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迷宮のナダ  作者: 乙黒
第三章 古石
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閑話 コロアとニレナ

 それは宝玉祭において、国王が挨拶を終わった後の事だった。

 もちろんのようにコロアは王城で行われた宝玉祭に出席していた。王族らしく豪華絢爛な服を着ている。赤い短パンに白いタイツ。上は装飾の多い白いシャツの上に、金の刺繍が施された赤いマントを羽織っている。また腰には貴族らしく柄には赤い宝石がはめ込まれた剣を帯刀していた。

 先ほどまで国内でも有力な商人や貴族達と談笑していたのだが、コロアは父が壇上を去るのを見かけると彼らに用があって離れる事を伝えてから近衛に守られた父を追う。

 父は壇上を降りるとすぐに城の中に向かっていた。おそらく王城内の部屋で今回の宝玉祭に来た有力者たちと会話するのだとコロアは予想している。

 王城に入った父の後姿をコロアは見つけた。

 国王である父は、息子であるコロアと同じように赤いマントを羽織っている。それは同じ金の刺繍が施されながらも、コロアの持つ同じマントよりも刺繍の数が多くいささか格が高いものだということがよく見ればわかる。

 前後を囲まれた近衛兵に父は守られているが、黒い中で一人だけ赤いので目立つ。またその偉大な背中はコロアによって近衛兵よりも身長が低いはずの父が大きく見える。

 コロアはそんな背中に向かって、声をかけた。


「父上――」


 だが、コロアの父は足並みを止めなかった。

返事すらなかった。

白い壁と赤いじゅうたん、様々な調度品が置かれた広い通路を父は悠然と歩いている。


「父上!」


 もう一度、今度は大きな声で呼ぶ。

 反応がない。

 次にコロアは足並みを速めて父に近づこうとするが、たとえ王子であっても国王に近づく者は近衛たちに止められた。

 近衛たちは剣を抜いていない。

 たとえ国王に無断で近づく不埒者であってもコロアは王子だからだ。


「父上、お話があります」


 近衛たちに止められながらもコロアは大声を出して父を呼んだ。

 そこでようやく国王――オルデンは近衛に止められている息子を、コロアと同じ赤茶色の目で冷たく見る。


「残念ながらお前と話している時間はない。またにしてもらおう――」


 そう言って、国王はまた歩みを進めるが、コロアは近衛たちを振り切るようにして父へともう一歩近づく。

 近衛たちは迷宮に潜って数々のモンスターと戦い、また騎士としての訓練も受けているエリートであるが、たかだかエリート程度三人に止められたところで期待の冒険者であるコロアの歩みは止まらなかった。


「いいえ。私には今、話したいことがございます。ぜひともナダにご慈悲を!」


 コロアはもう一歩進むと、今度は黒髪をショートカットにしている英雄――マナに剣を向けられた。

 首元にコロアはショートソードを突き付けられるが、それでもコロアは言葉を発した。


「去れ。お前のしていることは無意味だ――」


 だが、それでも父は聞く耳を持たなかった。

だから英雄の剣を避けて、コロアがまた父に近づこうとした。

 コロアがここまでして父に話しているのは、ナダの助命だった。先ほどの勲章授与ではナダの名前が呼ばれたときに彼が現れなかったことを、コロアは信じられないような目で見ていた。

 これまでのコロアの知っている歴史の中で、国王からの勲章を受け取らなかったどころかその壇上にも表れなかった冒険者の事をコロアは知らない。王都に来られない冒険者は出席は出来ないが、事前に何らかの形で謝罪や返事があるものだ。

 もちろん、今回の宝玉祭において、呼ばれていても出席しなかった冒険者が数少なくいるが、彼らも何らかの形でコメントがあった。国王から呼ばれた後にその旨を大臣の一人が話すのだ。

だが、ナダにはそれすらなかった。

こんな不届き者を見るのはナダが初めてだったが、知り合いであり、同じ学園の後輩である。

だからこそコロアは王子という立場を使ってナダの助命を父に申し出ようとしていた。

相手にすらされていなかったが。


「父上! ナダは、有能な冒険者です! きっといずれはお役に――」


 コロアは父に必要以上に近づこうとして、今度はマナに体を地面に押さえつけられた。

 どんな手技かは分からない。普通の冒険者が使う技ならよけられるのだが、コロアは一歩踏み出した後に、まるで自然の流れのように地面に倒されてうつぶせになりながら背中をマナに踏まれて止められていた。

 そのまま起き上がらないように、首に剣を当てる。

 起きれば、刃が刺さるのだ。

 国王は息子のそんな姿に振り返りもせずに、吐き捨てるように言った。


「もう一度言う。私はこの件でお前と話すことはない。また――私はその者について何かをすることも、誰かに何かをさせることも、たとえ今後何があったとしても未来永劫ないだろう。ゆえに、お前のしていることは無意味だ」


 国王はそれだけ告げて、今度は会談のある者の部屋へと急ぐ。

 コロアはマナから剣を退けられた後も呆然とした顔をしていた。

 最悪の場合、ナダは死罪だとコロアは考えていたのだ。

 だが、国王から言われたことは事実上の無視。ナダへ苦言を発することも、罰することも何もしないとの発言だ。

 それにコロアには引っかかったことがある。

 ――たとえ今後何があったとしても未来永劫ない、とはどういうことだろうか、と思うのだ。

 これからも何らかの不敬があった時も見逃すと言うのだろうか。

 もしもそうだとすれば、どうしてそんな処置になったのか、コロアは信じられなかった。

 ある意味、どんな大臣よりも、貴族よりも特別な扱いではないかと思うのだ。

 どうして、たかだか一介の冒険者であるナダにそこまでの特別扱いをするか、コロアには理解できない。

 暫くコロアは驚きのあまりその場所から動けなかった。



 ◆◆◆



 ニレナはナダが去った後に、王都でも有名な医者に会ってナダの症状を話したが、すぐにそんな病気はないと否定された。

 だが、確かにニレナはナダの病気を確認したのだ。

 痛んでいるところは見たことはないが、彼の胸は触った。確かに心臓の位置に骨や肉でもない固いしこりがあり、それはケガなどで固くなったものとは感触が違う。確かにナダの言うとおりに石ころのようだったのだ。

 また人の体温とは違う熱を持っており、心臓の音もまともに聞こえていたがどうも音が違うように感じるのだ。

 その様子を事細かに説明したのだが、医者から理解が得られることはなかった。

 それから家の書斎にこもっていくつかの病を探したのだが、ナダと同じような症状を見つけることは出来なかった。過去にいた高名な医者が書いた医学書も家にはあるはずなのだが、いくら探してもナダと同じ病気は見つからない。

 地下室にある書庫の中で、ニレナはカルヴァオンが燃料のカンテラだけを頼りに本を読んでおり、木製の机の上にはいくつもの分厚い本が置かれているが、そのどれもにニレナが望む物はない。

 しこりだけならある。

 痛みだけならある。

 だが、熱を放つ、というのはなかなかなかった。

 もちろん人が熱を持った病気は数多くあるが、ナダの症状はそれらとは少し違うようにニレナは思うのだ。ナダの心臓に抱えていた熱は、人の体温が少し、それもたとえ五度ほど上がったのとは違うのだ。

 ニレナが彼の胸に触ると、思わず火傷すると思うほどの高温だったのですぐに手を離したのだ。火傷の後でもない。確かに人の熱以上に、まるで炎のような熱を持った何かが彼の胸には埋まっていたのだ。

 だが、彼の病気の手掛かりは何も見つからなかった。

 だから今度は病気ではなく、迷宮というキーワードを中心にナダの病気を探すことにした。もちろんこの屋敷には迷宮や冒険者についても貴重な資料がいくつも置いてある。

 例えば読んだ者が少ないとされる無名の冒険者の手記まで。

 ニレナはそれらの本を読み進んでいく。

 だが、やはりナダの病気は現れなかった。

 迷宮で人が陥りやすい病気は数多くある。

 例えば怪我だ。これは有名だろう。戦闘職である冒険者は様々なモンスターと戦う。またモンスターによって戦い方も様々であり、ケガの種類も様々な。そんな数多くの種類の怪我の応急処置は特に詳しく書かれている。

 また、毒についての文献も多い。

 迷宮内に様々なモンスターの毒の種類。もちろんすべてのモンスターの毒に画一した毒薬が使えるということもなく、それぞれに適した薬を使わなければいけない。それが迷宮ごとに、モンスターごとに詳しく書かれてあった。もちろん応急処置が多く、それらの毒を抱えた上でどうやって迷宮から脱出するか、という記述が書かれた本も数多くあった。

 また迷宮内でのイップスなどの精神病にかかれた本や、呪いについて書かれた本。または栄養失調や靴擦れなど多種多様な本を読んだが、いずれもニレナが求めるような答えは見つかっていなかった。

 それからニレナはアダマスが同じ病気になったというナダの話から、アダマスがかかったとされる病気を探したが、こちらも不発であった。

 次はどんな本からナダの病気を探そうとニレナは考えながら、これまでに読んだ本を本棚に返している。

 そんな時、手が滑って本が地面に落ちてしまった。足元に置いてカンテラによって、開いたページがニレナの目に入る。

 その中に信じられない文章が書かれてあった。

 ――ウェネーフィクスの長、ラビウム。また時を感じさせない容姿とその実力から魔女と呼ばれることが多い。


「ああ、そうですわ! 思い出しましたわ」


 ナダから聞いたラビウムという名前、それをどこで聞いたかニレナはやっと思い出したのだ。

 今ではほとんど使われていない名前で、子に付けるという者もほとんどいないだろう。

 今では古くなった言葉であり、それは悪名高き魔女の名前であるのだから。

 だが、ニレナはナダが会ったラビウムを、ウェネーフィクスの党首であるラビウムとは思わなかった。

 思えるはずがなかった。


「――でも、アダマス様の時代は千年も昔の話ですわよ!」


 人はそんなに長く生きられない。

 百年でも大往生なのだ。

 ニレナはナダが会った“ラビウム”という女の事が信じられなかった。偽名を使い、知らぬはずの病気にかかり、その解決法まで知っている女性。

 彼女はいったい何者なのだろうか?

 そして迷宮に潜ったナダは大丈夫なのだろうか?

 ニレナは神にすがるように両手を握った。

 そしてナダの安全を心から願うのだ。

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