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迷宮のナダ  作者: 乙黒
第三章 古石
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第二十話 インペラドルⅣ

「さて、どうする?」


 ナダは自分に問う。

 大剣の刃を地面に突き刺すようにして、息を必死に整える。

 先ほどの攻撃は全ていなされた。

 大剣による攻撃は通じない。全てあの騎士が持つ青い剣によってすべてを防がれる。剣の耐久力はほぼ互角だろうか。どちらの切れ味が勝ることもなければ、折れることもない。

 だとすれば、青騎士に攻撃が通じないのは自分の問題だとナダは自覚した。

 技量か、筋力かどちらか勝っていれば簡単に勝てるだろうが、どうやら目の前のモンスターはそうもいかないらしい。

 投げナイフや脛切りなどの搦め手も使った。

 だが、通じない。

 ナダは必死に息を整えながら考える。

 一瞬、猛虎丸のような薬を飲むことも考えたが、在庫は少ない。おそらく残っているのは一つ。そもそもニレナはこういった薬が好きではないので、非常時に使うようにと一つだけ用意したのだろう。

 今回のナダの冒険はこの騎士のはぐれに勝つことではない。ましてや、噂の王冠を持ったはぐれを狩る為でもない。

 ラビウムという奇妙な人物に言われた手掛かり。

 ナダもどこまで本気にしていいかは分からないが、モンスターしかいないはずの迷宮にこの心臓を治す手がかりがあるのだ。それを手に入れるまでは薬を使うわけにはいかない。この先もきっと薬が必要な機会はあるのだから。


「ふう――」


 息はだいぶ整ってきた。

 ナダが見つめる先は青色の騎士。

 それもインペラドルにいる最も強い騎士だ。玉座の前で剣を顔の前で構えている。そして刃越しにこちらをうかがっていた。

 動く気配はない。

 玉座の前から退く気はない。


「あんたは来ないのか?」


 ナダは左手で手招きをしながら誘うように言った。

 だが、動かない。

 動く気はない。

 こちらが動けばきっと警戒をするだろうが、あの場所からはきっと動かないとナダは思った。

 好戦的ではない。

 やはり、はぐれている、と考えた。

 動かないモンスターはナダもこれまで何体か見たことがあるが、あれらは何かを守っているように感じた。例えばガーゴイルなら奥に続く道を。虫なら心臓を、無数の武器を操るモンスターならやはり奥に続く扉を。

 これまでの傾向を考えるのならば、このモンスターも何かを守っているのだろうか、とナダは考えた。

 だが、先に続く道はなかった。

 ナダは注意深く騎士の後ろを観察するが、やはりあるのは人の体には似合わない玉座であった。どちらも青の玉座であり、片方には金色のティアラが置かれてある。

 そこに、道はなかった。

 ならばあの騎士は何を守っている?

 まさか玉座を守っているというのか?

 そんなことがあり得るのだろうか?

 相手はモンスターだ。

 扉を守るのならわかる。冒険者を先に行かせたくないのだから。

心臓を守るのも理解はできる。あれはある意味、龍の迷宮の核ともいえる物だった。自分の迷宮を守るために戦うのはモンスターの道理と言えるだろう。

だが、玉座を、モンスターが守るのか?

ただの物でしかないものを?

そこに込められているのは何だろうか。

存在するはずもない玉座に座る王への忠誠だろうか。騎士としての心構えだろうか。それとも――

 ナダはそこまで考えて、投げナイフを青騎士の頭上を越えるように投げた。

 狙いは玉座であった。

 ナダはアクションがあるとは思わなかった。


 だが――騎士は動いた。

 その場を高く飛び、持っていた剣で投げナイフをはじく。

 そして地面に深く膝を折り曲げて着地すると、兜の奥にある目でこちらをにらむように見る。

 どうやら念願通りに、青騎士に敵として認識されたのだとナダは思った。

 ふと、邪な考えが頭に浮かんだ。

 ナダは一瞬ではあるがあの先に道がないのなら引き返すのも一つの手ではないか、と思った。あのはぐれはナダが求めるモンスターではない。そもそもはぐれを倒す冒険ではない。

 あのはぐれを避けてどこか別の下に繋がる道を通り、自分の目的の物を探すのもいいのではないかと思った。


「――いや、それはあり得ねえ」


 ナダはそんな考えを払拭するかのように首を横に振った。

 あの先に何かがあると思うのだ。

 そうだ。

 これまでもナダは数多くのはぐれを倒してきた。そしてその先にある道を少しだけ進んだことがある。中身がない宝物庫もあれば、これまでにどの冒険者が踏み入れたことのない領域に繋がる道もあった。

 だが、ナダは思い出した。

 どちらの道も――アダマスの痕跡があったと。

 ナダは後ろを振り返った。自分がこの部屋に入ってきた入り口を見た。目を細めながらこれまでに何度も見た冒険者の痕跡を探す。

 ――確かに、ここにもあったのだ。

 かつてアダマスが残したとされる龍の足跡が。

 どうやらここもアダマスは通ったようだ。

 自分と同じ病を持つアダマスが。

 だとすればこの道を通らないという選択肢はない。

 自分はどうやらアダマスと同じ道を辿らなければいけないのだ、とナダは自覚して笑みがこぼれた。


「“がら”じゃない――」


 英雄に憧れたこともなければ、目指す気もなかったナダ。

 アダマスと言う偉大な冒険者の事は当然のように知っていたが、ただそれだけだ。その気持ちは依然と変わらない。

 たとえアダマスと同じ道を歩めと言われたとしても。

 ナダは、大剣を強く握った。

 なんという皮肉だろうか。

 かつてアダマスが使っていた武器は大剣だという。

 人の身長ほどあるかと思われる大剣を持ち、それをまるで曲芸のように扱う技術を持ちながら力もモンスターと同じほどにはあると言われていた。

 アダマスに憧れている冒険者の誰もが同じ大剣を持つことを避けているというのに、自分は同じ武器を持っている。

そもそも示し合わせたかのようにナダが元々持っていた武器は大剣だった。

そういえば、とナダは思い出す。

アダマスの話の中に青騎士と戦った冒険があった、と。

 その時は確か――


「――いや、関係がない。俺は、俺の力でこいつを倒す」


 ナダは首を横に振って剣先を騎士に向けた。

 相手は近づいてこない。

 だが、それでも愚直にナダは騎士を目指した。

 いや、違う。

 ナダは剣を振ろうとして相手の下を滑るように抜ける。そのまま玉座へとたどり着いて、こちらへと迫り来る騎士を見ることもせずに玉座を切った。

 それは破壊、と言った方が正しいだろう。

 椅子の素材である木片が砕け散り、座るところに入った切れ目が耳をつんざくような音とともに広がっていく。

 ナダはそれを涼しい目で見ながらこちらへと切りかかってくる騎士の剣を受けた。

 互いの剣が重なり、どちらも引く気はなかった。

 刃がどちらも眼前まで近づくと、ナダは唾を散らしながら叫んだ。


「ああ、そうだ! そっちのほうがお前らしい! モンスターであるなら、その姿のほうが正しいだろうが!」


 ナダは叫ぶように言った。

 すぐに両者が飛ぶように離れる。

 だが、すぐに二人とも地面を蹴って剣を振るった。ナダも騎士も攻撃をするための斬撃であり、相手の剣を受けるための斬撃だった。

 それで数度打ち合う。

 ああ、何も変わりはしない。

 ナダはすぐに気づいた。

 たとえ玉座を壊して目の前にいるモンスターが怒り狂ったとしても、状況はあまり変わらないのだと。

 振り下ろせば騎士は剣を跳ね上げ。

 薙ぎ払う剣を受けるかのようにこちらも横に強く振る。

 人は急激に強くなることなどない。

 変わることなどないのだ。

 いまだにナダの中には莫大な熱がある。

 まるで燃えているかと思うような。

 ナダは剣を振るう。

 振るう。

 たとえ防がれたとしても、躱されたとしても。

 剣を振るうことを止めない。

 目を血走らせながら。

 叫びながら。

 両手で持った剣に力を籠めるのを止めない。

 そのすべてを見事に騎士は捌く。

 ナダの凄まじい圧力の剣の嵐も、騎士の前では関係なかった。後の先を取ったかのように鎧にすらナダの剣が当たることはない。


 ナダは叫んだ。

 心から声を出す。

 まるで己の運命を憎んでいるかのようだった。

 ナダは――一歩、踏み込んだ。

 横薙ぎの騎士の剣を受けようとも思わない。

 受けられるとも思わない。

 剣が、重いのだ。

 先ほどまでと全く変わらず。

 それでいて、膨大な熱が体を支配する。


 ナダは絶叫した。

 騎士の剣を腹に受けたからだ。

 まるで胴体が別れたかのような衝撃。

 それは龍の一撃と変わらないだろう。

 だが、この鎧なら耐えられる。金属のプレートがへこみ、傷ついたが、それでもナダは死んでいない。倒れていない。先ほどまでと同じように立っている。何も変わりはしないのだ。

 心臓はいまだに脈を打っている。

 強く打っている。

 変わらない。

 先ほどと。

 自分はまだ生きているのだ。

 負けられない。

 ナダは両腕に力を込めた。

 もう一歩、踏み込む。

 騎士も、力を籠める。

 だが、ナダは動かなかった。

 まるで地面に縛り付けられたように。

 そのままナダは重たい大剣を振り下ろした。

 強い衝撃が、ナダの腕に響く。

 大剣は脳天にあたって騎士は青い鎧の抵抗も空しく、真っ二つに切られた。

 そしてナダはいまだに痺れの残る剣を自分の元に戻して、地面へと倒れていく騎士の目を見た。

 彼は驚愕の目で、ナダを左からと右から違う映像で見ることになる。それはまるで薪を作る時に斧を振り下ろしたかの如く切られた騎士が、右半身と左半身が別れて地面に落ちていくためだ。

 騎士はナダを見るが、互いの視界を共有することは――二度となかった。

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