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迷宮のナダ  作者: 乙黒
第二章 楔
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第十八話 心臓Ⅳ

 ブラミアは虫と目が合うと、ナダの援護も待たずに小手試しとばかりに虫に駆け寄った。

 ブラミアの持つ白銀の剣は長剣で、その長さは八十センチほどあるが、彼の持つアビリティ――《重力からの開放カウティベリオ・ゼロ》によって、その重力はない。まるで羽を持つようにブラミアは自身の剣を扱っていた。

 だからこそ、ブラミアは馬に向かって飛んだ。足を狙うような真似はせずにその身の軽さを活かして虫の馬の部分の背を突き刺すように刃を伸ばす。

 ナダの青龍堰月刀を振るう時のような鈍重な動きをその剣はせず、まるで風のように剣は早かった。

 虫はそんなアマレロの剣を馬脚の速さで避ける。

 ブラミアは床に足が着くともう一歩、虫に近寄ろうと飛んだ。

 今度は、虫はその攻撃を避けなかった。まるで迎え撃つかのようにブラミアの正面に立ち、白銀の剣を左腕の盾によって受ける。ブラミアの剣速があまりにも速かったのか、虫の防御態勢が一瞬だけ遅れて足が少しだけ後ろに下がる。だが、虫は四本の足でブラミアの剣を何とか持ちこたえて、そのまま逆に反撃しようと全体重をかけて盾ごとブラミアを押しつぶすような動きをするが、ブラミアもそれを察したのか軽い足取りで後ろへと飛んだ。

 だが、虫もそんなブラミアを逃しはしない。すぐに前傾姿勢を取ってランスを伸ばす。アマレロはもう一歩下がって躱した。すると、虫は地面を馬の足で蹴ってランスの飛距離を伸ばした。

 ブラミアはランスの軌道を僅かに白銀の剣で横にずらしてから、逆方向に飛んで避ける。そしてすぐにブラミアは虫と距離を取って、ナダと近い位置まで移動した。

 ナダとブラミアが揃って虫と向かい合って、互いに一歩も引かずに目で牽制しあっている所にアマレロが合流した。


「おいおい、今更何のようだ?」


 そう言ったのはブラミアだった。

 だが、先程の一瞬の攻防のせいで、多少息が切れていた。

 

「ブラミア殿が手こずっているようなので助太刀に参ったでござる。拙者としても、人助けより怪物退治のほうが性にあっているでござるからな――」


 そう言うアマレロは既に刀を抜いており、視線はナダとブラミアのどちらにも向かず、虫だけに注がれていた。


「だが、どうするんだ? あの虫、予想以上に“堅い”ぞ」


 ナダはこちらを見て動かない虫を見ながら自分よりも前にいるアマレロとブラミアに聞く。

 ナダの虫に対する感想としては、これまでに出会ったモンスターの中でも厄介極まりないと思っている。確かにナダはこれまでにアギヤ時代も含めて龍のような“はぐれ”とも戦った経験もあるが、それと比べても虫は同じぐらい固いと思っている。

 ククリナイフやソリデュムでは致命傷を与えることはできず、青龍堰月刀しか虫に対抗出来ないのだが、その馬に乗ったかのような体高の高さによって急所を狙うことは難しく足の部分しかまともに狙えないのである。


「拙者の刀も業物とはいえ、あれ相手には関節の隙間を狙わないと傷も作れないほどでござるからなあ――」


 アマレロは自分が先ほど行った虫との攻防を思い出す。

 やはり敵は馬でもなく、人でもなく、“虫”なのだと分かった。外殻が固く、弱点が少ない。

 肺を抉れば死ぬのか、心臓を抉れば死ぬのか、それとも肝臓を抉れば死ぬのか、だがそれらがどこにあるのか目の前の人馬一体の生物のどこにあるのかはアマレロには分からない。

 さらに虫の特徴として人などに比べると――生命力が強い。

 アマレロは小さいころ故郷にいた頃の記憶で、頭が無くなった昆虫が平然と動いていたことを思い出す。目の前の“虫”もそうだろうかと考えると、頭を飛ばしてそれで勝っているという自信が持てない。


「モンスターの弱点は“カルヴァオン”だろ? で、それがどこにあるかだが――」


 ブラミアの言うとおりモンスターはカルヴァオンを取り出すと死ぬと言われているが、それは並大抵のことではない。殆どのモンスターは心臓の近くにカルヴァオンがあるとされているが、目の前の生物は馬と人、どちらに心臓が存在するのか分からない。

 そんな時、ふとブラミアに目の前の虫のような生物に心臓は存在するのかという疑惑すら生まれた。


「――ま、バラバラにすれば死ぬんじゃねえか?」


 ナダはもう目の前の生物の弱点を探る気にはなれなかったからそう言った。

 そもそも迷宮の生物は地上の常識が通用しないモンスターが多い。だからこそ、真面目に考えるだけ無駄という結論に達したのだ。


「じゃあ、拙者もそれでいいでござるよ。取り敢えず、目の前の虫は八つ裂きにするでござる――」


 アマレロは刀を握る手を強めながらも目で虫を牽制する。

 現在、セレーナを治療しているダンのもとに行かないように、それでいて虫の隙を探している。

 その心根にあるのは、先ほど自信のある剣撃をたかが“角一本”に防がれたという屈辱。それをアマレロは何としても晴らしたかった。


「チッ、お前らの脳みそが小動物並なのはよーく分かった。だが――オレもそれに乗ろうじゃねえか」


 ブラミアは目の前の虫とまだ数瞬の攻防しか味わっていないが、それでもこれまでに戦ってきたモンスターたちの常識が通じないと言うことは分かった。

 虫に一人で戦えるとも驕らなければ、冒険者がモンスターに出会って逃げるという愚かな選択肢も存在しないとなれば、結論はナダとアマレロと同じになった。

 誰が合図しただろうか。

 ナダと、アマレロと、ブラミアはそれぞれ視線を一瞬だけ交わした。

 そして、青龍偃月刀を持ったナダが最初に動く。

 ナダは特別なことは何もしない。走ることもしなければ、横から虫に攻めることもない。まっすぐ正面から歩いて虫に近づいた。まるで近所を散歩するかのようにその足取りは遅く、軽い。

 虫もそんなナダに違和感を覚えたのか、偃月刀をまともに構えていないナダに突進するようなことはなく、その場で右後ろ脚を駆けるようにして動かしながら待つ。

 ナダはゆっくりと虫に近づいた。

 そのまま虫のランスの射程圏内に入ると同時に、ナダの速度が上がる。偃月刀をすぐに振り上げて真正面から虫を狙った。

 虫もそれは予測していたのか、簡単に左手の盾でナダの攻撃を防いだ。

 それが――ナダの狙いだった。

 その時を待っていたようにブラミアとアマレロが同時に動く。

 先に動いていたのはアマレロだったが、先に強襲を仕掛けたのはブラミアだ。


「うぉりゃあああああ!」


 ブラミアが狙うのは当然ながら盾によって虫の視界が塞がれた左側だ。大声とともに丹田に力を入れながら両手に白銀の剣を握る。

 虫もブラミアの声によって、その攻撃に気づくと同時に白銀の剣を対処しようとするが左腕の盾はナダの青龍偃月刀と拮抗している。いや、正確には上から体重をかけている虫のほうが有利だろうが、些細な差だ。ブラミアの攻撃に盾は間に合わない。

 虫はそれが分かるとナダを押して前に逃れようとするが、ナダも必死にそれに喰らいつく。だが、四本も足がある虫に馬力でナダが勝てるわけもなく、すぐに押しのけられようとした。

 ブラミアの剣が虫の人部分の脇腹に掠るのと同時に、新たな刃が虫に振りかかる


「しっ――!」


 その持ち主はアマレロだった。上空からの襲撃。もちろん狙うは虫の盾がある左側。先ほどは失敗した空中戦で、もう一度アマレロは勝機を掴もうとした。

 居合からの電光石火の剣撃を虫は左手の盾で防ごうとした。


「させねえよ――」


 だが、そこでナダがもう一度踏ん張る。渾身の力を振り絞って押しのけられる偃月刀に力を入れて、虫の盾の動きを制限したのだ。しかし、それも長くは持たない。すぐにナダは虫によって轢かれて腹を強打しながらその場に転がった。

 アマレロはナダのその行動に感謝しながら微かに口角を上げた。何故なら時間が稼げたからだ。

 アマレロの狙うはただ一つ。どこよりも頑丈な鎧甲に囲まれた頭部ではなく、盾に腕が盾に変形している左腕の関節部分。そこだけはやはり可動域なので、装甲が他に比べて少しだけ薄くなっている。

 まるで針の穴を通すかのような繊細な動きで、アマレロは狙った場所へと的確に剣の軌道を合わせる。

 虫は、その攻撃を――避けられなかった。


「ちっ――」


 しかし、アマレロの剣は虫の左腕を切断できたわけでもなかった。確かにアマレロの剣は虫の左腕に突き刺さっているが、刃先が爪ほど食い込んだだけで動きが止まっている。断ちきれなかった。

 アマレロは空中で踏ん張りながらに力を込めるが、まるで金属のような光沢を誇る虫の腕はぴくりとも動かない。


「このど腐れがぁああああああああ!!」


 そんな虫の動きが止まったのを見てブラミアがさらなる追撃を行った。ブラミアはスキルによってその体は軽いので、馬部分の足の堅い鎧甲をまるで階段のように登って背中まで跳ね上がる。そのまま馬部分の背中を踏み台にして、人部分の背中を駆け上がった。

 ブラミアの目的は虫の頭部だった。

 だが、虫はそんなブラミアの攻撃を避けようともしなかった。事実、ブラミアの剣は虫の脳天を斬ろうとするが、鎧甲に少し傷がついただけでびくともせずブラミアの剣は弾かれた。もしもこれが人のような脳の持っている動物なら脳震盪を起こして動きを止める可能性もあるかも知れないが、虫は脳を持っていない。

 それどころか虫はブラミアに視線も向けず、まるでその攻撃は何の痛手にもなっていないとばかりに大きく左腕を振りながら厄介なアマレロを引き剥がそうとする。その間に、ブラミアは虫が大きく体を動かしたのでその場から引いていた。アマレロも上下左右に振られながら必死に虫の左腕を斬ろうとするが、その前に虫のランスがアマレロを狙った。

 すぐにアマレロはその場から退避しようとするが、中途半端に刺さった剣が虫の左腕から抜けない。アマレロは咄嗟の判断で持っていた剣を捨ててその場から逃げると、地面に足が着くと同時に持っていた最後の武器である脇差しを抜いて右手だけで持った。

 虫は左腕に刀が刺さったまま、ランスチャージをしてきた。

 狙いは一番近くにいたアマレロだった。

 未だ体勢が整わず、地面に片膝をついたアマレロにランスを伸ばす。


「いっ――!」


 アマレロは迫り来るランスを転がりながら避けるが、その際に虫の蹄が脇腹に掠って着物が裂けながら腹部に痣が出来る。

 虫のランスチャージの次の狙いはブラミアだった。

 ブラミアの体勢は万全で、攻撃を避けるのには十分すぎるほどの距離もある。虫の動きもよく見えた。さらにブラミアはナダやアマレロと違って攻撃も受けていない。虫の攻撃に対処したうえで反撃も狙えるただろう。


「ちっ――」


 だが、ブラミアは小さく舌打ちをする。

 確かに虫の攻撃から“一人だけ”生き残るのならブラミアにとっては簡単なことだった。

 ――後ろに、ダンとセレーナの二人さえいなければ。

 ブラミアはこちらへと走りながら近づいてくる虫を見据えながら少し体勢を低くして白銀の剣を構えた。

 この状況で逃げられたらどれだけ楽だろうか?

 ブラミアはそう考えながら絶望すぎる自分の状況に思わず笑みがこぼれた。

 ブラミアにとって、ダンもセレーナも、ましてやナダやアマレロなども自身の大切なパーティーメンバーではない。ここにいる者達とはあくまで龍の体内からの脱出における共同戦線を張ったに過ぎず、ここで命を賭ける理由はないだろう。

 もしここで二人を見捨てても、それをナダもアマレロも非難しないことをブラミアはどこかで分かっていた。


「だが――それだと男が廃るじゃねえか」


 ブラミアは先ほどのナダの姿を目にしている。治療が必要なセレーナに付きっきりのアマレロたちを守った彼の姿を目にしている。

 ビニャの大木がパーティーメンバーじゃない者を命がけで守ったのに、まさか自分がここで逃げるのかと考えると、そんなことはブラミアのプライドが許さなかった。

 また、ここから逃げない理由としては、先ほどダンと二人で龍の体内を彷徨っていた時にダンに命を助けられたというのも一因ではある。


「さあ、来いよっ! クソ虫っ!!」


 ブラミアは体勢を低くして虫を待ち構える。

 虫は小細工などせずにまっすぐブラミアへとランスチャージをする。まるで脇にしっかりとランスを構えるように。

 ブラミアは巨大なランスが自身まで近づくと、突撃槍の射線上から体を半歩ずらして上から押さえるように白銀の剣でランスを全力で叩いた。するとランスの軌道は下へと変わり、鋭いランスが龍の肉体に突き刺さる。

 すぐさまブラミアは連撃の体勢に移行する。

 虫に隙があることをいいことに、虫の正面から股下へと潜り上へと突き立てるように下腹を一突き。そこは頭部などの部分と比べると装甲が薄く、ブラミアの剣でも浅くではあるが剣が突き刺さった。そんな虫から出た酸が、ブラミアの炎のような刺青の上から肉を溶かすが、彼はそれを気にもせず、剣を突き立てる。

 少しずつではあるが、確実に刺さっていくブラミアの剣。

 虫もランスが龍の肉に刺さりながらもその場で必死にロデオをしながらブラミアを引き剥がそうとする。すると、その反動のおかげか、ランスが床から抜けた。すぐに虫はブラミアを引きずるようにドーム内を駆けて行った。

 ブラミアは剣の柄を両手で持ちながら必死になんとかしようとするが、何メートルもドーム内を全力疾走する虫に顔から引きずられているとその圧力に耐え切れず思わず剣を手放してしまった。

 すると虫の足に巻き込まれながらブラミアは床に転がる。


「クソっ……」


 ブラミアはそう悪態づくが、引きずられている時に受けたダメージでその場から立ち上がれない。

 すると追撃をかけるように虫は何度もその場でブラミアを踏もうとする。寝転がりながらブラミアは迫り来る蹄を避けようとするが、何回も踏みつけをやってくるにしたがって徐々に、徐々に、体を削られていった。

 そしてブラミアがまともに動けなくなると、虫はそれを待っていたかのようにランスを構えて照準を定めた。


「いっ――!」


 ブラミアは仰向けになっていたので、光る槍先がよく見えた。

 もう避けられない。

 覚悟を決めて目をつぶると――“黒い玉”が虫へと飛んだ。

 虫もその危険性を察したのか、ブラミアに攻撃するのを止めてそれを避ける。

 覚悟していた衝撃が来なかったブラミアはゆっくりと両目を開けると、そこには見知った顔が二つもあった。


「――大丈夫ですかー?」


 間延びした、それも呑気な声の持ち主は泣きぼくろが特徴的なクラリスと――


「――ようやく合流出来たよ。それにしてもベストタイミングだったかな?」


 頬が裂けているような大きな傷跡が特徴のコルヴォが立っていた。

 ブラミアはそんな二人を目を点にしながら見つめると、大きな舌打ちをしながら口を開く。


「遅えんだよ、てめえら! 来るならもっと早く来やがれ!」


「えー何ですか、それー。せっかく助けに来たのにー」


 クラリスは助けられたのに大声を張るブラミアに向けて、不満気に唇を尖らせる。コルヴォはそんなクラリスへと苦笑いしながら、この場にいる冒険者全員から距離をとっている虫を見つめた。


「それは悪かったね。ブラミア。こちらも色々と大変だったんだよ。まあ、詳しいことはよくわからないけど、そいつを殺せばいいんだろ?」


 そんなコルヴォの声に反応するように、虫は全身を震わせながら声を上げた。

 それはまるで地獄から這い出る混沌の産声のようで、ドーム内にいた全ての冒険者は顔を不快に染めた。

更新が遅れて本当に申し訳ありませんでした。

色々と用事が立て込んで書く暇が無かったです。これからはぼちぼちと上げようと思うのでまたご応援お願いします。

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