閑話 百器の騎士
トーヘの階層にして七十七階。
そこに現れた新たなる部屋――十三個目の部屋。
その部屋は内部変動によって出現し、新しい空気が入った今、中は明るく照らされていた。その光は天上で輝く石――まるで水晶のような石柱が放っており、暗いはずの迷宮が昼間のように明るい。
そこの空間には殆ど何も無かった。
この部屋以外の十二個の部屋から繋がる入り口の扉と、奥に見える“下に続く階段”以外には、真ん中に鎮座するモンスターしかいない。
それも――ただの一体だけだ。
この部屋にいるモンスターは。
そのモンスターは獲物が来るまで動かない。
ポディエにいるようなモンスターのように迷宮内を徘徊することも無ければ、トーへにいる他のモンスターとは違い、部屋の中をうろつくことも無ければ他の部屋に移動することもない。
ただ、何もせずに、そのモンスターはその場にいた。
人形――であった。
その姿は別に珍しくはない。
人形のモンスターなどこの世界には数多くいる。それにトーへには人形のモンスターなど数多くいた。
銅の鎧を着た、その名も銅の騎士。
鉄の鎧を着た、その名も鉄の騎士。
羽の生えた鎧を着た羽の騎士や、兜ではなく怪しげな仮面を被った鉄仮面の男、それに二振りの剣を持った双剣士など、様々な人形のモンスターがここにはいる。大抵、その中身は人ではない恐ろしい姿をした“何か”が鎧や服の下に隠されているが、中には鎧だけで中身がないモンスターも多い。
彼らがどうやって動いているのか、そもそも彼らが生物かどうかなのか、未だ学者の間でも結論は出ていない。
そして、この十三個目の部屋にいるモンスターは、そんなトーへにいる多種多様な人形モンスターの特徴を兼ね備えながらも、他のモンスターとは大きく違う点も存在した。
それが――武器だ。
だが、何も人形のモンスターが武器を持つことは別に珍しくない。
銅の騎士は銅の剣を、鉄の騎士は鉄の槍を、重装戦士は大振りの斧を、それぞれの武器を持っており、冒険者の中にはそれらの武器を剥ぎ取ってモンスターを狩る者もいるぐらいだ。
そう。
モンスターが武器を持つのは別に珍しくはない。迷宮の中でも色々なモンスターが武器を持っている。トロというダンジョンでは、骸骨のモンスターが剣や槍を持っていることで有名だ。
しかし、十三個目の部屋にいるモンスターの武器には、一つだけ大きな特徴があった。
――その背中に背負ったおびただしい量である。
背中には、ハルバードや矛、三叉の槍、大剣、また大鎌もあれば、大弓とそのための矢もある。また腰にはそれぞれの両脇に剣が二本ずつ、腰の後ろにはクロスボウとそのための矢もあった。また胸の金属の装甲の上から革のベルトが巻かれ投げナイフらしき物が幾つも、幾つも付けられていた。
さらに腰にはポーチが付けられ、その中にもまた武器が入っていそうだ。また足の太ももに当たる部分には、右には鎖鎌が巻かれ、左には鞭が巻かれている。
その武器の量は、十や二十などでは利かず、様々な種類の武器が、それも遠近どちらも備えており、武器屋のように品揃えだ。
さらにそのモンスターは普通の人よりも大きく、体格はおそらく三メートルほどあるだろうか。詳しい背丈までは分からないが、分かることと言えば、人よりも少しだけ大きいということであった。
そしてその身は金属の鎧で隠している。流線型の形をしたその鎧は、金属の板を何枚も重ねており、それによって相手の斬撃を効率よく受け流すように作られている。
さらに兜には二本の角が控えめにつけられており、その兜の目の奥は暗いままだ。
そんなモンスターがいる部屋に哀れな冒険者たちが入ってこようとしている。
遠くから、モンスターに向かって声が聴こえる。ダンジョン内の様子がほぼ知られているトーへにおいて、見つかった新たなる道。それに歓喜している冒険者たちの声だろうか。それと共に、浮足立ったままこちらへと近づいてくるのが、モンスターには聞こえた。
兜の奥の目の部分が、怪しげに青く光ると、その場からゆっくりと立ち上がる。
そしてモンスターは入り口の方を見据えたまま、背中にかついだ多種多様の武器の中から大弓を選択してその手に持った。
その弓は馬鹿げた大きさであり、二メートルは優に超えているだろう。それに一メートル半の、それも先端がドリル状になった異型の太矢をつがえた。
きりきりと音が鳴る。
それは矢をつがえたまま、モンスターが弓を引く音であり、おそらくは人が引けないであろうテンションの弓をモンスターは楽に引いていた。矢はしっかりと、それでいて確実に入り口の扉を狙っている。
「よし、来た――ぜ?」
そして、扉は開かれた。
哀れなる冒険者によって。
かの冒険者は扉を開けて中に入ろうとした瞬間に、放たれたモンスターの太矢が冒険者の頭蓋に突き刺さる。
意気揚々として、一番乗りにトーヘの新たな部屋に足を踏み入れた冒険者は、その地を踏むことなく、放たれた矢の衝撃によって体を部屋の外に戻したまま、二度と動かなくなった。
それに仲間たちの冒険者は気づくのが遅れて、死んだ冒険者が開けた扉の先を見た。
そこには――太矢を放った後、残心を取るモンスターの姿があった。
「いやあああああああああああ!」
そして冒険者の一人である女性――長剣を持った黒髪をポニーテールに纏めた冒険者が、頭に太矢が刺さった男の冒険者を見るとすぐに騎士に剣を構えたまま向かって行った。
彼女は太矢で死んだ冒険者の彼女だったのだろうか。それとも、姉や妹だったのだろうか。それは不明だが、彼女にとって男の冒険者の死は彼女に冷静な判断を下せなくなった最大の要因であり、彼女は見たこともないモンスター相手に果敢にも向かっていく。
モンスターもそれに対抗しようと、今度は弓ではなく、背中のハルバードを取り出した。
そのハルバードは一般的な形をしており、槍の穂先に斧頭があり、その反対側にピックと呼ばれる突起が取り付けられている様々な状況に対応したポールウェポンだ。だが、形は一般的でも、大きさは人が到底扱えるような代物ではない。それはモンスターの体躯を超えるほどの長さを誇っている。
モンスターは、それを向かってくる冒険者に向けて、単純に薙ぎ払った。
だが、彼女はいとも簡単にそれを飛び越えて、遥か頭上からモンスターの脳天めがけて剣を振り下ろそうとするが、そこで彼女は信じられないものを見た。避けられると見るとすぐにハルバードを捨てて、左の腰の長剣を抜いてこちらの刃を防ごうとするモンスターの姿を。
彼女は剣を受けられると同時に力を込めるが、やはりモンスターはびくともしない。
その時だった。
彼女はアビリティを使った。
それは彼女の剣――それも鍔から刃に向かって生じた緑の炎が向かい、その炎はモンスターの剣を侵蝕しようとする。
モンスターは距離を取ろうとするが、もう遅い。その炎は一度モンスターの剣に着くと、女性から離れても燃え続け、すぐにモンスターの剣を包み込んで、腐食し、モンスターまで伸びようとした瞬間、モンスターはすぐにその剣を手放した。
その隙を彼女は狙った。
瞬時に距離を詰める。
もう一度、緑の炎で燃えている剣で、モンスターへと切りかかった。
モンスターは、今度は右の腰から剣を抜いて、彼女の炎を受ける。
彼女の炎は再度モンスターの剣を犯し、腐食させる。モンスターはそれを手放すと同時に、彼女の腹を長い足で蹴って距離を引かせる。
「うっ――」
彼女は呻きながらもすぐに体勢を立て直し、モンスターへと向かおうとするが、もう――遅かった。動かない。彼女の体は、まるで地面に縫い付けられたように左足が。
「えっ――」
彼女はそこで自分の左足が動かない理由を知りたくて、見た。
そこにはいつの間にかモンスターが投げたナイフが刺さっており、それが深く地面まで食い込んでいるので彼女はその場から動けないのだった。
すぐに足から緑の炎を噴出させ、そのナイフを焼こうとする。
だが、それよりも早く距離を取っているモンスターは、彼女に向かって近づこうともせずにその場から背中にあった大鎌を投げる。すると、その鎌は見事に彼女の首を刈り取り、女の首が宙に舞った。
「あっ!」
扉付近でその様子を見ていた冒険者達は、彼女を止めようかそれとも助けに行こうか迷っている間に彼女は死んでしまった。
そして彼女が死んだことによって、仲間の仇を討とうと残る仲間も部屋の中に入ろうとするが、それよりも早くモンスターは残る冒険者――それも扉の外にいる彼らに向かって、クロスボウで矢を放った。それは大弓よりも細く、鋭い刃であり、瞬時に冒険者の太ももに刺さる。
その時だった。
冒険者たちはモンスターの青い眼差しを見た。今度は大弓をまた背中から抜いて、矢を構えるモンスターを。その場から微かに浮いて、限りなく効率的に、それでいて最小限の動きでこちらを狩るモンスターの姿を。そこに他のモンスターと同じ獰猛さはなく、むしろ淡々とした動きはモンスターなのに理知的であり、人と見間違えそうなモンスターを。
それを理解した瞬間、冒険者たちはこの場から逃げ出した。
あの太矢の中に行くのは危険だと。本能が囁いたのだ。
そしてモンスターが放った太矢は、数瞬前まで冒険者たちがいた地面に突き刺さった。
そして――最初に死んだ冒険者が開けた扉がばたんと閉まる。
すると、そのモンスターは先程投げた武器や殺した冒険者達を光り輝く小さな星に変えて自分の体に戻すと、またその背や腰には先程と変わらぬ大鎌や長剣を生み出した。それが終わると、また真ん中に戻って鎮座して、次に冒険者たちが扉を開くのをただ待った。
ただ、冒険者を狩るために。




