第百二十九話 神に最も近い石ⅩⅩⅨ
「でもね、確かにモンスターの個体は一緒だけど、少しだけ容姿が違うわ。首だけ刈り取っているけど、どれもこれも新種か、亜種だという研究結果が出る筈よ。詳しく調べてみないと分からないけどね」
だが、ナナカは本能ではここが『ポディエ』だと思いながらも、理性で否定する。
ラルヴァ学園の学生として、『ポディエ』に八年間潜ったが、どれも今のような個体は見た事がなかった。通常種とはどこか違う部分があったのである。
同じく『ポディエ』に長年潜った冒険者として、ナダやオウロ、ニレナやカテリーナもナナカの意見には同調する。彼らも見た事がない個体ばかりであり、唯一知っているのが『アズゥ・フェニックス』ぐらいであるが、その個体も以前にアギヤで出会った個体と同じなのかは確証が持てなかった。
七人はそれからもモンスターを倒していく。
やがて、また新しい扉に出会った。
無機質で、何の特徴もない扉だ。周りの壁と違うところは、隙間があることとそこが行き止まりな事だ。
また“あの光”に出会うのだろうか。人を英雄にし、人に神を降臨させた光を放つ“あの光”に。ナダはおそるおそるけれども扉を開けないと言う真似はせずに、何の躊躇もなくその扉を開けた。
「……何もない、わね」
ナナカが扉の先の暗闇を見ながら何の感慨もなく言った。
扉の先にあったのは、これまでと変わらない道だった。モンスターも見る限りいない道である。
ナダ達はその先へと進む。ある程度進むと、風が吹いた。前からである。それと共に開いた扉がばたん、と閉まった。これまでに開いた扉もこのように閉じたのだろうか、そんな疑問をナダは浮かべながらまた先へと足を進める。幾つかの通り道に出くわすが、紋章などの目印はなく、風が前から吹いている方へと向かう。迷宮内で出口に困った時は、風の吹いてくる場所が出口に近いと言われている。理由としては地上から舞い込む風が迷宮内の奥深くまで続いていると言われている。
暫くしてモンスターとまた出会った。
今度の敵は、狼、蜘蛛、豚、どれもよく見たモンスターであった。始めは見た事のない体色や特徴があったが、徐々にそんなものはなくなり、これまでに見知ったモンスターばかりになる。
イポポタモは体が小さくなり、セルヴォは雷を纏る事はなく、バフォムトは武器など使えずに爪で攻撃するのだ。
七人はもう一度ここが本当にポディエなのかどうか確認したくなった頃、五人組の冒険者に出会った。
“屈強な鎧”を身に着けたまだあどけない顔をした冒険者達だった。
「いい所で出会った。ここはポディエか?」
ナダが聞くと、五人のあどけない冒険者は顔を合わして怪訝そうな顔をする。
「そうだけど……どうしてそんな事を聞くんだ?」
先頭にいた銀色の鎧と赤いサーコートに身を包んだ男が言った。勝気な顔をしており、どうやらそれなりに優秀な冒険者のようだで、五人組のリーダーらしい。
「お前、まさか、ヴァラオか?」
そんな男とナダの間に出て来たのがオウロだった。ヴァラオという勝気な男を懐かしい目で眺めている。
「オウロ先輩! どうしてそんな恰好でポディエに!」
どうやらヴァラオはオウロの後輩だったらしく、先ほどまでのナダへの高圧的な態度とは違い、オウロにはすぐに頭をぺこぺこと下げた。
「ちょっと訳があってだ。それより、ヴァラオは相変わらず頑張っているのか?」
「はい! オウロ先輩の教え通り、このようにパーティーを組んで今では深層にも潜れるようになりました。まだまだ危なっかしい所もありますが、日夜自分たちの足元を確かめながらゆっくりと迷宮探索を頑張っています!」
どうやらヴィラオは半年ほど前まで、オウロのパーティーに所属していたようだ。彼がオウロのパーティーから離れたのは、オウロが卒業に合わせてパーティーを解散するタイミングだった。まだ四年生だった彼はそれと同時に、自身をリーダーとするパーティーを作った。それがこの五人のパーティーだとオウロが紹介した。
「あー、ヴァラオ。懐かしいわね。オウロの秘蔵っ子じゃない。凄く気に入っていた後輩で、かなり“有能”だった。ギフト使いでもあったわよね?」
オウロの紹介を受けて、同じ時代にトップを争っていた冒険者だったナナカは当然ながらオウロのパーティーメンバーも全て把握していた。優秀な冒険者なら尚更よく調べていたのだ。
「ナナカ先輩にまで覚えて頂けてたなんてとても光栄です!」
ヴィラオはナナカにも低い頭で接する。どうやら彼にとってはオウロと同じく学園でも屈指の実力を誇っていたナナカも尊敬の対象らしい。
「……ナダの名前は隠されているの?」
ラルヴァ学園で同学年のナナカ、オウロの名前が有名なのに対し、ナダの名前と姿が全く知られていない事を不思議に思ったシィナが小声で言った。
「俺は三年前に特例で学園を卒業したからな。それに俺は勇名より、悪名の方が有名だ」
ナダはオウロの後ろに隠れながらシィナに小声で返事した。
ナダとしても、この結果は妥当だと感じている。何故ならナダはもう学園を離れて随分と経つ。きっとナダの名など、学園では既に消え去っているだろう。既に学生という見習いの立場ではないのだから。
それから少しの間、オウロとヴァラオの間で会話があった。
簡単な近況報告とオウロが欲しい迷宮の情報を手に入れた。特に迷宮の情報は大切だ。現在の『ポディエ』の道、出現するモンスターとはぐれ、それに現在の時間までオウロは聞いた。
「そう言えばオウロさんはどうして『ポディエ』にいるのですか? 確か『マゴス』へと挑戦するためにオケアヌスへと言った筈じゃあ……」
当然なヴィオラからの質問に、オウロはナダへと視線をやった。どうやって返事するか悩んだのである。
ナダは口に人差し指を立てた。真実を語るのは止めたのだった。
「新しいパーティーを組んだから、マゴスの装備で『ポディエ』に腕慣らしに来たんだ」
「なるほど! そうだったのですね! それじゃあ邪魔するわけには行けませんね! またお会いしましょう!」
「ああ――」
そう言って、ヴィオラたちは迷宮の奥へと消えていく。
彼らから知ったのは、ここはどうやら深層であるらしい。
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本作品の書籍版が10月30日に発売予定するので、それに合わせて第四章を完結させるつもりだったのだが、間に合いそうにないのでもう少し続くと思います。




