第四十八話 三人
その日、三人の冒険者が集まっていた。
イリス。コルヴォ。コロアだ。
場所はお酒が飲めるバーであり、店内に客は少ない。何故なら入り口は外から見えないような作りになっており、隠れ家のバーであり、ラルヴァ学園の生徒でもこのバーを知っているものは少なかった。
イリスやコロアも知らない店である。
コルヴォが二人を誘ったのであった。
それはあの百器の騎士を倒してから僅か二日後のことであった。
「こうやって集まるのはどれぐらいぶりだろうね?」
「さあ、私達が同時期にパーティーから抜けると決めた時ぐらいでしょうよ」
コルヴォの質問にイリスが頬杖をつきながら言った。
「まあ、今日はオレが招いたことだ。好きに飲んでもらっていいよ」
コルヴォたちは鎧ではなく私服でカウンターに座っている。
イリス、コルヴォ、コロアの順番であった。
コルヴォは黒の標準的なスーツを着ていた。おそらくはどこかに行った帰りなのだろう。イリスは下にジーンズで上は白いシャツであり、コロアはフードのついた服にこちらもジーンズを履いており、二人共ラフな格好をしていた。
「じゃあ、私は白ワインを――」
「我はこの店にあるコニャックでいい」
イリスは白ワイン、コロアはブランデーを頼み、それに続いてコルヴォはウィスキーのバーボンを頼んだ。
バーテンダーによってお酒が用意されたので、コロアは縁の大きいグラスに入ったブランデーを口に少しだけ含むと隣にいたコルヴォに言った。
「それで、コルヴォよ。我たちを呼んだ理由はなんだ?」
「いや、君たちは今回の冒険についてどう思ったかと聞きたくなってね。特にオレたちは三人共後輩たちに今回の冒険では後れを取ったんだ。それぞれ思うところはあると思ってね」
コルヴォもバーボンを一口飲む。
「どうって、私は嬉しかったわよ。後輩たちが育っているようで。特に私が手塩にかけて育てたナダとレアオンが色んなことがあったけど、いい冒険者になった姿を見れてよかったわ――」
イリスは白ワインを一気に飲み干してから嬉しそうに言った。
その言葉は本心だったのだろう。
嬉しそうな様子でグラスに入っていた白ワインを飲み干している。
「イリスはそうかい。コロアはどうだい? 特にオウロは君の一番の後輩だろう?」
「そうだ」
コロアは短く頷いた。
かつてコロアとオウロは同じパーティーを組んでいた。それはコロアがパーティーを手放す前の話であり、学園では周知の事実である。
そもそも現在オウロがリーダーを務めている『デウザ・デモ・アウラル』はもともとはコロアが作ったパーティーであり、コロアがリーダーだった。コロアの数々の偉大な学園での記録を打ち立てた時にはオウロはすでに『デウザ・デモ・アウラル』に所属していたのだ。
だからオウロは最もコロアの影響を受けた冒険者とされている。
戦い方こそ違うもののコロアが学園で最も可愛がっていた冒険者がオウロであり、唯一弟子と呼んでもいい存在であった。
「なら、君はオウロに負けたのはどう思ったのだい?」
「確かに我も嬉しい、とは思った。あれには特に目をかけていた。冒険者として優れていたからな。いずれは偉大な冒険者になると。だが、今の我にあるのは単純に悔しいという気持ちだ。最近の生ぬるい冒険があのような結果を生んだのだと思っている。まだまだオウロに冒険者として抜かされるつもりはないのでな」
「そうかい」
コルヴォは微笑んだ。
「コルヴォもどうなのだ? アメイシャとはかつて同じパーティーだっただろう?」
「ああ。そうだよ」
コルヴォは頷く。
「コルヴォこそ、どう思ったのだ? やはり自分の後輩に負けて悔しいのであるか?」
「……どうだろうね。オレにとってアメイシャは教え子と言うよりも大切な同僚だったよ。そもそもオレの当時のパーティーがオレとアメイシャを含めて三人だけだったのは知っているだろう? その頃からアメイシャは若くして活躍していた。オレの冒険はかなりアメイシャの才覚に助けられたからね。負けたと言っても、それほど悔しさはないかな。あの子には、それぐらいの力は当時から備わっていたからね」
力のない笑みでコルヴォは言う。
全て本心だった。
アメイシャはコルヴォの思う中で最も才能のある冒険者の一人だと思う。
イリスのように全てが優れているわけでもなく、ギフトに特化した才能。その破壊力は条件が整えば“はぐれ”すらも一撃で屠るほどであり、現に百器の騎士のときでは最も早くあの場についたと聞く。
それぐらいの才能がない、とはとてもではないがコルヴォには言い切れなかった。
「……そうかもしれんな」
コロアは深く頷いた。
彼自身もアメイシャの力には一目置いており、ギフト使いとしての単純な実力なら学園でも随一だと考えていた。ギフトに特化しているからこそ、単騎での冒険は苦手だと踏んでいたのだが、どうやらギフトだけでも簡単に迷宮へと潜れることをアメイシャが証明してしまった。
だが、あれほどのギフト使いは滅多に現れないだろう、とコロアは思う。
だからこそ、貴重な存在なのだともコロアは思った。
「だけど、聞くところによるとあの冒険を支配していたのはレアオンであり、きっかけもとどめもナダだった。まあ、別にもともとおかしいことではないと思うよ。そもそもアギヤが解散するまでは、あの二人のパーティーの上にアギヤがいたんだからね」
コルヴォは淡々と言う。
二人の実力は認めている。
優れた冒険者なのは間違いない。
「イリスよ、あの二人を育てたのはそなただ。我はあの二人にはアメイシャやオウロほどの才はないと思っている。もちろん、我ら三人にも劣るだろう。だからこそ、常に思っていたのだ、何故、あの二人を育てた?」
今でこそレアオンは有能なアビリティを持っているが、あれが目覚めたのは冒険者の中では遅く、ラルヴァ学園で四年生の頃であった。その頃にはすでにアギヤに所属しており、ナダと共に学園でも評価が低い冒険者だったのはコロアの記憶によく残っている。
また、ナダにいたっては未だにアビリティにもギフトにも目覚めておらず、コロアだったら当の昔に見放していると思う冒険者だ。
「面白いでしょ? それ以外の理由はないわよ――」
イリスは白ワインをあおりながら笑っていた。
「面白いだと?」
コロアは眉をひそめる。
「ええ。二人共負けん気が強くて、それぞれに迷宮に潜る目的があって、才能があろうがなかろうが、あの二人には他の道はなかった。だから、私は選んだのよ」
「それだけなのか?」
「ええ。私は思うの。私よりも二人は冒険者らしいと。アメイシャも、コロアも、もちろんコルヴォだって、私達はね、数ある道の中から冒険者を選んだ。だけど、あの二人は違う。冒険者しかなかった。だから二人共パーティーが無くなっても冒険を続けるしか無いの。だから必死に食らいついている。私はそれこそが冒険者にとって、いちばん大切だと思うの」
「……あの二人をペアにしたのは?」
「競い合わせたほうが伸びるでしょ?」
「それだけであるか?」
「別に他に何もないわよ。私はね、思うの。私はすでにナダにもレアオンにも追い抜かされているかも知れないと。そもそも――アギヤで最も“はぐれを狩っていたのはナダ”だったから」
イリスはお酒で紅潮した頬のまま言った。
「そうかい。……そうかも知れないね。あの二人は全く…………。ところで、話は変わるけどコロア、イリスとの件はどうするんだい? 今回の冒険はナダに潔く譲ったみたいだけど」
コルヴォは話題を変えるように言った。
「……そうだな。我にも心境の変化があったのだ」
コロアはグラスを傾けながら言う。
「……なにそれ?」
イリスは口を尖らせた。
「イリス、そなたがほしいのは確かだ。だが……これまでのように求めることはないと思う――」
「何故だい?」
コルヴォがコロアへと体を向く。
「ナダとレアオンを見て思ったのだ。確かにイリスは欲しい。共になれば、どこまででもいけると我は思っている。だが、本当にそれが大切なのか、という疑問が我の中にずっと生まれているんだ……」
「疑問ですって?」
「そうなのだ。ナダとレアオンは共にいれば、上に行けると思う。だが、二人は決して一緒にはならず、だからといって、二人の成長が止まることはない。むしろ一緒にいないほうがいいかも知れない、と思うほどに」
「それがコロアの出した答えなの?」
「うむ。最良の結果が、本当にいいとは限らない。我はあの二人を見て、一人でもどこまででも行けると思ったのだ。いや、行かなければならないとも。譲れないことがイリスにもあって、我にもあって、別にそれをどちらかが譲ることはないと思うのだ。今回のように我とイリスの冒険が重なることもある。我はそれでいいと思った」
コロアはゆっくりと語った。
イリスも噛みしめるように聞いていた。
「変わったね、コロア――」
一方でコルヴォは驚いていた。あの二人がコロアにそれほどの心境の変化を与えたのだと。一時期はコロアが、ナダとレアオンのことをイリスについている才能のない虫だとも言っていたこともあるというのに。
それを想像して思わず、コルヴォは笑ってしまいそうになるが、その前に最後に見たものを二人に聞くことにする。
「ところで、二人共あのナダが入った部屋にあったものを覚えているね?」
「ええ」
「うむ」
二人共頷いた。
「ああ。そうだ。誰も行っていない。行く余裕などなかった。だけど確かに覚えている。ナダは何が原因かはわからないけど、意識を失って倒れた。だが、あの部屋にあったのはモンスターでも、かといって秘宝でもなく――下に続く道だった」
コルヴォは記憶を辿る。
ナダ以外の者たちと見た迷宮の姿を。トーヘは終わりのあるダンジョンのはずなのに、新たな道が生まれていた。
今はもうない。
七人があの部屋を出た瞬間に内部変動によって、そもそものあの百器の騎士がいた部屋が閉じたからである。
だが、記憶には確かに残っていた。
「ええ。そもそも、私達が多くの騎士を倒している穴も下に続いているみたいだった」
イリスは白ワインを飲み干した。
「我はトーヘに続きがあることについて学園側に伝え、調査を入れた。もちろん学園長にも直々に聞いたが、答えは一つ。――秘匿せよ。それだけであった」
コロアは舌打ちをしてからブランデーを口に含んだ。
「ようするに迷宮にはまだオレたちが知らないもう一つのステージがある。どうやったらそこに行けるんだろうね? あの百器の騎士を倒すだけでも精一杯だったオレたちに――」
コルヴォは首を傾げた。
「案外、我やコルヴォよりも、ナダやレアオンのほうが早いかも知れないぞ」
「なら頑張らないと。もう学園ではすることは何もないと思っていたけど、どうやらしたいことができたみたいだ――」
コルヴォは決意した顔で言う。
レビューや多数の感想を本当にありがとうございました。大変嬉しくどれも読んでおります。
ちなみにですけど、次の話がエピローグなのでこの章はいったん終わります。




