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迷宮のナダ  作者: 乙黒
第三章 古石
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第十九話 インペラドルⅢ

 ナダは部屋の中央にいるモンスターを注視する。

 だが、イリスが噂し、ニレナに頼まれたモンスターではなかった。

 目の前のモンスターは王冠を被っていない。頭にかぶっている兜には、天に伸びる刃のような角が生えている。

それに死者でもなかった。この王城にいる他のモンスターと変わらず、青い鎧を着た騎士であった。だが、青い鎧には他の騎士にはない金の模様が複雑に描かれており、肩の装甲は分厚く、一つ一つのディテールを取っても姿が違う。

 そんな騎士は剣を持たず、部屋の中央で正座の姿で奥を見ている。

 ナダは部屋の中に一歩踏み入れた。

 そこは大木のような太い石の柱が数多く立っている場所だった。

 だが、部屋の中央に敷かれてある絨毯と騎士の目線の奥には、玉座が二つ並んでいる。どちらも人にはあまりあるほどの大きな椅子であり、背の高さが天井に届くほどまである。また横幅も大きく、人が座るようには作られていなかった。

 かつてはあの椅子に誰が座っていたのかとナダは不思議に思うが、それよりも部屋の中央で動かない騎士を警戒するように見ている。


「……で、あんたは何者なんだ?」


 ナダはグレートソードを肩に担ぎながら大股で騎士へと近づく。

 後姿の騎士を見る。

 だが、そこにいる騎士は城に入ってから一度も見たことがない騎士であった。他の騎士は量産品のような全く同じ青い鎧を着て、白銀が美しい剣や槍、珍しい者では斧を持っていたが、この騎士の剣はどうやら他のどの騎士とも違う剣であった。

 その剣は騎士が座っている隣に置いてあり、絨毯の上に平行に置かれてある。青い鞘に納まった長い剣。それはおそらくナダの剣よりも長く、人ではとても扱いきれないような長い剣を持っていた。

 騎士はナダがもう一歩近づくと、その騎士は立ち上がりながら隣にある剣を手に取り、鞘から剣を抜いた。

 そこから現れたのは――刃が青く透き通っている大きな剣。まるで水晶のようだとナダは思った。やはり、他の騎士では見たことのない剣だった。

 それを横に大きくふるうと、まるで石の粒子のようなものがキラキラとあたりに散った。それは小さな雪の粒子のようであり、青の騎士の周りで落ちるように不規則な動きで舞った。


「……はぐれ、か?」


 ナダは先にいる騎士を見たことがなかった。

 いや、そもそもあれは騎士なのかと思う。

 確かに姿形はこの城にいる多くの騎士と似ている。同じ特徴もある。青い鎧だ。だが、他の騎士たちがナダと同じぐらいの身長なのに対し、剣を抜いた青い騎士はナダよりも一回りも大きな体格をしていた。

 兜に生えている角は、間違いなく他の騎士たちにはなく鎧一式も今まで王城の中で出会ったどんな騎士よりも立派だった。


「この城の王か?」


 ナダは鼻で笑いながら言う。

 その発言を聞いて、青い騎士の兜の奥の目が鋭くなったような気がする。

 どうやら違うようだ。

 だとすればただの騎士なのか、とナダは考えるが、その可能性は低いだろうと思った。もしもあれが普通のモンスターであれば、この王城のどこかにいたはずなのだ。ナダはインペラドルに入ったことは初めてであるが、モンスターは数多く倒したのだから。

 今相対しているモンスターは他の騎士たちにはない特徴が多いから、きっとはぐれなのだろうと思った。

 もちろんはぐれの中にも通常のモンスターよりも弱いはぐれも多いが、きっとこの騎士は他の騎士の上位種なのだろうと思う。そういっているような気がするのだ。


「まあ、いいや。そこを退けよ。俺はその先に行きたいんだ――」


 騎士はナダの声に答えるように、ナダの前に立ちはだかる。

 どうやら道を開ける気はさらさらないようだ。


「……あんたなら、いい手土産になるか」


 ナダは迷宮に潜る前にはぐれの首を要求していたニレナの事を思い出し、彼女の思いに応えるように両手で剣を大きく振り上げるように構えた。

 上段だ。

 攻撃的な構えであり、振り落とすことを考えている。

 戦う気だった。

 戦いを避けることなどナダは考えていなかった。

 そもそもあの騎士から逃げて先に行こうとすると、きっと全力で阻まれるのだとナダは思うのだ。

 どこかあの騎士からは、かつて戦ったはぐれ達と似ているように思えるのだ。

 まるで門番のように部屋を守っていたガーゴイル、龍の心臓を守るかのように動いていた虫、それに先に続く道を阻むかのようにいた無数の武器を操るモンスター、どれもナダが今まで会ったモンスターの中でも強かったモンスター達だ。

 青い剣を持った騎士は、彼らと似た強さを感じるのだ。

 ナダは気を引き締めるように丹田に力を込める


 対する騎士は、中段に構えた。正眼の構えともいわれ、剣士として最初に習う構えだ。もちろんナダも学園に入った最初に習った構えであり、その構えから振り上げて振り下ろすのを過去には数えきれないほど行った記憶がある。

 ナダは騎士のことを模範的な剣士だと思った。

 中段に構えたまま、こちらにすり足で近づいてくる。

 隙がない、とナダは思った。

 ナダも剣士として同じくすり足で近づこうかと思ったが、右足で一歩だけ前に出てすぐにやめた。

 ナダの直感が、剣士として戦っても目の前のモンスターには勝てないと悟ったのだ。そもそも剣の勘はまだ戻っていないだろう。それに剣士としての技術は同級生にすら劣っている。

 もしも目の前のモンスターが、剣に自信のあるモンスターならきっと自分は負けるだろうと思った。

 それからの判断がナダは早かった。

 すぐに上段の構えを止めて倒れるように体勢を低くして、蛇のように這うように近づき、脛を狙って右手だけで持った剣を振る。

 刃を下に向けた騎士によって止められた。

 相手は微動だにしなかった。

 ナダはすぐさま剣を持っていない手で、地面を押して距離を開ける。

 騎士からは追撃は来ない。

 また中段に構えなおしている。

 その間にナダも体を起こした。

 先ほどの脛切りは奇襲だった。

 剣士にとっては苦手である足元からの攻撃。剣士同士の試合であればほぼ使わず、初見では対応できない攻撃の一つだ。ナダも以前にイリスと行った試合で使われて、負けた記憶がある。それを剣士である騎士に使ったのだが、どうやら通じないようだ。

 反撃はない。

 騎士はあくまでゆっくりとこちらに近づくだけだ。

 その行為が不気味だった。

 まるでこちらの動きを調べているようであり、戦う気がなく遊んでいるような動きであった。

 ああ、そうだ、とナダは思い出した。

 小さいころだ。小さいころに目の前の騎士と同じようなことをしたのだ。自分よりもはるかに小さい虫を相手に、その動きを観察してこちらは反撃せずに狭いかごの中で指だけでちょっかいを出し、やがて飽きたら殺していた無邪気で残酷だった時期を思い出すのだ。

 だからこそ、自分に反撃すらせずに攻撃を待っている騎士に対して、あれはモンスターであるはずなのに、まるで人であるかのように錯覚させられる。


 ナダはまた上段に構えながら、剣士としての格の差を青い騎士からは感じていた。

 まともに戦うしかないのか、ナダはそう考えながら様々な策を思い浮かべる。だが、剣士に最も有効だと思っていた攻撃の一つが敗れたのだ。

 それから剣士に通じるような策を考えて、すべてを実行した。

 閃光玉。

 投げナイフ。

 渾身の力を込めた上段からの振り下ろし。

 それ以外にも数多くの技を放った。

 だが、攻撃が通じることはなく、すべてを騎士に見切られた。

 ナダの息が切れただけだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 元☆人間。だったりしてね
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