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迷宮のナダ  作者: 乙黒
第三章 古石
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第八話 インペラドル

投稿が遅れましたが、令和になりましても今後共この作品の応援をお願いいたします。

 インペラドルと言うのは不思議な迷宮だ。出るモンスターもそうだが、内部の構造もここにしか見られないものが沢山ある。

 例えば扉だ。インペラドルという迷宮には取っ手のついた多数の扉があり、それらを自分の力によって開けないと下には降りられない構造になっている。だからこそポディエとは違い、ショートカットする道などない。

 それだけではなく、インペラドルは迷宮だと言うのに無数の人が使う物が置かれてある。例えば椅子や机。血で汚れた絨毯も敷いてあれば、壁には絵まで飾られている。天井にはシャンデリアによって明るく照らされており、通路の端には壺や彫刻などが飾られていると聞く。

 無論、人の世界に持って帰ってもそれらに価値はないらしいが、変わったコレクターには迷宮産の物を高値で買い取る者もいるらしい。

 インペラドルに入った冒険者たちは、この迷宮の事を“城”と呼ぶ。

 そう呼ぶのは、ブルガトリオにある王族たちが住まう王城フォルティテュに似ているからだろうか。

 自分たちが住む家よりも遥かに高い天井。無数の調度品。そして――迷宮の中にある“二つの玉座”が、冒険者の脳裏に城という言葉が思い浮かぶのだ。


 冒険者たちはこの迷宮に潜ると、まるで盗人の気分になると言う。

 城のあちらこちらには侵入者を狩るように無数の騎士が配置されており、彼らは綺羅びやかな銀の鎧に身を包んでいる。剣も鮮やかで美しく、流麗な動きで冒険者を狩るという。

 また通路を移動している間も油断は出来ない。

 騎士達は弓矢を使い、的確にこちらを狙ってくるのだから。

 だからこそ、冒険者は休息を取るのも一苦労であった。

 ここにいる冒険者たちもそうだ。

 だが、運良く騎士達が休んでいた小部屋を見つけた。長机が部屋の中央に置かれ、木の椅子が何個も連なった部屋。

 先程まで銀の騎士達が座っていた椅子に近づき、首を飛ばした銀の騎士を退けると一人の冒険者が座った。

 男、だった。

 端正な顔立ちをしている。短い黒髪が女のような顔に似合ってはいるが、体は身長が低いのにがっしりとしている。

 彼はおそらくこのパーティーのリーダーなのだろう。

 銀騎士とは対照的な格好をしていた。

 黒いコートに黒い長剣。少々長いが、片手でも扱えるような細身の剣を腰にぶら下げていた。だが、座るために剣はテーブルの上に置いていた。


「さあ、ちょっと休憩しようか――」


 部屋に入っても椅子に座ろうともしないパーティーメンバーに言った。

 傍らには銀騎士が転がっている。

 どれも人よりも少し大きな形をしており、頭部にある大きな片角が特徴的だ。先程まで右にだけ生えた角が天に向かっていたのだが、今ではどれもそれが地面に横たわっている。


「ねえねえ、ルディ」


 リーダーの男の名前はどうやらルディと言うらしいが、おそらくは愛称だろう。

 呼んだ金髪の女性も親しげにルディの隣に座り、肩にもたれかかるように木の椅子を移動させて座る。髪の色のと同じ色の鞘のレイピアはルディの剣の横に置いて。


「なんだい、アリーシャ?」


「そろそろ急がないと奥に行くのが今日中は無理になりそうよ」


「でも、休まないと限界だろう? 少し前にはぐれを倒したんだ。皆も体が限界さ。アリーシャは大丈夫かも知れないけど、見てみなよ。シィナが疲れた顔をしている」


 ルディはアリーシャの反対の席に座るシィナと呼ばれる女性を気遣っていた。

 シィナは薄い水色の髪を机に広げながら顔を机に突っ伏している。艷やかな唇がテーブルと頭の間から覗けるが、それは浅く呼吸している。


「そうね」


 アリーシャはつまらなそうに唇を尖らせる。


「あのはぐれは火を使っただろう? だから水を使うシィナの負担はどうやら大きかったらしい。このダンジョンは燃えないとは言え、どうやら火は広がるみたいだからね」


「……違うわよ。普通はあんな広がり方はしないわ。おそらくあのはぐれは火を天井にある明かりに付けたのよ。それでガラス管を割って、中にあるガス? に火を付けた。だから広がったのよ」


「そうなんだ。アリーシャはいい目をしているね」


「バカ。そうじゃないわよ。本当はルディも分かっているくせに」


「そうでもないよ」


 ルディはあははと誤魔化すように笑う。


「それで、ここで休むのはいいけど、今日はやっぱり奥には行かないの? せっかくここまで来たのに」


 アリーシャは不満げなご様子だった。

 三人がいるのは『インペラドル』の中層だった。様々な調度品が置かれた城の内部は複雑な構造になっており、単純に階層では分けられない。

 『インペラドル』では内部変動は殆ど起きないのだが、迷宮内に行ける場所が変わるスイッチのような物がいくつも隠されており、それによって冒険者たちは上と下を行き来する。

 中にはより深く潜るためには一度上に上がらないと行けないような道もあり、ギルドでは迷宮内の複雑な構造は一応マップとして売っているのだが、どうやらスイッチの中には他の仕掛けと連動するものもあるらしく、中にいる冒険者たちの人数やスイッチを押した順番によって変化する。

 また連動するエリアは決まっているらしく。それを冒険者たちは層と呼ぶ。それが幾つかあり、本来ならその層一つ一つに名前がついているのだが、冒険者たちは区切りのいい目安によって三つに分けていた。

 草花によって壁が侵食されたエリアまでが上層、それが終わって大きな女の絵が書かれた部屋までが中層。それよりも下が深層となっており、深層に潜るのは一流の冒険者だけだ。


「そうだね。俺たちは折角ここまで来たのにね」


「そうよ! そうなのよ! 私達は初めてあの絵を目撃するのよ。誰もが感嘆するような女性の絵。あれを目撃したら一流の冒険者だと認められるのにー」


「焦る気持ちはわかるよ」


「うー」


「でもね、シィナの力がないとそもそも俺たちはここまで来られていないんだ。分かるだろう?」


「……わからないわ。だって、ルディは一人だけでも大丈夫そうなもの。その銀の騎士の首も簡単に刎ねた魔剣に、私が見たことのないような剣術。それに――正体の分からないアビリティ。私より強いってことは分かっても、どれほど強いかはわからないもの」


「……そうでもないよ。俺のアビリティは条件付きでね。それも最近、その条件を知ったんだ。それは簡単な条件じゃないんだよ」


「そうかも知れないわ。だって三月前まで蔑まれていたものね。けど、今は違う。私よりも強いでしょ?」


「そうかもしれないね」


 ルディは微かに嘲笑っているが、決して否定はしない。

 そもそもこの三人の中で最も強いからこそリーダーをしているのだ。

 長年王都の冒険者ギルドにおいて、うだつの上がらないルディが。


「でも、今回は諦めても……いいわよ」


「いいわよって、まるでアリーシャがリーダーみたいだね」


「そうでもないわよ。あの絵を見るのは止める代わりに、明日は私との買い物に付き合ってね!」


「別にそれはいいけど」


「やった!」


 アリーシャはルディとデートの約束を取り付けたことが嬉しかったのか、小さく胸の前でガッツポーズをした。

 その様子を傍から聞いていたシィナが寝転がっている顔をアリーシャに向けて、力のない声で言う。


「……ずるい」


「うっ」


「あーじゃあ、こうしようか。今回はシィナも頑張ったからアリーシャの次の機会に――」


 ルディが状況を察してシィナに妥協案を出そうとしたときに、とっさに口を閉じて人差し指を唇の前に移動する。

 扉の外で、ここからそう離れていない場所から聞こえた。

 ――どすーん。どすーん。

 それは規則正しいメトロノームのように、一定のリズムで聞こえる。だが、確実に音が大きくなる。近づいてきているのが分かる。

 またそれに続くように、ぎぎぎ、と何かを引きずるような音が聞こえる。床をこすり、削られているような耳の奥に不快が残る嫌な音。

 ルディはすぐに机の上にある剣を手にとり、右手で柄へと手をかける。いつでも抜いて切れるように

 それに影響されるように、アリーシャも同じようにレイピアの柄に手をかけて、いる

 先程まで机に頭をあずけていたシィナも椅子からどいて扉の先を睨んでいた。


「……通り過ぎるのを待つよ」


 小声でルディは言う。

 得体の知れないモンスターと戦う気などない。

 ルディは柄を握る手に力が入る。歯をギュッと食いしばりながら扉を見つめた。音はどんどん近くなる。それに伴って緊張感が増していく。

 そして音は三人の扉の前までやってきて、ゆっくりと通り過ぎた。

 それから三人は安心したように胸を撫で下ろすが、彼らも冒険者だ。緊張感がなくなることはなく、一つしかない扉のない部屋を見渡してからルディが小さな声で言った。


「――ここから逃げるよ」


 二人は頷いた。

 逃げ場のない部屋の中にいるつもりなど二人にも毛頭なかった。

 もうパーティーとしての成果は十分に得たのだ。モンスターも沢山倒し、はぐれも倒した。

 これ以上の冒険に命をかける必要はない。成果は得たのだ。これ以上はもう十分だ。


「でも、ちょっと今のモンスターも興味あるかも」


 貪欲をアリーシャはしていた。

 だが、それを戒めるようにルディは冷たく言う。


「駄目だよ。今日はもう冒険はおしまいだ。もしも今日のモンスターに興味があるのならまた後日に行こう」


「うー、でもね、一度の冒険で二体もはぐれを倒したとなったら私達の評価も上がるはずよ。かつてアビリティが弱いことで馬鹿にされたルディは、特に見直されるはずだわ」


「そういうのはいらないって前に言っただろう」


 ルディは不機嫌になりながら言う。

 嫌な記憶を思い出した。

 それはかつての記憶。長年勤めていたパーティーにアビリティが弱いことが原因で追い出され、それから自分のアビリティの本当の使い方を見つけたのだ。それは使い方を知れば一騎当千の力を誇る強力なアビリティであり、その力を使って現在は迷宮を攻略しているのだが、昔の評判が中々上がることはなくて苦労しているのだ。


「アリーシャ、もしもはぐれに挑みたいなら一人で行って。私達を巻き込むのは止めて。迷惑よ」


「え、だって」


「これ以上は身を滅ぼすわ。私はそんな馬鹿な冒険者になりたくないの。それにあなたはリーダーじゃないの。身の程を知ったほうがいいと思う」


 シィナから本気で怒られたアリーシャはしゅんとして、そのまま何も言えないままうつむいた。

 反省をしていたのだ。

 冒険者として才能はあるが、まだまだ経験が浅いアリーシャは好奇心が旺盛だった。


「さて、喧嘩はそれぐらいにして、そろそろ行こうか――」


 ルディがそう言うと、不気味な音が遠くなった廊下に三人は恐る恐る出た。

 それから三人は音の正体を確かめる。


「なに、あれ――」


 アリーシャが目を疑うほどに、廊下の先にいた一体のはぐれの姿は異様だった。

 誰もこの迷宮で見たこともない姿であった。話にも聞いたこともない不気味なモンスターであった。

 この迷宮にいるモンスターはほぼ全てが、騎士だ。鎧を着た戦士が多い。そう先輩から教わることもあれば、他の冒険者から買ったこともある情報だ。

 壮大で美しい大理石の白い壁で作られた迷宮にいるのは、それに似合うような美麗な装備で冒険者を狩っていく美しく強いモンスターたちだけのはずであるのにも関わらず、そのモンスターは腐った緑色をしていた。静かな迷宮の中で浮き出るようにそのモンスターは目立っていた。

足をどすーん、どすーんとまるで棒が動いているかのように歩き、手に持った大きな剣は刃を床につけたまま引きずるように歩いている。

この迷宮ではそんなモンスターに出会ったことがない。

 いや、とルディは首を横に振り、かつて出会ったモンスターに似ていた。


「ああ。そうか。トロだ。似たようなのはトロにいた――」


 ルディがよく観察すると、人のよりも二倍ほど大きいそのモンスターに似たものが迷宮都市インフェルノにあるトロという迷宮にいたことを思い出す。

 トロにいるモンスターは、死人だ。

 遠くで歩いているモンスターは、トロにいるモンスターに非常によく似ていた。

 鎧どころか服もまともに着ておらず、腰にまいてある僅かな布しか体を守っていない。体は貧相で無防備な背中からは背骨が浮き出ている。皮膚はところどころ腐ってなくなっており、革がたるんでいた。

 全身に活力がなく、重心も傾いている。


「え、そうなの?」


「ああ。あれと全く同じモンスターは見たことがないけど、似たようなモンスターは見たことがある。詳しいことは帰ってから説明するよ。それよりも逃げるよ。俺たちがあれに勝つのは――厳しい」


「でも、やってみなくちゃ――」


「いや、止めといたほうがいい。あれは、危険だ。そもそも死人は殺しにくいんだ。倒す方法も知らない者がいきなり挑むのは無謀すぎる」


「……わかった」


「いずれ、インフェルノにも行こう。それじゃあ逃げ――」


 ルディがそこまで言いかけたときに、遠くにいる死人のはぐれは振り返った。

 にたあ、と嘲笑っているが、それよりもルディが気になったのはむき出しになったカルヴァオンであった。

 輝く緑色の石となったカルヴァオンは胸からむき出しになっており、それが顔まで続いている。これまで見たことがないような大きさであった。

 深い緑色の瞳で、確実にこちらを射抜く。


「逃げるよ!」


 今度は大きな声を出して、一目散に三人は死人から背を向けた。

 すると死人は興味がなくなったのか、また迷宮内を音を立てながら歩く。他の騎士達のそろった美しい音色ではなく、耳障りな不気味な音で。

 どすーん、どすーん。

 ぎぎぎぎ。

 死人は、城の中を彷徨っていた。

 ――まるで目的があるかのように。

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