第二十三話 生還Ⅲ
ナダはダンに言われるがまま、あの日のメンバーと顔を合わせることになった。
場所はレストランだった。
木造の建物で、両手にフォークとナイフを持って黒いヒゲが生えている男の看板が特徴的なレストランである。
少し値段が高い店で、自家製のパンとガーリックが乗ったステーキが自慢だとナダは記憶している。アギヤにいる頃に、食事も兼ねた会議で何度か利用したことがあるお店だった。
「ここだよ、ナダ――」
ナダの部屋を出てから一言も声を出さなかったダンが、お目当ての店についてやっと声を出した。
だが、その声は冷えきっている。
どうやらまだ怒っているらしい。
そんなダンの格好は灰色のスラックスに灰色のジャケットで、中には白いシャツを着ていた。だがラフな格好なのか、ネクタイは付けていなかった。これは彼なりの正装なのだろうとナダは思う。
ナダはこれから行くお店がドレスコードの無いお店だと知っている。アギヤ時代には迷宮探索から帰ってきたままの格好で利用したことは何度もある。
だが、ナダの格好も正装であった。
ダンと同じくネクタイは付けていないが、上下共黒のスーツで、下には白いシャツを着ながら第二ボタンまで開けているが、ナダのあふれるような筋肉のせいか、服はどこも“ぱつぱつ”であった。
ナダがこんな服装になったのは、ダンがきちんとした服を着ていたのでそれに合わせたからである。
それに、これから会う冒険者達は一時的にパーティーを組んだとはいえ、基本的には他人である。無礼講というわけにはいかないだろう、という考えも多少なりともあった。
「ああ。分かった――」
ナダはダンにそう返事すると、彼の後を着いてお店の中に入った。
すると、扉を開けてすぐに鉄板の上で肉汁が焼ける音と、鼻をくすぐるようなジューシーな肉の匂いと香ばしいパンの匂いがナダの食欲を刺激した。
思わず生唾を飲み込んだのは言うまでもない。
そんな店内は狭くは無いが広くもなく、けれども店員たちは忙しそうにテーブルとキッチンを駆けまわっている。
テーブルは全部で十ほどで、そのどれもが六人がけで、殆どの席が埋まっていた。
「ナダ、こっちだよ」
ダンはすぐに二人のいる玄関まで駆け寄ってきた店員と話す。
既に他のメンバーは集まっているのか、その店員はダンとナダを席へと案内しようとした。
だが、そこは様々な声が飛び交っている一階ではない。
二階だ。
このレストランは二階建てなのだ。
一階はパーソナルスペースも特に無いが、二階は全て個室である、ナダがアギヤ時代に利用していたのもその部屋だった。
店員が案内した場所にまずダンが入ると、すぐさま続けるようにナダは中へと入った。
――殺意の混じった、まるで迷宮内でモンスターと出会ったかのような視線がナダを射抜いた。
既にダンは扉から一番近い椅子に座っており、彼はニコニコと口だけ笑ってナダを見ている。
白のスーツに黒いシャツを着た男はブラミアだった。彼はナダを殺さんとばかりの血走った目で見ている。言葉は一言も発しない。ただ六人の前にある丸いテーブルの上で手を組み、じっとナダを見ていた。
ナダを苦そうな顔で見ていたのはセレーナだった。彼女は赤いドレスを着ていた。大胆にも豊かな谷間をアピールしながら、きわどく足を組んでいる。
アマレロはニコニコとしながらナダを見ていた。その視線は随分とナダを興味深そうに観察していた。そんな彼の格好は着物であり、このような場所でも故郷の風習を変えることは無い。
クラリスはナダを見ると、頬を指でかきながら気まずそうな顔をする。そしてブラミアとダンを何度か見てからもう一度見てからもう一度ナダを見て、やっぱり気まずそうな顔をした。そんな彼女は黒いドレスを着ていた。胸元に花があしらわれた可愛いドレスであった。
最後にコルヴォは、ナダを見ていなかった。彼だけは両手を組みながら目をつぶっている。そんな彼の格好は、やはりスーツだ。紺の標準的な色のスーツだったが、高級品なのか、どこか品があるようにナダには思えた。
そして、コルヴォはゆっくりと片目を開けて、小さく口を開いた。
「まあ、座りなよ――」
「ああ――」
ナダは大人しくコルヴォの言うとおり、丸いテーブルの中で空いた椅子に座った。
ナダがその椅子に座ると、すぐにダンが扉の横で待っている店員に注文をしていた料理と酒を持ってくるように言った。
そこからは誰も声を発しなかった。
何も言わずに、ナダを見ている。
ナダは六人からプレッシャーをかけられながらも涼しい顔をしており、順番に六人を見渡していた。
そうしていると、すぐに手人がオードブルのサラダと赤い果実酒を持ってきた。店員は緊張しながら木のグラスに入った果実酒を七人に配ると、慌てるように重い空気が漂う部屋から出て行った。
そして、またコルヴォが口を開いた。
「おそらく、迷宮外でこの七人だけがこのような形で集まることはこれまでも、これからも無いとは思う。そもそも今日が終わったらこの中で一言も喋らないことがあるかも知れない。だが、オレたちは龍に弄ばれるように、迷宮で出会い、そして一時的なパーティーとなった。皆言いたいことは色々とあるだろうが――」
そこでコルヴォは全員を見渡してから、最後にナダを見た。
「――今日は俺が募った宴を楽しんでくれ。生存祝いだ。――乾杯」
「――乾杯」
重苦しい空気の中、乾杯の声はコルヴォ以外の全員が揃った。
そして果実酒を全員が一口ずつ飲んだ。
「じゃあ! まずはこのオレが“ビニャの大木”に聞きたいことが――!!」
果実酒を飲むとグラスをテーブルに勢いをつけておき、いきなり席から立ってナダに怒鳴ろうとしたブラミアを、手でコルヴォが止めた。ブラミアは言いたいことがたくさんあったようだが、コルヴォに止められるとさすがの彼も引くしか無い、
そんなコルヴォは優しい声でナダに言った。
「ナダ、君には聞きたいことが沢山ある。それは皆も同じだ――」
コルヴォの声に、五人は頷いた。
ナダはそんなコルヴォの話を黙って聞いている。
「ああ、分かっている――」
「なら、まずはそうだな――」
「その前に、俺から聞いてもいいか? こっちのほうが早く終わりそうだからな。その後でお前らの質問には好きなだけ答えてやるよ――」
コルヴォは他の五人を見渡してから、反対が無いことが分かると言った。
「――分かった。ナダの話から聞こう。何から聞きたい? 何が聞きたいんだ?」
ナダはそんなコルヴォの質問に数秒だけ考えてから、言葉を発した。
「俺が聞くのは一つだけでいい。あの後――俺が“虫”に攻撃しようとして血を吐いた後から、お前たちが迷宮に帰ってくるまで何があった?」
そんなナダの質問を聞いて、ダンはただ一人「やっぱり……」と言った。その時点でナダの記憶が無くなって、そこから先の記憶が曖昧だったことが分かったのだ。
コルヴォもそれに分かっていたがあえて口に出そうとはせずに、ナダへとぽつぽつとそれから何があったかを語りだした。
メインに話していたのはコルヴォだった、要所要所で他の四人も話に付け加えるように言う。
ナダが記憶を失ってから、セレーナとダンを除いた四人であの“虫”を倒したこと。また噂にあった六人が持って帰った上質なカルヴァオンは、その時に虫の体内から出てきたものをコルヴォが拾ったこと。
また自分たちが“虫”を倒した直後にナダが龍の心臓を突き刺したこと。そこから大量の血が溢れでて、六人が全員ともセレーナのアビリティに避難したこと。
それからセレーナのアビリティに弱点が見つかって、血と共ににどれぐらいかわからないほど流されてから着いた先が、天井の開いた小部屋で辺りには赤い血の跡しか残ってなく、ほかはただの浅い階層のポディエの迷宮だったこと。
迷宮から出たら、同じ理由で行方不明になっていた自分たちが帰還したことに学校の職員は驚き、そこで簡単な自分たちの状況説明をしたことだ。それから六人はゆっくりと休息をとり、その間にナダが帰ってきたという情報を知った。
そしてナダの帰還を知ったコルヴォが、今回の宴を開こうと思って、この場に集ったらしい。
「――ということだ。まだオレたちは休息をとっている途中でね、学園にも簡単な報告しか行っていないし、ブラミアの見つけたカルヴァオンも換金していない」
「何故だ?」
ナダは不思議に思った。
何故なら学園は素早い情報開示と、カルヴァオンの換金を求めるからである。
するとコルヴォはダンの方を見て少しだけ笑う。するとダンはそんなコルヴォの笑みを受けて、恥ずかしそうに頭をかいた。
「そこのダンくんがね、ナダは絶対に生きているから報告はまだ待ってください、と言ったんだ。確かにナダが死んでいるならオレたちで、いや、オレだけでも上に報告できたかも知れないが、ナダが生きているならその情報も付け加えないといけないだろ? だからオレはナダが生きて帰ってくるまで報告を待っていたんだよ――」
「なるほど、な――」
ナダはダンを見て表情が緩んだ。
生きていると信じてくれた。
ただそれだけで、ナダは心が暖かくなるような気がした。
「で、次は聞きたいことは全て聞けたかな?」
「ああ――」
ナダはコルヴォに頷いた。
「じゃあ次はオレたちの質問に――」
「失礼します」
コルヴォの話を遮るようにして、扉から店員が入ってきた。
彼は今日のメインである、ステーキとパンをいくつか持ってきたのだ。
コルヴォは料理を運んできてくれた彼らを見ると、苦笑しながらナダにこういった。
「全て料理が配り終わったら、今度はオレたちから質問しようか。いいね?」
「ああ。分かっている――」
ナダは頷いた。
会話が一話では終わらなかったので、次回へと続きます。
ちなみにですが、これが終わってやっと第二章の前半が終わり、それから後半戦へと突入します。どうやら第二章は第一章の倍ほどの量になりそうです。
どうしてこうなった。