第百二十五話 神に最も近い石ⅩⅩⅤ
アレクは『ラヴァ』のメンバーを引き連れたまま、迷宮の中を進む。どうやら目的があるようで、迷いなく前へ進んでいた。
周りの風景は変わらない。灰色のままだ。通り過ぎる牛頭のモンスターはどれも動く様子がなく、アレクは腰の剣すらも抜かなかった。ナダ達を見ながら後ろ向きに前へと進む。どうやら動かないモンスター達は、冒険者を襲う事はないとアレク自身も確信を持っているようだった。
「ここはね、『スルクロ・ファチディコ』という迷宮だ――」
アレクはナダ達に分かりやすくなるように天井の光の帯を指差した。
「初めて聞く迷宮だ」
ナダは学園の授業で幾つもの迷宮を習った。
インフェルノにある『ポディエ』から始まって、ミラにある『セウ」や王都にある『インペラドル』。その他にも『マゴス』、また今ではもう入り口が消失した迷宮の名前も知っているが、その中に『スルクロ・ファチディコ』という迷宮はなかった。
どうやら現代においては、存在自体が”なかったこと”にされた迷宮のようだ。
「――簡単に言えば迷宮と迷宮を繋ぐ通り道で、あの天上にある輪が迷宮を繋いでいる、と言われている。ここからは線にしか見えないけどね」
アレクの口ぶりでは、光の帯が円になっていることを直に足で確かめたような口ぶりだった。
「じゃあ、あの奥へは?」
「そこからが――次の迷宮さ。アダマスさんが地上の迷宮を全て制覇した後の迷宮。過去において、アダマスさんだけが目指した迷宮。俺でも挑戦することすら叶わない場所さ」
アレクの言葉に『ラヴァ』の誰もが後ろを向いた。
かつての大英雄の道の果てが、目の前にあるのだ。冒険者なら一度は目指してみたい誉れでもあった。そんな中、ナダはあの奥が自分の目的の終着点だと思うと、今からすぐ挑めない事が非常に残念であった。
「どうしてあの先には行けないんだ?」
ナダには不思議だった。
この迷宮にいるモンスターが動かない事も、先に続く道が閉じている事も。その理由をきっとアレクなら知っていると思った。
そんな口ぶりのように感じていた。
「この迷宮はね、“封印”されているんだよ」
「封印?」
「ああ、そうだ。もしくは閉じている、と言ってもいい。この迷宮は訪れる事が出来るが、“攻略”することが出来ない。どうしてこうなったかは分からないが、開く方法なら知っている」
「どうしたら開くんだよ?」
「ナダには前に言っただろう? 地上に戻って、四つの迷宮に潜れば全てを知る事が出来ると。四つの迷宮の踏破が――鍵さ」
アレクは遠い目をした。
もしかしたらアレク自身もこの迷宮の先を自分たちよりも遥かに長い年月をかけて探し求めているのかもしれない、とナダは感じた。
「だから俺に四大迷宮の攻略を、と?」
「そうだよ。病の完治の為に、アダマスさんの後を追うんだろう?」
「……ああ」
「ナダがどこまで行けるかは分からないが、その道を目指すのならば四大迷宮の突破失くして“先”には行けないからな」
「それは、そうだな――」
ナダは足元の灰色の道を見た。自分が目指す道とは逆の道、本来の目的である迷宮の深奥の“さらに先”からは遠ざかっているのに、この道が自分の目指す道に続いていることを再確認するように強く踏みしめながらアレクの後を追う。
崖を登るのである。先ほど降りて来た崖とよく似ていた。
まるでこの道はこれから先の苦難を現しているかのように、ナダは感じていた。いや、きっとこれよりも厳しい道なのだろう、と思う。
「あの先が、帰り道だ――」
アレクは『ラヴァ』の七人を連れて、ナダ達が出て来た洞窟とよく似ているが、別の洞窟なのは確かだ。ナダは『マゴス』から『スルクロ・ファチディコ』に出て来た洞窟をよく覚えている。
「帰れ、と?」
「いや、違う。他の三つの迷宮の攻略をするんだろう? アダマスさんの後を追うために」
「……そうだな」
「じゃあ、地上に戻るんだ。あの三つの迷宮は、地上からしか挑めない。吉報を待っているよ――」
まるで出来の悪い後輩を見守るかのように、アレクは優しく笑った。
そんな笑みを見つめていると、アレクに一切の邪心が無いのは明らかに分かった。どの言葉もきっと自分を思っての言葉なのは、ナダにとっては痛いほどよく分かった。
だが――
「――一つ、聞きたい事がある」
質問は沢山ある。だが、どうやらアレクも忙しいのはナダにも分かっていた。この場所まで案内したアレクは、すぐに別の場所へ移動しようとナダ達に背を向けたからである。
「一つだけなら、聞こう」
アレクは振り返って、ナダへと人差し指だけ上げた
「アレクは、アダマスの後を追っていないのか?」
もし追っているなら、四大迷宮の他の三つを攻略する手助けになると思ったのだ。自分よりも遥かに強い英雄であるアレクの力を借りる事が出来れば、攻略が捗るのである。
だが――
「――追っていない。オレにはオレの冒険がある。それはアダマスさんの道とは違うものだ」
「そうだろうと思ったぜ」
――ナダはアレクの返答を分かり切っていたかのように頷いた。特に感情が湧かなかった。残念とも、悲しいとも思わなかったのである。
何故なら、アレクと出会った時の服装が汚れていたからである。今も綺麗にはなっていないが、アレクの服をよく観察すると血で汚したかのような赤い跡が点々とついている。きっと血で汚した後に水で洗ったかのようだ。
ナダが会った時と服装は変わっていないのだから、そんな跡があるとすればどこかで攻略に勤しんでいたことは考えるまでもない。それもアレクのような英雄が苦労するほどの迷宮探索なのだ。どんな場所なのか、ナダには想像すらつかなかった。きっと一分一秒を勤しんで挑戦しているのだろう。今の自分と同じように。
「それじゃあ、また会おう、ナダ――」
「ああ、またな――」
アレクはナダ達に背を向けて、右手を軽く上げて坂を下りていく。
ナダはその後ろ姿が見えなくなるまで、その場で彼を見守った。その姿は、きっと自分が目指す姿なのだろう、と思った。
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