍色だった。

 通常のモンスターとは一線を画するほど大きく、過去に見た幾つかのカルヴァオンと似ているような気がする。

 ナダはそれを手に取るとすぐにポーチに入れる。

 騎士が着ていた鎧や剣も気になったが、これ以上の荷物は持てないので興味すら持たないように見ないことにした。

 それからナダは破壊した玉座の先を見つめる。

 そこには大きな垂れ幕がかかってある。

 玉座に隠れて見えなかったのだ。

 青色の垂れ幕であり、微かにだが揺れている。

 それも奥から押し出されるように。


「風が来ているのか?」


 何もない空間から風は流れてこない。

 垂れ幕の奥に先に続く道があるのだとナダは思った。

 ナダは大剣を強く握った。

 いつもなら――いつもなら、きっとここで冒険を終えて帰っていただろう。単独で迷宮の深いところまで潜って、はぐれを倒して良質なカルヴァオンを持って帰る。それだけで普段なら満足していただろう。

 だが、今回の冒険は違う、とナダは顔を横に振った。


 ナダはすぐに大剣を地面に突き刺した。

 ポーチの中にある回復薬の中から特に疲労を減らすための瓶を取り出して、一気に煽るように飲む。

 ナダは瓶を床に叩きつけるように捨てると、今度は手を動かして首を曲げる。もちろん屈伸運動も行った。やはり体は疲れていなかった。

 それから水筒の蓋を開けて水を一口飲んだ。体は求めていないのに。

 不思議だった。

 ナダは先ほどはぐれと戦った。あれは確かに強力なモンスターだった。ナダが今まで戦ったモンスターの中でも確実に。だが、体はまだ満足していないかのように熱い血が流れている。

 もっと、もっとと叫んでいるようだった。

 だが、ナダは本能に身を任せることはせずに、垂れ幕の先をじっと見つめてからその場に座って、固い地面の上に横になった。それからしばしの間無理やり目を閉じて体を休める。

 眠ることはできなかった。

 だが、体を休めることはできただろう。

 ナダは少しばかり時間が過ぎるとその場から立ち上がって、手になじんだ剣を掴んだ。


「行くか――」


 ナダは少しの戸惑いも持たずに垂れ幕の先へと進んだ。

 そこは坂道になっていた。

 道の隅にある苔が明かりを付けるだけなので、先は薄暗くよく見えない。きっとモンスターに襲われれば苦戦は必至だろう。

 だが、ナダはモンスターの気配を感じなかったから、何の恐れも抱かずに先へと進む。

 剣は担ぐだけ。構えない。

 まだモンスターはいない。

 ナダは先へと進みながらもゆっくりと息を吐いて先ほどまで休んでいた体のスイッチを入れ替える。

 心臓は依然と変わらず強く脈を打っている。

 だが、不思議と痛みはなかった。

 地上にいたころはあんなに痛かったのに。

 ――まるで自分の体が地上よりも、迷宮に馴染んでいるような奇妙な感覚がナダを不安にさせた。

 一体、自分はどうなってしまったのだろうか?

 その答えを求めて迷宮に潜っているが、その前に迷宮と一つになってしまうような錯覚に陥ってしまいそうなのだ。まるで心臓が生み出す熱が、体を溶岩のようにどろどろに溶かして、迷宮の一部になるように。


「いや、ねえな――」


 ナダは首を横に振ってそんな考えを消した。

 おそらくは少し前に死ぬような思いをして、狭く暗い道を通っているので心が弱くなっているのだろうと思った。

 ナダはそんな考えを心の奥底に鎮めようとするが、それでもしこりとして胸に残る。

 ナダは不安によって体が動かなくなる前に、進む足を速めた。

 するとすぐにナダは広い空間に出た。

 そこは、ドーム状だった。

 部屋の隅と天井にある苔が淡く光り、奥には人では到底着られないような大きな鎧が山積みになっている。

 そして――部屋を徘徊していたモンスターが一体。

 どすーん、どすーん、とと足音を響かせながら部屋の中を歩いており、ぎぎぎぎぎぎぎと右手に持った剣は刃先を地面に引きずっていた。

 それは確かに死人だった。

 服をほとんど着ておらず、身に着けているのは腰に巻いている布だけ。おそらくは奥にある鎧をもともと着ていたのだろうか。

 その死人はナダを見ても襲おうとしなかった。

 ただ部屋の中を彷徨っているだけ。


「あんたが例の“はぐれ”か?」


 ナダは剣を掴みながら死人に近づく。

 確かに頭を見てみると大きな王冠があり、それはくすんだ黄土色をしていた。かつては金色に輝いていたのだろうか。

 襲ってくる気配はなかった。

 やはり普通のモンスターではなかった。

 死人は部屋の中を歩いているだけ。だが、それでも満足そうに見えるのはナダの気のせいなのだろうか、と思った。

 まるで目的の場所に着いたかのように。


「あんたの旅の終着点はここなのか?」


 ナダは死人に問いかけた。

 だが、返事はない。

 死人は部屋の中を歩いているだけ。足元にいるはずのナダに気付いてすらいなかった。

 ナダはそんな死人に手を出す気はなかった。

 ニレナからはぐれの討伐を頼まれたが、もう十分なはぐれと先ほど戦って倒した。一日の間に二度もはぐれと戦うなど、正気な冒険者のする行動ではない。そもそもはぐれが一体だとしても、戦わないことを選択するパーティーがほとんどなのだ。


 死人のはぐれと戦う気がなかったナダは、首を動かしてあたりを見渡した。

 おそらく――ここがインペラドルで最も深い場所だ。

 道の途中にある行き止まりなどではない。

 その根拠と言えるのが先ほどのはぐれだ。あれと似たようなはぐれは、迷宮の深い場所にしか現れなかった。

それにここに来る前に多少はインペラドルの情報を頭の中に入れただが、このような場所は聞いたこともない。城の中に入ってからの情報の中に、人が着るよりも大きな鎧の置いた洞窟のような空間、という記載もなかった。

 最初は冒険者組合が何らかの理由で隠蔽しているのではないか、とナダは考えたが、その可能性は低いだろうと思った。

 その理由は一つ。

 ナダの手に入れた情報は、ニレナから渡されたものでありそれを馬車の中で読んだからだ。他の冒険者なら分からないが、ニレナはこの国の中でも特別な地位にいる貴族の娘だ。そんな彼女なのだから、ギルドが一般的な冒険者には隠している情報も手に入れているだろう、と思うのだ。

 実際に学園でアギヤに一緒にいた時は、彼女は普通の学生なら手に入れる事の出来ない情報を手に入れていた。


 ここがインペラドルで本当に最も深い場所なのかは確証が持てないが、かつてアダマスが通った道なのだからその可能性は高いだろうと思うのだ。

 そうなればナダが思う問題は一つ。


「で、先に続く道は?」


襲うつもりのないモンスターの事は一旦視界から外して、ナダはこの空間の中をざっと調べると、すぐに手掛かりが見つかった。

そこは鎧が置いてある壁。

そこは小さくて近くに行かないと見えなかったが、確かに龍の足跡が描かれてあった。先に続く道もないただの壁に。

ナダはこの先の壁に扉があるのではないかと思った。

だが、残念ながら何もない。

そこにあるのはただの壁だ。

土のギフトでなら迷宮の地形すらも変えることが出来るが、そんな便利なギフトを持っていない。


「はあ――」


 ナダはため息を一つついた。

 仕掛けを解くことによって開く扉もあるらしいが、迷宮のほとんどの部屋の仕組みとしてモンスターを倒すことによって開く扉も多い。ナダもそのような扉に幾つかであったことがある。

 つまりだ。

ナダが考えた結論は一つ。

――あの死人を倒さなければこの先にはいけない。

 ということをナダは悟った。

 あのモンスターを倒す理由はない。

恨みも抱いていない。

 だが、邪魔だった。

 理由はある。

 一方的だが、戦う理由は十分すぎるほど。

 ナダは剣を強く握った。

 休んだとしても体にはまだ熱い血は流れている。

 ナダは無防備な死人に対して、背後からゆっくりと近づいて斬りかかる。

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