第一話 宝玉祭
更新が遅れてしまって申し訳ありませんでした。
またぼちぼちと頑張ろうかと思います。
「お客様のお部屋はどちらでしょうか? 切符を出してもらってもよろしいですか?」
列車に入ると乗務員に言われるまま、ナダとブラミアは切符を出した。
そしてこの列車の乗客であることが確認されると、切符をまた切り取って、乗務員は残りの切符を二人に返す。
それから二人は食堂車に足を向けた。
食堂車の中には人がちらほらといる。
四人がけのテーブルに座った彼らの大半が食事をとっており、おそらくは朝食を食べているのだろう。ティーカップに入ったコーヒーからは湯気が出ており、四つ切のトーストからは小麦の香ばしい匂いがする。
彼らの中には見知った顔もあり、その中の一人がナダとブラミアに大声で話しかけた。
「おや、その姿は――」
それはインフェルノでは珍しい異国の衣装である着流しを着た冒険者であった。
また椅子には打刀をかけてある。眠気眼な糸目で飄々とした態度で、皿の上にあるオムレツをナイフとフォークで切り分けるのを途中で止めた。
見慣れた姿であった。迷宮でも、また町中でも変わらない彼の姿はナダとブラミアには懐かしいものがあった。
「アマレロじゃねぇか!」
ブラミアの嬉しそうな声が食堂車の中に響いた。
乗客の何人かがブラミアとナダを見るが、すぐに視線は二人から外れた。なぜなら二人とも学園の中でも有名であり、特にブラミアはよく目立っている。その容姿と大きな声で。だから乗客は二人を気にもとめなかった。
「ここで会うのもなにかの縁でござるな。ナダ殿とブラミア殿、拙者の知人が座っているでござるが、ぜひとも同じテーブルにどうぞ」
ナダとブラミアはアマレロに促されるまま、同じテーブルについた。
確かにそこには先客が一人いた。
黒い髪を短く整えた男。どこかアマレロと同じ異国の空気を感じるが、来ている服装はシャツにズボンと普通であった。
ナダとブラミアを見ると力のない顔で笑いながら、頭を下げる。
「こんにちは。ナダさんと、ブラミアさんだよね?」
ナダとブラミアは二つ返事で頷いた。
「僕の名前はケインと言うんだ。初めまして、かな? 二人とも学園では見たことあって、名前も知っているんだけどね」
ナダも確かにケインの顔は見たことがあった。
もうラルヴァ学園に五年も通っているのだ。新入生ならまだしも、それ以外の生徒なら見たことがあるものも多い。
特に目の前の席に座っているケインは同じ学年だっただろうか。何度も見たことがあり、その風貌はナダの頭に焼き付いている。
最も、ケインという名はどこかで聞いたことがあるが思い出せずにいる。
「オレも知っているぞ」
ブラミアは口角を上げた。
「そう。それは良かったよ」
「だって、ナダと一緒だもんな?」
ブラミアが横に座っているナダを見て笑った。
それに対してケインは少しの不快感もなく笑顔で告げた。
「そうだね。僕もナダさんと同じだよ。同じで――アビリティもギフトも持っていない」
ああ、そうか、とナダは思い出した。
ケインという男のことはよく知っていた。
注目したこともあったからだ。
自分と同じ身で、リーダーとしてパーティーを立てたと聞く。メンバーは同級生であり、仲良しばっかりが集まっているが学園での成績は優秀であり、特にリーダーであるケインの状況判断、並びに単純な武器の腕前が評価されていると聞く。
そこまで考えると、ナダのお腹がぐーと鳴り、他の三人の視線が集まった。それからすぐにブラミアのお腹も鳴る。
苦笑しながらアマレロは言った。
「まあまあ、積もる話もあると思うでござるが、まずはブラミア殿とナダ殿もなにか食べないでござるか?」
ナダとブラミアは互いの顔を見合わせてから、アマレロの提案に頷いた。
それから十数分後、ナダとブラミアの前にアマレロやケインが食べている物と同じものが置かれた。
コーヒーとオムレツ、厚切りのベーコン、それにトーストが二枚だ。オムレツから漂う芳醇なバターの香りが食欲をそそる。
ナダはオムレツにナイフを入れて、一口大に切ってからフォークで突き刺し口の中に入れた。
バターの香りが瞬時に口の中で広がり、次に卵の柔らかな味が舌をくすぐった。
ブラミアはまずコーヒーに口をつけて、一口飲んだところでアマレロが話を切り出した。
「二人共久しぶりでござるな」
「ああ。アマレロは元気にしていたか?」
ブラミアがベーコンを噛みちぎりならいう。
「もちろんでござるよ」
「なにか、トラブルはあったか?」
ブラミアは笑っていた。
「いくつか拙者もそんなのにはあったでござるが、あれほどは初めて。いやはや、今思い出してもなんとも恐ろしい。ブラミア殿はどうでござるか?」
アマレロは飄々とした表情で笑った。
だが、言葉とは裏腹にアマレロの表情は喜々としていた。
「オレか? ねぇよ。あれはオレの人生の中でも最大だった。それにオレのパーティーは堅実なんだ。まあ、悪く言ったら地味なだけだが。大きなトラブルと言えば、本当にあれぐらいだよ」
「あれは本当に……ナダ殿はどうでござるか?」
「ないといえば嘘になるが、あれほどの衝撃はもうないだろうな。そもそもあれは冒険者の中でも俺等ぐらいだろう?」
「確かに、そうだな!」
ナダの意見にブラミアも頷く。
ナダ、ブラミア、アマレロ、は奇妙な縁で繋がっており、それが龍に喰われたという経験だ。そこで他の冒険者たちとも即席のパーティーを組み、紆余曲折を経てなんとか全員が生還することができたのだ。
あんな経験を忘れることなどできないだろう。
三人の記憶の中にはしっかりと刻まれており、またあのときのメンバーには三人共がそれなりに親しみを感じている。ぶつかり合いながらも一緒にいたからだろうか、と考えるが、この気持をなんて言っていいか説明はできなかった。
「それで、アマレロとケインはどういう関係なんだ? 同じ学園、それだけじゃないだろう?」
ナダは思い出話を一旦止めて、アマレロに聞いた。
ナダの記憶が正しければ、アマレロとケインは同じパーティーではなかったはずだ。そもそもケインのパーティーメンバーは皆が優秀であり、話題に上がることも多い。
過去にはアギヤにいた時にレアオンも引き抜きを考えたことがあったからだ。
「拙者らでござるか? 実は同郷でなー」
照れくさそうにアマレロは笑った。
「それだけじゃないんだよ。実は同じ剣術道場の出身でね、アマレロはそこの師範の息子さんでね、僕も八歳の時に入門したんだ。だから小さいときから知っているんだよ」
ケインが懐かしそうに語る。
それからしばらくの間、思い出話や近況報告に花を咲かせたあとにアマレロが思い出したかのように本題へと入る。
「まあ、そろそろ本題と行こうではないか。拙者たちは“王都”に向かっておるのだが、二人の目的地も同じ“王都”と考えていいでござるか?」
アマレロはコーヒーを口に含んでから言った。
「ああ」
「オレも一緒だ」
ナダとブラミアがそれぞれ頷く。
「ということは僕たちと同じように君たちも――宝玉祭に出るんだね?」
ケインが二人に聞いた。
またしてもナダとブラミアは頷いた。
――宝玉祭。
それは王都で催される最も大きな祭りであり、新年の最初の日に行われるとされる。王族はもちろん、貴族、名だたる商人たち、また国において重要な役職に就いている者たちが一同に集まり、迷宮からの恵みと優れた冒険者に感謝する祭りであった。
だが、国に存在するすべての冒険者が招待されるわけではない。
過去一年の冒険において、優れた業績を残す者、あるいは珍しい冒険を収めた者、または学園の優秀成績者など、厳しい基準が設けられており、冒険者の中でも極めて輝かしい功績を収めたものだけが出ることができるのだ。
それは冒険者たちにとって誉れ高い祭りであり、そこに出ることを目標としている冒険者も多いと聞く。冒険者の大半が憧れているだけの祭りであり、出るだけで優れた冒険者と見なされることも多い。
「まあ、と言っても、オレは棚からぼたもちで出るだけだがな」
ブラミアは自嘲気味に言った。
「そうなの?」
ケインが不思議そうに聞く。
「ああ。オレが出るのは他でもねえ。龍に喰われた冒険が評価されただけのことだ。だからパーティーメンバー全員はインフェルノに待機で、パーティーとして評価されたわけじゃねえよ」
「おや。拙者と同じでござるな。拙者もあの冒険によって出ることができたんでござるよ。一度は出たかったからとても良かったと思っていたところで、とても幸運で、そう考えると、ケインは優秀でござるなー」
「そうでもないよ。僕はパーティーのカルヴァオンの供給量が学園内でも評価されただけのことさ。それも学園内でのカルヴァオンの供給量のトップスリーにぎりぎり入れたから皆で出るだけで、本当は今この列車に乗っていることが信じられないぐらいさ」
ケインはナダを見ながら申し訳なさそうに言う。
その理由にすぐにナダは察しがついた。
ケインが宝玉祭に出られた理由は、カルヴァオンの供給量のトップスリーにおそらくいたパーティーであるアギヤが随分と前に潰れたからだ。
それまでは、イリス、コルヴォ、コロアのパーティーが独占していた。
今年はその跡を継いだレアオン、アメイシャ、オウロの三人のパーティーが学園での様々な記録を独占するかに思われたが、ナダとレアオンのいざこざの後にアギヤがなくなってしまったためその一席を埋める争いが熾烈になったらしい。
その中で頭角を現してきたパーティーの一つがおそらくケインのパーティーなのだろうとナダは思った。
「それで、ナダはどうなんだ?」
隣にいるブラミアがフォークでオムレツをつつきながら言う。
「……さあな。確かにオレも学園長から出ろと言われたが、どれかは分からねえよ。ブラミアたちと同じ龍かも知れねえし、ああ、そうだ。それは一度断ったんだ」
ナダは二週間ほど前に行った学園長との会話を思い出す。
「断ったでござるか?」
アマレロが目を丸くした。
「ああ。他の奴らが行くのなら俺は必要ないだろうと思ってな」
それにナダはそもそも宝玉祭に関心がなかった。
冒険者としての誉れにも興味がない。
去年や一昨年の宝玉祭においてもアギヤに所属していたために出られる資格はあったのだが、面倒だったのとお金を稼ぎたかったのでイリスにお願いして全て欠席していたのだ。
そもそもパーティーの実績で出場資格があれば、パーティー内の誰か一人でも出れば義務は果たせるから他の者達に全てをナダは任せていた。
だからそもそもナダが宝玉祭に出るのは今回が初めてなのである。
「それで、どうして出ることになったんだ?」
ブラミアが言った。
「ガーゴイルだよ」
「ガーゴイル?」
ケインが聞く。
「ああ。結構前に倒したはぐれは、ソロで倒したからな。パーティー登録すらしていなかったから、俺一人に宝玉祭に出る義務が生じてな。だから断れる要素がなかった」
ナダは心の中で、くそったれ、と悪態を吐いた。
「へえ、それはそれは少し興味深いでござるな――」
アマレロがナダの顔を見ながら面白そうに言った。
そこからは、冒険者としての情報交換という話題にしばらくの間花が咲いたのであった。




