第四十二話 最強の名Ⅶ
騎士に最初に辿り着いたのはナダであった。
いつもとすることは一緒だ。
眼の前にいるモンスターに対して愚直に持っている武器を振るう。
かつては大剣だった。
だが、今は青龍偃月刀だ。
それを上に持ち上げて、ただ単純に騎士に向かって振り下ろす。
騎士はそれを受けた。
また別の武器だ。槍だろうか。それも三又槍だ。右手に持っている。斬るためではなく、貫くための槍を使って、騎士はナダの攻撃を受けた。
いつもならナダはここで相手の受けをどう掻い潜り、相手の喉元に切っ先を突きつけることを考える。
だが、今は違った。
ナダはがむしゃらに偃月刀を振るう。
受け止められると同時に偃月刀を引いて右から刃を。もちろん、それも騎士に受けさせた。すぐに体を逆に回して、今度は受け止められたことで反動をつけて左から回転するように偃月刀を。もちろん、それも騎士に受けさせる。それから偃月刀を下へ滑らして今度は跳ね上げるように。もちろん、それも騎士に対処される。
後ろにわずかに引かれて、すぐに反動をつけて前蹴りが飛んできた。
ほら来た、とナダは嗤いながら後ろに飛んだ。
前方に大きく出したのは左足であり、もちろん、軸足を狙って攻撃をしかける冒険者がいた。
レアオンだ。
体勢を低く、騎士に見つからないように動き、単純な脛切り。
だが、騎士は少し浮いていた。
片足だけで助走もつけずに上に飛ぶ。
レアオンの剣は空を切ることとなった。
「きぃええあああ!!」
しかしながら、そこには当然のようにオウロがいた。
隠密など頭に無いようなけたたましい声。奇声と言ってもいいかも知れない。いや、それは鳥の絞められる声のように聞こえた。
――猿叫であった。
オウロが独自に会得した武術の独特な発声方法である。
オウロは空中にいる騎士に向かって、単純に大太刀を振るった。袈裟斬りだ。たとえ空中にいようとも、オウロの長い太刀はモンスターを逃さない。
また、その太刀は――濡れていた。
黒紫色だ。
毒だ。
これこそが、オウロの持つアビリティ――『蛮族の毒』であった。
オウロの冒険を救ってきた秘策であり、毒が効かないモンスターも数多くいるため気休めにしかならないことを彼自身とても良くわかっているからこそ、このアビリティに頼ることは少ない。
本当に絶望的な相手に縋るように使うか、それともどうしても倒したいモンスターに勝つ可能性を少しでも上げるために使うのだ。
オウロはアビリティによって様々な種類の毒を生み出すことが出来るが、今回用いた毒の種類は――麻痺毒。単純でありながら強力な毒であり、仮にも一瞬だけ効けば御の字だとオウロは思っている。
ここにいる冒険者たちならば刹那の隙だけで、十分だろうと信頼しているからだ。
オウロの剣は確かに騎士に届いた。
だが、浅い。
鎧の上を掠ったに過ぎない。
オウロの毒は内部まで浸透しないと意味がなかった。
騎士はすぐ近くに音も立てずに着地するが、その場には既にナダが待ち構えていた。
ナダが行うことは一つ。
足止めだ。
大きな、本来なら馬上で使うような馬鹿げた武器を、ナダは優れた膂力で遠慮なしに騎士へと振るう。
単なる横振りだ。
右に一振り。
左に一振り。
そのまま体を回転させるように一振り。
騎士に攻撃の隙を与えないように、小さな円を描きながらすばやく攻撃をする。
その一撃一撃が必殺であり、騎士相手に力が負けているナダであるが、その刃をたやすく受けることを騎士はしない。
それだけナダの攻撃は単純にして脅威であった。
騎士はそれを左手に持つ湾曲した刃で受ける。
それは大曲刀とでも呼べばいいのだろうか。
ナダのククリナイフと同じような形でありながら、ナダのククリナイフよりも二倍ほども大きく分厚い剣で。
ナダは騎士が右手に持つ三又槍で反撃されそうになると大人しく下がる。追撃はやはりしない。する必要がなかった。
それよりも先にレアオンが騎士に近づいていた。
背後から足音を消しながら。
無防備な騎士の背中にレアオンは剣で刺そうとする。
だが、鎧に弾かれる。それはレアオンの持つ業物の剣でも変わらない。レアオンは小さく舌打ちをする。
――やはり、鎧の隙間を狙わなければいけない。
数はそう多くないが、その場所をレアオンはアビリティで確認している。
脇腹や首など、通常では狙いにくい位置ばかりだ。
そこまで考えたレアオンに大曲刀が振り下ろされた。もしもその刃を味わうとただでは済まないと感じたレアオンは、頭上にそれが上がった瞬間から後退を始めていた。
何もない地面を大曲刀が抉る。
その時には大曲刀が届かない位置にいたレアオンに向けて、いつの間にか右手に持っていたクロスボウで追撃する。
だが、レアオンはそれを避けようとはしない。
それよりも早く、騎士の右腕をナダが偃月刀で叩いたからだ。
手甲にはばまれたナダの一撃にダメージはやはりなかったが、レアオンからクロスボウの矢が外れる。
ナダがすぐさま跳ね上げるように偃月刀を振るう。
だが、雑だ。
百器の騎士の鎧に傷をつけるだけだ。
ナダはがむしゃらに偃月刀を振るう。
「右に飛べ!」
そんなナダにレアオンの声が飛ぶ。
ナダは咄嗟に右に飛ぶと、先程まで彼がいた場所に三又槍が落ちる。騎士がナダへと振り下ろした武器であった。
レアオンはすぐさま距離を詰めて、三又槍を持っていた騎士の右腕の鎧の隙間――手首を狙って斬りつけるが、騎士は三又槍を捨ててあろうことか金属に守られた腕でレアオンを殴ろうとする。
ナダがその腕をもう一回叩き、その間にレアオンは横へと周り、今度は腰のあたりにある隙間を狙う。
だが、騎士が飛ぶ。
ナダとレアオンから一度距離を取った騎士。
「どこが狙いだ――」
ナダはレアオンと肩を並べながら逃げた騎士を睨んだ。
「間だ! 鎧と鎧の。まともに鎧に攻撃しても無駄だよ!」
レアオンは目を凝らしながら言う。
「きぃええええあああ!!」
いい事を聞いたオウロは、地面に着地した騎士に問答無用に大太刀で突く。狙いはレアオンの言う間――首だ。
だが、体を少しだけ動かされて寸の距離で避けられた。
突きに全てを籠めていたオウロは体が伸びて無防備になる。
いつの間にか騎士の右手が大きくなっている。
アイアンナックルのような物を付けたのだろうか。
それでオウロの体を殴ろうとしている。
テレフォンパンチだ。
隙は多い。
だが、オウロは躱せない。
ナダが投げナイフを放つが、騎士は目にもくれない。
オウロはその拳を腹に。
遠くまで飛ばされるが、すぐにオウロは立ち上がって血を吐いた。
そんなオウロを追撃しようと騎士が滑空するように動くが、その線上にはすでにナダが待機していた。
「ナダ、上!」
レアオンの言葉通り、ナダは上に偃月刀を伸ばすと、そこを騎士が通り、地面をこするように落ちる。目標がオウロからナダに変わったのだ。
ナダのすることは変わらない。
変わらないが、目を凝らし、鎧と鎧の隙間を探しながら偃月刀が届きそうなところに目星をつける。
だが、それよりも前に百器の騎士が両手にクロスボウを持っている。
右手が単発式であり、大型の物を。
左手には五本の矢が同時に出る連弩を。
それをナダに向けて連射する。
地面を両足で滑るように動き、無数の光り輝く小さな星によって自動装填されるクロスボウ。それは雨のようにナダへと降り注ぎ、見る限り避ける場所はない。
「真っすぐ行って、右に二歩! 左に三歩!」
だが、ナダには優秀なナビゲーターであるレアオンがついていた。
彼はそのアビリティによってナダの活路を探し、適切な指示の下で彼を騎士に近づける死地まで案内をする。
時には偃月刀で矢を弾き、体を捻って避けるナダ。
そしてレアオンもナダに騎士が注目している間に騎士へと近づいていた。
脛切りなどではなく、正面からの袈裟斬り。
騎士はすぐさま短く横に飛んで避け、すぐに両手に持っているクロスボウをいくつもの光り輝く小さな星に変えて、また別の武器へと姿を変える。
今度の武器は細い長剣だった。赤と青。二つの色を持つ剣であり、それぞれが冷気と火を纏っている。
レアオンは相手がギフトを付加させたような剣を持ったことに驚くが、決して表情には出さずむしろ嗤いながら騎士と離れる。
目的は果たせたからだ。
――ナダを騎士に近づけさせるという。
「かっ!」
ナダは気合を入れながら偃月刀を振るう。
両手で持ったそれは大振りで騎士を狙う。逃げる暇などないスピードで常に前へと進みながら。
騎士は二色の剣でナダに斬りかかろうとするが、それよりも先にナダの偃月刀の対処に追われている。
騎士の持つ二色の剣は確かに厄介であり、リーチも長いが、それぞれが細いので重量がない。いかに騎士がモンスターとしての力を持とうと、優れた筋力を持つナダの――それも両手で持って全身で振るう重量武器である青龍偃月刀を受け止めるには騎士の力が足りない。
細い剣を片手で持っているからだ。
だからこそ、騎士は何とか距離を取って武器を変えたい気持ちでいるが、そんな騎士をあざ笑うかのように背後からレアオンが切り込む。
狙いは膝。
鎧と鎧の隙間であり、レアオンはナダのように敵と密着することはしない。あくまでヒットアンドアウェイを行っており、一撃目でダメージを与えるのが無理だと判断すると、すぐさま離れてナダの邪魔にならない位置へと急ぐ。
ナダは常に騎士を追いかけながら偃月刀を騎士に向かって振るう。
右から左に。
左から右に。
その姿は騎士よりも獰猛ではあったが、ナダは常に騎士の肩や首などを狙っており、一撃でも対処を間違えれば騎士を殺す気でいた。
騎士は二つの剣を重ねるように地面へと突き刺すと、二本の剣から大きな爆発が起こる。
「後ろ!」
レアオンの声によって、ナダは一瞬だけ早く避けたことによって、二人共重傷は避けられるが爆風によって飛ばされる。
そこを上空から大弓を構える百器の騎士が、まずは地面に転がったナダから狙う。
必死に避けようと体を動かすナダであるが、肺を強く打ったことによって呼吸が上手くできず、体が思うように動かせない。
ナダはこちらに向けられている矢じりを睨む。
避けられない。
そう思った。
だが、そんなナダに――遠くで祝詞が聞こえていた。
「――無限の業を!」
ギフトの一つである『焔龍の吐息』をぼろぼろの服を着ながら、しかし体はレアオンからもらった回復薬によって三割ほど回復したアメイシャが放つ。
アメイシャの放った炎の龍は百器の騎士の鎧にはほとんどダメージが無かったが、大弓を燃やし、ナダへの攻撃を無効化させる。
さらに少しだけ鎧の中から煙が起こり、それによって騎士は地面へと落ちた。これまで浮いていた足をしっかりと地面につける。
「やっとか!!」
そこを、今度は回復したオウロが斬りかかる。
騎士はそれを避ける。
だが、確かに騎士は地面を蹴ってオウロの攻撃を躱していた。
騎士は四人と距離を取る。
四人はいつの間にか集まり、レアオンが怒るように言った。
「遅い! 僕の渡した回復薬は上等な物のはずだぞ!」
「知らないわよ。それより――ギフトはいるかしら?」
既に冒険を行えるまでに体調が戻っているアメイシャはニヒルに笑いながら前へと立つ三人に聞いた。
「頼んだ」
短くオウロは答える。
それと同時にアメイシャは身体能力の向上を旨としたギフトを三人にかける。もちろん、ナダとレアオンの二人には剣に炎を宿した。
オウロはアビリティの特性上、ギフトが無いほうが動きやすいのではないかとアメイシャは判断した。
「で、どうする?」
ナダが嗤う。
答えはなかった。
何故なら四人とも冒険者であり、それも優れた冒険者であり、目的は一致している。
――百器の騎士を倒すという。
誰かが答える前に四人が同時に動いた。




