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迷宮のナダ  作者: 乙黒
第三章 古石
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第十六話 準備Ⅲ

 ナダが馬車で向かったのは冒険者組合だった。

 町の端にあるそこに近づくにつれて、一般人が少なくなっていくのが馬車の窓から外をのぞくナダには分かった。

 冒険者たちが集まる場所に、一般人は集まらない。それも迷宮の入り口があるのだ。迷宮に入る前の冒険者も、入った後の冒険者も殺気立っている。一般人は法律で身の安全が守られているとはいえ、そんな状態の冒険者から手を出されたら大変なのだ。

 だから冒険者と関わるのは冒険者か、もしくはそういった荒くれ者と話す力のある者だけだ。

 ナダは馬車が目的の場所に着くと、いまだに鎧を着こむことはなくただのシャツのままレンガで作られた立派な建物に入った。

 そこには、数多くの冒険者がいた。それぞれが防具を着ており、本当にさまざまな冒険者が様々な理由によって集まっている。これから迷宮へ潜る者、もしくは冒険が終わった者だ。

 それぞれの顔つきは当然のように違う。

 冒険が終わった者は疲れたり、満足するような表情であるが、これから冒険に行く者は顔に力のある者ばかりだ。

 ナダも精魂溢れた彼らに見習って、同じように列に並んだ。

 ナダは鎧一つ着ていないが、それについて問うような冒険者はいない。そもそもここにいる冒険者の中でナダは最も体が大きく、血走った表情をしていた。大人しく列には並んでいるが本当なら他の冒険者は“のして”順番を譲ってもらいたいと思っているほどだ。

 ナダはニレナのおかげで冷静になっていた。

 冷静だからこそ、どれぐらいの時間が自分に残されているのかゆっくりと考えるのだ。

 だからこそこんなところで争いを起こさずに、迷宮へと潜るため手続きを済ませたかった。

 冒険者が数人並んでいる列には、各パーティーでリーダーとされている者しか並んでいない。おそらくは王都にいるので有名な冒険者たちが多いのだろうが、ナダとしては名前を一つも知らない。

 学園で見たような顔があるような気もするが、残念ながら記憶にない。

 ナダはそんなことを考えていると、他の冒険者の受付が終わり、自分の番が回ってきた。まだ早朝だったこともあり、並んでいる冒険者が少なかったのだ。ナダは受付にいる一人の女性を見ずに言った。


「ここの迷宮に潜りたい――」


 だが、帰ってきた答えは予想もしていないものだった。


「……はい、わかりました。“いつものように”一人での迷宮探索で宜しいでしょうか?」


「ああ。で、どうしてそこまで分かった? いや、どうしてここにいるんだ?」


 ナダはそこまで言いかけて、今の自分の受付をしている女性に見覚えがあることが分かった。

 カウンターを挟んでおくにいる受付嬢には見たことがあった。

 茶髪のショートカット。

 インフェルノでポディエに潜る時に何度もお世話になった女性だ。

 手元にある書類に目を落とし、人形のような顔で見ている。目立たないタイプであるが、それでも彼女を気に入る者はいるだろう。


「……それは迷宮探索に必要なのでしょうか? もしも必要なのでしたら手取り足取り教えますけど?」


 彼女は表情を変えることもなく、ナダに言った。


「……そうだな。不必要な質問だったな」


「ええ。プライベートなら教えてもいいのですけど、今は仕事ですからね」


「ああ。それで、手続きはしてもらえるのか?」


「はい。分かりました。それにしてもこんなに早くから潜るのですね」


「不思議か?」


 確かにインフェルノにいた時はあまり朝早くから潜る事はなかったと思う。

 最近は妹であるテーラの面倒も見ないといけないのだ。

 それにそもそも朝が苦手なナダは、あまり早い時間から迷宮に潜ることをしない。


「ええ。ナダ様が早朝に迷宮探索をする時は、私の仕事が増えることが多いのでよく覚えているのです。それでナダ様はこちらの迷宮であるインペラドルに潜るのは初めてでしたよね?」


「ああ」


「それではこちらの書類に記載をお願いします。初めて迷宮探索を行う方には書いてもらう書類となっております」


 彼女は書類と羽ペンをナダに差し出した。

 上には大きく冒険者登録証と書いてある。

 どうやらインフェルノと王都では冒険者となるのに必要な書類が違うようだ。

 尤も潜れないと言うことはない。この国にある迷宮はたとえどの迷宮であっても全ての者に門口を開いてあるらしい。迷宮を潜るのには、身分も資格も必要ない。

 尤も、出てきた際に迷宮に入った税金としてカルヴァオンが一部押収されるが。


「どこまで書けばいいんだ?」


「こちらの太枠が私たちの書く場所となっていますので、それ以外にお願いいたします」


 ナダは学園に通っていたので文字は書ける。

 彼女の指示に従って、一つ一つ丁寧に記載していく。ただ焦っているのか、字は少々走っていた。

 そしてナダの名前や、今の住んでいるところ。これはインフェルノの住所を書く。それからこの町でお世話になっているニレナの家の住所を書こうと思ったのが、残念ながら彼女の家の場所は分かるが、詳しい名称までは分からない。


「そういえば、ヴィオレッタ家の住所はなんていうんだ? 知っているんだろう?」


 ナダは慌てもせずに彼女に聞く。

 有名なニレナの実家なら知っていると踏んだのである。


「そこに今は住んでいるのですか?」


 すっと、彼女の目が細められた。


「ああ」


「なるほど。ニレナ様のお宅にお邪魔になっているわけですね」


「……よく分かったな」


「いえ、そうでもありません。かつてナダ様とニレナ様が同じパーティーに所属していたことはインフェルノでは有名ですからね」


「そうだな」


「だから深い意味は特にはありません」


「分かっていると思うが、金がないから泊っているだけだぞ。それで現在の住所を書くところは、ここでいいのか? 宿屋の名前って書いてあるけど、普通の家だったらどうするんだ?」


 ナダは用紙の場所を指さしている。


「いえ、そこは空けておいてもらっても構いません。私が後からお調べして書いておきますので」


「じゃあ、これでかけるところは全て書いたぜ」


「では次はこちらの書類に記載をお願いいたします。用紙自体は向こうでお渡しした物とほぼ変わりません」


 彼女はナダから差し出した用紙を受け取ってから、今度は迷宮探索許可書に記載をしていく。

 例えばパーティー名やパーティーメンバーの名前、またどれぐらいの期間迷宮に潜り、どれぐらい深い階層に行くことを目的にしているのか、など数々の項目が用意されてあるが、別に破ったところで罰則はない。

 そもそも迷宮探索において、カルヴァオンを一つも取れなかったとしても、冒険者に罰則は一つもなかった。持って帰ってきた量の何割かを納めないといけないだけなのだ。

 その代わり、迷宮から持って帰ったカルヴァオンの量などを隠すと、重罪になるとされている。


「さて、これで書けたぜ」


「ナダ様が迷宮に潜る際の深度の目安が書かれていませんが……」


「じゃあ最下層とでも書いてくれ。あくまで目安だろう?」


「ええ。ですが、本当にそれでよろしいのでしょうか?」


「ああ。今日はどこまでも潜るつもりだ――」


「ナダ様はここの迷宮に潜るのは初めてではありませんでしたか?」


「そうだぜ」


「では、身の程を知った冒険をすることをお勧めいたします――」


「ああ。そうすることにするよ――」


 ナダはそう言ってインペラドルに潜るための最後の手続きを終わらせた。

 最後の項目は簡単だった。

 これまでに幾度となくサインしてきた場所に、これまでと同じように書いたのだ。

 迷宮探索でいかなることが起こっても、責任は自分にあるという冒険者なら迷宮に入るたびにその意思を確認される署名欄だ。

 冒険者は死んでも自己責任だ。

 他の誰かにその責を負わせることはできない。

 たとえそれが――王族であったとしても。


「それではナダ様、行ってらっしゃいませ。あなたが早起きする迷宮探索はなにかあるでしょうから、精々気をつけてくださいね。出来る事なら、私の仕事が増えずに済むように安全な迷宮探索をお願いいたします」


 彼女はナダに迷宮探索許可証の写しを渡してから、テーブルの向こうで丁寧にお辞儀をする。

 ナダはそれにひらひらと手を振って先に行こうとするのだが、思い出したように彼女に問う。


「ああ、そういえば、あんたの名前はなんて言うんだ? 聞いたことはなかっただろう?」


 ナダの質問に、彼女は笑顔になって答える。


「残念ながら業務中ですので、プライベートな事は仕事がないときにお願いします」


「そうかよ――」


 ナダはじゃあな、と言ってからその場から去る。

いつも感想をありがとうございます。

読んでいるのですけれども、返事が遅れています。ですが、とても執筆への励みになっておりますのでこれからもよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
お母さんか!って思った受付の女性が何かこう、何かですね! プライベートなら答えますよ!プライベートな時に聞きに来いよぜひ!という意気込みを感じる!
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