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迷宮のナダ  作者: 乙黒
第二章 楔
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第二十五話 生還Ⅴ

 それからクラリスはコルヴォに連れられて小さなお店に入った。

 バーだった。

 カウンターの奥には数多くの瓶が立ち並び、カルヴァオンを用いた小さなランプで店内が照らされている。客はちらほらいた。だが、ここは学園都市。やはり店にいる客も冒険者らしきものがほとんどであった。

 二人は他の客から離れたカウンターの隅に座った。

 コルヴォは店主にウィスキーのロックを頼み、クラリスは甘いカクテルを頼んだ。それにドライフルーツを頼む。

 コルヴォはグラスに口をつけて一口酒を飲み、グラスを右手で揺らして大きな氷を鳴らす。


「それで、“君たち”にとって今回の冒険はどう映った?」


「“君たち”とは、何を指すのでしょうかー? まさか、私達――“魔術師”のことですかー?」


「ああ、そうだ。君たち“魔術師”の目には、今回の冒険はどう伝わっている?」


 コルヴォは頷いて、またコップの氷を鳴らす。


「……そうですね-。まだ、何も――」


「何も?」


「ええ。だって、まだこの冒険は皆に伝わっていないからなんとも――」


 クラリスは苦そうな顔で言った。


「伝わっていない?」


 コルヴォは首を傾げた。


「はい。上には粗方伝えました。おそらくもうその上などにも伝わっていると思いますー。ですが、大多数の魔術師はまだ私が帰ってきたことしか知りません。それから、徐々に伝わると思いますよー」


 クラリスはカクテルを一口飲んで言った。

 するとコルヴォは質問を変える。


「じゃあ、君は、君は――今回の冒険のことをどう思った? 誰が一番次世代の英雄に近いと思う?」


「次世代の英雄、ですか――」


 その質問は予想していなかったクラリスは、グラスを覗き込んで、そこに映る自分の顔を覗き込む。

 とぼけた顔をしていた。


「ああ、そうだ――」


「……正直、何と言っていいかわかりません」


「へえ――」


 コルヴォは興味深そうにクラリスの横顔を見た。

 彼女はグラスの水面を見ながら、ぽつぽつと喋り出す。


「私たちは確かにあの迷宮を――踏破しました。心臓にたどり着き、そこにいた“虫”というはぐれを倒して、その心臓を斬って、私たちはあの“龍の体内という迷宮”を出た。ですが――私には“龍”というはぐれを殺すことが、あの迷宮を出る条件だったとしか思えないのですよー」


「事実、龍を倒したのは――ナダだった」


「ええ、そうですー。ナダ先輩が龍を殺しました。それも誰の力も借りず、独力で。だとすれば、あの迷宮を真の意味で踏破したのはナダ先輩だけとしか私は思えてならないのですよー」


 クラリスの持っているグラスの水面が揺れた。

 怒りからの震えからだった。

 “虫”のカルヴァオンを拾ったブラミアではなく、“虫”を殺したアマレロでもなく、ましてやこのパーティーを率いたコルヴォでもなく、たまたま意識を失って横取りしたかのように龍の心臓に刃を突き立てたナダのみが“英雄の資格”を持っているように思えて、それがクラリスにはとても納得できなかった。


「……そうかい。クラリスはナダが英雄になるのは嫌かい?」


 コルヴォはグラスの中の酒を飲み干して言った。


「はい、嫌ですよー。だって、あのような人が、冒険者をやっている事自体信じられませんから――」


 カクテルの最後の一口を飲んだクラリスは、これまでコルヴォが見たことがないような最高の笑顔で言った。


「“君は”そう思うのかい――」


 だが、コルヴォはそんな彼女に同意はしなかった。

 むしろ笑顔が無くなって怖い顔をする彼女から視線を外して、中身が無くなり、氷だけになったグラスを見つめている。

 それから二人の間に会話はなく、コルヴォが会計を終わらしている間にクラリスは一足早くバーを出た。

 既に深夜になろうとしている外は、薄いドレスを着ているクラリスには寒かった。体を一回震えさせる。


「コルヴォ先輩、あなたは、自分が、英雄になりたくないのですか?」


 クラリスは後から出てきたコルヴォへと言った。

 純粋な疑問だった。

 コルヴォも外が寒かったのか、両手で肘を擦りながら夜空に浮かぶ美しい三日月を見つめた。


「少し……昔話をしよう」


「昔話……ですか?」


 クラリスをコルヴォへ疑惑の目を向ける。


「ああ。かつてオレたちの学園で龍を討伐したことのある優秀なパーティーはいくつかあるが、その中でも“二体”も龍を倒したパーティーが存在する――」


「そのパーティーの名前ぐらい……私も知っていますよー」


 アギヤ、その名前がすぐにクラリスの頭に浮かんだ。

 龍を倒したパーティーは過去に数あれど、二体も龍に出会うという悪運とその二体ともを倒す実力を兼ね備えたパーティーは過去にも少ない。

 ここ十年でそれを成し遂げたのはアギヤだけだとクラリスは記憶している。

 それもエクスリダオ・ラガリオを倒した僅か九日後に新たな“はぐれ”である龍と遭遇して、それを討伐した時にはイリスの名が学園最強の名を事実上手に入れたことは、その後学園に入ったクラリスでも知っていた。


「だが、そんな二体の龍の“とどめ”を指した冒険者の名は君でも知らないだろう?」


「……ありえないですよぅ」


 まさか、という言葉がクラリスには浮かんだ。


「いや、それが事実だ。何ならこのことに詳しい当時のアギヤのパーティーメンバーに聞くといいよ。――二体の龍は、どちらも、ナダが殺した。イリスじゃなく、彼自身が龍を殺した。今回と同じくね」


「だから、コルヴォ先輩は彼が英雄に近いと?」


 その発言にコルヴォは鼻で笑った。


「いや、そうじゃない。オレはね、誰が英雄かなんて興味がないんだ。過去も現在も。だからなることもないし、そもそもなろうとも思わない。これからなる人にも興味が無い――」


 クラリスはその発言に顔をしかめた。

 しかしコルヴォの発言は続く。


「だが、オレはね、“冒険者としてのアダマス”様には興味があるんだよ。彼には様々に誇張がされた伝説があるが、その一つに――ギフトもアビリティも使わずに、迷宮を踏破したという伝説がある。どうだ? そっくりじゃないか? 龍を殺したある人物に――」


 クラリスは息を止めた。



 ◆◆◆



 そこは迷宮だった。

 インフェルノに存在する迷宮の一つ、トーヘであった。トーへというのは構造がシンプルで分かりやすいダンジョンである。

 階層ごとにきちんと一つずつ一定の広さに隔離された空間が十二個あり、それが下へと永遠と続いているという構造になっている。そしてモンスターはそれぞれの部屋に一体から数体、時には大量のモンスターが新しい冒険者が入る度にどこからか混入してくる。

 また、このダンジョンの特徴としては、自分がいる部屋内のモンスターを倒すまで別の部屋に行けないということだ。またモンスターを倒しても、自らが行きたい部屋に既に冒険者がいると、その冒険者が次の部屋に行くまで、その部屋には入れない構造となっている。

 そしてトーヘの最大の特徴の一つが――滅多に内部変動が起きないことだ。

 故に新たな道が出来たり、これまでの道が閉じたりすることはないので、安定して迷宮に挑めてカルヴァオンを手に入れられるとベテランの冒険者には人気の迷宮の一つだった。


 ――だが、そんな迷宮に、数百年ぶりに内部変動が訪れた。

 それはトーへにいた全ての冒険者が感知したものだった。

 何故なら数時間に及ぶほど長く、ゆっくりと、そして大きく迷宮を揺れ動いたからだ。その間、トーへにいる冒険者は冒険が出来なかった。


 しかしそれから数日が経ってもトーへに挑んでいる冒険者達はどこに異変が起こったのか分からない。

 それもそのはず。

 階層にして“七十七階”。

 トーへに異変が現れたのはその階層だった。

 そこに行けるのはベテランの中でも際立った実力を持つパーティーだけだ。並みの冒険者にはそこまで行くことすら出来ない。

 そんな七十七階に、新たな部屋が出現した。

 ――十三個目の部屋。


 そのモンスターはその部屋で未だに鎮座していた。

 目覚めてから未だ、一人の冒険者とも出会わないまま光もない部屋でずっと座っている。

 だが、やっと、新たな空気がその部屋に入ってきた。それと同時に天井にある石に、ぽつぽつと強烈な光が宿る。

 その部屋内が照らされた。

 そこは、装飾も何もないシンプルな部屋だった。

 ――ただ一つを除いて。

その部屋の中央に位置する階段のすぐ脇に、小さく“龍の足あと”が刻まれていたのだ。それも自然に出来たものでもなく、明らかに人の手が加わっていると思われるものだった。

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