第十話 宴
冒険者にとって最大の祭典――宝玉祭。
それはパライゾ王国の首都であるブルガトリオの中心にある王城『ルークスゲノマ』で開かれる。
周りを人の身長を遥かに超える無機質な壁で囲まれており、大きな跳ね橋が開かれることによって中に入れる仕組みとなっている。もちろん通れるのは事前に招待を受けた者たちだけであり、跳ね橋を通る際にもパライゾ王国の騎士たちに招待状を見せてからでないと入れない仕組みになっている。
冒険者の多くは馬車を持っていない者も多く、近くまでを列車に乗り、それから歩いてくる者が多いが、ナダは周りの馬車と比べても一際大きく華麗なニレナの馬車に乗って、小さな窓から外を見ながら跳ね橋を渡る。
そこは別世界であった。
花の楽園とも言うべきだろうか。
色とりどりの、それも色ごとに花壇が分けられており、まるで地面に描かれた虹のように花畑が広がっている。
花畑の前にある馬車の停留所に着くと、まずはナダが降りた。
手には何も持っていない。
年代物の黒いタキシードを着ており、首には黒い蝶ネクタイを締めている。ジャケットは前のボタンが止まらないのか開けており、肩、二の腕、太もも、ふくらはぎなどが筋肉によってパンパンに膨れ上がっていた。
次に降りたのはアンセムだった。
彼にとっては普段着と同じ黒い燕尾服を着ており、彼に手を引かれて一際目立つ雪のような白いドレスに身を包んだニレナが降りた。
胸元には紫色をしているアメジストの宝石が輝いており、髪も紫の髪飾りで纏めている。
「――ようこそおいで下さいました」
おそらく城に仕えている従者の一人が降りてきた三人に頭を下げる。
そして燕尾服を着た髪に白髪の混じっている男は頭を上げて、三人に確認をする。
「招待状をお持ちの方はどなたでしょうか?」
ナダとニレナの二人が招待状を出した。
それは一枚のプレートであった。
ここにしかない技術で作られた金属のプレートであり、金色に輝いておりそこに今日の日付と今の国王の名が刻まれてある。
失礼致します、と従者は言って二人の持つ招待状が本物だと分かると、二人にまた招待状を返し、
「それでは招待状をお持ちの方はこちらを通って中にどうぞ。従者の方は申し訳ありませんがお帰りください」
冒険者達の式典に、お付きの者は入れないことになっている。
それは貴族であっても、平民であっても変わらない。
それは過去からの風習であり、理由としては力なき者は式典に出てはいけないとされているからである。王城に集まるのは力を持つものばかりだ。冒険者はもちろんの事ながら、貴族は権力を、商人は財力を持つ。そしてそれぞれが力を持った上で、対等に接するのだとニレナが花園を通りながら教えてくれたが、力なき者が入れないもう一つの理由を彼女は告げる。
「これは昔の話ですけど、かつての式典――アダマス様達が行ったとされる式典では一つの“宝具”が披露されたらしいですわ。それは大層な光を放ったらしくて、強者と呼ばれる者以外を排除したようで、それからの慣例で力なき者は入れないとされているようです」
「どんな宝具だよ――」
ナダはげんなりとしながら言う。
「宝具の詳細までは私の家にも伝わっていませんわ。ただ恐ろしい物としか。ですけれども、どうやらその宝具は強者しか見ることが出来ないようで、その場で生き残った者は後に伝説になったらしいですわ。例えば……スマラグデュス様は涼しい顔でその光を見ていたらしいですわ」
ニレナが優しく教えてくれた。
「……さすが過去の英雄は普通の人が死ぬようなものでも見れるんだな。真似は出来ねえな」
絶対にそんな光を見ることになったら逃げようと思うナダ。
そんな話をしながら二人は花園を通り、途中にいた従者に導かれるかのように花に囲まれた道を通って王城の中にある中庭へとたどり着く。
そこには既に人がたくさんいた。
誰もが礼服を着ており、それは様々であった。
男性はスーツが多いだろう。ネクタイも、蝶ネクタイも数はあまり変わらないが、ノーネクタイはいなかった。
女性はドレスが多いだろうか。もちろん女性でもパンツスーツの者はいる。綺羅びやかに着飾ったものはおそらくは貴族の女性が多く、ズボンを履いて機能性を重視している者は冒険者が多いのだろう。もちろん冒険者でも綺麗に着飾っている者は多い。
ただ、やはり独特の獣臭がする者のほうが多いのは、冒険者ばかりだからだろう。
誰も武器は持っておらず、鎧も着ていないが鋭い目つきと鍛えられた体格によって誰が冒険者で、誰がそうでないのかが分かる。
だが冒険者でない者達も鋭い眼光は変わらなかった。おそらくは迷宮ではなく違う世界で戦ってきた者が多いからだろう。
たとえお腹が出ていようとも、他人を出し抜こうとする目つきと上手い口は彼がそれを武器にのし上がってきたからだろう。
様々な者たちが立ちながら談笑している。
中庭は幾つものテーブルが並んでおり、そこには数多くの料理が並んでいた。肉、魚、野菜、もちろん果実酒やジュースも並んでおり、既にそれらに舌鼓を打っている者も多い。
会場に着くと、ニレナはナダに向かって軽くお辞儀をする。
「それでは、ナダさん、私はこれぐらいで失礼いたしますわ。挨拶回りがありますから――」
「ああ――」
「ナダさん、分かっていますね? 私という婚約者がいるのですから、他の女性に手を出したら駄目ですよ? 例えばあのクラリスなどという若い女性などに――」
「……いいから早く行ってくれ」
ナダが手でしっしっと追い払うと、ニレナはナダに背を向けて人混みの中に消えていった。
彼女は貴族としてこういう宴に出ると他の貴族に挨拶をする義務があると言っていた。また王都で知り合った冒険者達や、過去にラルヴァ学園でお世話になった人たちにも挨拶をすると言っていた。
ナダはそんな彼女の背中を見ると、どうやら顔が広い者は大変だな、と思うのだ。
ナダ自身は挨拶をしなければいけない者は一人もおらず、そもそも冒険者として友好的な関係自体が少ない。貴族にも知り合いは殆どおらず、ナダはそう言えばと自分の交友関係を思い出すと恐ろしく少ないことをもう一度自覚した。
学園の先輩や後輩にも、わざわざ挨拶をしなければならないような関係はない。
用があれば向こうから来るだろう、とナダはたかをくくっていたのだ。
だからすぐにテーブルの上に置かれた皿を手にとって、バイキング形式となっている数々の料理に手を出すことにした。
最初に心が惹かれたのは……ローストビーフだった。
中まで火が通った柔らかい肉。それらが薄く切られて大皿の上に何枚も乗っている。ナダはそれへと迷うことなく近づくと、トングを持って豪快に何枚も掴んで自分の皿へと乗せた。
それからナダの手には少し小さいと思われるフォークで三枚ほど突き刺して、大口を開けて肉を口の中に入れる。
それは冷えていたが甘いソースがまず強烈な味を残し、それから柔らかい肉をゆっくりと噛むと濃厚な肉汁が口の中にゆっくりと広がった。それは噛みしめるごとに増える旨味であり、一口二口と食べ進めるごとに豊潤な味付けでナダを幸せへと導いてくれる。
「あんた、そんな幸せそうな顔もするのね。いつも仏頂面しかしていないから――」
ナダがローストビーフをうんうんと頷きながら食べていると、後ろから話しかけられた。
よく知っている声である。
アメイシャだ。
ナダはもう一口ローストビーフを口の中に入れてから振り返ると、そこにはうねりのない長い髪を銀の髪飾りで纏め、淡い赤色のドレスを印象的に着こなしていた。彼女は手にグラスをもっており、そこには白い果実酒が少しだけ入っている。
「アメイシャかよ。俺に何の用だよ?」
「あんたに用なんてあるわけないじゃない。ただ見知った顔があったから話しかけただけよ――」
「そうかよ――」
ナダに対するアメイシャの態度は昔から変わらない。
相変わらずメガネから覗ける瞳は、ナダが底冷えするほど冷たく厳しかった。
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