第九話 王都Ⅲ
「……というわけで、インペラドルにはどうやらトロにいるようなモンスターがいるらしいの。おかしいでしょ? 他の迷宮のモンスターがいるって、その名の通り“はぐれ”ていると思わない?」
イリスは興奮気味に言う。
「はあ、そうなのですの」
クラリスはイリスの話に相槌を打った。
ナダとニレナとクラリスは、彼女が語る新しく現れたはぐれの話をよく聞いていた。
特にナダはインペラドルに潜るつもりなど一切なかったが、冒険者として彼女の話をよく聞いていた。
件の“はぐれ”の目撃情報は一つや二つではないらしい。それこそ十を超えるパーティーが目撃しているが、交戦したと言う話は聞かないと聞く。王都にいる冒険者たちが不気味なモンスターと戦わないという選択肢をするほど賢いのか、もしくは戦った冒険者が全て死んでいるのかはわからないが確かな情報はあまりない。
ただ、はぐれについての情報は多く集まっている。
彼はインペラドルの他のモンスターとは違い、防具をつけておらずほぼ裸のこと。トロにいるモンスターと似ていること。持っている武器は大きな剣を一つ。体色は腐った緑色をしており、心臓から首にかけて鮮やかな緑色のカルヴァオンがむき出しになっていること。
そして頭には王冠を被っていると聞く。
くすんでいるが、金色の王冠を。
だからこそ王都の冒険者達ははぐれの事を王と呼ぶ。インペラドルの王と。
「でもでもー、そんなモンスターのどこに興味を持ったのですか? 確かに冒険者を襲わないモンスターは珍しいですけどー、少しぐらい変わったモンスターならいませんか? 私はまだそんなに会ったことがないですけど、イリスさんほどの人ならよく出会っていたのではありませんかー?」
クラリスは間延びした声で言う。
彼女自身はまだ学園の中でも下級生と言うこともあって、あまりはぐれと戦った経験はないようだ。
「……そうでもないわよ。確かに会うことはあるけれどね、どうやら私は運がいいほうみたいなの」
「運がいいとはぐれと出会わないのですかー?」
「ええ。たいてい、はぐれと出会うのは運が悪い冒険者よ。そもそも冒険にはぐれは必要ないもの」
「どういうことですか? はぐれっていい獲物じゃないのですか? だって良質なカルヴァオンを持っているのですよ。冒険者なら是非とも狩りたいと思いません?」
「そうね。そこは同意するわ。でもね、はぐれと戦わなくても十分なカルヴァオンを得るのが優秀な冒険者なの。はぐれはあくまでおまけよ。おまけね、ニレナ――」
イリスは自分よりも先輩であるニレナに視線を送る。
「ええ。そうですわ。はぐれなど狩らなくても一流の冒険者は十分な稼ぎを手に入れます。はぐれを狙うのは豊潤なカルヴァオンや優れた装備を得るための一世一代の賭けをする賭博師か、ただはぐれと戦いたい戦闘狂かのいずれかですわ」
まともな冒険者ははぐれなど狙わない、と暗にニレナは言った。
もちろん、まともな冒険者でもはぐれを狙いに行くこともある。貴族からの依頼の事もあれば、自分でも倒せるレベルのはぐれということを下調べしてから安全に、確実に狩るのだ。
「で、私はどっちなのニレナ?」
「もちろん、酔狂な冒険者に決まっているでしょう? 自分の力を試したい、それ以外に理由がありまして?」
「……ないわよ」
「クラリスさん、これは先輩としての余計なアドバイスですけど、イリスさんのような生き方はおすすめしませんわ。命が幾つあっても足りませんから」
ニレナは紅茶を飲みながら淡々と言う。
そこでクラリスが首をひねる。
「でも、確かイリス先輩の時代のアギヤって戦死者が全く無い優秀なパーティーでしたよね? ある程度冒険をしていると犠牲が出るのは仕方ないことですけど、アギヤは死者どころか腕を失うなどの大怪我をする人も出ずに、一人もパーティーからリタイアした者はいないから伝説になっているんですよね?」
「伝説になっているかどうかは知りませんけど、確かに私たちは目立った犠牲はありませんでしたわ」
「どんな手を使って、危険な冒険をしながらそんな結果を残したのですか? 今後の為に教えてください!」
綺麗に頭を下げるクラリス。
それにニレナは温かい目で見守るが、出てきた言葉は非情であった。
「そうですわね。強いて言うならば、私達のパーティーで一番弱かったのは、ナダさんとレアオンさんだったのですわ」
「……それってもしかして?」
「ええ。クラリスさんの察している通り、ナダさんは一人で迷宮に潜ってはぐれを狩るほどですわ。レアオンさんはイリスさんの後のアギヤを継いで、学園でトップのパーティーのリーダーに躍り出た程の冒険者ですわ。ここまで言えば分かるでしょう?」
「……」
クラリスは黙る。
ニレナが言いたいことはわかったのだ。
つまりアギヤで誰も死ななかったのは、全員が実力者だったということ。だから誰も死ななかったと言いたかったのだ。
それゆえ、それをクラリスは否定が出来ない。というよりもそれぐらい稀代のメンバーが集ったからこそ、アギヤというパーティーが過去において最強の一角に存在したのだと。
「……そうでもないのだけどね。ニレナの言いたいことも分かるけど、それが全てじゃないわ。私達はただ単に運が悪かっただけよ。非常に運が悪かったの。はぐれと何回も出会うほど。そしてそれと同じぐらい生き残る悪運が強かったの」
「それって羨ましいか羨ましくないか分かりませんね」
クラリスは苦笑する
「そうね。でも、時々、懐かしくなるわよ。あの頃の冒険は過激だったもの。その影響か、今では全然会わないけど」
「……その気持ちはよく分かりますわ。私も今では安全な冒険しかしていませんもの。たまに現れるはぐれとは戦いたいとは思うものの、狙うことはありませんから」
イリスとニレナは昔を思い出す。
はぐれに会いたくないと思っても会っていた時代の事を。
そもそもポディエははぐれが現れやすい迷宮だった。他の迷宮よりも広くモンスターの種類や数も多いため、突然変異が生まれやすいのだと聞く。
もちろん出てくるはぐれ全てが強いわけではないが、その数は他の迷宮と比べると遥かに多い。だからこそ学生はたびたび変化する迷宮と様々な形で現れるはぐれにもまれることによって成長すると聞く。
「……そうですよね~。意外とはぐれって狙っているときには出なくて、来てほしくないときに来るのですよね。私自身もはぐれとまともに戦ったことって、龍の迷宮ぐらいしかありませんしー」
クラリスが二人に同意している。
「そうなのよね。私も今は自分の修行のために迷宮に、しかも折角実家に帰ったのだから国内でも難易度が高いとされるインペラドルに潜っているのだけど、あそこはつまらないモンスターしか出なくてね。強いけど、ただ、それだけよ」
「それは決まったモンスターしか出ないと言うことですか? トーヘのように」
「うーん。あそこまで厳格ではないのだけどね。でも、ある程度は決まっているわよ。騎士ばかり。色は様々だけど、青い鎧の騎士が多いわね」
「それってトーヘとどう違うのですかー?」
「……あえて言うなら、トーヘは戦う場所は主に部屋だけど、インペラドルは城なのよ。まるで盗賊のように入り組んだ城の中を歩くわ。モンスターたちはね、まるで城の中を守るように待ち構えているのよ」
「ということはトーヘのように正々堂々戦うわけではないのですね?」
クラリスは首をかしげる。
「そうね。だからこそ、トーヘよりも戦闘技術と言うよりも冒険者としての技能が試されるわ」
イリスは楽しそうだった。
「イリスさんは全く変わりませんわね」
ニレナは彼女の強さの根源が、どんな冒険も楽しいと思える心だと思っている。彼女は過去の冒険においてどこまでも、笑顔で、苦しそうな顔など一度もせずに戦うのだ。
戦闘狂、いや冒険狂というにふさわしい人物である。
「そうかしら? でも、ニレナ、変わらないのは私だけではないわよ。ね、ナダ?」
「……知らねえよ」
「ねえ、ナダ。聞きたいのだけど、あんたもせっかく王都に来たんでしょ? 冒険者らしく迷宮に潜るつもりはないの?」
「ねえよ――」
「なら、一緒に潜らない? サポートするわよ」
「……残念だったな。俺は武器すら持ってきていないんだ。潜るつもりはないんだよ」
「あら、つまらないの」
イリスは拗ねたように肩肘をついた。




