第四十五話 最強の名Ⅹ
百器の騎士は悠然と立っている。
現在、持っている武器は大剣と長剣だ。大剣を攻撃に使い、長剣は相手の武器を捌くために使っている。その熟練度はそうとうなものであり、ナダたちも甘く見ていない。
そもそも百器の騎士は全ての武器を高水準で扱い、あらゆる状況下で効果的な武器を選んで使っている。青龍堰月刀を持つナダには重量武器で、長剣を持つレアオンには軽量武器で、オウロにはそもそも近づかせないようにしている。
また、アメイシャは既に接近戦はしていない。彼女はもともと武器を扱うのは得意ではないため三人から離れた位置で、騎士相手にギフトを放つ隙を常に伺っているのだ。付かず離れず、あまり火のギフトは百器の騎士にきかないと言っても、牽制にはなっている。
「ナダ殿、レアオン殿、私のためにあれの動きを止めてくれるか?」
猛攻の間の小休止。
息が切れているナダとレアオンに向かって、オウロが冷静な表情で言った。
「あれを倒す算段があるんだな?」
レアオンは騎士から目を離さずに言った。
「……アビリティを使う。私のアビリティは二人共知っているな?」
「確かにそれは知っている。だが、オウロの持つアビリティは……」
「それは分かっておる。私はあれを傷つける。もし私が死んでも、だ。だから二人はあれを倒せ。絶対に――」
オウロは上段に大太刀を構えている。
「いいぜ――」
ナダは二つ返事で言った。
「……わかった。僕とナダが本気でアイツを止める。だが、チャンスは一回あるかどうかだと思う」
レアオンの答えに、オウロは静かに頷いた。
その時にはもう百器の騎士は三人をかろうと動いており、止まっているナダたちを見かねたアメイシャが騎士に向かって大きな炎の塊のギフトを放っていた。
爆発。
煙が広がる。
冒険者の視界から騎士が見えなくなる。
ナダはその煙の中へ迷わずに入っていった。もちろん、青龍偃月刀を大きく振り上げてある。
「振れ!」
レアオンの声が飛ぶ。
迷わずにナダは青龍偃月刀を振り落とした。
かんと、大きな手応えをナダは感じる。騎士だ。騎士が、防いだのである。おそらく大剣だろう。生半可な長剣では折れると判断したのかも知れない。
煙の中で騎士の目が光るのをナダは見た。
すぐに青龍堰月刀を大剣から滑らすようにして引き、今度は光る眼を目標に薙ぎ払う。全力で。それも防がれた。今度は逆に振る。体を回転させて。それも防がれる。
レアオンはその時にはもう煙の中に入っている。足音を消し、息を殺し、ナダの攻撃の隙間を縫うように騎士の足元へ。
斬るためではなくまるで足をすくうように長剣を振るった。
飛んで避けられる。だが、既に空中に浮いていない騎士は、太い足で一度反動を付ける必要があった。
空中にいる騎士に向けてナダは偃月刀を振り上げる。上から重力を味方にした騎士はそのまま全ての体重をかけるようにしてナダの偃月刀を向かい打とうとするが、その時に、ナダが微かに笑った。ナダは力をそっと抜いて、偃月刀は大剣に当たることなくナダはその場から下がった。騎士は空中にいるため、まともに動きが取れず、地面を大剣で斬ることになる。
轟音。
地面がえぐれ、騎士の足元がおぼつかない。
既に煙は晴れていた。
その瞬間にレアオンは全力で騎士に向かって体当たりをした。
騎士の体勢がよろめく。
ナダは偃月刀を両手で持ち、斬るためではなく、騎士を倒すように偃月刀の柄の部分で騎士を殴り、そのまま体重をかけるように二人一緒に倒れ込んだ。
すぐに太い騎士の足がナダを退かすように蹴った。相手を倒すことしか頭になかったナダはそれを避けることなどできず、近くの地面に転がる。
だが、騎士は地面に倒れて無防備であった。
すぐに起き上がろうとしている。
それを待っていたオウロは既に大太刀を伸ばしていた。
突きだ。
騎士を倒そうなどと傲れていない。
そんなことなどオウロは望んでいなかった。
狙いは一つ。
騎士に傷をつけるだけだ。
狙いは膝だ。
鎧と鎧の隙間。
レアオンが示した弱点であり、そこに刃が引っかかれば。
大太刀の刃は騎士の膝裏に少しだけ刺さった。そこから毒が流れ込む。オウロの毒だ。
しかし、オウロの大太刀はそのまま引かれることはなかった。
騎士が掴んだのだ。
刃の部分を片手でしっかりと、そのままオウロの力を利用して素早く騎士は立ち上がり、大太刀を強く引いた。
オウロは咄嗟に大太刀を離すが、前に体がよろめく。
騎士が大剣を振るう。
避けられない。
アメイシャが炎を放つが、騎士はびくともしない。
騎士は大剣を振り落とした。
それはオウロの頭にあたり、彼は地面に叩きつけられる。兜に生えた兎のような角が二本とも折れて、頭から地面にめり込んだ。
オウロは痛みで声にならない声をあげた。
鎧で阻まれたので命はあるようではあるが、体が上手に動かないようだ。立ち上がろうと、震えた両手が地面に着く。
もう一度、騎士は大剣を持ち上げる。
その時にはもうナダとレアオンが騎士に近づいていた。
二人が同時に、偃月刀と長剣を振るう。
騎士はオウロにトドメを刺すのを諦めて、オウロの背中を踏みながらその場から離れた。
オウロは必死の思いで動いていた両手すらも、踏まれた衝撃によって地面につき、そこからオウロが動かなくなった。
体の力が抜け、地面に横たわる。
だが、オウロをナダは見ることがなく、騎士に向かっている。
レアオンも同じであった。
騎士の動きが一瞬だけ止まった。
毒だ。
オウロの麻痺毒だ。
その間にナダが騎士まで距離を詰める。
追いついた。
青龍偃月刀を全力で振るう。
騎士が片手で持った大剣で受ける。
騎士がよろめいた。
後ろに一歩退く。
ナダの偃月刀の圧力に負けたのだ。
毒だと、ナダは思った。オウロの麻痺毒のおかげで、騎士は体が上手に動かないのである。
ここしかない、ナダは強く思った。
ナダの偃月刀を持つ手に力が入る。
騎士は片手でナダに負けたことで、大剣を両手で持つようになる。ナダの偃月刀に負けないためだ。
ナダと騎士が、青龍偃月刀と大剣がぶつかり合う。右に、左に。両者とも足を止めている。体重ではおそらくナダが不利だろう。だが、騎士も体の動きが先程までと比べて遅くなっている。
だから、二人は互角であった。
お互いに相手の懐へ刃を伸ばそうと必死だ。
だが、お互いに一歩も譲らない。
譲るわけがなかった。
そこに、レアオンが隙間から入った。
足だ。彼の狙いは代わりはしない。滑り込むように騎士の膝を狙う。
騎士はすぐに大剣をナダへと投げ飛ばして、左手に両手に何本もの投げナイフを持ってナダから距離を取るために無数に投げた。その全てがナダの頭を狙っている。一本でも躱しそこねれば、ナダの命を奪うものであった。
ナダは自分の命を優先し、左右に避けながら騎士から少しだけ離れた。
騎士はナイフを投げるのを止める。
生み出したのは黄色い長剣だ。
属性は雷。
既に騎士はレアオンの攻撃を避けようとはしなかった。
むしろあまんじて受けた。
場所は先程、オウロが刺した膝だ。レアオンはそこを剣で切った。確かにレアオンは剣で切ったと思う。それも剣はアーシフレだ。ダメージがないわけがない。
だが、騎士の動きは変わらない。切られたほうの足でレアオンを蹴った。
レアオンは体勢を立て直し、立ち上がろうとするが、そんな彼へ騎士は黄色い長剣を投げた。
避けられなかったレアオンはそれをアーシフレで弾くが、剣を伝わって多くの電流がレアオンに流れる。
身が灼かれる思いをした。
口を複雑に歪めながらレアオンはそれに耐えるが、足が動かない。
痛みで床に居着いた。
騎士は動いた。持っていたのは戦斧だ。
武器の名は、バルディッシュ。槍のように長い柄の先に、大きな斧の形をしたまさかりの刃をつけられている。武器としてはナダの持っている青龍偃月刀と似ているだろう。
ポールウェポンの一種であり、斧頭の重さを利用して振り回しが強力な武器だ。
それを、騎士は振り回した。
大きく横に振りかぶって、レアオンに向かって伸ばす。
避けられない。
眼の前の刃が自分に来ることを悟る。
既にレアオンの体はぼろぼろなのだ。
必死の抵抗で、バルディッシュの軌道上にアーシフレを持ってくる。
こちらに向かってくるナダへ、絶対に勝て、と強く言わんばかりに全力で睨みながら、レアオンは横から全力のバルディッシュを受けた。アーシフレ、並びに鎧によって、レアオンの鎧は切れてはいない。胴体が二つに分かれることはなかったが、その衝撃はアーシフレが手から離れ、地面に何度も叩きつけられながら転がっていく。
その際には頭も打って、脳も強く揺れた。
レアオンはぼやけた視界で、騎士に刃を伸ばすナダを見た。
「かっ!」
ナダの気合の入った一撃は、騎士のバルディッシュで止められる。
だが、遠心力を利用した騎士の一撃をナダが受けると、手が痺れて、足が数センチ後ろに滑る。
それでもナダは負けやしない。
青龍偃月刀も武器の性格としてはバルディッシュとほぼ同じだ。
スピードに乗った青龍偃月刀を騎士が体に近い部分でバルディッシュの柄で受けると、騎士の体も後ろに一歩下がる。
二人はまるで綱引きのように互いに押し引きをしながら打ち合っていく。
その最中、ナダが青龍堰月刀を全力で振るい、騎士がそれをバルディッシュで受けた時、騎士の膝が一瞬崩れた。ナダに押し負けたのだ。膝に力が入らなかったのだろう。
そこは、オウロが毒を流し、レアオンが切った膝であった。
ナダは青龍偃月刀が押し勝ち、自身の体が前へと流れた時、反射的に青龍堰月刀を捨てた。騎士に勝つにはここしかないと思った。
左手を騎士の頭に伸ばす。白銀の美しい刃が手甲から飛び出た。ソリデュムだ。それは騎士の首に掠る。
既にバルディッシュを手放している騎士は武器すら生み出す時間がもったいないのか何も持たず、鉄で包まれた手でナダの体を横から殴った。ナダの体は横にくの字に折れ曲がるが、右手で腰のククリナイフを抜く。
ククリナイフで騎士の右肘を切ろうとするが、当たらない。
避けられる。
騎士はナダへと右ストレートを放った。
倒れるようにして避けたナダは、ふらついた騎士の膝をククリナイフで斬りつける。浅い。だが、感触が確かにナダの右手に感じる。その瞬間に騎士の左の膝がナダの腹部に刺さった。
だが、ナダは負けじとソリデュムを先程きりつけた膝に刺す。
騎士は強く握った両手をまるで斧のようにナダの背中へ振り下ろした。めまいが起きそうな衝撃がナダを襲うが、決して意識は手放さずに強く刺したソリデュムの刃を抉るように回した。
ソリデュムの刃が折れる。
白銀の刃が美しく舞い、それを蹴り上げるようにナダの腹部をもう一度蹴ろうとするが、既にその膝には力がない。ナダは左手でそれを受けてその反動を使って、体を起こす。
既に武器はククリナイフしかなかった。
それで至近距離の騎士の方を切り裂く。浅い。だが、切れたのは確かだ。
騎士はフックの要領でナダを殴るが、先程壊した膝に力が入らない。ナダはそれを受けるが、ダメージはあまりない。
ナダは首にククリナイフを振るう。浅い。切れない。
騎士は肘をナダに頭に落とした。めまいがしそうになる。だが、騎士の攻撃も浅い。耐えきれる。ナダは両手でククリナイフを振るった。スピードの乗ったそれは騎士の左肩を切り飛ばした。
騎士も引きはしない。
ナダを右手で殴る。寸での所で左手で守ったため、ナダの左腕があらぬ方向に折れ曲がった。さらに騎士は何度かナダを殴って体の動きを止めてから、ナダの首を掴んだ。右手だ。太い指で締め上げる。
騎士は絞め殺すつもりだ。
息がなくなり、徐々に薄れていく意識の中で声にならない声を上げながら、それはまるで獣のように醜い声をあげながらも、視線は変わらない。
ナダはその手をほどこうともしなかった。最後に残された酸素と力を使って、全身に力を込める。その先は右手に持ったククリナイフだ。前へと一歩足を踏み出して、首を掴まれても刃を必死に食いしばって右手を振るった。
ククリナイフは騎士の首に深く刺さり、やがて、頭を切り飛ばした。
空中に百器の騎士の頭が飛ぶ。
既に光の失った目がナダと、首の無くなった騎士を見ていた。
だが、ナダはその様子を見ることなく、そもそも騎士の首を刎ねたことにすら気づかず、たとえ死んでも力を緩めない騎士によって意識が無くなった。




