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迷宮のナダ  作者: 乙黒
第二章 楔
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第四十三話 最強の名Ⅷ

 コルヴォが七十七階の十三番目の部屋の部屋についた時、部屋の奥では激戦が広げられていた。

 その中心には、見たことのないモンスターがいる。

 鈍色の鎧を着た大型のモンスター。まさしくその佇まいは騎士であり、無数の武器を使いこなして四人の冒険者と戦っている。時には剣で、時には槍で、またギフト使いにはボウガンなどで攻撃をしていた。そして床に散らばる無数の壊れた武器たちが、戦いの悲惨さを物語っている。だが、モンスターの武器は減ることはなく、新しい武器で冒険者と戦っていた。まさしく一騎当千のモンスターと言えるだろう。

 あれが――噂の“はぐれ”なのだとコルヴォは思う。

 そして戦っている冒険者は四人。ナダ、レアオン、アメイシャ、オウロである。


「何だ、今頃ついたのか?」


 コルヴォがすぐ近くで行われている戦いを嗤いながら見ていると、この部屋に入るための入り口の右側で壁に背がもたれかかっているコロアに話しかけられた。

 コロアは腕を組みながら硬い表情ではぐれ達の戦いを見守っていた。


「コルヴォ、あんたが一番遅いわよ――」


 逆の左側の壁にはイリスがあぐらをかきながら座っていた。

 その表情は不満そうである。

 唇を尖らせながらコロアと同じように戦いを見守っていた。


「どうやらオレが一番遅かったみたいだね――」


 コルヴォの声に悲しみはない。

 トーヘをソロで潜っている時にどこか心の奥底で考えていたからだ。おそらく自分がこの部屋に誰よりも早く到着することはなく、むしろ遅れて来るだろうと。

 何故ならコルヴォは過去に潜ったことのある部屋を選んだはずなのだが、どうやらこの日はいつもとは存在するモンスターが違うようで、数が多く“多少の苦戦”を強いられたのだ。それでも冒険に支障をきたさなかったのはコルヴォの力量であるが、いつもより強いモンスターだったため時間をかけてこの部屋まで辿り着いたのだ。

 尤も、七人の中で一番遅いとはコルヴォも思っていなかったが。


「ちなみにだけど、コルヴォより少し早かったのが私よ。まさかコロアちゃんだけならまだしも、後輩たち全員に負けるとは思っていなかったけど――」


 イリスは小さく舌打ちをしてから言った。

 彼女の奥底に怒りが秘めてあるのが付き合いの長いコルヴォにはわかった。


「へえ。オレを除いたらイリスが一番遅かったのかい?」


 コルヴォは目を見開きながら言う。

 純粋に驚いていた。

 イリスは優秀な冒険者だ。

 それもスピードに秀でた。

 個人としてなら七人の中で最も攻略スピードが早いとさえコルヴォが考えていたからである。


「そうよ。よっぽどあの子達の冒険が上手く行ったのでしょうね。私なんて、途中、わらわらとわらわらと湧く騎士たちをなぎ倒しながらここまで来たっていうのに」


「イリスも苦戦したのかい?」


「まさか。するわけないでしょ。私だってソロで活動したことは一度や二度じゃない。最近はソロで潜ることも多いから。でも、数だけいるせいで、無駄に時間がかかっちゃったのよ。私、多数のモンスターを一度に殲滅するのは苦手だから」


「そういえばそうだね――」


 コルヴォはイリスの特性を思い出す。

 イリスは学園でも珍しいアビリティとギフトの二つ持ち――双色(ジェメオス)ではあるが、アビリティは剣の威力を上げる補助。ギフトは……アテネの加護を受けているが、その実態をコルヴォも詳しくは知らない。

 アテネのギフトは特殊である。

 この国にも殆ど存在せず、他のギフトとは違い、このギフトを持つ者に勝利を与えるという酷く曖昧なものであった。

 火のギフトのように多数の敵を排除することもできなければ、闇のギフトのように圧倒的な破壊の力を与えるわけでもない。土のギフトのようにダンジョン内の構造を変えることも無ければ、癒やしのギフトのように冒険者の傷を治すわけでもない。

 ただ、勝利を与える。

 ゆえにイリスが使えるギフトは一つしかない。

 『勝利の栄光ヴィトリア』。

 コルヴォもそのギフトを受けたことはあるが、確かにギフトを受けた言いようのない体が熱くなるような感覚はあったが、実際に何か体に変化が起こったということはなかった。

 だがら、イリスは殲滅が苦手だ。

 ソロで戦うのなら、斬るモンスターは選び、後は逃げないといけないのだがトーヘという迷宮の性質上それもできなかったので時間だけがかかったのだろう。


「……我も三人の中では早かったが、まさか後輩たち四人に負けているとは思わなかった」


 コロアも落ち込みながら言う。


「そうなんだ。まさかコロアまで後輩に負けるとはね――」


 コルヴォは笑いながら言う。


「その通りだ。迷宮で何度かモンスターの数が普段より多いことで不覚を取ったとは言え、時間はそれほど経っていないだろうと安全策に走ったのが我の敗因だな。おそらく後輩たちのほうがスピードに特化した冒険をしたのだろう――」


「コロア、率直に聞くけど君は誰になら負けると思っていた?」


「……イリスとコルヴォだ。オウロも早いとは思っていたが、まさか我に勝つほどとは思っていなかった。後は侮っていたな。我の失態だ」


「オレ達はこのことにどう反応すればいいのだろうね。後輩が育っていることを喜べばいいのか、学園最強ともてはやされて実際のところは後輩たちに実力も追い抜かされようとしていることに嘆けはいいのか――」


 コルヴォはため息を吐いた。

 まさか自分の開いた祭りがこのようなことになるとは思っていなかった。後輩たちはあくまで競争のスパイスであり、コルヴォも対抗馬はイリスとコロアの二人だと踏んでいた。

 二人を出し抜くことしか考えていなかった。

 だが、実際には二人どころか後輩にも負けている。

 二人だけにここに着くスピードだけ負けているのなら、後は何とかなるだろうと思っていた。


 何故なら――百器の騎士は強いからだ。

 現に優秀な四人の冒険者でも仕留められないほど。最初のコルヴォの案では一番手をイリスかコロアに渡すつもりでいたのだが、その心の余裕がこの結果を生んだのかと思う。

 コルヴォは肩を落としていた。


「ちなみにだけど、コロアがついた時には彼らは?」


 コルヴォは四人を視線で指す。


「……既に戦っていた。何があったのかは分からないが、我が来た時には既に四人で――」


「へえ。そうかい。まあ、どうしてルールを破ってこのような事になっているかは後輩たちに後から聞くとして、イリス、目の前の戦いはなかなか愉快だね」


 コルヴォは顎をさすった。


「コルヴォ、何がよ?」


「君の直々の後輩だよ」


「ナダとレアオンのことかしら?」


「ああそうだ。あの二人がアギヤで色々あったことは学園でも有名だ。オレも知っているし、コロアだって知っているだろう?」


 コルヴォがコロアへと視線を向けると、彼は黙って頷いた。


「それがどうかしたの?」


「いや、面白いと思ってね。あの二人は仲がよくないと思っていた。それなのに、今、こうして二人を見てみるとまるでパートナーのように息が噛み合っている――」


 コルヴォは騎士へと斬りかかる二人を見る。

 ナダが真正面から騎士へ偃月刀で斬りつけて注目を奪えば、すぐに背後からそれも分かりにくい足をレアオンが狙う。レアオンに刃が向けられたかと思えばすぐにナダがそれを受けて耐え、レアオンが騎士から離れる。

 ナダの見えない騎士からの攻撃はレアオンが避ける方向を指示し、ナダもそれに黙って従っている。

 オウロやアメイシャも補助しているが、明らかに目の前の戦いではナダとレアオンが主役であった。二人が騎士へと張り付き、一分の休息も与えないような猛攻をしかけている。

 どちらが上というわけではなく、お互いがお互いをサポートしあい、騎士の首元へ必死に刃を伸ばそうとしている。


「いい冒険者でしょ?」


 イリスは自分の事のように嬉しそうに言った。


「ああ。そうだ。冒険者の理想形の一つだと思う。だから、だ。だから不思議なんだよ。何故あれだけの連携ができるナダをレアオンは手放した? 何故、ナダはアギヤから何の抵抗もなく抜けた? 聞けば、ナダはガーゴイルを倒してからレアオンにもう一度アギヤに誘われたらしいが断ったみたいじゃないか? 何故、あの二人はもう一度同じパーティーにおさまらないんだ?」


「それがコルヴォには不思議なわけ?」


 イリスは笑っていた。

 魅力的な表情で。


「ああ。オレにだって、あそこまでの動きが共に出来る冒険者はいない。会話は最小限に、視線でお互いのしてほしいことを指示し、何も言わずとも苦手な部分を補う。あれは一朝一夕で身につけられることではない。お互いがお互いを信じないと無理なはずだ」


「ええ。だって私が教えたもの。ナダとレアオンに。ちょうど学年も一緒だったし、入った時期も似ていたから。あそこまで育てるのには苦労したわよ」


 ナダとレアオンを誇るように言うイリスに対し、コロアが眉をひそめながら言う。

 そこにはコロアの心の叫びが含まれているようで、少しだけ言葉に熱が入っていた。


「なら、何故、そなたはナダがパーティーから抜けることを容認した? あの二人が別れて、それぞれが成長して、何らかのきっかけでまた同じパーティーになるとでも思ったのか?」


「まさか。あの二人は今後、おそらく正式にパーティーを組むということはないと思うわ。アギヤの時のように名前をつけて、長期的な冒険をすることはね――」


「そなたはそれでいいのか?」


「あんた達、二人共分かっていないわね。ナダとレアオンはね、どれだけ冒険者としての相性がよくても、人と人としては永遠に噛み合わないの。生き様も違う。だからあの二人はそれぞれの道を選ぶ。今後、お互いのような存在がいないとわかったとしても、道を一緒にすることはないはずよ。――どちらかがどちらを利用することはあってもね」


 コロアはイリスの話を聞いて深く考えているようであった。

 ナダとレアオンを見ながら感慨深く二人の様子を観察していた。

 コロアの目に浮かぶのは憧れであり、嘆きであった。自分ならあれほどのパートナーはなんとしてでも引き止めるというのに、欲しいと言うのに、現に今だって必死に求めているのに、あの二人がお互いを手放すことを選んだ事が理解できても、心のどこかで否定している自分がいたのである。


「さ、この話は終わりよ。どうやら奥から来るらしいわ――」


 イリスは自分たちがいる場所よりも、またナダたちが戦っている場所よりもはるか奥、下へと続く大きな階段から幾つもの大きな足音が聞こえてくることを感じ取っていた。

 あの重さは、明らかに人ではない。

 モンスターだ。


「……オレも今回の冒険はやけにモンスターの数が多いな、と思っていたところだが、どうやらここでも増えるとはね――」


 コルヴォが自身が感じていた疑問を口にする。


「で、どうするの? コロアとコルヴォは? 私達が決めた今回の競争は、後輩たちが共に戦っているからそもそもが破綻している。あれに割って入って、漁夫の利で騎士にとどめだけをさして、今回の勝者を語るのもいいと思うし、この場で何もしないのも別に間違っていないと思うわ――」


 イリスは立ち上がって、そしてレイピアを抜きながら言った。


「確かにそうだね。オレがせっかく開いた祭りを台無しにしてくれた後輩たちにお灸をすえるのもいいかも知れないね――」


 コルヴォは腰の剣を抜いて、無言でアビリティ――《鬼殺し(オーガ・スレイヤー)》を発動して、右腕を醜く肥大させた。


「まさか。二人共何を言う? 我は今回の冒険にかなり力を入れていた。このような結果になったことは残念と思っているし、今でも悔いている。だが、それと後輩たちの邪魔をするのは我の心が許さない――」


 コロアは剣を抜いて、ナダたちが戦っている騎士ではなく、奥にいる無数のモンスターを見据える。


「そうなのかい? 君が今回のことに一番拘っているように思えるけど? いいんだよ。今すぐ騎士を倒しに行っても」


 挑発するように言うコルヴォ。


「何を言う。確かにそうだ。我はイリスが欲しい。どうしても欲しい。今回のこれはイリスが手に入る絶好のチャンスだろう。王としての我ならそうするしかあるまい」


「そうね――」


 イリスの言葉に感情はなかった。

 もしもそのような行動をしても、イリスはきっとコロアのことは責めないと思っている。


「――だが、だがな。我は王になるように生まれたが、確かにこの街で冒険者として育ったのだ。この血も、身も、心までもが、全てが冒険者だ。冒険者としての我が、どうしてあれほどまでに健気な後輩たちの邪魔ができる? 今回のことに彼らも命を賭けていただろう。そんな彼らが共闘までしなくては勝てない相手なのだ。そんな彼らの思いを踏みにじることは“冒険者”として我は絶対にしたくない」


 強く宣言するコロア。そのとおり、ギフトを使い、自身の力を限りなく高めている。


「どうやらオレたちの意見もあったようだね。じゃあ、可愛い可愛い後輩たちのために、あいつらをどうにかするとしようか?」


「それで、あなた達、ギフトはいるかしら?」


 イリスがそう聞いても、二人共何も言わずに黙って前へとあるき出す。目指す先は一つである。

 既に殺気立ち、目の前のモンスターたちに集中しようとしている彼らにイリスは微笑みながら美しい声で言った。


「神よ、かの勇者らに勝利という名の栄光を――」


 それはコルヴォとコロアの二人だけでなく、四人の後輩にもイリスはかけている。

 アギヤ時代の記憶だろうか。この中で最も数多くこのギフトをかけているナダとレアオンはイリスの存在にやっと気づいてこちらを見る。

 イリスは階段の先を見てから、二人にも微笑みながら左の胸の心臓部分を二回ほど強く叩いた。

 レアオンはアビリティによって階段の下に何がいるか分かっているのか、すぐにイリスから階段に目をそらし、すぐに騎士へと集中した。

 ナダにはこの意味が分からないと思うが、何も言わず、口角を少しだけ上げて騎士を殺すためより深く集中する。

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