第二十四話 イリス
次の日は休みだった。
アーザにおいて基本的には、一日冒険を行えば、次の一日は休みとなる。命を賭ける冒険に疲れを残さない為である。特に第一部隊はアーザでは最前線を走っている。
心身の負担は相当なものなので、パーティーから離脱しない為にも多数の休暇を与えられている。
休暇に何を行うかは、冒険者の自由だ。
ひたすら寝る者もいれば、ひたすら食べる者もいる。自然を見つめてのんびりとする者もいる。
そんな中、ナダはこの町に来てから初めての休暇だった。
マゴスでソロで冒険をしていた頃、一刻も早く迷宮の完全攻略を果たしたいと思っていたナダには休暇などという考えが無かった。だから平気で何度も無茶な冒険をし、冒険者組合からやんわりと止められたとしても、冒険をひたすら続けていた。
そのため、どのようにこのような休暇を過ごしていいか分からなかったのだが、朝から手紙で呼び出しがあった。それでも体を動かしていないと落ち着かなかったナダは何度も確かめるようにロングソードを長い間振ってから、夕方から待ち合わせ場所である冒険者組合へと出かける。
数少ない私服であるジーンズと白いワイシャツにブーツを履いて向かうのだ。
外は暑かった。日差しがさんさんとナダに降り注ぐ。そんなナダと同じように冒険者組合に向かうのは、分厚い服を着た冒険者ばかりだった。
ナダを待ち構えるかのように、冒険者組合の入り口で壁に背中を預けていた女性は一人だけ私服だけだったのでよく目立っている。ナダに気づくとすぐに近づいてきた。
彼女は薄く柑橘系の香水をつけている。胸元を大胆に開けた白いワイシャツにぱつぱつのジーンズとシンプルな服装であるが、彼女のスタイルが引きたっている。化粧を薄くしているのか水色のアイシャドーは彼女の魅力を惹きたてていた。彼女のトレードマークであるウェーブのかかった金髪は、サイドテールで纏めている。
イリス、であった。
ナダのよく知る冒険者であり、かつてナダが所属していたパーティーであるアギヤの元リーダーである。彼女には何度もお世話になっているので、ナダとしては頭が上がらない人物の一人でもあった。
「――ナダ、手紙でも言ったけど、ちょっと顔を貸しなさいよ」
「いいぜ――」
ナダはイリスの誘いを受け入れた。
二人は昔のように並んで歩いていると、イリスの方からナダを下から覗き見るように口を開く。
「ナダ、いつ頃ここに来たの?」
当たり障りのない会話からだった。
「ついこの間だ。まだ一週間も経ってねえよ。イリスは?」
「私は学園から卒業してすぐにここに来たわ――」
「へえ――」
「最初は生意気にも、私より先に四大迷宮の挑戦をしたナダへ文句を言おうと探そうかとも思ったんだけど、最初に来たここで冒険をして、挫折して、今もここで挑戦しているわ――」
「俺に文句を言おうとしたのかよ――」
ナダは呆れたように言った。
「当たり前よ。テーラちゃんやカノンちゃんを置いて行って。私がどれだけ後処理したか? お礼を言ってくれてもいいのよ?」
「それは感謝しているさ――」
ナダは久しぶりに妹たちと再会したことを思い出す。彼女たちには泣かれ、ずっと離れなかったぐらいなのだ。本当ならすぐに他の迷宮都市に移るつもりだったのを、夏から秋にかかる今の時期になったのは彼女たちが原因だった。
それからイリスに誘われるまま、ナダはレストランへと入った。もちろん貴族であるイリスは、個室がある店を選び、部屋には誰もいない。ナダとイリスの二人で、白いテーブルクロスがかかった机の上で、対面するように食事を取るのである。
ここはイリスの故郷でよく出るような、港料理が美味しいお店である。近くに港もあるので、船で仕入れた魚介類をふんだんに使う料理が有名である。イリスは港町出身であるため、どうしても肉料理より魚料理の方が好みである。それもふんだんに魚介類をつかった料理である。
それをさっぱりとした白ワインと合わせるのである。
ナダの目の前に出されたのは、白身魚のカルパッチョである。淡泊な白身魚だが、どこか甘さがあり酸味のあるソースと少し苦みのある野菜を組み合わせて食べるのである。当然のように極上の味だった。それらの味は舌の上で踊るようにマッチしており、噛み締める毎に魚の味わいと共にどこか昆布の優雅な香りがしている。ナダはそれらを洗うように白ワインを飲んだ。爽やかな白ワインがそれらを流しこんだ。
やはり、美味しい。
ナダは素直にそう思った。
イリスは幼き頃から貴族で、ずっと舌が鍛えられているだけあっていつも美味しい店を選ぶのだ。昔からナダは何度もごちそうになっている。ナダがイリスに出会わなければ、知らない世界だった。
ナダがそんな食事に舌鼓を打っている時に、イリスは口を開いた。
「ねえ、ナダ、どうしてあの時、誰にも言わずに四大迷宮に挑戦したの?」
それはイリスがずっと聞きたい事だった。
当時、ナダに親しい者は少なからずいた。彼の家族も含めて、自分やダン、他にも名前を挙げようと思えば何人もいる。だが、ナダはそんな人たちを含めて、懇意の貴族の当主にしか行先を言わなかった。それも彼の妹であるテーラを預ける為に、わざわざ言ったのだとイリスは予測した。もしも言わずに預けたら、どこかの孤児院に預けられるか、捨てられるかを危惧したのだろうとイリスは考えている。
「死ぬかもしれないからな。そうなれば、言えば反対される。それは避けたかったんだ――」
ナダは本心を言った。一つとして、偽りはなかった。
「――本当にそうなの?」
イリスは目線が厳しくなった。
「そうだぜ。イリスもここに来たから知っているだろう? 四大迷宮の冒険は、ポディエに慣れた俺たちでも命を賭ける程過酷な環境だ。モンスターの強さはもちろん、その迷宮にいるというだけで命に関わる。俺としては、俺が未だに生きていることが不思議なぐらいだぜ」
「それはそうだけど――」
「いつ死んでもおかしくない。そんな奴が未練がましく、挨拶なんてしていたら、死ぬ気の冒険に挑めないと思ったんだ。俺は――全てを捨てて、攻略に挑んでいる。それ以外はどうでもいい」
ナダは前回の、マゴスでの冒険を思い出した。
三年近く迷宮に一人で潜り続け、その間にも何度か死にかけた。モンスター達に湖に引き込まれた時は本当に死んだかと思った。もしも“英雄病”でなければ、ナダは疾うの昔に死んでいたと思われるような目に何度も負っているのだ。今も五体満足で生きているのは、運がいいだけ。どこかの迷宮でくたばってもおかしくはない冒険だった。
だが、自分の目的――英雄病の克服のためには、四大迷宮を攻略するしかない。他に道は許されていないのである。
だからナダはこの道を、自分の行動を止めるわけにはいかなかった。
「あんた、それでいいの?」
「いいさ――」
「……そこまで迷宮に賭けるなんて、あんたは昔と変わったわね」
「変わったさ。変わらなければ生きていけないからな――」
ナダはすぐに頷いた。
確かに、昔のアギヤにいた頃とは大きく変わったと思う。英雄病になったのもそうだが、あの時はただがむしゃらに生きていただけだった。現れてくるモンスターをひたすら殺して、日々の生活の糧を得るだけの日々。それが、安らかに生きる為に四大迷宮の踏破、そしてアダマスの後を追う冒険を目指している。
ただ生きているだけなのに、より過酷な運命を歩いているのはきっと気のせいじゃない、とナダは自嘲した。
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余談ですが、マゴスにソロでいた頃のナダは百日連続の迷宮探索を平気な顔で行っていました。




