第百二十六話 神に最も近い石ⅩⅩⅥ
アレクがいなくなった後、ニレナは大きく息を吐いてから、詰まらせるように言葉を出した。
「あれが……アレキサンドライト様ですか?」
「ああ、そうだぜ」
「よく対等に話せましたわね――」
アレクがいなくなったことで、ナダ以外の『ラヴァ』のメンバーはやっと口を開くことが出来た。アレクが登場してからいなくなるまで誰も声を出すことが出来なかったのである。
ニレナとしては、アレク自身は優しく話している筈なのに、まるで生殺与奪の権利を握られたかのようだった。
アレクから感じる規格外な“圧”はこれまでに出会ったナダやマナなどの英雄とは違った。
初めてに思えるほど――恐ろしかった。どんなモンスターよりも、例えば戦った中で一番強かったモンスターであるダーゴンやヒードラでさえも、きっとアレクの前では芥塵に等しいと思えた。
「まるで、モンスターより恐ろしいものに出会った、というのが素直な感想だな。単純に勝てない、と思ったのはアレキサンドライト様が初めてだ――」
オウロもニレナと似たような感想を言った。
オウロにとっては、まるで心臓を握れられた感覚であった。心臓が“熱”を発する石となったことで英雄となり成長した筈なのに、それよりも上の英雄であるアレキサンドライトとは、確かな差を感じてしまった。
例えるなら、まだ物心つかない幼き頃に訓練をつけてくれた叔父であるロドリゲスの前に剣を持って立った時だろうか。どう足掻いても歴戦の冒険者であるロドリゲスに、幼いオウロが勝てるわけもない。だが、それでも立ち向かい、剣を振るう事を義務付けられたオウロは、剣を振るったままロドリゲスに遊ばれるかのように負け続けた記憶がある。
その時の最初の戦いに感じた差が、今の自分とアレキサンドライトの間にあると思ったのである。
もしもアレクと試合をしても、勝てるとは到底オウロには思えない。
『ラヴァ』のメンバーで挑んでも同じ結果だろう、と思った。
「……そうだな。アレクは強いよ」
「多分、皆が言いたいのはそう言う事じゃないと思うんだけど、まあ、いいわ。この道を進めば帰れるのよね?」
先がないと分かった以上、余分な迷宮探索をしたくないナナカは、先が暗い洞窟を覗きながら言う。
「そうみたいだな。行きより帰りが早かったらいいけどな――」
ナダはわざわざ顔を出してくれたアレクに感謝した。
もし、アレクがこの洞窟を教えてくれなければ、この『スルクロ・ファチディコ』にある幾つもの洞窟を渡り歩いていたのかもしれない。まだ見ぬ先を求めて、全ての洞窟を練り歩くのである。十分な食料や水は残っているが、それがどれぐらいの冒険になるのかナナカには分からなかった。場合によってはマゴスに戻り、地上に帰ると言う選択肢もあっただろう。
「行ってみたいと分からないな。ここから先は『スルクロ・ファチディコ』じゃないんだろう? なら、モンスターが現れる可能性があるな――」
「とすれば、やはり緊張感が必要だな。私が前に行こうか? 反応速度には自信があるぞ。それに私のアビリティは明かりにもなるからな」
ハイスが洞窟の先を危惧し、カテリーナが今後の冒険について提案した。
ハイスの意見についてはこの先の迷宮が『マゴス』なのか、それとも『スルクロ・ファチディコ』なのか、もしくは全く別の迷宮なのかはナダには分からなかったから何とも言えなかった。だが、カテリーナの意見については、ナダは採用する。自分が先頭に立って戦うよりも、先が見えない場合においてはカテリーナの方が有用だと思ったのである。
「じゃあ、行こうか――」
ナダの声と共に、『ラヴァ』は洞窟の中へと足を踏み入れていく。
中は乾いた土で出来た洞窟であった。ぽつぽつ、と道の脇に生えた白い花が洞窟を照らすのである。だが、全てを照らすほどその花は多くない。先にある闇はよく見えない。
「何があっても、初太刀は成功させるつもりだ。だが、その後は頼んだぞ――」
カテリーナは『光の剣』を纏ったままの剣を松明代わりに前へと出しながら、先へと進む。
意外にも七人の足並みは早かった。慣れた道のりだからだろうか。今まではマゴスの水の張った石畳みという、特殊な環境でずっと冒険してきた。だが、ここに来てとてもシンプルな土の足場という慣れた場所を冒険しているのだ。
「まるでポディエを思い出す。懐かしい――」
先頭を歩くカテリーナは軽い足取りで進む。
彼らが今歩いている迷宮は、とてもポディエに似ていた。土と石で出来た通路に、光る花で照らす迷宮だ。土の乾いた香りがナダ達の鼻孔を刺激する。最も嗅ぎ慣れた匂いである。
『ラヴァ』のメンバーの中で、ハイス以外はラルヴァ学園出身なので、人生で最も潜った迷宮はポディエだ。故郷と同じような迷宮である。
これまでの経験からか、六人の足取りは自然と早くなり、彼らに着いて行くようにハイスも足を速く動かした。
七人の歩く通路は徐々に坂道となって登るように伸び、段々と広くなっていく。最初は一人通るのがやっとだったのに、今では七人が横に並んでもあまるほどの広さだった。
それに花の本数も段々と多くなった。最初は道の端を少しだけ照らすだけだったのが、今では壁や天井にまで花は広がっている。先を見通すことはまだ叶わないが、それでも最初と比べると光は十二分に広がったのでカテリーナは剣に纏わせていた光を霧散させて、力を蓄える事にした。
ハイス以外の六人は、よりポディエのような迷宮だと思った時、オウロが足元に紋章を見つけた。
「まさか、これは――!」
危険な迷宮内である筈なのに、オウロは足を止めてその紋章を覗き込んだ。
「それは?」
ナダの質問に、オウロは“黒山羊の紋章”を指差しながらこう言った。
「――黒騎士の紋章だ。それも方向は先を向いている。つまり、先ほどまでの道と同じように、ここを黒騎士が通ったという事だ」
オウロは紋章を吟味していた。
ナダもオウロの言葉を受けてから、黒山羊の紋章の近くを探してみるが、どうやら近くに龍の足跡はないようだった。ここにあるのは黒山羊の紋章だけだ。
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ちなみにナダだけではなく、イリスやニレナなどのイラストも見れますので是非見て頂けると幸いです!




