第四十四話 離脱
アスとナザレがいる病室を、ガスパロは訪れていた。そんなガスパロの顔に精気はなかった。
目の下には隈ができ、頬は痩せこけている。そんな状態でベッド脇の丸い椅子に座った。ガスパロの背中は小さく丸まっており、以前の自信に満ち溢れた彼はそこにはいなかった。
「ガスパロ、大丈夫か? 最近は眠れているのか?」
だから、流石のナザレもベッドの上からガスパロを心配する。
「いや、二日前に冒険が終わってから殆ど眠れていないんだ……」
ガスパロは小さな声で言った。
「ガスパロ、何があった? そんなに第一部隊の冒険は上手くいっていないの?」
ナザレの隣のベッドで療養していたアスも、軋む体を無理やり起こしてガスパロへと声をかける。
ナザレもアスと同じことを思ったのか「コルヴォかナダが原因か?」と声を漏らしていた。
だが、ガスパロは首を横に振るう。
「いや、冒険は上手く行っているんだ――」
淡々と、ガスパロは言った。
「それだったらよかったじゃないか!」
アスはほっと胸を撫で下ろした。
「いや、そうじゃない。コルヴォは二人の怪我を受けて、新しい仲間を二人も入れたんだ。ブラミアとアマレロって言うんだ」
それからガスパロは胸の内を語った。
アスとナザレがいたアーザ第一部隊で失敗したパキケファロサウルスの討伐を、新生アーザ第一部隊はこの前の冒険で成し遂げた事。それも二体同時に戦ったのだが、特に苦戦することなくナダ、ブラミア、アマレロの三人の連携で倒しきった事。またその日の冒険はそれだけでは終わらずこれまでのアーザの一日の成果で、最高記録を誇った事。
さらにその冒険ではこれまでの常識とは異なる冒険に、ガスパロは付いていけなかったと言う。
その多くがナダの独善的な冒険である。明確なリーダーがいないアーザ第一部隊では、誰かがリーダーと言う音頭をとることはなく、各々が考えながら冒険をするスタイルに辿り着いた。
誰かが突発的なアイデアを披露し、仲間がそれに合わせるのである。最初はパキケファロサウルス討伐時のナダの挑発だ。それだけではなく、ラプトル相手に無言で突っ込むブラミアやアマレロ。その中にナダも混じり、休憩すらも殆ど取らず競うように三人は新たな冒険スタイルを模索していく。
そんな無茶な冒険であっても、ナダ達はアイコンタクトで連携が出来ていたとガスパロは言う。仲間がミスをしたときは、誰かがカバーするのだ。誰かが主役と決めているのではなく、臨機応変に誰かを立てながら上手く冒険を行うのである。
「あれは理想的な冒険の一つなんだろうな。いつも指示を出せる環境とは限らない。誰かの考えを察して合わせる冒険は、難しいが確かに早かった。オレもあんな冒険がしてみたいけど、きっと今のオレでは無理かもしれない」
そんな冒険についていけなかったとも、ガスパロは語った。
それからガスパロは、自身の冒険者としての能力を卑下し始めた。あれが出来ていない、これができていない。足りない部分は数多くあると。
さらにガスパロは「オレももう二十七だ。斜陽の年齢だ」と自分の歳を蔑むように言った。
何故なら冒険者になってもう十年以上も経つのである。未だに五体満足で続けられているのは優秀であるが、冒険者としてはベテランだ。最も脂がのっている時期からは過ぎていると言ってもいい。
優秀な冒険者はリーダーになり、パーティーとして結果を出している者も多くいる。ガスパロの同期の冒険者の中には、王都で優秀な成績を誇った冒険者が何人もいたのだ。彼らはしっかりと自身の力を鍛え上げ、さらに戦いや冒険に関して長年の経験から培った“強者の勘”とも言えるものまで身に着けている。
ガスパロには持っていないものだった。
さらには自身よりも年下であるナダ、コルヴォ、アマレロ、ブラミアの事もガスパロは褒め始めた。ナザレやアスだって、ガスパロから見れば年下だから二人のことも評価する。
だが、そんな話の最後には「それと比べてオレは駄目だ」という結果に繋がるのだ。
ガスパロは胸の内で吐露していくうちに、頭がどんどん下がっていく。もはやアスとナザレの二人にガスパロの顔は見えない。
空気が重たくなった。
「なあ、アス。オレって、弱いか?」
ガスパロの声は消え入るようだった。
「ガスパロのアビリティは飛び道具だ。それは他のアビリティ使いにはない長所だと思うけど……」
アスは言葉を濁すように言った。言い難かったのか、左手につけた珊瑚のブレスレットを手で隠すように撫でていた。
「強い、とは言ってくれないんだな」
ガスパロは顔を上げて曖昧に笑った。
「ガスパロ……」
ナザレは不安そうにガスパロを見つめる。
「ナザレ、実はここに来る前にコルヴォと話してたんだ。オレの進退についてだ。アマレロやブラミアが入った。ナダやコルヴォもいる。アスやナザレだって、いつかは復帰する。そんな第一部隊に――オレの席は無いと思ったから、事前に脱退を申し入れたよ――」
どうやらここに来る前に、ガスパロの中での“答え”は決まっていたらしい。
最近になって、アーザ第一部隊に優秀な冒険者が次々と加入してきた。これまでは他の二つのクランに優秀な人が集まって、やる気はあったが能力不足な冒険者が集うことが多かったが、今は違う。
原石とも言える冒険者が増えている。今後もきっともっと増えるだろう、とガスパロは言う。
「ガスパロ、本気なのか? まだまだガスパロだって……!」
アスは引き留めるように言うが、脱退しようと言うガスパロの意思は強いようで首を横に振った。
「もうオレには無理だと思うんだ。これ以上の成長も、今後の冒険だって……アス、パキケファロサウルスは強かったよ。ティラノサウルスに簡単にやられていたモンスターだが、オレにとってはとても強いモンスターだった。深層にはあれ以上のモンスターがいるだろう。オレには――もう無理だ」
ガスパロは諦観したように言った。
そんなガスパロにアスもナザレも何も言えなかった。言う事が彼にとって酷なことが分かったからだ。
迷宮とは、情や情けだけで攻略できるような甘いものじゃない。モンスターは一瞬の油断をした冒険者を簡単に殺せるような生き物だ。引き際を間違えたら、自分の実力を間違えたら、相手の強さを図り間違えたら、アスとナザレのような怪我を負う事になる。それも怪我ならまだ“マシ”だ。刹那の判断を間違えるだけで、冒険者は簡単に死に絶える。そんな実例を幾つもアスとナザレは知っていた。
だからガスパロの判断には何も言わない。言えなかった。無理して引き留めた結果、彼の生死に関わったら、それは一生後悔するからである。
ガスパロはやがて病室から去って行く。
二人はその様子を悲し気に見守っていた。
まずは1人目
※2巻発売中です。




