第六話 リーダー
七人が進んでいくが、龍の体の中は気分が悪くなるような光景だった。
ピンク色と赤、それに青などの色で埋められた空間は吐き気がするほど違和感があり、肉のひだを見ているだけで気分が悪くなるように錯覚する。
また分厚いクッションが敷かれたような妙に弾むはりのある肉の床の上は一歩進む度に、大きく足が沈むので歩きにくく、またこの龍が体を動かしたのか、時たまダンジョンの内部変動が起こったのかと思うほどの大きな地震が七人を襲う。
その際には、龍が飲み込んだと思われる岩石などが崩れるように七人の行く手を阻む。
そのたびに迂回しなければならず、七人の冒険者は誰もがこれまでの冒険で味わったことがない苦難を感じていた。
「ねえ、ねえ、みなさーん、このパーティーのリーダーは誰にするんですか?」
ギフト使いなので前線に出ようとはせず、後方で隊列へと付いて行く赤毛のクラリスは甘い声で他の六人へと話しかけた。
まだ何も起こっていないので、ギフトを使うこともないクラリスにとって肉の道中は気が滅入りそうになる景色にうんざりしながら、そう言えば、とこのパーティーの問題点の一つを上げた。
「あ゛あ゛! そんなの誰でもいいだろうが! いらねえことを喋るな! きりきり歩け。てめえも冒険者だろうが。リーダーなんていなくても、自分で考えて行動しろよ、カスが!」
少しだけ隊列から遅れているクラリスに怒号の声を送ったのは、全身を鎧に身を包んだブラミアだった。
ブラミアは隊列の先頭に立っており、重たそうな鎧を着ているのにも関わらず、俊敏な動きで龍の肉の上を進んでいく。それもそのはず。彼の持つ唯一技能の名は《重力からの開放》と言い、そのアビリティの詳細は、うっすらと光る透明の羽が数枚鎧につき、自身にかかる装備の重さを零にすることだ。
つまり、実際は何十キロもある鎧を着ているブラミアだが、その重さは全く感じていないのだ。
裸の時と同じようにブラミアは動くことができる。
ブラミアはその屈強な鎧と、素早い剣の攻撃ができるので切り込み隊長として先頭に立っていたのだ。
おそらくは、彼が所属しているパーティーでも似たような役を引き受けているのだと思われる。
「ふむ。そうでござるな。確かに、拙者らは経緯がどうであれ、一つの共同体。リーダーを定めるのもまた道理というものでござる」
ブラミアの後ろ、つまり隊列の前から二番目にいる着流しの男であるアマレロは、クラリスの意見に同意するように頷いた。
彼は着流しを着ているのもそうだが、靴も他の冒険者のような革のブーツではなく、裸足の上に草鞋を履いていた。その履物は耐久力がなく、歩きにくくそうに見えるが、肉の上を滑るようにアマレロは歩いていた。
その所作は慣れたものであり、踏み込んだ時に少しだけ肉が沈む感触に苦戦している他の六人とは違い、アマレロ一人だけが既に肉の床に慣れたようだった。
「そうですよねー。やっぱりアマレロさんは話が分かりますよ。……誰かさんと違って」
クラリスは大きくアマレロに同意するが、それに大きくブラミアは言った。
「クソアマ、聞こえているんだよ! そもそも、こんなパーティーに、リーダーなんていらねえだろうが。抜けたい奴は抜けたい時に抜けて、危険になれば霧散するようなパーティーだ。そんな形だけの役職を決めて何になるんだよ!」
「確かにそれもそうでござるな。この七人は顔見知りもいるとはいえ、ダン殿とセレーナ殿以外は別の集団に属しているでござる。特に守る必要もないメンバーだから、命令をする必要がない。受ける必要がない。ただ今は一緒に行動しているだけで、目的が変わればすぐに仲違いするでござろう」
アマレロはブラミアの意見にも同意した。
どうやらアマレロ自身もこの中に所属しているパーティーメンバーはいないようで、考えがわからないような不気味な笑みを浮かべている。
「ええー、アマレロさん、それなんなんですかー。先ほど私の意見に賛同してくれたじゃないですかー」
アマレロの移り気の早さに、クラリスは唇を尖らせながら抗議する。
「ブラミア殿の意見にも一理あるな、と思っただけでござるよ。拙者はクラリス殿の意見も正しいと思っている。拙者としては、別にどっちでもいいでござる。拙者は他の皆の意見に従うでござるよ」
「ええー、じゃあ、ナダ先輩はどうですかー? やっぱりこのパーティーにリーダーは必要ですよねー?」
急に後ろへと振り返ったクラリス。
「別にどっちでもいいぜ。どっちだろうと、今の状況とあまり変わんねえよ――」
ナダは顔色を変えずに言った。
ナダは現在、隊列の一番後ろにいる。殿を務めていた。その理由としては、アビリティを持っているブラミアとは違い、全身を青龍偃月刀やチェーンメイルなどの重装備に包んでいるナダは動きが軽装備のアマレロやコルヴォに比べると若干だが遅い。
そのため、一番後ろで戦線を維持することを仕事にするのだが、残念ながらモンスターも出ない龍の体内だと、その仕事も無さそうだ。
「えー、じゃあ、ダン先輩はどうですかー? やっぱり、リーダーがいたほうがパーティーとして安心しますようねえ?」
次にクラリスは隣にいたダンに話を移す。
「あはは。僕としては、確かにリーダーがいたほうが安心かなあ」
ダンは自分へと話が振られるとは思っておらず、苦笑いしてからクラリスの質問に答えた。
ダンのパーティーでの立ち位置は同じギフト使いであるクラリスと一緒だが、その仕事は正反対の如く違う。クラリスに力を与えたのは――闇の神であり、その力の本質は破壊なのに対し、ダンが祝福を受けたのは――癒しの神で、その力は闇の神と正反対だ。
冒険者の体調を管理し、一つの怪我もさせぬよう常に気を張るダンと、モンスターが出た場合でないと力を発揮できないクラリスとはパーティーの位置づけも大きく違う。
特にダンはモンスターの体内という、何が起こってもおかしくない状況で、常に周りを注意している。
モンスターの中には、それは龍も含めてだが、口から毒を吐くモンスターもいる。
この体内に毒や、もしくはそれに準ずる自分たちに危険なものがないか常にダンは神経を張り詰めながら歩いていた。
「ですよねー。他の皆さんはどう思いますかー?」
今のところ仕事がないクラリスは、呑気に残りのメンバーへと聞いた。
最初に答えたのは翡翠の剣を持つコルヴォだった。
「……そうだねえ。形だけとはいえ、リーダーを作るのはいいことだと思うよ。確かにこのパーティーはいつ分かれてもおかしくはないけど、皆も生存確率を上げようと思えば、集団行動が必須な筈だ。その中である程度、纏まりの取れるパーティーになるはずだ」
コルヴォはアマレロの後ろ、つまりパーティーとしては前から三番目にいた。
彼の役目もアマレロやブラミアとほぼ一緒だ。
軽装備による素早い行動で、前に出てくるモンスターの撃破。また彼が前から三番目に甘んじているのは、ほぼ着流ししか着ていないアマレロと、有用なアビリティを持つブラミアとでは、スピードが少しだが落ちると感じているからだろう。
それならば、二人のサポートに回ったほうがパーティーとして上手く回るとの判断だった。
最もここは龍の体内なのでモンスターは出ないので、コルヴォの出番は無いに等しいのだが。
「やっぱり、コルヴォさんと私は気が合いますねー」
コルヴォから良い返事が聞けたクラリスは、声が明るくなっている。
「あはは。そうかもしれないね――」
一方のコルヴォはそれに乗ることもなく、苦笑しながら言った。
「じゃあ、じゃあ、セレーナさんはどうですかー?」
次にクラリスが聞いたのはセレーナだった。
セレーナはナダの前、つまりギフト使いであるダンとクラリスのすぐ後ろにいた。彼女がそこにいる理由としては、元々同じパーティーメンバーであるダンを守りやすいという判断からだろう。
そこで涼し気な顔をしながらセレーナはクラリスに返した。
「ふん。確かにリーダーがいたほうがいいのは私も賛成だ。こんな猿どもには、形だけとはいえ、お山の大将が必要だと思うから」
セレーナは、ナダ、コルヴォ、アマレロ、ブラミアを連続して見ながら鼻で笑いながら言った。
「てめえ! やっぱり喧嘩売ってんだろ!」
それにブラミアは大声で吠えて、
「中々にセレーナ殿は厳しいでござるなあ」
アマレロはバカにされたのにも関わらず呑気にも飄々としていた。
また、ナダとコルヴォはそんなセレーナの言葉に反応などはせずに、冷静に聞き流していた。
それからブラミアが一方的にセレーナに悪口をいうと、セレーナもそれに負けずと鼻で笑いながら返していた。
そんな状況を少しだけ見て、見かねたコルヴォが二人に大きなため息を言いながら注意する。
「はあ。二人共、少しは控えたらどうだ? まあ、別にオレは二人の喧嘩の決着はどうでもいいけど、先にパーティーのリーダーを決めるのが先決だと思う。多数決でいいね?」
コルヴォの意見に反論は無かったのか、他の六人は渋々頷いた。
あれだけリーダーを決めるのには反対していたブラミアも、コルヴォには一目置いているのか、彼の話には大人しく頷いていた。
「……コルヴォ」
また、最初にリーダーを指名したのもブラミアだった。
「あはは。じゃあ、私もコルヴォさんにしまーす。じゃないと、このパーティーを纏められそうにないのでー」
パーティーのリーダーを最初に提案したクラリスも、ブラミアと同じくコルヴォに一票入れた。
その時、ブラミアが舌打ちしながら小声で「クソアマと一緒かよ」という発言を他の六人は聞いていたが、その意見は無視して次に進んだ。
「じゃあ、俺はダンで――」
次に言ったのはナダだった。
ナダは旧友であるダンに一票を入れた。
「あはは。じゃあ、僕はナダにするよ。ナダのことはとても信頼できるからね」
ナダの次に言ったのはダンで、その意見に迷いはないようである。
また、ダンがナダと言ったのを聞いて、同じパーティーであるセーカに所属しているセレーナは少しだけ落ち込んだ表情で短く自分の意見を述べる。
「……私はダンにする。貴様らのような男の命令など聞きたくはないからな」
「次はオレにしようか。じゃあオレは……うん、ここは無難にナダにするよ。イリスの一番弟子らしいから、ナダはそういうのに慣れていると思うし」
セレーナの次に意見を述べたコルヴォは、ナダに一票を入れた。
ナダはそんなコルヴォの意見が不思議だったのか、間抜けそうに呆けた表情をしていた。
これで、ナダ、ダン、コルヴォに二票ずつ入る形となった。
「拙者の意見で、このパーティーのリーダーが決まるでござるか。責任重大でござるなあ」
そして最後に投票権を与えられたのはアマレロだった。
他の六人も立ち止まって、アマレロの意見に耳を傾けた。アマレロは少し腕を組んで考えてから、自分がこれだと思うリーダーを述べた
「では、拙者は――コルヴォ殿にしようと思う。一時期はあの“フェリメント”のリーダーも務めていたでござるからな」
アマレロの意見により、七人のパーティーのリーダーはコルヴォになった。
ダンとナダはそれが無難かと反対する様子もなく、セレーナはコルヴォに決まったことにより一瞬だけ顔を顰めたが、彼女も反対は無いようだ。
そしてリーダーに選ばれたコルヴォはというと、六人の冒険者を見据えながら言った。
「……皆も色々と言いたいことはあると思うけど、このパーティーのリーダーはオレになった。オレは皆のことをよく知らないから、指令を出すことも少なければ、傍若無人に振る舞うこともないと思う。だが――死にたくなければオレの言葉に逆らうな。オレはリーダーとなったからには、全員の命を預かっていると思って、その責を果たす」
かつて一年前にはアギヤと並ぶ学園最強のパーティーの一つと数えられた元フェリメントのリーダーのコルヴォの言葉は重く、他の六人はお互いが顔を合わせながらもう一度即席パーティーのメンバーを見つめた。
「来やがったぜ――」
その中で一人――ナダはすぐに視線を変えて、他の六人とは違う方向を向いた。
誰もナダの意図には気づけない。
だが、すぐに彼方からかさかさとした“何か”が近づいてくる音が聞こえる。
七人はそれぞれ冒険者として、それぞれの武器を彼方へと向けながら“何か”の正体を見極めるため、近づいてくるのを待つ。
話のタイトルが一章の一つと被ってしまって申し訳ないと思っています。
何も思いつかなかった。




