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迷宮のナダ  作者: 乙黒
第三章 古石
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第十一話 宴Ⅱ

「あんたはこんな所で何をしているの?」


 隣で周りを観察しているアメイシャはナダに視線を向けることはあまりない。


「……見て分からねえのか? 滅多に食えない料理を食べているんだよ」


 ナダはローストビーフをまた一枚を口の中に入れる。


「あんたはそれでいいわけ?」


 呑気に肉を頬張っているナダを見てどうやらアメイシャは呆れているようだった。

 その表情には侮蔑すら混じっていた。


「どういう意味だ?」


「簡単なことよ。この場は冒険者にとっては“ただの慰安会”ではないってこと。……ああ、そうだったわね。あんたは知ってか知らずかこの場に来るのは初めてだったわね」


 思い出したようにアメイシャは言った。

 彼女自身も宝玉祭に出るのは初めてではない。かつてはコルヴォと同じパーティーに所属しており、学園での覇を競うのは何も今年度が初めてではない。

 それこそ四年も前からコルヴォと一緒に王都に招待され、宝玉祭にも何度も出ていた。もちろん宝玉祭のことも詳しいのであるが、そこに招待された冒険者についても詳しい。

 イリスやコロアは当然のように、そしてオウロやレアオンも何度も見たのだが、本来なら目立つ容姿をしているナダは一度も見たことがなかった。

後からアギヤのパーティーメンバーにおいて、ナダだけが宝玉祭という誉れ高い場に出ずにインフェルノに引きこもっていると聞いた。

だからこそ、冒険者にとって必要な活動を彼がしていないのも当然だと思うのだ。


「どういう意味だ? ほかの冒険者と交流を深めろ、ってか?」


 ナダは笑っている。


「それもあるわね。パーティーは学園を卒業すると一旦は解散するから、卒業生は別のパーティーを組まないといけない。その時にはここで知り合った人脈が大切らしいわよ」


 アメイシャもかつてはコルヴォから教わったことを自慢げにナダへと話す。


「そうなのか?」


「ええ。例えばあそこを御覧なさいよ。あそこにいるのは同級生のクーリよ。当然知っているでしょ?」


「……名前ぐらいならな」


 ナダはアメイシャに言われるがまま、彼女が指を指す方へ目を向けた。

 白いテーブルの脇に立っている二人。どちらもグラスを片手に持っており、楽し気に談笑していた。

 そのうちの一人は濃紺のスーツを着た青年であり、ナダも自分と年が近そうだと思うので彼がクーリだと思った。彼は金髪の美青年であった。確かによく観察してみると学園で会ったことがある気がする。

 優し気な顔をしているが、屈強な肉体をしており、流石は冒険者といったところだろう。


「……ならいいわ。それより彼が話している人は知っているかしら? エスピッホという人物よ」


 ナダはクーリと話している“冒険者”を見た。

 男である。

 頭は邪魔なのかすべて剃り上げており、身長は平均の男性よりもずっと低い。ナダと並んだら大人と子供ほどの差はあるだろう。

 だが、エスピッホは岩のような男であった。

 スーツを着ていてもナダには分かった。

 太く発達した体。指の先から首まですべて太く、耳は両方とも潰れており、毛を全て剃った頭には無数の傷が刻まれている。

 歴戦の冒険者なのだろう。

 だが、ナダは残念ながら見たことがなかった。


「知らねえ」


「それなら知っときなさい。彼は冒険者よ。それも強力なアビリティを持って、この王都でも有名な冒険者。それはそれは大きなパーティー、いえ、幾つものパーティーを抱えているから“クラン”と言った方がいいかしら。それのリーダーよ」


「つまりアメイシャはあの男に取り入れば今後の道が開けると?」


「……そうじゃないわよ。彼だって冒険者よ。無償で冒険者に奉仕はしない」


「だろうな」


「でも、王都でパーティーを組むにしたら“いいコネ”の一つなのは間違いないわよ」


「へえ――」


「それだけじゃないわ。あっちはセウで活躍するクアリデュ。女性のほうよ。あれも有名な冒険者ね。女性でいくつものパーティーを指導しているらしいわ。それでいて、エスピッホと同じく現役の冒険者よ」


「……あれも初めて見るな」


 クアリデュは黒髪を揺らしながら多数の男たちを相手している。

 その恰好は他の女性よりもいささか過激であり、動くたびにひらひらと揺れ動く布がついた服を着ており、下は長いスカートだ。また、腰は見せるように衣服がなく、全身を様々な装飾で彩っていることから踊り子のようにも見えた。


「彼女は特に多いわね。それも男性の冒険者は声をかける人が多いから。でも有名な冒険者は彼らだけじゃないわよ。あの人も、彼女も、彼も、冒険者としてなら聞いたことがある人ばかりじゃないかしら――」


 アメイシャは様々な人を指さした。

 中にはかつては学園にいて、卒業した冒険者もいたので名前も顔も知っているような人も何人かいたが、残念ながら冒険者としての知識に乏しいナダにとってはどれも初めて見る顔であり、とてもじゃないが話しかけようとも思わない。


「それだけじゃないわよ。あっちは商人。武器や道具についてのスペシャリスト。それに貴族だって。学園を卒業すれば一旦は貴族との契約も終わるわ。卒業後のことを考えると、今契約している貴族だけではなくて契約する貴族を増やすのも冒険者にとっては当たり前だわ」


「……そうだな」


 ナダが見ている限り、貴族と談笑している者の中にはブラミアやケインもいた。彼らも今後のことを考えて貴族に取り入っているのだろう。

 貴族側にしても、複数の冒険者と契約をするのはメリットが大きいと以前にイリスからナダは聞いたことがあった。例えば冒険者がケガをして迷宮に潜れなくなった時は、ほかの冒険者にカルヴァオンの提供を頼むと聞く。

 また冒険者側にとっても複数の貴族と契約をとることのメリットはあるらしい。例えばカルヴァオンが飽和状態になっておりしばらくは供給を止めたい、と言った貴族に対しては一旦カルヴァオンを渡すことはやめて、他の貴族に積極的にカルヴァオンを渡すことによって自身の収入を守るようだ。


「まあ、商人と貴族に交渉しに行くのなら人を選ぶことをおすすめするわ。どうやら彼らにも派閥と言うものがあるらしいから」


「……誰にも話しかけるつもりはないから安心しろよ」


 ナダはニヒルに言った。


「もう一度聞くけどあんたは冒険者としてそれでいいわけ?」


 アメイシャはやはり軽蔑したようにナダへと言う。


「別にいいさ。興味もない」


「つまらない男ね」


「そうか?」


「ええ。これは私がコルヴォから教わったことだけど、一流の冒険者とは力だけではなくよき政治力を持つこと、と言っていたわ。どうやら力だけでは冒険者として成り上がるには足りないらしいわね」


 ナダはその言葉を実にコルヴォらしい言葉だと思った。

 イリスやコロアのように実家という後ろ盾を持たず、だからと言ってそれを引け目に取ることなく大貴族と王族相手に互角の冒険を繰り広げたコルヴォならではの言葉。それには一種の重みが感じられて、彼の冒険がいかに大変だったのかを物語る。

 きっとイリスやコロアと同じステージに立つためには、並々ならぬ努力があったのだとナダは思った。

 だが、コルヴォの気持ちがわかっても、ナダはアメイシャの言葉を聞いて少し表情を緩ませていた。


「確かにそうかも知れない。俺はコルヴォの言葉を正しいと思う。だが、残念だったな。俺がかつていたパーティーはアギヤなんだよ――」


「……イリス先輩はなんて言っていたの?」


 どうやらアメイシャも、彼女自身が尊敬するイリスの言葉は興味があるようだ。


「冒険者になったからには冒険を楽しめ、それ以外に冒険者には何がいるの? って本気で言っていたぞ――」


 ナダは呆れたように言った。


「なにそれ?」


 アメイシャは首を傾げた。


「さあな、知らねえよ。俺が思うに、イリスは冒険者になりたくてなったんだよ。成り上がるための道具でもなく、名声を得るための手段でもなく、ただ己の欲望のためにな」


「だから楽しめ、ってこと?」


「ああ。どんな冒険でも笑えるような狂人になれ、って言っていたぜ。冒険者としては最低だと思うがな」


 職業としての冒険者としてはイリスは最低だとナダは思うが、迷宮に潜るだけの冒険者としてはそういう道もあるのかも知れない、と思った。

 尤も彼女は“スリル”を楽しんでいるだけのようにも思えたが。

 何故なら国内でも高貴な家の一つに生まれて何一つ不自由することがなく育ち、実家からは最大限のバックアップを受けて冒険者になっている。さらには冒険者になってもギフトとアビリティという二つの才能に目覚めた。

 やがて順当に成長し、学園でも最強の一角を手に入れる。

 そんな彼女にとってやはり刺激が理由の一つなのだと思えた。

 何故ならあまりにも冒険がうまく行き過ぎているのだから。


「……イリス先輩らしいわね」


「幻滅したか?」


「まさか。そんなわけないでしょ。だから私は先輩を尊敬しているのよ」


「どういうことだ? 冒険者としては手本にならねえし、いい人だと思うけど職業としての冒険者としては致命的な欠点だと思うぞ」


「そうかしら? だからこそ人は彼女を敬うのよ。強くなりたい人、有名になりたい人、何らかの目的を持って冒険者になった人にとって純粋に冒険者を楽しめる人って眩しく映らない? 少なくとも私は映ったわ」


「残念ながらねえな――」


 ナダは即座に言い放った。

 イリスのことは尊敬しているが、うらやましいと思う部分も数多くあるが、ナダにとっては冒険者の理念としては合わないと思っている。


「そう。つまらない男ね――」


「別にいいさ」


「でも、きっと冒険者の考えには様々なものがあるのでしょうね」


「ああ。きっとコロアの意見もイリスとコルヴォときっと違うだろうしな」


「ええ。私はコルヴォに影響されたと思うけど、やっぱり合わない意見もあるわ。きっとオウロだってそう。彼だってコロア先輩とは違うと思う」


「だろうな」


「ナダ、いつか聞かせてよ。あんたがどうして冒険者をしているのか――」


 ナダがアメイシャへと返事をする前に、大きなラッパが鳴った。

 太鼓が大きく叩かれる。

 騎士たちの大きな足音が聞こえる。

 どうやら主催者たちが登場するようだ。

 城の中からゆっくりと影が現れた。

 これまでこの中庭で自由に喋っていた冒険者たちも会話を止めて、赤いじゅうたんが裏庭から城まで続く先を注目する。

 最初に騎士たちが。

 誰もが貴族であるが、皆が冒険者の出身だ。

 屈強な肉体の持ち主であり、黒いスーツと軽装ではあるが腰には剣があったので冒険者とは違い帯刀は許されているらしい。


 ナダとアメイシャも主賓が登場するのに合わせて会話をやめた。

 義務ではないが、主催者には敬意を持つことが普通だ。

 また、今回の主賓者は王族なのだから。

 神に選ばれ、この国を治めることを許された存在。自分たちとは違う雲の上のお人。ナダ自身も顔を見たことのある王族はコロアだけだったが、宝玉祭にもコロアの父やそれ以外の王族も数多く出席すると言っていた。

 そして国王自ら冒険者たちに労いの言葉をかけるのだ。

 冒険者にとってはそれが目的だというものも多い。

 ナダも他の客と同じように、おそらくはコロアを含んだ王族が登場するのを無言で見守ろうと思ったのだが、口を閉じていると思わず洩れそうになった。


「――っ!」


まるでハンマーで叩かれたような衝撃が胸を襲う。

 それは一度ではなく、二度も三度もナダを襲った。

 いつもの、だ

 いつもの発作が来たのだ。

 どうやら数日前に神殿で神に祈ったことに効果はなかったのだとナダは思って笑いそうになるが、残念ながらそんな余裕はなく顔には脂汗が浮かんでいる。

 ナダは登場する王族を見ることができないほどに顔を伏せており、必死に耐えなければ倒れてしまいそうであった。

 ああ、痛い。

 ナダは右手で胸を押さているが、激痛は続く。


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― 新着の感想 ―
こんなに急に激痛来るなら危なくて迷宮も行けないやん……
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