第百三十三話 地上Ⅳ
「……もしかしたら、その黒騎士も“英雄”になったのかも知れないからな」
ナダは予想を立てる。これが本当なのかは分からなかった。あの扉を開けた事により、オウロ、ニレナは英雄へと至ったが、ナナカ、カテリーナ、シィナ、ハイスは英雄にならなかった。
その違いが、ナダには分からない。そこにどんな条件があるのか、過去の冒険ではナダが英雄になった扉もあったが、他の仲間達は英雄へと至らなかったはずである。レアオンはよく分からないが。
「なら、同じ英雄として、黒騎士を追うのは当然の所業だろう? それがどんな結果に繋がるか、どんな答えを得るのか分からないが、私は人生を賭けてもそれを追いたいと思ってしまった」
オウロの決意は固かった。どうやら黒騎士という呪縛から逃れるつもりはなく、幼き頃からの憧れを胸により深きに挑戦した黒騎士を自らの意志で追う事を決めたようだ。
「いいじゃねえか――」
ナダはそんなオウロの覚悟と意志を羨ましく思いながら微笑んだ。
オウロは自らの意志で英雄の後をなぞるのだ。病を治すと言う必要に駆られて、英雄の後を追っている自分とは大きな違いだ、とナダは思ったのである。
他の仲間達もオウロの決意に肯定的だった。
「僕は……『コーブラ』としてもう一度頑張るつもりだ」
ハイスは、話の流れを変えるように言った。
「ニレナさんはどうするんだ?」
ナダはそんなハイスの言葉に、意地悪そうな笑みを浮かべながら親指でニレナを指差した。
ナダの頭の中には、以前のハイスとの会話が残っていたのである。
――マゴスの攻略が済めば、パーティーは解散する。
実際にナダはマゴスを攻略し、『ラヴァ』は解散するつもりだった。ハイスとの、あの時の会話をたがえる気はなかった。
「ナダさん?」
その会話に、納得がいかなかったのがニレナである。嗤ってはいるが、般若のような怒りをナダへと向けている。そんな裏約束はナダからも、ハイスからも聞いた事がなかったのである。
だが、ハイスの答えは違った。
「残念ながら英雄となったニレナは、僕の『コーブラ』には荷が重すぎるよ。僕のパーティーは英雄達の冒険に耐えられるようなメンバーじゃないからね」
ハイスは肩をすくめるように言った。
「それは本心なのか?」
ナダが驚いたように言った。
あれだけニレナに執着していたハイスにしては、考えられないような豹変であった。
「そうだよ。今回の冒険を通して思ったんだ。僕たちは力が足りないって。『コーブラ』は王都では、有能なパーティーだった。でもね。“あの冒険”には付いて来れない。僕でもギリギリだったんだ。アビリティが『秘密の庭園』だったからついて行けただけで、本来なら実力が足りなかった。いや、『秘密の庭園』もまだまだ未来があったと気づかされた」
ハイスはしみじみと語る。
ハイス自身としては、ダーゴン戦、もしくはヒードラ戦の時に死んでいてもおかしくはない、と言えるような戦いだった。多少はヒードラ戦に役立つことは出来たが、基本的には足手纏いと同意であった。“力不足”を感じたのである。ナダは当然のこと、オウロ、カテリーナなどとも圧倒的な力不足を感じた。それと同時に、『秘密の庭園』のもっと鍛えて置かなった事を後悔していた。あの武器の射出など、アビリティで皮膚を刈り取る以外にも鍛えられることは沢山あったのだ。現状の自分に満足し、強い仲間を入れる事でパーティーを強くすることを考えていた自分では、発想になかったことだった。
「ハイスはまだ強くなれるからな」
ナダは本心から言った。
「ああ、そうだ。今回の冒険で気づいた。僕は“まだ”強くなれる。仲間に頼っては駄目なんだ。仲間と共に強くならなければ、“英雄”の域には届かない。それまでは――ニレナさんをパーティーに誘うのもおこがましいよ」
ハイスは苦笑した。
だが、本心だった。
机の下では拳を強く握っていた。
久しく忘れていた気持ちだった。
――まだ、強くなれる。
そんな実感が、自分に新しい力を与えてくれるとは思わなかった。もう冒険者としては完成されたとも思っていたのである。
「ハイスさん――」
そんな風に振られたニレナとしては複雑そうな言葉を出した。
「で、そんなニレナさんはどうするんだ? 追いかけられていたハイスには振られたぜ?」
「あら、そんな冷たい事を言うのですか? もう一緒に冒険はしたくないとでも?」
ナダに話を振られたニレナは、ずっと心に抱いていた言葉を返した。
「……いや、もう一度マゴスを攻略することがあればもう一度このパーティーがいいさ」
「そうではなく、他の迷宮ではどうなのですか? 私はしたいですわよ。このパーティーは“最高”でした。今まで所属したパーティーの中で、最も強く、最も精力的でした。私の中では、『アギヤ』よりも、『コーブラ』よりも、素敵な――まさしく冒険でした」
「……俺もそう思うさ」
ナダの返答と、他の仲間達も一緒であった。この冒険は他には代えがたい素敵な冒険だったのだ。
強敵、新たなる発見、未知なる挑戦、冒険者の目指す全てがあったのである。
「なら、もうこの仲間とは冒険したくないと?」
「いや、したいさ。でも、迷宮には相性がある」
「なら、他の迷宮で、私が必要なら呼んでくれますよね?」
「呼んだら来てくれるのか?」
「私は行きますわよ」
ナダの質問に、ニレナは間髪入れずに答えた。
「私も、アギヤの件が一段落したら付き合うわ。もうその時には付いていけないかもしれないけど」
未だ英雄ではないナナカは自信の内容に答え、
「愚問だな。私の力が必要ならいつでも呼んでくれ」
カテリーナは今すぐにでも駆け付けたい思いで答え、
「……水のギフトが必要なら、行くよ?」
シィナはこのポジションだけは譲れないと言い、
「コーブラの冒険を中断してでも付いて行くさ。ナダとの冒険は刺激的だからね」
ハイスは楽しそうに言い、
「英雄である私が必要なら当然行くさ。自分の冒険を止めてでも――」
オウロも仲間に続いた。
「――みたいですわよ。よかったですね?」
「……なら、遠慮なく呼ぶさ。この先、どんな冒険が待っているか、俺にも分からないからな」
ナダも彼らに笑顔で答えた。
「まあ、本音で言うなら、次のナダさんの冒険にも付いて行きますわ。私は“英雄病”にかかりました。ナダさんと同じです」
「同じかどうかは分からないがな――」
ニレナは胸が石ころになったが、その前に神が憑依した。
何も持っていないナダに取って、ニレナの状況が自分と同じなのかは確証が持てなかった。
「ええ――。ですから、私は――実家に帰ってこの病についてもう一度調べてから、合流するつもりです。古い貴族であるヴィオレッタ家なら、何らかの情報があるかも知れませんから」
ニレナは真剣な表情で言った。
英雄病、神降ろし、それに全ての根源である迷宮、これらはどこかで繋がっていると思うが、最も深い部分がニレナには分からなかった。そのヒントがこの国で最も古い貴族であるニレナの実家ならあるかもしれないと思ったのだ。
「それは助かる」
ナダは本心から言った。
この先の冒険に何が必要になるかは、ナダ自身も分かっていない。その中で情報はとても大切な物だと思っていた。
「もしも黒騎士の情報があれば私に教えてもらってもいいか?」
オウロはそんなニレナへと頭を下げながら言った。
「いいですわよ。その代わり、オウロさんも手に入れた情報があったら私に提供してくれますか?」
「当然だ。逐一情報は共有するつもりだ。もしも必要があれば、皆も“私の冒険”に付き合ってくれるだろう?」
オウロはこれまで苦楽を共にした仲間達に頭を下げながら言った。彼自身にとっても、このパーティーはかけがえのないものになっていたのだ。
「それが刺激的な冒険なら付き合うさ――」
ナダはしたり顔で言った。
他の仲間達も、ナダと似たような気持ちのようだった。
「ありがとう。私も、こんな仲間が出来た事に、心から感謝しているんだ」
オウロは顔をはにかみながら言った。
夢を追い、夢に破れて、もう一度再起して夢を追って、夢を果たした先に新たな夢を見つけたのがオウロなのだ。
「それは、俺だって一緒だぜ?」
ナダもオウロと同じように仲間に感謝し、本日の宴はそれからも夜遅くまで続いた。
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