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迷宮のナダ  作者: 乙黒
第二章 楔
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第七話 虫

 龍の体内にモンスターはいない。

 いない“はず”だと思っていた。

 ナダも、ダンも、セレーナも、ブラミアも、クラリスも、アマレロも、そしてコルヴォでさえも。


「何なんだよ! あれはぁ!」


 ブラミアの絶叫が龍の体内に響き渡る。

 七人の目の前に現れたのは軍勢だった。

 獣、ではなかった。

 ――虫だ。

 体は前体部と後体部に分かれており、ふっくらとした体つきをしている。鎌のような鋭角な足が前体部に二本、後体部に四本ついており、頭には短い触覚が二本ほど生えていた。さらにその色は吐き気を催すような暗い緑色をしており、その姿はピンク色の体内の中だとよく目立つ。

 また口らしき部分はもぞもぞと何本もの触手が蠢いており、その背後には鋭い牙らしきものも伺えた。

 体長は二百センチぐらいだろうか。地上にいる虫と比べると、それは遥かに大きかった。

 そんな“虫”が何十体も、七人を追いかけるように迫っていた。


「そう言えば――生物の中には寄生虫がいるのが多いらしいね。あれもその一種かな?」


 ダンはそんな虫を見ながら、冷静に言う。

 どうやら癒やしの神のギフトを持っている職業柄、生物の体内に詳しいダンは、昔にふと聞いた人間以外の特徴のことを思い出す。


「生物って、ここは龍の体内だぞっ!」


 ブラミアが叫ぶ。

 彼は今の状況を信じたくなかったのだ。


「だから龍も生物の一種でござろう。そう言えば、初めてでござる。拙者の記憶では、人がモンスターの体の中に入ったという記録は見たことがない。どうやら拙者らは人類で初めての偉業をなしているのかも知れんな――」


 アマレロは腰のものに手をやって、鞘から少しだけ鍔を浮かせると、そんな感想を言いながら、かか、と笑う。


「そんな事を言っている場合じゃねえんだよっ!」


 そうブラミアは今度はアマレロに叫ぶが、焦る様子もなくアマレロは笑っていた。


「そうですよー。ブラミア先輩と同じ意見なのは癪ですがー、この状況はちょっとやばいんじゃないですかねー?」


 クラリスは虫の軍勢を見ながら少しだけ顔を青くする。


「――で、どうするのだ?」


 コルヴォがリーダーになったことが不満であるセレーナだったが、一応リーダーである彼に意見を求めた。


「……あれと真正面から戦いたい、って人は歓迎するけど、君たちはどうかな?」


 そんなコルヴォの意見に賛成するものなど誰もいなかった。


「なら、決まりだな――」


 ナダの発言と同時に、七人は同時に駈け出した。

 ――虫の軍勢とは逆方向に。

 先程の隊列と同様の並びで七人は“虫”の軍勢から逃げるように走って行った。

 先頭集団で軽やかに走っているのは三人、ブラミアとアマレロとコルヴォだ。彼らはブラミアを除いて軽装備なので体が軽い。またブラミアは己が持つアビリティによって、他の二人と同じ程度のスピードを保っていた。

 それに少し遅れて走るのが、ダン、クラリス、セレーナの三人だ。セレーナは重装備とも軽装備とも呼べないような装備であり、前にいる三人に比べて遅いのは仕方がない。また、ダンとクラリスはギフト使いなので二人共ゆったりとした服を着ていて軽いように思えるが、その服には鋼糸が編み込まれており、見た目以上に重い。また二人共ギフトを使うことが多いので、体力にはあまり自信が無かった。

 そして、そんな六人に遅れて走るのが、一人だけかなりの重装備をつけている――ナダだ。

 ナダはアビリティを持っていない。

 持っていないために、その重量はその身に重くのしかかる。

 まずは数十キロを超える青龍偃月刀。それを右手に持ったまま走っており、体につけているチェーンメイルや手甲などの総重量はおそらく、偃月刀の重さを超えているだろう。さらに腰には数キロもあるククリナイフに加え、腰につけたポーチ、その中に入っているカルヴァオンや回復薬の重さまでナダには加わっている。

 普通の冒険者なら走れもしないような総重量だ。

 だが、ナダはそれらを抱えてなお、六人に少し遅れるほどのスピードで付いている。


「一体、オレたちはどこに向かっているんだよっ!」


 七人が走っている最中、ブラミアが大声で言った。

 どれだけ走ってもなお、変わりもしない光景にうんざりしたかのような口調だった。


「そう言えば、拙者らは龍の口から入ったでござるな。ならば出る所と言うと――」


 未だ刀を抜いていないアマレロは、軽やかに肉の上を走る。


「ええー、それなら出るところは一つじゃないですかー。考えたくないです」


 クラリスは、ぞっとしていた。


「ふん。腹を切り裂いて出たらよかろう」


 セレーナは一人、剣を抜いたまま冷たく言った。


「でも、龍の肉って、確かどのモンスターよりも切りにくかったよね?」


 そんなセレーナに水を差す様にダンは言った。

 ダンの言葉にセレーナはへそを曲げながら黙り、少しだけダンと距離を置きたかったのか、少しだけ前へと急いだ。


「ナダ―、ちゃんと付いてきているかい?」


 また前方から、隊列から遅れているナダへ向けて、コルヴォが声をかけた。

 どうやらコルヴォは前を走りながらも、パーティーメンバー全員を気にかけているらしい。


「ふん! あんな奴、置いていけばいいんだよっ!」


 先頭にいるブラミアが言った。

 それにナダは鼻で笑いながら小さく、けれども他の六人全員に通る声で言う。


「だと、いいがな――」


 ナダは多数の虫が迫ってくる背後ではなく、前、それもブラミア達がいるよりも遥か先を見据えていた。

 そんな七人にすぐさま新たな敵が迫り来る。

 ――虫だ。

 今度は前方から降って湧いたように現れたのだ。

 だが、背後にいる虫ほど、その量は多くなかった。十数体ほどだろうか。けれども、その数でも見たことのない生物は冒険者にとっては脅威だ。いつも潜っているダンジョンの、いつも倒している弱点や生態、はたまた戦い方なども熟知しているモンスターとは違い、目の前にいる生物と戦うのは初めてだ。


「何なんだよ、このど腐れ生物共は! 前からも来やがったぞ!」


 ブラミアはそう叫びながら、白銀色のロングソードを抜いた。

 その剣の刀身はそれはそれは美しいものだった。

 鎧と同一素材の刀身には当然のように一切の曇りはなく、一切の霞はない。龍の体内に存在する、転がっている石から出る光によって、その剣は眩しい限りの光を反射していた。

 まずは一匹。

 迫り来る虫に向けて、斬撃を真正面から叩き込んだ。

 やわい。

 見た目以上に鎧甲に強度のないその虫は、簡単に切れて、緑色の液体を辺りにまき散らした。

 だが――


「この液、酸かっ!」


 地面に飛び散った液が、しゅう、とまるで肉の溶けるような音を出した。実際に地面にある肉は少しだけ溶けている。

 ブラミアの剣は業物なので問題ないが、どうやらこの寄生虫の体液は酸性のようで、体に当たると大変そうだ。

 ブラミアはヒットアンドアウェイを心がけながら、虫を斬っては下がり、斬っては下がり、出来るだけその酸を鎧に当たらないようにする。だが、酸は少しずつ鎧にあたり、たとえ業物の鎧であっても、当たった部分からはイヤな音が出て、その部分の鎧はほんの僅か熱くなる。


「うむ。それは厄介でござるな――」


 一方、ブラミアと並んで立つアマレロも、前にいる障害である虫を切っていた。

 武器は――刀だ。

 腰にある刀を抜いている。

 悠々と立っている状況から虫へと一歩踏み込み、神速の居合い斬りを放つ。まるで閃光が舞ったかのような斬撃により、虫達は瞬く間に両断にされていった。

 さらにアマレロの剣技の特徴か、その刀身は一切見えない。

 一太刀放つ毎に振った時と同じほどのスピードで鞘に戻し、また居合い斬りを放つ。その動きに一切の無駄はなく、まるで踊っているかのようにアマレロは戦っていた。事実、その身に虫の体液を浴びることはない。着流ししか着ていないアマレロにとって、強烈な酸性の虫の体液は脅威なはずなのだが、アマレロは表情を崩すこと無く、モンスターを切っていった。

 アマレロの刀もそんな酸に触れるが、太刀筋があまりにも早いのか、刀身に酸が侵食することも無く、モンスターを楽々切っていった。まるで音を置き去りにしているかのようだった。

 また彼のもう一つ異質な点として――アビリティを使っていなかった。

 使っているようには誰の目にも見えなかった。

 つまり、アマレロは、数々の虫を剣技だけによって圧倒していた。


「ちっ、てめえ、腕だけはいいみたいだな――」


 それは同じくモンスターを切っていたブラミアの感想だった。


「いやいや、それは過分でござるな。拙者はまだまだでござる――」


 前にいた虫達の殆どを二人で殲滅した。

 それは数分とかからず、瞬く間に。


「ふん。お前たちのような猿も、少しは腕があるようだな――」


 そう辛辣な物言いをするのはセレーナだった。

 そんな彼女に遅れて、残りのメンバーもブラミア達に追いつく。


「で、どうするんですかー? ここ、どうやら行き止まりみたいですよ?」


 ブラミアとアマレロが虫を倒した先にあったのは、高い肉の壁だ。もちろん左右に道はあるが、瓦礫で遮られており、後ろからは依然として虫の軍勢が迫ってきている。

 クラリスは絶望に染まった顔をしながら言った。

 あの虫が弱いと言っても、未だに増えている虫を全部倒すのは時間も掛かり過ぎるし、何より体力が持たないという考えなのだ。


「どうしようか?」


 初めてコルヴォが焦った顔をした。

 七人は確かに虫から逃げていたが、ここは龍の体内だ。出口などあるわけもなく、我武者羅に進んでいたのだ。

 それならば行き止まりに辿り着くのは当然と言えるだろう。


「道が無いなら作ればいいんじゃねえか――」


 そんな中、ナダは思い切った表情で目の前にある壁を見つめていた。

 その手にはしっかりと青龍偃月刀を握りしめている。


「ビニャの大木と同じ意見なのは気に食わねえが――その案には乗った」


 ナダの意見に最初に賛成したのはブラミアだった。

 ナダと同じく、背後にいる虫ではなく、目の前にある高い壁を見つめて、固く白金のロングソードを握りしめる。


「ふむ。どうやらその案しかないでござるな。拙者も力を貸そう。ナダ殿の武器に比べれば、些か拙者の剣は短いが――まあ、この程度の肉は問題ないでござるな」


 アマレロも体勢を低くして、腰の物にそっと手をやった。


「まあ、それしかないようだね。ここは君たちに任せるよ」


 このパーティーのリーダーであるコルヴォも特にナダの意見には反対せず、


「ナダ、頑張ってよ」


 ダンもどうやら賛成のようだ。


「私はその先に何があっても知りませんよー」


 そう弱気な発言をするクラリスは、ナダたちから一歩下がる。


「ふん。勝手にしろ――」


 そう言ったセレーナの言葉にナダは不敵に笑って、


「ああ。勝手にする」


 とナダが告げてから――三人は動いた。

 まず斬撃を放ったのはブラミアだ。高い肉の壁に他の二人が同じく剣を叩き込むであろう場所を全力で剣を振りかぶって切りつけた。浅く、肉が切れて、少しだけ赤い血が流れる。

 次に動いたのが、アマレロだ。ブラミアの斬りつけた場所をアマレロが居合い斬りで斬りつける。

 傷が深くなった。

 そして、最後にナダが青龍偃月刀を高く上げて、全力で振り下ろす。すると、ブラミア、並びにアマレロが作った傷から肉が引きちぎれるように切れて、人が数人通れるだけの穴が開いた。

 また、そこから大量の血が出て、ナダの体が真っ赤に染まる。

 それだけでは無かった。

 ナダが切り裂いた奥にある空間から、別の液体がナダ、並びにブラミアへと飛びかかる。アマレロはいち早く避難しており、その液体を浴びるのを防いだ。

 その液体は黄色であり、ナダのチェーンメイルとブラミアの鎧に大量にかかった。

 最初はその液体がかかった所で特に異変は無かったのだが、すぐにその液体の効力は現れた。

 鎧が――発熱し出したのだ。

 二人にかかった黄色の液体と反応し、二人の体を熱で蝕む。


「熱いっ!」


 二人はそう叫びながら、それぞれつけていた鎧を脱ぎだした。

 鎧を脱ぐとそれらは表面が溶けており、灰色の煙が出ていた。さらに鎧は二つともすぐに姿を変えて、体積がどんどん減っていく。


「酸かよ――」


 ブラミアは低く唸るように言った。

 ブラミアは既に鎧の全てを外している。兜も当然ながら取っており、その姿は、短髪の赤髪がよく映える男だった。さらに耳元には髪と同じ色のピアスを片方だけに付けており、右眼から顎にかけて炎のような刺青を刻んである。

 切れ長の目が特徴的であり、意外と幼い顔つきをしていた。

 さらにその肉体は、特に服まで殆ど溶けて、剥き出しになった上半身は酸がかかったので、肉が爛れていた。命に別状があるような傷ではないが、表面はぐちゃぐちゃに潰れている。それでもブラミアが悲鳴ひとつ挙げないのは、長きに渡る冒険者生活によって痛みになれたからだろうか。


「ちっ、重症だぜ。こりゃあ――」


 一方のナダも状況は酷い。

 いや、ブラミアのようなプレートアーマーではなく、チェーンメイルだったナダは、先程の酸を直接肌に受けていた。チェーンメイルは脱いで、さらに下にあった服も脱いだからこれ以上怪我が増えることはないものの、胸から腹、さらには背中一面が爛れていた。まるで体内から全身にミミズが這いずりまわった傷跡だった。

 その怪我は足にまで回っているようで、見た目以上にナダは酷い怪我をしているようだ。

 だが、ナダはそんな酷い怪我よりも、酸がかけられて使い物にならなくなった鎧を、凄く寂しそうに見ていた。


「どうやらあの液体は“胃液”かな?龍の胃液って、とても強力みたいだね――」


 ナダとブラミアから離れている位置にいるダンは、二人へと癒やしのギフトをかけて、先程の酸によるダメージを回復させながら言った。

 そして、すぐに回復すると、酸が飛び回っている場所へ、虫の軍勢から逃れるために七人は入っていった。

今回はヌードを出したのでPVが増えそう。

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