第四十話 マルチーザ
アーザ第一部隊は冒険後、クランの本拠地に集まっていた。
そこには他にもアーザに所属する冒険者達が十人ほど集まっている。まだ迷宮に潜っている部隊もあるため、それほど多くはない。
コルヴォはそんな中で、他の部隊のリーダーたちと会話をしている。きっと本日の冒険についての意見交換を、クランリーダーとして積極的に行っているのだろう。
「今回の冒険は大成功だな! 初めて潜った迷宮でこんな結果になるとは思わなかった! これも仲間のおかげだぜ!」
そんな中、他のクランメンバーと初めて交流するのがブラミアだった。彼は持ち前の明るさで、積極的に話しかけている。
快活なブラミアの笑顔に、最初は警戒しながらも少しずつ心が砕けたように話し返す冒険者も多かった。特に多くのアーザの冒険者はブラミアよりも年上が多かったため、人懐っこいブラミアの性格も幸いしたのだろう。
そんな中、ナダは部屋の隅で空気のように佇んでいた。今回の冒険者の一人だが、あまり存在感はなかった。
人として、ブラミアの方が華やかで魅力的だからだろうか。
「ねえ、ナダ。少しいい?」
そんなナダに話しかける者がいた。
茶髪のマルチーザだ。アーザ第一部隊の現在唯一のギフト使いである。彼女は普段あまり自己主張しないが、この時ばかりはどうしてかひときわ大きなナダに自分から話しかけたのである。
「別にいいが」
二つ返事で頷いたナダは、マルチーザの後を追う。
二人は並んで本拠地から出て、既に日の落ちた街中を歩く。何人かの疲れた顔をした冒険者とすれ違ったのは、彼らがきっと迷宮帰りだからだろう。多くの冒険者が抱えるこの街では、黄昏時の前に冒険を終える者が多い。
何故なら黄昏時はモンスターの目が赤くなり、彼らは通常時よりも強くなる。ただでさえ厄介な環境で、強力な龍達をより強くさせた状態で戦う冒険者などいない。得られるカルヴァオンは一緒なのだから。
「で、どこに行くんだ?」
アーザの仲間達から抜け出したナダは、隣を歩くマルチーザへと声をかける。
「ちょっとアスとナザレのお見舞いに行こうかと思って。私達は明日が休みでしょ? ちょうどいい機会だと思ったの」
「なるほどな――」
新しい冒険者であるブラミアを入れての冒険は、二日空けるとコルヴォは言っていた。
ブラミア自身は明日でも大丈夫と言っていたのだが、コルヴォが疲労のある状態で迷宮に潜らせることはできない、という判断からだった。
「ナダはまだお見舞いに行っていないでしょ?」
「ああ。ナザレが俺のことを嫌っていると思ったから、行かない方がいいかと思ったんだ。興奮して傷が開いても困るだろ?」
「そうかも知れないけど、同じパーティーメンバーでしょ? 行ったほうがいいわ。だから誘ったの。私もまだ行ってなかったから」
「……そうかもしれないな」
ナダはマルチーザの好意に感謝する。
コルヴォやガスパロはもうお見舞いに行ったらしいが、ナダはその時間も鍛錬に当てていた。
――足りない。
何よりも――力が。
ナダは酷くそう思うのだ。
『ソール』では、使い慣れた武器を――青龍偃月刀を持つことが出来ない。“英雄病”という不死性を活かせば、手のひらの皮膚が溶ける事を加味すれば、使い慣れ青龍偃月刀を扱えるかもしれないが、そこまでの無茶をする気はナダにはなかった。
郷に入っては郷に従え、という言葉の如く、冒険者らしく迷宮ごとに素直に武器を変えようと思ったのである。
もしも『ソール』が青龍偃月刀を振り回せないような狭い迷宮なら、自分も短く扱いやすい武器を扱うしかないのだから。
「ねえ、ナダ――」
そんなことを真剣に考えているナダに、マルチーザが思い切ったように話しかけた。
「何だよ?」
ナダはぶっきらぼうに言った。
「どうして、ナダはアーザに入ったの? アルシャインにも誘われているって、風の噂で聞いたの。どこの出所か、は分からなかったけど、嘘じゃないんでしょ?」
ナダはそんな言葉を聞いた時、イリスがどこかで話を漏らしたか、とも思ったが、そんな事を意図して行うようなことを好まないことをナダは知っているので、きっと誰かとの会話で喋ったのを拾ったのだろう、と思った。
「嘘じゃないさ。きっとイリスの事だな。俺の元リーダーさ。可愛がってもらってるんだ」
ナダは、嘘じゃない、と信じながら言った。
「知っていると思うけど、アーザよりアルシャインの方が条件はずっといいの。冒険者の待遇も、現在の攻略状況も――」
「知っているさ。未だにアーザは深層に潜れていないからな――」
ナダの知る限り、どうやら『ソール』という迷宮は、中層までと深層からが大きく姿を変える。
中層までの常識が通用しないので、また『ソール』の深層という新しい環境に体を慣らさないといけないようだ。
「それでも、ナダはアーザに残るんだ?」
「今のところは、な。俺の“目的”が達成されるなら別にクランなんてどこでもいいから、今は自由が利くアーザに所属しているだけさ――」
どうやらナダが調べた範囲では、アルシャインは深層に辿り着いているらしいが、未だに深層の中でも入り口程度しか攻略できていないようだ。深層についての情報を独占するために情報規制をある程度はしているだろうが、きっと攻略は果たせていないと確信している。もしも攻略を果たせていれば、深層の様子が変わるだけではなく、『スルクロ・ファチディコ』にいる動かないモンスターも把握していると思ったからだ。
だからナダは、現状ではアルシャインに興味なかった。
『ソール』がどんな迷宮かは未だにナダにもよく分からないが、多少なりとも『マゴス』と共通点があるのならば、そう“簡単”に攻略できないと思っている。
「ナダの“目的”って、何なの?」
「ソールの――完全攻略さ」
「っ――」
当たり前のように話すナダの言葉に、マルチーザは息を飲むように押し黙った。
それ以上、彼女は何も言えなかったのだ。
――迷宮の完全攻略。
それは現代で成し遂げた者は英雄マナの一人とされており、太古においても英雄にしか許されていない栄光だ。クラーテルにある三つのクランもそれぞれ攻略を目指しているが、完全攻略を口に出す者はいない。
その冒険の果てに、どんな犠牲が出るか分からないから、常に安全を意識しながら先を目指すのである。
ここ――クラーテルには、“英雄”はいない、とされているのだから。
「さあ、着いたみたいだぜ。ここだろ、病院は?」
ナダは大きな煉瓦状の建物の前で止まった。
建物にかかった垂れ幕には蛇が巻き付いた杖が描かれており、癒しの神のシンボルであった。
「そう……だね。病室に行こうか」
マルチーザはナダを連れて中に入ると、受付の女性にアスたちの病室はどこかと聞くと、二階の一室だと教えてくれた。
二人は揃って上まで歩いて、病室の前まで辿り着いた。主に冒険者の怪我や病気などを治療するために作られた院内は非常に綺麗に掃除されており、埃一つなかった。
マルチーザがノックをしようとした時、中から声が聞こえて来たので、その手を止めてしまう。
アスとナザレ、それにまた別の男の声だった。
「新しく入ったブラミアってやつが活躍しているらしいぞ!」
その男の声をナダはあまり聞いた事はないが、アーザにいた誰かだろう、と認識している。
「入院している私にとっては初耳だな。コルヴォの知古か?」
「ああ、それにナダの知り合いでもあるみたいだ。どうやら本当にコルヴォはナダに肩入れして、アーザをくれてやるのかも知れないぞ。他にも新しい冒険者をアーザ第一部隊に入れる、っていう話もあるからな」
「……私とアスが一時的に抜けているからな。仕方ないさ。戻ったらそいつを蹴落としてでも、私たちは元の地位に戻るさ。アスは当然ながら、私にだってその覚悟はある」
「どうだかな? もう二人の席はないかも知れねえぞ。クラン内政治はコルヴォの方が強いからな。で、今回の怪我の件も本当に事故なのか? ナダってやつが起こして、お前たちをケガさせたんじゃないのか?」
顔もあまり認識していない男の声。その言葉尻に怒りが混じっていることから、どうやら自分を疎ましく思っているらしい、とナダは感じた。
昔に散々と受けた感情の一つであるため、特に焦りもしないナダはもう一度ノックをしようとしたマルチーザの手を右手で優しく包むように止めた。そして左手で口を閉ざすような仕草をし、そのまま病室を後にしようとクラーテルの腕を引っ張る。
「――きっとナダは新しい仲間を次々と呼ぶさ! ガスパロやマルチーザもきっと第一部隊から追い出されるんだろうぜ。これぞ、平和的な乗っ取りだな。そうなっても、実力のあるアスは残るのかもな。ナザレ、お前も本当に生き残れるのか? その前にナダを追い出した方が早いんじゃないか?」
「私は強いから大丈夫さ。……まあ、特にマルチーザは、限界かも知れないが」
そんなナザレの言葉が聞こえたマルチーザは、顔を落として表情を暗くする。
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ちなみに明日も久しぶりのキャラが登場する予定です!




