第十五話 心臓
そこは、管が集まっていた。
体内に張り巡らせていたであろう青や赤、はたまた緑など大小様々な色の管が、壁を伝わって、一つの球体に向かって収束するように伸びている。
その球体のようなものはまさしく――石であった。
緋色のカルヴァオンであった。
大きさとしては、普通のモンスターが持つカルヴァオンとは桁違いだった。普通のモンスター、それも中層の迷宮に出るモンスターであっても拳大ほどの大きさしか無いのに、ナダたちの目の前にあったカルヴァオンは、彼らの身長をゆうに超えていた。大きさとしては、人が簡単に五人以上も入れるだろう。さらにその心臓に繋がれている管の太さは、人がゆうにくぐれるほどであった。
さらに、そのカルヴァオンは――確かに動いていた。
表面はざらざらとしていて、鉱物特有の、いや、カルヴァオン特有で鈍く光っている。それは確かに石のように固そうであるのに、ゆっくりと、そして大きく胎動していた。それは一分の間に、僅か二回ほど。規格外な体格を持つ龍の体内に血を巡らせるためか、心拍数は非常に少なかった。
カルヴァオンが龍の心臓になっていて、それがゆっくりと動いていることにナダ達は驚愕していた。それは予想していたことだが、実際に目の当たりにすると驚くのはやはりカルヴァオンが石という先入観があっただろう。
三人が見たその姿はまるで石と肉が融合しており、歪なはずの二つが一つの生命体として同じ空間に存在している。石が大きく脈動する度に、管もそれに合わせてゆっくりと血が流れる。その際には血管が一瞬だけ太くなる瞬間も見えた。どこからが石で、どこからが管かはよく見ても分からない。
境目が無いのだ。
心臓は緋色をしているが、血管も似たような赤色をしており、その二つは共に繋がれながら境目と思われし場所では緋と赤の斑色になっており、そこでは石と肉が混ざり合っていた。
「あれが――?」
ナダが呟いた。
その瞳は、確かに龍のカルヴァオンに吸い込まれている。
体内に存在するカルヴァオンを、ナダはいや、セレーナやアマレロも初めて見る。彼らにとってカルヴァオンと言えば、モンスターから取れる戦利品の一つであり、生活の糧だ。その存在を疑ったことも無ければ、それがモンスターにとってどういう存在かも考えたことも無かった。
知っていることといえば、生物の心臓に近い部分にカルヴァオンが存在すると言うことである。
それが、動くところなど見たことも無ければ、龍の体内に入るまで考えたことも無かった。
だが、実際にそれを目にすると、やはり戸惑いがナダの中に生まれた。
本当に石が動いているとは――
それはやはりナダの中で深く反芻する。
カルヴァオンが現在の都市インフェルノ、並びにパライゾ国において、薪以上の火力と持続力を持った燃料なのは周知の事実だが、それが動くということを知ったのは、おそらくここにいる三人が初めてだろう。
実際にそのような情報を聞いたことはおろか、噂でも流れていない。
「まさか本当に動いているとは思わなかったでござる。これは夢ではござらんな――?」
「いや、現実だろう。私の目にもあれは動いている――」
アマレロの疑問に、セレーナが顔を歪めながら頷いた。
「まあ、今はあれが動いていることなんてどうでもいいな。あれをぶった切れば全てが丸く納まるからな――」
ナダはこれまで肩で担ぐように持っていた青龍偃月刀を、横へと構えながらカルヴァオンを見据える。
その目には既にカルヴァオンを惨殺の対象でしか見えていない。
既に先ほどまであった疑問など空の彼方に消えた。
ナダにとって、生まれてはじめて見る現象など、どうでもいいことの一つでしか無かった。
「確かに、拙者らは冒険者であって学者でないでござるからな。あれが弱点と分かればすることは一つでござる――」
アマレロもナダと意見があったのか、左手で腰の物を持ちながら鍔を少しだけ鞘から浮かした。
「お前たちと意見が合うのは癪だが、ここは私も乗ろう。それより――あそこから来る敵はどうするのだ?」
セレーナは巨大なカルヴァオンの影に隠れたモンスターか、それとも虫か、大きな影を見つけた。
そこを既にナダやアマレロは注視しているのだから、二人共セレーナが言う前にはその存在には気付いていたであろう。
影は、一つであった。
虫だ。
だが、これまでに三人が見た虫とは一味も二味も違った。
――それは、尖かった。これまでに見たどんな剣よりも鋭利で、どんな槍よりも鋭く、どんな刃物よりも生物を貫くのに適した形をしていた。
「門番が来やがったぜ――」
そういうナダの顔は恐れ、というよりも無表情だった。
見たことのないモンスターとこれから戦うというのに、ナダの顔には恐怖は浮かんでいなかった。
――その虫は、虫というよりも、モンスターというよりも、一本の槍に近いだろう。突撃槍だ。人が馬上で使う槍であるランスの形をしていた。
「これまた、強そうな虫……いや、モンスターでござるか? 酷く厄介な武器を持っているでござる――」
アマレロはそういうも、一つも動揺していなかった。
むしろ普段と同じようにからからと笑っている。楽しそうでもあった。それは初めて見るモンスターに対する好奇心か、それとも初めて見る武器に対しての好奇心だろうか。
どちらかは分からないが、少しだけアマレロの体が跳ねて、今にも斬りかかりそうな殺気があった。
――その虫も騎士のようだった。姿形は少し前にアマレロが戦った虫と似ている。ケンタウロスのようだった。馬上に乗った騎士のようだった。金属のような鈍色の鎧甲はやはり、立派なプレートアーマーに見える。
「持っているのはランスであろうな。特大武器だ。初めて見る武器だ。特性は……一目で分かった」
一方で、セレーナは腰の剣を抜きながら戦闘の意を示しているが、草食獣のようにその虫へ怯えていた。
虫の持っていた武器が初めて見る形だったからだろうか。それとも、未知なるモンスターへの恐怖からだろうか。もしくは、彼女の第六感が囁いていたのかも知れない。目の前にいる虫は危険だ、と。
――その虫の最大の特徴は、下半身が馬のようになっていることよりも、左腕が巨大な盾である逆三角形の形をしたカイトシールドになっていることよりも、右腕の肘から先に当たる部分が、特大の円錐状のランスになっていることだろう。
ランスは、青龍偃月刀と同じく、人の間では既に廃れた武器の一つだ。
その理由としては、人と人との争いが減り、各国は傭兵よりも冒険者をほしがった結果、馬上でしか使えない武器、もしくは迷宮で取り回し難く携帯に不便な大型武器は自然と淘汰された。
ランスもその一つである。
ランスはその性質上大型武器であり、自由に振るおうと思えばそれなりの筋力がいる。だから馬上で使うことが多く、その力は多数の兵を串刺しにするなど絶大であったが、迷宮に馬は連れ込めない。それでもランスを使う冒険者はいたが、やがてランスの突きしかできない性質上自然とその使用者はまた一人、また一人と減っていき、今日では一人としてランスを使う冒険者はいなくなった。
だが、目の前の虫はどうか?
その弱点の全てを克服している。
下半身は馬のようであり、その走力は人である冒険者よりも圧倒的に早いだろう。さらに虫なのだから人の筋力など関係なく、ランスも自由に扱えるとナダは推測した。ただの人を超える筋力を持っているモンスターなど別に珍しくもない。
「あれは強そうだ――」
ナダは腰を少し落として、目の前の虫に備える。
まるで蒼色をした角のついた兜の頭部の鎧甲の奥に潜む瞳は、深い碧色をしていた。
三人が動く前に――虫が動いた。
龍の心臓はシロナガスクジラの心臓を参考にしました。
調べてわかったことだが、あれって本当に大きいなと思った。