第百三十一話 地上Ⅱ
『マゴス』攻略から暫く時が経った。
その間に、七人は後処理に追われていた。まずニレナとハイスがお互いに協力して、遠く離れたオケアヌスから人員と物資を回収の手配をした。ニレナは主に『ラヴァ』としてマゴスに置いてきた財産や物資をまだ町に残っている執事のアンセムと連絡を取りつつ、インフェルノから回収を頼んだのである。ハイスは実際に現地に赴いた。遠い道のりだったが、仲間を残しているので攻略完全攻略したことの報告とまだ怪我が癒えていない『コーブラ』仲間をオケアヌスから連れ帰ることにしたらしい。そしてオケアヌスに置いてきた物資の大半もハイスが運んでくれた。
オウロ、シィナは迷宮探索のレポート作成とカルヴァオンなどの売却と整理である。『ラヴァ』が手に入れたカルヴァオンは量、質と共に圧倒的な量であった。マゴスでの数々の激闘に加え、ポディエにおいてもこまごまとしたカルヴァオンを狩っている。それらの整理を率先して行ったのだ。
そして『ラヴァ』のメンバーたちが当面生活するための環境づくりをナナカ、カテリーナが行った。『ラヴァ』の面々は等分の間スピノシッシマ家で生活することになったが、その際の経費や物資などは自分たちで用意することにしたので、インフェルノでの生活に慣れている二人が行ったのである。
そして、ナダはノヴァへの迷宮探索の成果の報告を行った。
「……三年で『マゴス』の制覇か」
ナダがいたのは、学園長室だった。
かつてノヴァが壊したガラスのテーブルは新しいものになっており、その上にナダとノヴァの為のコーヒーが置かれている。
ナダはソファーに背中を預けたまま、ぶっきらぼうに口を開いた。
「……まさかこんなにもかかるとは思わなかったがな」
ナダとしては本心であった。
迷宮攻略に必要なのは、単純なる強さだと思っていた。『マゴス』に挑戦するまでは迷宮に潜って底を目指せば必然とはぐれと出会い、その先の扉に巡り合えていたからである。だから必要なのはそんなはぐれを狩る為の強さだけだった。
だが、マゴスは違った。
――底が、無かったのだ。あったのは仮初のそこだけ。迷宮の底の先へ行こうと思えば、湖中に飛び込むしかなった。それを知るのに随分と時間がかかり、水中での冒険を考えると仲間集めにも尽力した。
「いや、大した成果だ。迷宮探索とは、本来終わりのないものだ。現に完全攻略が『ポディエ』や『ミラ』も果たされていないだろう?」
「そうだな――」
「それを英雄になったばかりの冒険者が、僅か三年で果たしたのだ。見上げたものだな。これは現代の英雄の所業においても、快挙というに等しいだろう」
「それは嬉しいぜ」
淡々と褒める学園長の姿が、ナダにはむずがゆかった。
以前の事を思い出す。
この学園長室でノヴァに手を出され、自分の力が全く通じず敗北した日を。あの時はノヴァに英雄としての“差”を感じた。どれだけ体に“熱”を回しても、ノヴァの身体はびくともしなかった。より大きな力で押さえつけられたのだ。今ならその差を少しでも埋められたのだろうか、とノヴァを見るが、やはりその圧倒的な存在感は今もある。だが、少しだけ以前よりも小さく感じられた。
「で、だ。次の迷宮にも潜るのだろう?」
「ああ、当然だ」
それから暫くノヴァから他の四大迷宮についての詳細を伺った。どうやらナダの為の資料を用意していたようで、それぞれの迷宮の攻略状況や現在活動している主な冒険者など、必要な情報は無償で提供された。
そしてしばらくの情報提供の後、ナダが学園長室を去ろうとした時、ノヴァは真剣な面持ちで言う。
「ナダ君。君は、この先もアダマス様の道を歩むつもりか?」
「当然だ――」
「なら、一つ、これは私が“先輩”から聞いた話だ。アダマス様は全ての迷宮を攻略したと言われている。知っているな?」
「ああ――」
冒険者なら誰もが知っている事だ。ラルヴァ学園なら当然のように歴史の授業で教わる。最も偉大な英雄であるアダマスの伝説は数多くあり、未だに真偽が分かっていないものも多い。だが伝説では、今はもう入ることも叶わない数多くの迷宮ですら、アダマスは踏破したと言われているが最後の迷宮の記録は残っていないと聞く。
「最後の迷宮の名は『ムンド』だ。その果てにアダマス様の最後の記録があるとされている。その迷宮が四大迷宮の先にあるのかは知らないがね――」
「教えてくれてありがとうよ」
「気にしなくていい。私が既に諦めたであるからな――」
そう言って、ノヴァはナダを笑顔で見送った
ナダは出た扉の先を歩き、多数の年下の学生の横を通り過ぎながら『ムンド』と呼ばれる迷宮の事を考えた。
聞いた事がなかったからだ。もしかしたら情報を探しても出てこないかもしれない。秘匿されているか、そもそもノヴァの言う“先輩”のように過去の限られた冒険者しか知らないか。詳しい事はナダには分からない。
だが、確かな予感がナダにはあった。
――いつか、その『ムンド』に自分が挑戦するだろう、という予感だ。
どんな迷宮かは分からない。ただ、これまでよりも厳しく、辛い冒険になるだろうというのは心の奥底で感じていた。
◆◆◆
あれからまた数週間が経った。
この日、『ラヴァ』の面々はインフェルノにあるお店に集まっていた。まだ時刻は昼間であるが、個室でランチが食べられる店である。もちろん料理はコースを選んだ。誰もがドレスコードを意識した服を着ていた。
「じゃあ、『ラヴァ』の最後に乾杯」
黒いジャケットに赤いネクタイを締めたナダが、シャンパンが入った細長いグラスを手に言った。
この日、『ラヴァ』が集まったのは『マゴス』の迷宮探索の事務が全て終わり、一段落ついたからだった。『マゴス』に関してはこれで全て終わった。何故か『マゴス』は完全攻略を果たしたとしても、迷宮自体はそのまま残り、今もモンスターは出現するらしいが、ナダ達は気にしない事にした。それを考えるのは学者の仕事だと。
『マゴス』については全て終わったので、『マゴス』を攻略するためのパーティーである『ラヴァ』は解散することにした。
これはナダが最初から告げていた『ラヴァ』に入る条件でもあった。
「なんかこうしてみると寂しいわね。このパーティー、もしかしたら今のパライゾ王国のパーティーで最も強いかも知れないのに」
「そうかもな――」
ナナカの意見は最もだったのでナダは頷いた。
まだまだ新鋭であるが、英雄が三人も所属し、その他の冒険者も選りすぐりが集まっている。超遠距離攻撃こそシィナやニレナしかいないものの、単純な火力ではパライゾ王国でも屈指だろう。
「でも解散するんだろう?」
ハイスが節目になりながら言った。
「当然だ――」
だが、解散に関して、ナダに後悔はなかった。
それは『ラヴァ』を作った時にも考えていた事だが、迷宮の完全攻略を考えた時に、それに適したパーティーメンバーを選ばないときっとどこかで躓くと思ったのである。例えばマゴスの場合はシィナだ。彼女の水のギフトがなければ、ナダ達は水の中に挑むことすら出来なかった。
そしてこの先の迷宮も同じだろう、とナダは思っていた。その確信がノヴァから得られた情報にはあった。
「解散する理由は他の四大迷宮の攻略の為か?」
オウロが予想を立てる。
「その通りだ」
だから、新しい迷宮の攻略の為に、ナダは新しいパーティーを作らなければいけなかった。
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本当は昨日の書籍版の発売に合わせて第四章も完結予定だったのですが、間に合わなかったのでもう少し毎日更新を続けようと思います。
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