第百二十三話 神に最も近い石ⅩⅩⅢ
ナダ達は大きな空間に足を踏み入れた。
新しい空気がナダ達を包み込む。
ナダは迷わず足を踏み入れたが、ナナカは一歩踏みとどまったようだ。だが、他のメンバーに釣られる形で新たな地に足を踏み入れた。
そこはマゴスで皆と沈んだ湖よりも、広い空間と言ってもよかった。空のように高い天井。果てしなく続く道筋。ナダ達が出て来た入り口から、地平線が見えるほどの広さがあった。
だが、ナダ達の目を引いたのは大きさではなく、天井で空間全体を照らしている光の帯だった。弓状のそれは、まるで夜空に浮かぶ大きなミルキーウェイのようであるが、よりはっきりと、より大きく、そして弧を描くような形をしている。
それが照らす大地は、灰色をしていた。でこぼことした岩の上に、幾つもの岩を積み上げたものが街路樹のように立っている。非常に無機質であり、それ以外には草一つ生えていない寂しい場所であった。
そんな崖の上に、ナダ達は立っている
ナダ達が見下ろすのはそんな大地であり、遠くにはモンスターと思しき影が幾つも見える。だが、どれも遠くにいるのでモンスターの姿かたちはよく分からない。ただ、これまでの道とは違い、いるのは確かであった。
「あれが、マゴスの先にいるモンスターか?」
ナダは目を細めて先を眺める。あのモンスターが今後超えるべきモンスターなのか、と思うと自然に肩に担いでいる青龍偃月刀を持つ手に力が入る。体が滾るのだ。どうせ自分はあのモンスターを越えなければならないのだから。
「そうだろうな。やっと、ちゃんとした迷宮に来たという感じがするが、ここはもうマゴスじゃないみたいだ」
ハイスはいつの間にか木製で円錐形のものを取り出して、目に当てている。望遠鏡だ。高価なものであるが、高給取りである冒険者に買えないものではなかった。
「何が見えますの?」
「モンスターだ。大きな棍棒を持っているぞ。オークか? いや、違うみたいだ。まるで牛のような顔をしている。頭に二本の角が生えているんだ。それが数体、いや、もっといるだろう。迷宮内を歩く様子もなく止まっている。まさか彼らも石になっているのか?」
ニレナの質問に、ハイスは丁寧に答える。
冷や汗をかいているのは、そのモンスターを強敵だと判断したからだろう。
「どうだろうな。でも、不自然なほどに動かない。
ナダも右手で輪っかを作ってハイスが見つけたモンスターを覗き見る。こうやって見ると、遠くまでよく見えるような気がするのだ。
ハイスの言う通り、そのモンスターは額に大きな二本の牛のような角を生やした醜悪なモンスターだった。黒い体毛を生やしており、両腕と両足は牛のように太く発達しているが、人のような二足歩行だ。手に持っている棍棒はとても太く、木製だとしても凄く重そうであった。
そんなモンスター達は時が止まったかのように全く動かない。迷宮内のモンスターは基本的に徘徊している。その場に立ち止まるモンスターもいるが、そういうのも呼吸を行っているので体が上下にかすかに動いている筈である。
だが、そのモンスターは全く動いていなかった。まるで石のように固まっている。
「不思議なモンスターだな。これが、迷宮の奥のモンスター、なのか――」
オウロはそんなモンスターを見て、足が震えていた。きっと武者震いだろう。新たなモンスター、新たな迷宮の姿、それらにわくわくしない冒険者などいない。オウロは決して金の為だけに冒険者になったわけではないのだから。
「この先を……進む……」
シィナは他の仲間と同じように横に並んで、先を見据える。その足はどこか浮足立っていた。わくわくしている、と言ってもよかった。ダーゴンを倒した事で様々な柵から解放されたシィナは、新しい冒険を純粋に楽しんでいると言ってもよかった。
「まさか私がこんなところに来れるとは、な――」
そんな中、遠い目をするのがカテリーナである。
彼女は夢にいるような感覚だった。
「どうしてそんなに嬉しい顔をしているの?」
そんなカテリーナの変化に気づいたナナカ。
「ナナカは楽しみではないのか? ここは英雄たちが通った道のりだ。かつての英雄伝説の一部を私たちは歩いているのだぞ。冒険者ならこれに喜ばなくて何を喜べばいいのか?」
「確かにそうかもしれないけど……この禍々しいような雰囲気には何にも思わないの?」
「肌がぴりつく感覚はある。だが、それを乗り越えての迷宮探索こそ、冒険者の醍醐味ではないのか?」
「そうなのかな?」
「私はそう思うぞ」
「そっか! 分かった!」
カテリーナの言葉に触発されたナナカも輝いた目をして、新しい迷宮を見つめた。
「で、だ。どこから進むか、だな。やはり広いな。ここはミラみたいだ。あそこの方に先に続く道らしきものがあるが、それが果てしてさらに奥へ行く道なのかどうかだな――」
ハイスは望遠鏡で周りを見比べていく。多数の牛頭のモンスターの他に目ぼしいモンスターは見当たらないが、警戒心は怠らない。ここは迷宮を超えた先にある迷宮なのだ。どんなトラップやモンスターが待っているかが分からない。
「迷宮には様々な分かれ道がある。上に続く道も、下に続く道も。やはり探すのなら、アダマス様の紋章か――」
オウロは行くあてのないこの迷宮だと、やはり信じられるものは先人の道しるべだと思っていた。そもそもそんな道しるべがない状態で、全ての迷宮を攻略したと言われているアダマスは、やはり異次元だ、とオウロは考える。
「じゃあ……まずは下に降りないと……」
シィナの意見には誰もが賛成した。
なんせ『ラヴァ』達がいるのは崖の上だ。先に行くには下に降りて、牛頭のモンスターがわらわらという大地に降りなければならなかった。七人はナダを先頭にして、下へと降りる道を進む。幸いな事にその道は七人が出て来た穴のすぐ横に存在しており、それは緩やかな坂道となっていた。他に先に進む道はなかった。
「あまり変わらないですわね――」
七人が降り立った大地は、やはり崖の上と何ら変わりなく、見たままの風景が広がっているが、モンスター達の殺気は先ほどよりも強く感じていた。
これまでの迷宮にいたモンスターとは、生命力が違うのだろうか。それとも戦闘力か。いずれにせよ、時を切り取られたようにそのモンスター達が動かないとしても、凶悪な敵であるということは、熟練の冒険者にとっては肌で分かる。
道は、前にも横にも続いていた。横には先ほどと同じような崖と洞窟が幾つかある。その洞窟の中が自分たちが進む道なのかと考えたが、アダマスの紋章は牛頭のモンスターがいる方向へと続いていた。
つまり、無数の牛頭のモンスターがいる方向が自分たちの進む道なのだろう、と七人は思った。
『ラヴァ』のメンバーはナダを先頭にして、牛頭のモンスターと戦うために武器を構えた。
ナダは青龍偃月刀を。オウロは大太刀を。ハイスは使い慣れた剣を。カテリーナは剣に光を纏わせた。ナナカは鉛の根を己の周りに生み出し。ニレナは氷のギフトを。シィナは水のギフトを。
それぞれ七人が新たな迷宮で出会ったモンスターに向けて、今行える最大の攻撃をすぐに行える状態にする。
そして、ナダが牛頭のモンスターに近づいて青龍偃月刀を振ろうとした時――違和感に気付いた。
ナダは青龍偃月刀を振るう手を止めた。
いつも感想やいいねなどをくださり、ありがとうございます。
本作品の書籍版が10月30日に発売予定するので、「@otogrostone」というXのアカウントでキャラ紹介などもリポストしております!
ちなみにナダだけではなく、イリスやニレナなどのイラストも見れますので是非見て頂けると幸いです!




