第三十七話 最強の名Ⅱ
七人はすぐにコロアの指定した店に集まった。
そこはレストランであった。町の中でも有名な店であり、遠くの港町ルルリエから取り寄せた白身魚のムニエルと北に広がるシューリア地方から採れる葡萄をつかった白ワインが人気である。もちろん、他の料理も人気であるが、このお店は内陸部にあるインフェルノでは珍しく魚料理が中心である。もちろん、値段は高い。
さらに冒険者が御用達とあって、それぞれのテーブルが個室となっている。
七人の冒険者は円卓に並んで座る。コルヴォから順に右からナダ、イリス、アメイシャ、レアオン、コロア、最後にオウロだ。
皆が先程の格好と同じであり、それぞれが持っていた武器や荷物は雑に部屋の隅に固められている。
皆の口は固い。それぞれが、それぞれの冒険者を値踏みするように視線を変えていく。
「さあ、皆、そろそろルールを決めようか?」
その中で店員の手によって全員に白身魚のムニエルが置かれ、白ワインがテーブルに置かれたグラスに注ぎ込まれると、コルヴォが口角を少しだけ上げながら口を開いた。
「――その前に一ついいか?」
「なんだい、ナダ?」
ナダの質問にコルヴォが答える。
「俺はこの冒険に参加すると意志を示した覚えはないんだが。今からでも拒否は出来るのか? 俺はトーへに出るはぐれにも興味が無ければ、あんたらの言う学園最強の冒険者の座にも興味がない。出来れば、今すぐこの場を立ち去り……」
「出なさい――」
ナダが言い切る前に、イリスが言った。
「そうだ。ナダ、出るんだ――」
続けるようにレアオンも言う。
レアオンはこの場に着いてからイリスを少しだけ見てから、それからはずっと食い入るようにナダを見ている。そこに抱いているのが恐れか、怒りか。それとも憎しみなのかは誰にも分からない。そもそもレアオンにとってナダは因縁の相手なのだ。
「ナダ、あんたは私に貸しがあったでしょ? 一つだけじゃないわ。二つ、三つ。それ以上に。そろそろそれを返す気にはならないの?」
イリスの言葉がナダにとって断れない理由となった。
ナダはここに来た時からずっと興味もないこの不毛な争いから逃げ出したかったが、イリスの命令にはナダも流石に逆らえない。
ナダは舌打ちを一回だけしてから、呷るようにグラスに入ったワインを一気に飲み干した。喉が焼ける思いをしたが、白魚に合うようにフルーティーで軽い白ワインはとても飲みやすかった。
「さ、これでやっとルールを決めることに異論がある者はいないね? 最初に確認をしておこうか? まずはこの勝負で例のはぐれを倒した者にはこの場にいる者たちに“お願い”が出来る。それには文句がないね?」
「それはイリス先輩だけではなくて、もしも私が勝った場合にはこの場にいる全員に“お願い”が出来ると考えてもいいのですか?」
アメイシャは妖艶な笑みを浮かべて言った。
「それでいいと思うんだが、どうかな? 誰か反論はあるかい?」
コルヴォの声に誰も声を上げなかった。
既にナダはこの話し合いに興味がなかった。
最早、はぐれを狩りに行くことは確定したのだから。
ナダは“はぐれ”を倒しに行くことになって絶望しており、頭の中で今回消費する装備の計算を始めると、すぐに現実から逃げるようにムニエルをナイフとフォークを使って切り分ける。それから一切れを口の中に入れた。
かりっとした歯ごたえのいい外側の食感の後に続く柔らかでジューシーな身。ソースはレモン仕立てであり、魚の味の邪魔をしない。そもそも魚自体の味が濃厚であり、それにバターの芳醇な香りによってより一層深みを増している。魚自体の濃厚なコクは噛みしめるごとに舌をくすぐっていた。
美味い。
この話し合い自体は最悪であったが、久しぶりに食べたこの店の白身魚のムニエルはやはり美味しいのだとナダは思う。
「無いのならいい。それで、ルールははまず前提として、一人でこの冒険に挑むこと。これには何か意見のある者はいるかい?」
コルヴォの話にそっとコロアが手を上げた。
「コルヴォ、我はそこがとても疑問に思うのだ。何故、そこまで一人で“はぐれ”を狩ることを執拗に条件に加えるのだ? 我としてはイリスと我の争いにお前が加わるのはおかしくないと思う。我々は、学園のトップだ。その争いにお前が入るのは当然だ。だが、何故、パーティーではない? かつてのように各々がパーティーを組んで、どこのパーティーが最速で騎士に辿り着き、そこでモンスターを狩る。それでいいのではないか?」
コロアの疑問はずっとそこだった。
何故、一人にこだわるのかコロアにはそこが分からない。
優れた冒険者とは何も戦闘力ではない。そもそも絶対的な戦闘力などこの世界には存在しない。迷宮に潜んでいるモンスターには様々な種類がある。それこそナダが以前に狩ったガーゴイルのようにアビリティやギフトが通らずに単純な武器でしか攻撃を与えられないモンスターもいれば、トロに潜む骸骨の形をしたモンスターは逆に単純な武器の攻撃が通りにくくギフトだと簡単に攻撃が通る。
またインフェルノにはない迷宮には、炎のギフトだけが通りやすい敵や、特定のアビリティでしかまともに攻撃を与えられない敵もいる。
また戦闘力が低くとも、癒やしの神のギフトを持つ冒険者は貴重だ。どんな大怪我をも治す彼らも優れた冒険者だろうとコロアは思う。
また前衛に特化した冒険者もいれば、後衛に特化した冒険者もいる。もちろん、コロア自身も一人で戦えないわけではないが、どちらかと言えばパーティーの中では後衛に属する役割を担うことが多かった。
また状況を広く見渡すレアオンの持っているようなアビリティは直接戦闘力と関係がなくとも有力であり、他にも単純な戦闘の力を上げるアビリティでなくとも優れた冒険者と言えるアビリティは星の数ほどある。
そもそもが冒険者とは、仲間がいなければ安全に冒険ができない職業だとされている。学園であっても、外であっても、パーティーを組むことは暗黙の了解だ。
それぞれに得意分野があり、苦手分野があり、それを補うようにそれぞれが最強と思うパーティーを組むのだ。
だからこそ、この学園で最強の冒険者は三人もいた。
それぞれ単純な戦闘力だけみればもちろん強いが、得意分野はそれぞれ違う。だからこそイリスも、コルヴォも、コロアでさえも、自身の冒険に必要な冒険者を見つけてパーティーを組んで、様々なモンスターを狩っていたのだ。
ここにいる七人だってそうだ。
皆が優れた冒険者であるが、それぞれの役割が違うとコロアは思っている。
一騎当千の実力があり、スピード、パワー、共に高水準なギフトとアビリティに恵まれた天才――イリス・スカーレット。
的確な指示と深い知識。さらに前衛だけしかできず、手数も少なくしかしながらアビリティを使った一撃の破壊力ならこの中で最も大きいコルヴォ・ダニスエス。
武技は当然ながら、何よりも持つ者が殆どいない索敵ができてさらにその範囲も極めて広い希少なアビリティ――『第三の目』を持つレアオン・エクゾスタ。
火の神のギフトを持ち、そのギフトの破壊力は学園随一であり、遠距離から中距離から多数の敵を一気に焼き殺すアメイシャ・エルート。
黒い鎧と黒剣を持ち、『蛮族の毒』と呼ばれるどんなモンスターの動きも緩慢とさせるアビリティを持つオウロ・ブラキリウム。
アビリティとギフトを持たず、武器による単純な攻撃しか持たないのにも関わらず、はぐれを狩った経験、功績だけは誰にも引けを取らないただのナダ。
そしてコロア自身も雷の神のギフトを持ち、仲間の力を上げるどちらかと言えばサポート役に徹することが多い冒険者であった。
最も優れたパーティーを組む冒険者ならコロアも納得がいく。
それこそが最良の冒険者の条件であるからだ。
だが、コルヴォの意見だとどうにも一人で冒険を行うことに固執していることにならない。
一人で狩ろうが、皆で狩ろうが、強いモンスターを狩れる冒険者こそが優れた冒険者であるというのに。
「もちろん、言い訳なら色々とあるよ。例えば、この中で現在まともにパーティーを組んでいるのはアメイシャとオウロだけとか。パーティーを組むのが難しい冒険者がいることとかね」
コルヴォはナダを一瞬見た。
「だからこそ、一から集めるのがいい条件になるのではないか?」
「それだと学園に対する影響力っていう話になる。オレよりも、きっとイリスやコロアのほうがいいパーティーを作るさ」
「そこはルールを厳格に決めればいい。コルヴォ、我にはお前が一人にこだわる必要はないのではないか?」
「一人に拘っているって。ああ、そうさ。コロア、オレはね、一人に拘っているんだ。簡単に言えば、今回の冒険においては、過去の形式に則っているんだ――」
コルヴォは怪しく嗤った。
「過去、だと?」
オウロは首をひねる。
「そうだ。かつて英雄がいた。冒険者なら誰もが知っている名だ。アダマス。サピルス。スマルグデュス。カルブンクルス。彼らは一度だけ、冒険者として競ったことがある。その時は、それぞれパーティーを持っていたが、何故か一人で迷宮に潜って誰が“はぐれ”のモンスターを狩るか競ったんだ。知っているだろう? 四英雄と蒼騎士の王。有名なおとぎ話さ――」
それはこの場にいる誰もが知っているだろう。
四人の大英雄が、青く輝く剣を持つ蒼騎士の王と戦ったという逸話。史実であるとされているが、本当にあったかどうかは分からないおとぎ話だ。
「それで、今回の対決はそれに沿っていると?」
オウロの発言に、コルヴォは頷いた。
「ああ。だから、オレたちは同じタイミングでトーヘに挑み、それぞれが一人で最下層である“騎士”が待つ所まで行く。そしてそこに辿り着いた順に“騎士”と戦い、勝ったものが、今回の勝者さ。かつてのおとぎ話と同じルールさ。狩るモンスターが“騎士”と言うのも一緒だね」
「それで、コルヴォ殿。そのおとぎ話がどのような結果になったかを当然ながら知っているのだろう?」
「ああ。オウロ。もちろん、知っているさ。知っていながら、オレはそうするんだ」
オウロとコルヴォの視線が重なる。
やがてやれやれと視線を外したのはオウロであった。
「……分かった。吾輩は、それでいい。一人で迷宮に潜ろう」
「他の皆はどうだい? 反論はあるかい?」
「無いわ」
最初にイリスが言った。
「無いです」
アメイシャもそれに続く。
「コロアは?」
「……面白そうだしいいだろう」
コルヴォに促さられるようにコロアも頷く。
「僕もそれでいいよ」
レアオンも特に不満は無かった。
「ナダは、どうだい?」
「……何でもいいさ」
「じゃあ決まりだね。それじゃあ、この七人がトーヘに潜るのはいつにしようか? 皆は早いほうがいいかな?」
それから程なくして冒険の日にちがこの日から七日後に決まる。




