閑話Ⅱ 青龍偃月刀
今回の閑話は短いです。
学生だけではなく多くの冒険者を抱えるインフェルノには、数多くの鍛冶屋がいて、それを販売する武器屋が数多くある。
そんな中で学生当時のナダには、行きつけの武器屋があった。
それが『アストゥト・ブレザ』であり、ナダにとって偏屈な店主がいる店だった。
久しぶりに武器の――青龍偃月刀の調整をしにやって来たのである。
見知った道なので、スピノシッシマ家から出てすぐに辿り着く。
ナダは木製の扉を開けて中に入った。見慣れた煉瓦の壁が目に入った。部屋の隅にある大きな樽に入った雑多な武器たちは、依然と比べると随分と少なかった。もしかしたら経営が好調なのだろう、とナダは思った。
「……らっしゃい」
店の奥のガラスのショーケースでできたカウンターの後ろの作業台に座っているのはハゲ散らかした頭をした小太りの男が、バルバという。どうやらお気に入りのハルバードを手に持って、にやにやとした気持ち悪い表情を浮かべていた。
どうやら昔とあまり変わっていないようだ、とナダは思った。
「ナダだ。久しぶりだな」
ナダは学生の時と同じようにカウンターに肩肘をつくと、バルバは目を驚愕のあまり見開きながらナダの顔を覗いた。
「……おいおい、生きていたのかよ! てっきりどこかで野垂れ死んだかと思ったぜ!」
「俺が死ぬわけないだろう?」
「それもそうか! 噂では四大迷宮に挑戦するぐらいの冒険者らしいからな! 最近ではすっかり名前も聞かなくなったが、元気にしてたのかよ?」
「元気だったさ。だからこうして、ぼろぼろになった青龍偃月刀を持ってきたんだ」
ナダは青龍偃月刀をカウンターの上に置いた。
度重なる『マゴス』での激闘により、青龍偃月刀の刃は曇り、汚れが数多く付いている。軸も少し曲がっているようだ。それらの調整を頼むために、わざわざナダはこの店に青龍偃月刀を持ってきたのである。
「相変わらず、凄まじい冒険をしているようだな?」
「手元に残っただけマシさ。陸黒龍之顎も使っていたんだが、あれは砕けたからな――」
「砕けた! あの陸黒龍之顎がか?」
バルバは口を大きく開けて驚いていた。
「ああ、あの陸黒龍之顎がだ。よく覚えているだろう?」
「それはそうだが、あれが砕けるなんて……全くどんな冒険をしたんだよ?」
バルバは信じられないような目で、青龍偃月刀をずっと見つめている。もしかしたらこの槍にも激闘の証が残っていると思ったのかも知れない。
そもそもナダとバルバにとって、陸黒龍之顎は思い出深い武器の一つである。二人が出会うきっかけとなった武器なのだ。
かつてイリスがリーダーを務めるアギヤと言うパーティーにて、エクスリダオ・ラガリオというモンスターを倒すと、そのモンスターの素材を使ってナダの剣を使う事になったのである。
そんな時、どこの鍛冶屋もナダが好む特大武器は作ってくれなかったのだが、バルバが偏屈な鍛冶屋を探し出して、陸黒龍之顎を作成してくれたのである。
冒険者に人気がない大剣だが、武器のランクとしては最上級であり、四大迷宮に挑むのに十分なほどの品である。
もし現在でも同じ武器が作れるとするなら、ナダは迷わず作るだろう。素材のモンスターであるエクスリダオ・ラガリオは“はぐれ”なので、もう出会う事も難しいモンスターであるが。
「いい冒険さ――」
ナダは口角を少し上げた。
「それはそうだろうな。剣を失っても生きて帰っているんだ。どうせその冒険は成功したんだろう?」
「ああ、大成功だったさ――」
ナダは少し前の冒険であるマゴス攻略を思い返すように天井を見上げた。
大変な冒険だったが、満足のいく冒険だった。
目的は達成し、仲間を一人も失っていない。次に挑戦するような迷宮も、今回のような冒険であればいいと本気で思うほどだった。
「それならよかったさ。流石だな――」
そう短く感想を述べたバルバは、目線を青龍偃月刀へと落とす。鍛冶師としての経験もあるバルバは、この武器をどのように修理して、どのように仕上げるのか、特にナダに合うような調整を考えるのだ。
「それと、もう一ついいか?」
「何だよ? オレはこいつの調整で忙しいんだが」
「青龍偃月刀の他にいい武器はないか?」
ナダは冒険者だ。
常に武器は求めている。
青龍偃月刀の調整には時間がかかることを予期していた。それほどの戦いだったのだ。青龍偃月刀を失くしてから再度手にするまで、一度として調整に出したことはなかった。
これから先の戦いを考えると、不安が残る武器だった。次の迷宮では、どんな冒険が待っているのか分からないのだから、万全の状態で次の迷宮に向かうつもりだった。
だからナダはそれまでの繋ぎとして、新たな武器を求めたのである。
これまでマゴスという特殊な環境の迷宮に慣れ過ぎたので、もう一度ポディエやトーへなどの迷宮で一から基礎を鍛え治すつもりだった。
「あるぜ――」
そんなナダへ、バルバは楽しそうに嗤った。
ナダを手招きするように、奥の部屋へと誘う。
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