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迷宮のナダ  作者: 乙黒
第三章 古石
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第五話 教会

 次の日のことだった。

 ナダはニレナの家を出て王都の町中にいた。

 服装はここに来たときとあまり変わらずに、ハットをかぶってチェスターコートを着ている。インフェルノでも標準的な姿であったが、それは王都でも変わらないようだ。尤も他の人達よりも頭が二つほど高いので目立ってはいるが。

 ニレナにはせっかく王都に来たので街を見て回りたいと言ったのだが、正確には理由はそれだけではなかった。

 胸だ。

 胸にできた石ころのようなしこり。

 それをナダはなんとかしたかった。

 今は痛みがないが、忘れた頃に立てなくなるほどの激痛が襲うのだ。最近はその頻度が増えているように思える。少し前までは一月に一度あるかどうかだったのに。

 その原因究明のために今回は王都に来たと言ってもいい。

 最初にナダが向かったのは医者だった。

 空に届きそうな高い建物に囲まれながら馬車や人などがいる大通りを抜け、果物屋や武器屋、もしくは出店などで優秀な医者についてナダは聞きまわっていた。

 そして最初に得た情報は南にいる医者が有名、とのことだった。

 ナダはそこに急いで行き、狭い診療所の中で椅子に座りながら口の先が尖った仮面をつけた医者の前で、上半身を脱いでいた。


「このしこりですか?」


 声からして男だろう。

 彼がナダの左胸を触りながら言った。


「ああ」


「固いですね」


「たまに痛むんだが、どうやったら治る?」


 ナダは困った顔で言った。


「これがもしもただの怪我なら、もしくは病気なら私も対処のしようがあるのですがこれは……お聞きしたいのですが、あなたは冒険者ですよね?」


「ああ」


「では、ここに強い衝撃を当てたこと、もしくはここを怪我したことはございますか?」


「……数え切れないほどあるぞ」


 ナダは暫く考えてから言った。

 冒険者になってからこの身体に傷がなかったときなど少ない。今でこそ迷宮に潜ってから日が空いているから傷など無いが、それ以外の時はたいていどこかを怪我している。

 もちろん、左胸も数多く怪我している。


「なら、これは仮定の一つですが、人というのは怪我をすればするほどそこが丈夫になるということがあります。例えば武器を持つ手。最初は豆が潰れて怪我をしたはずです。あなたも冒険者ならおわかりですよね?」


「ああ」


 ナダは左右の手のひらを見つめた。

 何度も重たい武器を振ったそこは何度も豆が潰れて、硬質化している。今となってはどれだけ武器を振ろうが怪我をすることはない。


「だからこの胸の硬さも、おそらくは何度も怪我をしたことによって固くなったのではないでしょうか?」


「なら、胸の痛みは何なんだ?」


「あなたは骨折になったことはありますよね?」


「ああ」


「そこがずきずきと痛むことは?」


「……もちろん、ある」


「では、それと同じようなことでは?」


「つまり、この痛みから逃れるすべはないと?」


 ナダは苛立つように言う。


「……教会に行ってみてはいかがでしょうか?」


「神に祈れと?」


「はい。ブルガトリオの冒険者の数多くが教会で祈っていると聞きます。彼らの多くが苦痛から救われるために」


「薬などでは無理なのか?」


「痛み止めなら出せますが……古傷の場合はあまり意味がないでしょう。また再発すると思います。そのたびに痛み止めを使えば、いずれ効きづらくなります。冒険者なら必要な時に痛み止めが使えないのは困るのでは?」


「……それもそうだな」


 ナダも迷宮に潜っている時に痛み止めを飲むことはある。

 怪我をしていても戦わないといけない時、もしくはすぐにはその怪我が治らないときなど。そして痛み止めで我慢しないと継戦能力が落ちて、最悪死ぬ可能性まであるのだ。

 ソロでの冒険なら尚更だ。

 ナダは医者の言葉を素直に信じて頭を下げてお礼を言う。

 すぐに診療所から出て、向かう先は教会だった。



 ◆◆◆



 太陽は既に傾き始めておき、街は先程よりも活気に満ちている。

 出店には人が並び、商店には人が溢れている。馬車の数も先程より増え、中には商品を乗せている物が多かった。また人も増え始めており、どこが西か東か分かららなくなるほど人が多かった。

 その中でナダも出店に並んでいた。

 腹が鳴ったからだ。

 そして列に十数分並んでいるとナダの順番がやってきた。


「はい。にいちゃん。立派な身体をしてるね。幾ついるんだい?」


「一本で。それとこのあたりで“よく効く”っていう有名な教会は知らないか?」


 ナダはついでに地理が全く分からないのでただ教会を探して歩くのは時間の無駄だと思い、二人で鉄板の上で肉のついた串を焼いている店主に聞く。


「うーん、どこだったかなー。おじさんは記憶力が悪いようでねー。もう少し買ってくれれば思い出すような気がするよ」


 串を回しながら額に汗をかいた男は言った。


「……なら、もう一本頼む」


「にいちゃん、ありがとう。教会といえば幾つもある。オレみたいなのが祈るところから、商人が祈るところ、にいちゃんは、その見てくれからは冒険者かい?」


「ああ」


「なら、この先を真っすぐ行って、二本目の大きな道を左に行くといいよ。そこに冒険者がよく祈っている教会がある。ああ。それとはい。これがうちの肉串だよ」


 ナダはお金を渡して肉串を受け取ると、素直にお礼を言い、頭を下げてから男が言った道を急いだ。

 その途中で両手に持った串をまずは一つ口の中に入れた。

 ぴりっとした香辛料が強めにきいている。その後に塩で味付けされた肉をじっくりと噛み締めていく。少し、固い。だが、美味い。噛みしめるごとに肉の甘味が溢れ出ており、臭みも香辛料で消えている。

 ナダは一つ一つよく噛み締めながら味わっていると、全て食べきる頃には教会についていた。

 尤も肉串の量は全く足りていなかったが。

 ナダはついた教会は白く大きかった。

 ナダの身長よりも遥かに高く、上の方はドーム状になっているが、近づきすぎるとそれは見えない。

 周りの建物は煉瓦造りが多い中、この教会は石で作られていた。

 人の行き来も多く、ナダも彼らに紛れて中に入る。

 外観と同じように中も壮大であった。広い空間と細部まで拘った装飾。華麗にして美麗。初めて入ったナダは思わず言葉を失った。

また、天井のキャンバスには、見事な女の絵が書かれており、人と似ているが周りに幾多もの剣や槍など様々な武器に囲まれている姿を持つ彼女が神であることは間違いないだろう。

 彼女の名は――アテネ。

 勝利の女神であり、冒険者たちが最も信仰する神の一つである。

 ゆえか、ここにいる者たちは戦いを職にしている者が多いようにナダは思える。腰に派手な剣を差した騎士。様々な武器を持った冒険者。またはローブを着たギフト使いだろうか。

 彼らは皆、鎧などを着ており、どこか剣呑な空気を纏っている。

 ナダの同業者が多かった。

 もちろん、それ以外にも美しいこの教会を見に来た一般人も多いが。

 ナダは人混みに紛れながら数多くの人が膝を付き祈っている祭壇までたどり着いた。

 そこには一本の剣が飾られている。白銀の剣であり、柄の部分には赤い宝石が埋め込まれている。

 その剣をナダは知っていた。

 聖剣だ。

 名を――トニテュルスといい、かつてアテネが勇者に贈ったとされる剣だ。もっともここにあるのはレプリカだろうが。

 ナダは他の冒険者と同じようにその剣の近くに行き、膝をついて祈った。

 他の戦士たちが次なる戦いについて、中には声に出してまで祈っている者もいる中でナダは疑問があった。

 果たして――勝利の女神に祈って、この痛みが消えるのだろうか、と。

 ナダはそれを感じるとすぐに祈るのを辞めて、近くにいた全身を黒い服を着た修道女に話しかけた。


「少し聞きたいことがあるんだがいいか?」


「はい。何でしょうか?」


 彼女は足を止めた。


「ここに祀られているのはアテネ様か?」


「はい。そうですよ」


「確かアテネ様は――」


「戦いの神様です」


「ああ。それで、痛みを和らげるのにもここに来る人はいるのか?」


「……どうでしょうね。癒やしの神に祈る人が多いと思いますし、でも、戦いに関する痛みならアテネ様に癒やしを求める方も多いと思いますよ」


「なら、よかった」


「はい。戦士ならば古傷が痛むことはあると思います。ですが、いずれ時が癒してくれるでしょう――」


 ナダは修道女の言葉に感銘を受けると、その日は太陽が落ちるまで祭壇にある剣に向かって膝をついて祈っていた。

 普段は神などに頼ることはないというのに。

 少しでもこの痛みが消えればいいと願っていた。

 だが、本当にこれであの痛みが消えるのかと疑問が残るが、昨日の痛みの前では神にも祈りたい気持ちだった。


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