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迷宮のナダ  作者: 乙黒
第二章 楔
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第十四話 英雄

「私の目的ですか……まあ、コルヴォ先輩なら教えてもいいかな? 別に知られても何の問題もないですしー」


 クラリスはふわふわと笑った。

 コルヴォにとってそれは不気味だった。何故なら彼は剣をクラリスに向けていたからだ。それも《鬼殺しオーガ・スレイヤー》によって肥大した右腕に持った翡翠の剣によって。

 常人なら怯えるか、防御体勢を取るだろう。

 だが、クラリスはそのどちらもしない。

 アヒル座りのまま行儀よく両手を膝の上に乗せながらふわふわと、まるでとても愉快そうに笑っているのだ。

 人ならありえない反応だと思う。それとも、自分の脅しなど、すぐに対処できるというクラリスの判断なのだろうか。

 どちらにしても。

底知れない“何か”が彼女の中にいるような気がした。


「……じゃあ、教えてもらおうか、君の目的を――」


「その前にー、コルヴォ先輩は、“ウェネーフィクス”ってご存じですかー?」


「ああ、知っているさ――」


 コルヴォもインフェルノに住んでいる冒険者の一人として、“ウェネーフィクス”の名前は聞いたことがある。

 表は単なる冒険者の集まりだ。

 だが、それはパーティーよりも圧倒的に人数が多いので、パーティーというよりももっと大きな団体であり、クランと呼んだほうが正しいだろうか。

 ウェネーフィクスの特徴と言えば――全員がギフト使いである、とコルヴォは記憶している。というよりも、ウェネーフィクスの入隊条件の一つがギフト使いであることなのだ。つまり、普通のアビリティを持っている冒険者はそれに入れないこともあり、コルヴォはその知識をあまり持っていなかった。


 以前にコルヴォが実際にウェネーフィクスのことを知っている人から聞いた話では、曰く――その設立年月日は遥か太古であり、冒険者が存在する頃から既にあったとされており、その歴史は深く、どの迷宮都市にもウェネーフィクスという団体はただのパーティーあるいは秘密結社として存在しているらしく、国にも大きな影響を与えているという。

 また、彼らの特徴としては、ギフトを使う術を他の誰よりもパーティー内で熟知しており、知識の平等化、また戦力の平等化を行っている。またある程度はそれらを秘匿にしており、自陣に入る者だけにその禁断の果実を分け与えているという。

 そんな彼らのギフトを“魔術”と別称することもあり、ウェネーフィクスのギフト使いのことを一人一人を魔術師と呼ぶこともあるらしいとコルヴォは聞いていた。


「――君が、“魔術師”というわけだね。会うのは初めてだよ」


 コルヴォが素直にそう告げると、またクラリスはふわふわと笑った。


「あはは。コルヴォ先輩も面白いことを言いますよねー。これは核心ですけどー、コルヴォ先輩が会った魔術師は私が初めてじゃないと思いますよー。だって、このインフェルノはおろか、ラルヴァ学園にも魔術師はたくさんいますからー」


 コルヴォにとって、それは半ば予想していたことなのであまり驚きはしなかった。

 実際に魔術師に会うのは初めてだが、以前に聞いた話では様々な都市に魔術師は多数いるということは既に知っていた。

 だからラルヴァ学園にも魔術師はいるだろう、という予想はついていたが、実際に言われてみると少しだけ周りのギフト使いが魔術師かどうか知りたくなったのは好奇心だろうか。それとも、クラリスにどこかしら人としての違和感を覚えたからだろうかコルヴォには分からなかった。


「……そうか。まあ、そんなことはどうでもいいだろう。今は。それよりも、早く君の目的というのを教えてくれないか?」


 だからと言うわけではないが、コルヴォは早く本題に入りたかった。


「私の目的ですかー、それは私の目的というよりもー、魔術師、引いてはウェネーフィクスの大願なのですよー」


「大願?」


「はい。私達は――英雄を探しているんです」


 ふと、クラリスの目が鋭くなったようにコルヴォは感じた。


「英雄? もういるんじゃないか。例えば『剣聖』であるマナ様、『雷神』であるヴァリア様、そのような人は、過去にも、今にも多数存在しているぞ」


 コルヴォも冒険者として、大先輩である彼らのことは尊敬している。

 冒険者として様々な迷宮の殆ど人が踏み入れたことのない地に入り、凶悪なモンスターを多数排除して、数多くのカルヴァオン、並びに迷宮から産出される秘宝を数多く持ち帰った現代の英雄だ。

 また今は冒険者として活動はしていないが、ラルヴァ学園の学園長であるノヴァも以前には英雄と呼ばれるほどの多大な功績を残してきた。


「彼らは――本当の意味の英雄じゃありませんよ」


 だが、クラリスはそんなコルヴォの意見を鼻で笑った。


「本当の英雄?」


 コルヴォは彼女を睨んだ。


「そうですー。私達が求めているのはですねー、“本当の英雄”ですよ。彼らのように大した功績も上げず、未知の部分を踏破したわけでもなく、ただ深いところに潜った冒険者を英雄とは呼びません」


「じゃあ、君達が求めている英雄はどういう存在なんだ?」


「例えば――アダマス様、例えばサピルス様、他にもスマラグドゥス様、カルブンクルス様のような英雄を私達は待ち望んでいるのですよー」


「……本気か?」


 コルヴォはクラリスの話を聞いて、息が詰まりそうになった。

 もちろん、コルヴォもクラリスの述べた四人の英雄は知っている。いや、冒険者として知っていなくてはならない四人だ。

 彼らは冒険者が迷宮に潜り始めた黎明期の英雄であり、その功績は現代の英雄とは比べ物にならない。踏破した部屋や迷宮は数知れず、彼らしか倒したことのないモンスターも多数存在するぐらいだ。

 また、彼らに関しては神にまつわる逸話も多く、現代の学者はそのほぼ全てを作り話としているが、今でも彼らのしたことを妄信的に信じている人は多いとコルヴォは聞く。


「はい。本気ですよ―。私達はですね、彼らのような英雄の再臨を望んでいるのです。今回のこの龍の胃の中、いい場所だと思いませんか?」


「……いい場所?」


「はい。迷宮の様々なところに潜った冒険者は数いますが、龍の体内に潜った冒険者は初めてです。見方によれば、これって、新たな迷宮の場所と言えませんか?」


 まるでクラリスは期待しているように言った。


「つまり、誰かがここを踏破することを期待していると?」


「はい。ただ、脱出するなんて、そんな無粋なことを私はしないんですよー。だって、わくわくしませんか? 新たなる英雄が、今、この瞬間に生まれるかもしれないんですよー」


 クラリスは両手で肩を抱きながら恍惚とした笑みで言う。

 怪しげな魅力を、不覚にもコルヴォはそんなクラリスに感じてしまい、気を取り直すように


「……それで、君のお眼鏡に叶う冒険者はいたかな?」


「さあ? でも、コルヴォ先輩は私としては、第一候補ですよー。だってアビリティも強力ですし、他の人と比べて経験も豊富そうですし、それに、洞察力も鋭いですから」


「じゃあ、ナダはどうかな?」


 ふと、コルヴォはクラリスに彼の評価を聞くたくなった。

 何故ならクラリスは彼にどこか注目していた節があったからだ。


「……上の人はナダ先輩を注目している人もいるらしいですけど、私としては拍子抜けですねー」


 クラリスは唇を尖らせながら言う。


「そうかな。俺としては、あいつも英雄の資格があると思うけど。特に、学園の中でおそらく最も英雄に近い冒険者であるイリスの秘蔵っこだ。何か輝くものがあるのでは?」


「そうですかー。だって、ナダ先輩ってアビリティも持ってないですし、ギフトも持ってないですし、それに筋力だってコルヴォ先輩のその右腕のほうが上でしょ? きっと、今頃どこかで野垂れ死んでいるのではないですかー」


 そんな彼への酷評を聞いて、コルヴォは思わず笑ってしまった。

 確かに、彼の評価はそれで妥当かも知れないが、コルヴォとしてはイリスが注目するのだからと、少しだけ彼に対してはいい印象があるのだ。


「そうかい。君の意見はよーく、分かった。それじゃあ、オレ達も仲間を探しに行こうか。確かにオレ達の七人の中から英雄が出るのかも知れないが、出ないかも知れない。それを見届けるのには、やっぱり合流が必須だ。それに君も――いざという時は脱出に力を貸してくれるんだろう?」


「……もちろん。それは分かっていますよー。私だって死にたくありませんからねー」


「なら、良かった。これで安心してあいつらを探せるよ」


 きっちりとクラリスから脱出の際に力を貸すことへの言質を取ったことに満足したコルヴォは、当初の予定通り仲間と合流することを目的とした。

 元々、一人でここから脱出するのは無理と考えていたコルヴォなので、仲間を探すことは当たり前に考えていたのである。

 どこにナダ達がいるのかは分からないが、二人はコルヴォの先導の元、龍の体内を歩き始めた。

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