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迷宮のナダ  作者: 乙黒
第二章 楔
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第三十九話 最強の名Ⅳ

 ――十六階層


 大きな扉の先には二体のモンスターがいた。

 それぞれ、赤と青の鎧を騎士であり、どちらも幅広の長剣を持っており、赤い騎士は炎を剣に纏わせ、青い騎士は冷気を剣に纏わせているので氷の粒子が剣を中心に渦巻いている。


 そんな騎士二人と相対するように、一人の冒険者が悠々と部屋を歩く。

 イリスだった。

 彼女の装備は少なかった。

 身体のラインに沿った服の上に、あまり重たくないように胸当てや脛当てなどの最小限の鮮やかな銀色の防具を着ている。その上から衝撃を緩和する黒色のコートを着る。もちろん、彼女が着ている装備は一級品であり、高価な物だ。さらにコートに隠された腰の部分には二つほどポーチが付けられていた。

 既にイリスは剣を抜いていた。

 レイピアだ。

 紅金色に光る美しい刃であった。

その色はダンジョン内で採れる極めて希少な鉱石であるヒヒイロカネで造られた証であり、スキルやギフトとの親和性が非常に高い武器を持つその冒険者が一流なのは間違いないだろう。

またイリスは顔を隠していた。

一枚の無機質な白いマスクによって。

そのマスクこそ、イリスの持つ『もう一人の自分アナザー・ペルソナ』というアビリティだ。


 彼女は既にアビリティを発動しており、レイピアからまるで細く絞ったような金属音が出始めた。注意深くその剣を見ると、僅かに震えているのが伺える。

 彼女はアビリティによって剣を細かく振動させ、切れ味を大幅に上げるのだ。大抵のモンスターは彼女のレイピアに触れるだけで細切れとなる。強力なモンスターならイリスが力を込めれば、たとえ重量のないイリスの剣撃であっても傷がつく。それは龍相手において、既に実証済みだ。

 そもそも、二体の龍の突破口は、かつてのアギヤのリーダーであったイリスが開いたのだ。

 強力なアビリティの力によって。


「あなた達の相手をするのは久しぶりね――」


 イリスは二体のモンスターを見つめる。

 この部屋を選んだのには特に理由など無かった。

 一番近かった部屋を選んだのだ。

 そう考えれば、彼女は今回の冒険を何ら特別な物と思っていないのかも知れない。いつもと同じ調子で、ダンジョンに潜っている。


 そもそも、イリスは今回の冒険においては殆ど下準備をしていない。潜る部屋も決めておらず、回復薬などの消耗品も最低限の数しか用意していなかった。そういった準備がイリスは苦手だったのだ。

 今回の冒険において、イリスはいつものように準備をした。

 敵のことを仮想せずに、己がベストだと思うコンディションを作る。

 最高の剣に、使い慣れた防具。それにいつもの道具を。それ以外には何もいらないとさえ、彼女は考えている。何故ならいつも同じ道具だけで、数々のモンスターを屠ってきたのだ。例え、龍相手だったとしても。

 その用意には、彼女なりの美意識があるのだろう。


 こぉぉぉぉ。


 モンスター達の息遣いが聞こえる。

 まるでそれは、人のようであった。

 それも鍛え抜かれた人だ。

 イリスは、にたあ、と嗤う。

 彼女はこの迷宮が好きだった。出てくるモンスターがどれもこれも人のように狡猾で、巧みな技を使う。ポディエにはいないタイプのモンスターだった。確かに力やスピードだけを考えれば、トーへよりもポディエの方が圧倒的に強いだろう。

 だが、トーへの迷宮にいるモンスターたちは全て芸達者だ。

 剣を振るうのを一つとっても、様々な技を使う。

 まるで冒険者のように。

 モンスター達の動きも彼らと一緒だ。

 革のブーツで床を叩きながら、こちらへと軽い足取りで向かってくる。

 構えは八相。刃先を天に向けている。冒険者たちも、同じ技を使うことがある。その構えから、全力で剣を振り下ろすのだ。おそらく二体のモンスターもそうするとイリスは考えている。

 青の騎士と赤の騎士は巧みであった。

 左右からイリスを挟むように動き、ほぼ同時に剣を振り下ろす。その際、剣に秘められた冷気と熱気が爆発し、交わり辺りを水蒸気が包み込んで白い靄でイリスの視界を隠す。

 イリスはどこからモンスターの剣が来るか分からなかった。

 だが、避けることなど、最初からしなかった。

 する気が、無かった。

 二体の騎士の剣が自分に到達するよりも早く、イリスはレイピアで騎士たちの体を撫でた。それだけで鎧は簡単に切断し、中にあった肉と臓物は弾け、青いモンスターの血が、イリスの黄金の髪にかかる。だが、レイピアには血一つついていなかった。

 イリスの斬撃とも呼べぬような一撃によって、モンスターたちは刻まれた腹部からくの字に折れ曲がって体が落ちた。無論、既に彼らの持つ剣に力はなく、イリスに到達することはなかった。

 イリスは倒したモンスターには最早興味が無くなり、カルヴァオンを拾うどころか視界すら入れずに次の階層を目指した。



 ◆◆◆



 ――第二十九階層。


 存在するモンスターは騎士。それも六体。どれもが巨人の騎士であり、人の三倍はある体躯を誇っている。

 鎧は岩のような物を着ており、鈍色で大きかった。表面はごつごつと磨かれておらず、光沢すら無い。自然の岩肌を切り取ったような、そんな趣が見える鎧で、この部屋に存在するモンスターは身を包んでいる。

 武器も岩であった。大きな岩だ。持ち手の部分は太いが、それ以外は太く、只の棍棒であった。人に持てるような長さではなく、重さもそうだった。過去に彼らを倒して武器を持とうとした冒険者は何人もいるが、持てた冒険者は一人もいないとされている。


 そんな岩を具現化したモンスターに立ち向かう冒険者は――コロアであった。

 全身を龍鱗で造られた鎧で固めている。また兜まで被っており、彼の特徴的な赤髪が見えないほど、全身を白銀の龍鱗で包んでいた。

 それは龍のプレートメイルと言えるだろう。

 また、彼の着ている龍鱗は逆立っている。鱗自体が細かく意志を持っているようで、モンスターを見つけたからか、コロアの殺気に反応するように鎧の一つ一つの鱗がざわめいたのだ。

 コロアは既に剣を抜いている。

 黄金の剣だ。だが、その剣は既に血で濡れていた。青い血だ。この階層に辿り着くまでに多数のモンスターを狩った証だった。

 コロアは目の前の騎士を見つめる。

 彼らの姿を見て、コロアは腰につけた幾つものポーチの中から一本の薬を取り出した。隼速薬と呼ばれる青い薬だ。人のスピードを高める薬だ。コロアがよく使う薬の一つである。

 高価であるが、コロアはこのような薬をよく使う。

 ――安全に迷宮に潜るために。

 コロアは一息つくと、鎧の隙間に瓶の口を突っ込み、一気に飲み干した。体に力がみなぎったように感じる。最初は感動を覚えたが、今では何の感慨も抱かない。このような薬を使いすぎたので、コロアにとってこの感覚は既に慣れたものであった。


 コロアは腰につけた四つのポーチ以外にも、多数の荷物を迷宮に持ってきている。太ももに付けたポーチの中には痺れ薬と毒ナイフを何本か用意し、この部屋の入り口には幾つかの武器と予備の薬が入った鞄を置いている。

 どれもがコロアの迷宮探索に必要な道具であり、これらの道具を選別するのにそれなりの時間はかかった。

 コロアは今日という日の迷宮探索の為に、多くの情報を仕入れて、そしてソロで潜って最速ではぐれのいる部屋に到達するために多くの事を想定して最初の部屋を選んだのだ。

 それから全ての部屋は、コロアの想定内だった。

 この部屋だってそうだ。

 どの部屋にどんなモンスターが出現するかを全て計算し、事前にはぐれ以外の全てのモンスターの攻略法を考えてきたのだ。どこの部屋でどの薬を使い、どの装備を使うか。もちろん、想定外の事も多数あるため、いくらかの余分まで計算して。

 だからか、この一週間、コロアはトーへに何度か潜る程度で、あまり本格的に迷宮探索はしてこなかった。またトーへに潜った際も行ったのが下見と事前練習だ。この日の為に、コロアは多数の準備を要した。


 巨人の騎士が、深い足音を立てながら歩く。

 コロアは気配を消す。

 事前情報で、彼らの目があまり良くないことを知っていた。彼らは音で敵を判別するのだ。

 コロアは事前に石を幾つか用意していた。どれもがただの石であり、特別な高価な物などは持っていない。この部屋に辿り着く一個前の部屋で手に入れたものだ。コロアはそれを一個、地面に投げる。石は床に転がって、静かな部屋の中に決して小さくはない音が響いた。

 それに巨人たちが反応する。

 一番近くにいた巨人が、小石に引き寄せられる。コロアはそんな巨人に足音を消して忍び寄り、小声でそっとギフトを唱えた。


「――雷の主よ。我が意志たる化身よ。我が偉大なる血族よ。我に、時を止める力を。あまねく森羅万象を詰める力を与えたまえ」


 コロアが使った雷の神――ゼウスの力は、酷く矮小な物だった。

 彼の剣を持っていない左手から放たれたそれは、雷撃として巨人へと向かう。だが、ダメージはないだろう。その電撃は弱く、小さく、巨人が悲鳴を上げることすら無かったからだ。

 ギフトの力としては下級であり、たかだかモンスターの動きを―一秒にも満たない時間を止める程度。雷の神のギフトを持つ者なら殆ど使えるような簡単なギフトである。だが、コロアはこの力を多用していた。

 この力は持続時間こそ短いが、少ない力で使うことができるからである。


 巨人が動きを止めたその“一瞬”を、薬でスピードの上げたコロアは逃しはしない。

 ギフトを使った瞬間に飛んで、巨人の首まで肉薄する。

 そして剣を振った。

 巨人の首は簡単にその場に転がった。

 それで大きな音が鳴る。コロアは着地すると、一旦その場から離れて、次の巨人を待つ。そしてまた同じように巨人を狩るのだ。この階層ではコロアはこのような安全策を取った。

 

 コロアは冒険者としての自分をよく分かっている。

 岩の巨人相手に真っ向から戦うような怖ろしいことは、彼にはとても出来なかった。

 何故ならコルヴォのようなパワーも無ければ、イリスのようなスピードも無い。だとすれば、それ以外で勝負するしかなかったのだ。

 コロアは自分が採れる最善の方法で、一つずつ丁寧に迷宮を攻略していく。

 その様子は、まさしく冒険者であった。



 ◆◆◆



 ――四十五階層。


 ナダはこの階層にいた。

 敵は一体の騎士だ。

 ナダはため息を一つ吐く。

 眼の前にいたモンスターは、アギヤ時代に何度か狩ったことがあるモンスターだ。

 身長はほぼ同じ。

 だが、相手のほうが幾分か、細い。

 相手は薄く短い剣を両手に二本持っている。鎧はおそらく着ているのだろう。黒いコートの下に、動きやすいよう最小限に。

 その騎士は、騎士というよりも武芸者と言ったほうが正しいだろうか。

 手数で冒険者を狩り、その軽い足取りは一朝一夕で培われるものではなかった。生まれてそれほど経っていない命のはずなのに。


 ナダは青龍偃月刀を構えた。

 相手に向けて真っ直ぐ。

 穂先を敵の騎士に合わせる。

 やる気は無かった。

 元から、イリスに強制されて出ることになった迷宮探索だ。誰がはぐれを狩ろうと、その結果、誰が学園最強のなろうと、明日のご飯の心配をしているナダにとってはどうでもいいことだった。

 これらの部屋を選んだ理由も単純だ。

 他の六人が慌てて最初の部屋に入った後に、一番遠かった部屋を選んだのだ。モンスターの情報など特に調べてなどいない。死ななければいい。そんな考えで、出来るだけ時間を稼ぐ方法を選んだのである


 そもそも今のナダは鎧を着ている。素材の殆どは鉄。重いが、安くて丈夫な素材だ。少しだけ軽くて丈夫なオリハルコンが混じっているため高価であった。刃や牙を流すためのなめらかな表面をした鈍色の鎧は、それぞれ手甲、足甲、胴体を隠す胸当て、膝下まである腰巻き、兜こそ被っていないが、急所は守っている。どれもそれなりの技量が伺える鍛冶師に特注で作ってもらった。

 これらの鎧は、他の六人が使っている装備と比べると全然良くはないが、ナダにとって痛い出費であった。

 そのおかげか、ナダはお金がない。

 出来ればカルヴァオンを拾って次の階層に行きたい所だが、イリスから事前に釘を差されている。


「――ナダ、本気で一番を狙いなさいよ。道中のカルヴァオンなんか拾ったら赦さないから」


 どうやらイリスはナダが思っているよりも、ナダの性質をよくわかっているようだった。

 ナダはため息を一つ吐く。

 どうして金にもならない迷宮探索に命をかけないといけないのか?

 ナダはもう一つため息を深く吐いて、青龍偃月刀を強く握った。

 幸運なことに、ナダの潜っている階層には一体ずつしか出ないことが多かった。複数戦は苦手なため、都合がいいようにナダは次々と次の階層へ進んでいった。モンスターを倒す度に、悲しそうな顔で彼らの体から転がるカルヴァオンを見つめながら。


 ナダはもう一つため息を吐いた。

 それを好機と見た騎士はナダへと素早く飛びかかる。まるで二刀の剣でナダの首を刈り取るように。

 ナダは真正面から着たそれを、何の感動も抱かず偃月刀で横に振り払った。

 小細工などしていない。

 只の全力で、横に大きく振っただけだ。その一撃は騎士がガードしようとした剣を簡単に砕き、騎士の胴体に刃が食い込んで、しかし決してくれることはなく、そのまま隣の壁へ騎士を飛ばした。


 ナダはため息を一つ吐いた。

 自分が倒したモンスターは見ていない。

 見るときっと、彼の持つカルヴァオンがすごく欲しくなるから。

 ナダは本人の思惑とは裏腹に、順調に迷宮探索を続けていた。

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― 新着の感想 ―
>しかし決してくれることはなく ??? 意味が分からん
貴族の契約を無視し、何の事情も説明せずにダンジョン潜るのはまずくないですか?
[一言] このダンジョンの構造だと77階まで77連勝しないとたどり着けないんですか? それとも倒した後次の階層はランダムなんでしょうか? もしも前者だとすると、ナダは少し前は10階層で苦戦、ショートカ…
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