第二話 貴族
昨日は更新できなくて申し訳ありませんでした。
ちょっと間に合いませんでした。
貴族と冒険者の繋がりは昔から深い。
過去にカルヴァオンを買い取る業者などがいなかった頃。冒険者は領地経営をする貴族に直接カルヴァオンを売っていた。モンスターから産出されるカルヴァオンは薪や炭よりエネルギー効率が高く、また火力も高く、さらには錆びたりしけったりすることがなく、どんな状況でも安定した火力を供給出来るのでカルヴァオンは古来より重宝されていた。
もちろん日々の家事から家内を温める燃料は当然のこと、武器を作る際の火力にも燃やせば薪より温度が高くなり、また簡単に火のつくカルヴァオンを利用することは多かった。
貴族にとっても、多大なカルヴァオンは資産になると同時に、領地改革にも手を伸ばすことができる。
生活水準を向上させて領民の機嫌をとったり、もしくは武器などの新しい事業に手をかけたり、また森を切り開くための燃料としてカルヴァオンを使うこともあった。
昔から、貴族は冒険者を、それも優れた冒険者を欲している。
今でも自分の次男や三男を、もしくは次女や三女などを冒険者にする貴族の家は多い。もちろん彼らが大成するために、親は多大な援助をすることは多々ある。もし彼らに冒険者としての芽が出たら、どこの馬の骨かわからない冒険者を雇うよりも話が早い、ということもある。
もちろん、そうでなくても優れた冒険者は引く手あまただ。
そんなことをナダは考えながら貴族に指定された場所を目指す。
貴族と冒険者の繋がりが浅くないことぐらいナダも知っている。
ナダの知人であるイリスも貴族の一人であり、確か彼女の話では実家であるスカーレット家は昔から家の兄弟から冒険者を出すのが習わしになっていると聞いたこともあるほど、冒険者を欲している貴族は多いと聞く。それは多数の冒険者を抱えている大貴族であるスカーレット家であっても、だ。
過去に聞いたイリスの愚痴の中には、実家に帰る度に母親から優れた冒険者を落としてきなさい、との話が鬱陶しい、ということを聞いたな、とナダは思い出す。その時の彼女の顔が非常に滑稽だったな、ということはナダは今でも面白かったな、と思っていると、お目当ての場所についた。
そこは貴族街だった。
学生都市でもなく、トロやトーへにもそれぞれ近いインフェルノの中心部に貴族街は存在する。そこはもちろん貴族の大きな屋敷が立ち並び、一般人なら恐れ多くて立ち寄らないような場所だが、優れた冒険者は彼らの屋敷で開かれるパーティーに参加することはあるという。
その中でもナダのお目当ての場所は、周りにある家と比べると少しだけ屋敷が小さく、庭も狭かった。インフェルノにある屋敷の大きさと、その貴族が持っている権力は比例しているとナダは過去に聞いたことがあったので、どうやらナダを呼び出した貴族の力はそれほど大きくはないらしい。と言っても、貴族は貴族だ。金属製の大きな門の先には、数々の薔薇などの庭園があり、その奥に見える屋敷はナダの住んでいる場所と比べると遥かに大きい。
それがナダを呼び出した――スピノシッシマ家の屋敷だった。
ナダはその屋敷の前につくと、すぐに呼び鈴を鳴らす。
呼び鈴がなると先ほどまで庭にいたであろう女中がこちらへと向かってくる。彼女はメイド服を着た妙齢の女性で、黒髪は後ろで一つに纏めていた。さらにメガネをかけており、知的な女性にナダは見えた。
「お待たせして申し訳ありません。今日はどういった御用でしょうか?」
そのメイドは門の前まで立つと、ナダに軽く一礼をしてからゆったりと口調で話しだした。
「俺はナダと言うんだが、こういった物を貰ったから来たんだ――」
ナダは門の隙間からスピノシッシマ家の家紋が入った手紙を、メイドへと渡した。
するとメイド服の彼女はすぐさま「失礼します。少々こちらでお待ちください」と屋敷へ走るように戻って行った。
数分も経たずに彼女は一人で戻ってきて、ナダは門を通された。
美しい色とりどりの薔薇が並ぶ庭園をナダは抜けていく。通る途中には、薔薇のいい匂いがナダの神経を落ち着かせる。この時、少しだけナダが緊張していたのは確かだ。
実はナダが貴族の屋敷に入ったことはこれが初めてではなく、ナダがアギヤに所属していた頃にイリスなどの当時のメンバーと、当時のパトロンが開いたパーティーには参加したことはあるが、これからの冒険の算段など貴族と話したことはなく、今回のように直接貴族と対談するのは初めてだった。
そしてナダは屋敷に入ると、大きなシャンデリアが彼を見下ろす中、メイドに案内された応接間に通された。
そこは大きな窓から薔薇の庭園が一望できる場所で、屋敷としては二階にあった。中は二人が並んで座れるソファーが向かい合うように置かれており、それほど大きい部屋ではない。
メイドが言うにはすぐにここに当主が来るとのこと。
しばらく待っていて欲しい、と紅茶を出されて、メイドはすぐにここから出て行かれた。
ナダは出された紅茶に味を整えるために砂糖を一杯だけ入れて、熱い紅茶を一口だけ飲んだ。
そして数分たち、ナダが入ってきた扉がノックされた。
「お待たせしたぞ――」
そういった声は、非常に高い声だった。
高い声だったのだ。子供のように、しかも女児の声であり、まだ声変わりもしていないような幼い声だった。
実際に入ってきた人物も幼かった。
年としては十二歳ぐらいだろうか。長い黒髪を編んでおり、薄い唇が可憐な印象を生む少女だった。青いドレスを着ていた。数多くの刺繍が施され、幾重にも重ねるように編まれてレースの入ったそれは、学のないナダにも一目で高級な物だというのが分かる。さらに彼女は後ろに老齢の執事を連れているのに、背筋を伸ばした不遜な態度はどう見てもナダの知っている貴族の立ち振舞だった。
彼女がナダの向かいのソファーに座ると、後ろで控えたように執事が立った。その執事は片眼鏡をつけており、顔には年季の入った皺、さらには頭には白髪が混じっている。
ナダは目の前の貴族の少女、並びに、執事を見ながら、傲慢な態度と分かっていようと恐る恐る口を開いた。
「で、お前のお父さんは?」
「おらぬ。今回、お主と話すのは儂じゃ――」
少女は美しい姿勢で座ったまま、ナダの発言を毅然と返した。
ナダは初めての貴族との対談がまさかこんな少女か、と複雑な思いを持ちながらゆっくりと前かがみになって、手を組みながら軽く少女を威圧した。
もしかしたら、これは彼女の父が少女に貴族としての教育を学ばせるためにわざわざ自分という冒険者を相手にしたのかも知れない、とナダは予測する。
「で、今回の用は?」
ナダはあくまでお客として来た立場なので、弱みを見せぬように少女へと語尾を強くしながら言った。
「その前に、まずは初めに自己紹介をしようかのう。儂はカノンという。スピノシッシマ家の一人娘じゃ――」
だが、ナダの威圧に怯む様子は全くなく、彼女は凛々しく言う。
「俺はナダだ。ただのナダだ」
「うむ。お主の名は聞いておるぞ」
少女はナダの名前を聞いて、少し嬉しげになった。
ナダはそんな彼女の様子に違和感を覚えながら、さっさと本題に入ることにした。
「で、今回、俺を呼び出した理由は?」
ナダの予想としては、スピノシッシマ家が御抱えの冒険者と新しく組むパーティーへの誘い、もしくはどこかのパーティーに自分が入るという勧誘だろうかと思ってしまう。
冒険者としては輝かしい力を持っているわけではないが、ナダは輝かしい経歴だけは持っている。
学園に入ってわずか三年と数ヶ月でアギヤという学内でも非常に地位が高いパーティーに入っていた。アギヤにいた時の功績としては、まだ三学年だというのに、イリスというリーダーに引っ張られ最年少で五十階層を突破し、イリスの伝説の一つである七十階まで潜ってドラゴンを倒して地上まで戻ってきた最速記録を達成した時も、ナダはアギヤに所属していた。さらにイリスの功績は数多くあるが、その幾つかにはナダも助力している。
さらには先日のガーゴイルだろうか。
後にダンから聞いた話だが、ナダがほぼ単騎でガーゴイルを撃破したということは色々と尾ひれが付きながら学生だけにとどまらず、トロやトーへを優先して攻略する冒険者にも伝わっているらしい。
尤も、その噂と同時に、ナダに纏わる不吉な噂も流れているので結果としてはマイナスに近い評価らしいが。
そんな話を聞いて勘違いした貴族が、自分を誘ったのだろうか、とナダは考えた。
「うむ。儂はな、お主が欲しいんじゃ――」
カノンは幼きながらも非常に魅力的な笑みをしながら言う。
ほら来た、とナダは自分の予想が当たった。
「欲しいって、どんな風に?」
だからこそ、戸惑わずに聞けた。
「うむ。儂と――契約を結んで欲しい」
「契約?」
ナダは首を傾げた。
誰かとパーティーを組むのに契約なんているのだろうか、とナダは不思議に思う。もしかして迷宮に潜った際の報酬の配当などだろうか、と思ってしまった。
「儂はのう、お主のパトロンになりたいのじゃ。じゃから、儂と“専属契約”を結んで欲しい――」
ナダも専属契約のことは知っている。
貴族は安定したカルヴァオンの供給を望んでいるが、冒険者の提供するカルヴァオンはいつも安定しているとは限らない。急にダンジョンに現れた“はぐれ”モンスターにより、下位の冒険者の迷宮探索が困難になったり、または内部変動によって迷宮探索が困難になったり、冒険者たちの急な怪我なのでカルヴァオンの供給が落ちることもよくある。
その時にはカルヴァオンの相場が跳ね上がることはよくあるのだ。
だからこそ、貴族は冒険者を欲しがる。
それも自分と契約をした。
自分と契約をした冒険者とは契約内容によるが、カルヴァオンの量や比率に合わせて、両者の間だけで相場を固定する。これは貴族にも、冒険者にも利点が多い。貴族は安定したカルヴァオンを受給できるのがメリットだが、冒険者もこの契約によって安定した給与が得られることが出来る。
何故なら確かに貴族の出した金額よりもカルヴァオンの値段が一般に流したほうが高価になることもあるが、逆にカルヴァオンの供給が過多になり、冒険者のほうが不利益を被ることも多い。
だからこそ、冒険者も安定した給与のために貴族と契約を結びたいものが多い。どれだけカルヴァオンを取れば、どれぐらいの収入が見越せるかがおおよそ分かれば、新しい武器の買い替え時期などの今後の予定が組みやすいからだ。
また、契約によるが、冒険者を迷宮探索に集中させるため、カルヴァオンの引き取り価格は若干下がるが、武器の補修や新しい防具などを貴族側が提供することもあるらしい。その場合、貴族側もお控えの鍛冶屋を使えて、また冒険者側も自分で財政管理をすることがなく、武器や防具のお金がかからないとなると、多少カルヴァオンの値段が下がっても結果的にはお金が浮きやすいらしい。
そんな風に双方ともに利点が多い契約を望むものは多いが、冒険者に実力が伴っていない場合だと、上手くいかないようだ。何故なら初級者の冒険者だと、すぐに怪我や病気などで迷宮探索が困難になる。そうなると、貴族側も彼らを雇うメリットが少ないのだ。
ナダとしても、この話は凄くおいしい。
今のままだと、パトロンどころかまともなパーティーを組むのも難しい。
冒険者になってからソロが多いナダだが、やはり生存率や冒険効率を考えると誰かとパーティーを組んだほうがいいのは確かだ。もちろんそのメンバーがギフトを持っていたり、優秀なアビリティを持っていたりすると迷宮探索が捗る。
それにパトロンがいることで、未だパトロンがいない冒険者にとってはパーティーを組む際に有利な利点はずだとナダは考えた。
自分のような貧乏くじを引いてくれるなら、ぜひ引いてくれ、という答えにナダは達した。
「いいぜ。別に――」
となれば、ナダの返事は決まっていた。
「おお。そうか! それは良かった」
カノンはナダの色よい返事が聞けると、机に手をついて大きく身を乗り出しながら喜んだ表情を見せる。
「ただ、俺は仲間がいない。パーティーも組んでいない。今はソロで迷宮に潜っている。それでもいいんだな?」
「うむ。それは儂も分かっておる。お主も色々と黒い噂が絶えないが、過去の実績から見て、実力は申し分ないと儂は思っておる」
どうやらこの契約にはカノンも不満はないようで、ナダもそれには安心する。
「じゃあ、もちろんカルヴァオンの量やその際の費用について話しあおうぜ。もちろん、いくつかの条件はそちらも用意しているんだろ?」
ナダがそう言うと、カノンはすぐ後ろにいた執事に声をかけて書類の束を持ってきた。
その中には迷宮内で手に入れた素材の大まかな引き取り額、さらには月に供給してほしいカルヴァオンの量など、様々なことがグラフと共に書かれてある。やはりカルヴァオンの量も、夏より冬のほうが需要が高いようで、確かに値段は安定しているが、月によって些細な差が出るようだ。
それよりも、ナダには気になることがあった。
「おい。ここの金額、学園のとあまり変わらねえぞ――」
ナダはその中でも、最も重要なカルヴァオンの引取額に指を指しながらカノンに聞く。
現在の安定している学園の引取額とあまり変わらないのだ。いや、それよりも少し安くもある。
「うむ。分かっておる。その条件を飲んでもらう代わりに、こちらも交換条件も付けた」
ナダの指摘にカノンの表情は変わらなかった。
むしろ、そこを指摘されるのを待っていたような口ぶりでもある。
「……言ってみろ」
ナダは少し不安を抱えながら言った。
「――儂との婚約がその対価じゃ。どうじゃ? このぴちぴちの身体に惹かれるじゃろ?」
カノンは椅子から立ち上がって、胸を張りながら堂々と告げた。
どうやらこの取引によほどの自信があるようだ。
「十年経ってから出直しやがれ――」
だが、ナダはそんな彼女の提案をぴしゃりと断った。
「な、何じゃと!」
そんなナダの答えを予想していなかったのか、カノンは歳相応のうろたえた顔が伺えた。
ナダはそんなカノンを見ながら小さくため息をつき、どうやら貧乏くじを引いたのは自分のほうだったことに気づく。